プロローグ【あるいは、いつか訪れるエピローグ】
真夏の太陽を拒絶して暗闇に包まれた場内を、色とりどりの人工光が駆け巡る。まるで、この場に集いし人々を、現実から仮想空間へと誘うための儀式のごとく。
ついにこの日が来た。
記者ブースの三上智子 は、震える両手を握り合わせた。日本最大のドームを、数万もの観客たちが埋め尽くしている。彼らだけではない。会場に点在するカメラを通じて、世界中の人間が、これから始まる戦いの行方を見守ろうとしていた。
熱狂の中心地では、無人のフィールドが開戦のときを待ちわびている。もう少しで、選ばれし戦士たちが、あの巨大な真円の上で激戦を繰り広げるのだ。
三上は天井近くに掲げられたモニターを仰ぐ。他の誰しもがそうするように。この競技の観衆たちは、目の前で行われるはずの戦いを直接見ることはない。わざわざこうして、頭上の画面を通して観戦するのだ。
なぜなら、真の戦場は、そこに映される拡張現実だから。
戦士たちはバーチャル空間で、それぞれの武器を手に戦う。肉眼では捉えることのできない武器を。
あるものは剣を、あるものは刀を選ぶだろう。
またあるものは槍を、薙刀を。
ナイフを、拳を、脇差、斧、棒、脚……。
彼らは、無限とも思える選択肢から自身の片割れを求める。それは拡張世界が可能とする戦い。
このゲームには、コントローラーも存在しない。代わりに選手たちが用いるのは、己が全身だ。
三上は最後に、ノートパソコンに記録した文面をチェックする。締め切りが迫っているが、試合が始まれば、もう原稿どころではない。
――格闘ゲーム『AR ARMS』の稼動から、はや十年が経った。その歴史を語るうえで、第五回チャンピオンシップを避けて通るわけにはいかないだろう。もはや語り草となった、かの宴に立ち会えたことは、筆者の記者人生にも大きな意味をもたらした。
あの大会、特に十八歳以下の部・団体戦が伝説と化した要因は、以下の二つにあると言われている。アラームズ自体の盛り上がりが加速を続け、この時期には既に高校生の競技人口がほぼ100%に至っていたという必然。そして、スポーツ、武道、格闘技、ゲームそれぞれの業界において、何十年に一度の逸材が同時多発的に出現したいう偶然である。
他でもない筆者が『十六の獣』と名づけた天才たちの激闘は、大会を大いに盛り上げた。彼らは今も、各界を担うルーキーとしてめざましい活躍を続けている。だが、その黄金世代の一方で、忘れてはならないプレイヤーたちの存在があった。
そう、彼らこそ――
そこまでに目を通し、三上はパソコンを閉じた。開演のときが近づき、場内の興奮も臨界点に達しようとている。電子音とともに、彩りを増す会場。彼女の頭も、徐々にぼうっと白み始めた。
ついにこの日が来た。
伝説の続きが、始まる。
それは、少年たちが紡いだ物語。