全校生徒から無視されたので全力でリア充アピールしてみる
朝、教室に入ると、一瞬教室内を異様な沈黙が包んだ。
しかし、次の瞬間には何事もなかったかのように朝の喧騒が戻って来る。
だが、その喧騒はどこか白々しい騒がしさだった。
誰も彼もが頑なにこちらを見ようとしないまま、しかし意識だけはしっかりとこちらに向いているのを感じる。そこに込められている感情の大半は、同情や警戒といった感じのものだ。しかし数人分、はっきりとした愉悦と侮蔑が混じっている。
俺は教室のドアを引き開けた状態でそれだけを確認すると、ふんっと鼻息を1つ鳴らした。
そして、妙な雰囲気の中を堂々と突っ切ると、窓側の一番後ろにある自分の席に着いた。
すると、前に座っている女子が、その可愛らしい顔に申し訳なさをいっぱいに浮かべて俺に話し掛けてきた。
「ごめんね河合君。わたしのせいで……」
「あぁ~……これってやっぱり昨日のあれが原因?」
「たぶん……あの、これ……」
そう言って前の席の美少女――足立楓花がスマホを差し出してくる。
そのスマホを受け取って見てみると、そこに表示されていたのは、この学校のいわゆる裏掲示板と呼ばれるものだった。
そこには隠し撮りされたらしい俺の写真がアップされており、更にその下に「今度はコイツを無視なww 破ったヤツは制裁するからwww」という、なんとも文面からして頭の悪さが滲み出ているメッセージが投稿されている。
チラリと教室の反対側に目を向けると、このメッセージを投稿したであろうグループが、こちらを見てニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべていた
俺が転校2日目にしてこんな状況になったのは、昨日の出来事が原因である。
* * * * * * *
昨日、転校生としてこのクラスにやって来た俺は、窓際の一番後ろの席を与えられた。
その席は、明らかに後付だと分かる配置になっていた。なんせ他の席がきれいに長方形に並んでいる中、1つだけ突き出るように配置されていたからな。
まあそれ自体は仕方がない。二学期から急遽転校してきたんだから、そんなこともあるだろう。
それで、隣に席がなかったんで、俺はとりあえず前の席にいた生徒に声を掛けたんだ。それが足立楓花だった。
最初は正直ラッキーだと思っていた。
なんせ足立さんは、転校生紹介の際に黒板の前から見たところ、明らかにこのクラスで一番の美少女だったからだ。
「クラス一の美少女の後ろの席とかラッキー。あ、でも他の男子から睨まれるかな?」なんて考えながら、とりあえず「これからよろしく」と言ったのだが……。
「あ、うん……でも、わたしにはあまり話し掛けない方が……」
足立さんは、伏し目がちにそう言ったのだ。
なんじゃそら。話し掛けるな、じゃなくて話し掛けない方が、とは?
その発言の意図が理解出来ずにいると、俺の隣に誰かが立った。
そちらを見ると、そこにいたのは男女3人ずつの6人グループだった。
6人共揃いも揃って派手な容姿をしており、見るからに“イケてるグループ”といった感じの連中だった。
その先頭にいる、耳にピアスを7つも8つも付けた金髪の男が話し掛けて来る。
「よお転校生。転校してきたばっかじゃ分かんないかもしんないけどよぉ。今後、その女には話し掛けないこった。ああ、それと基本反応するのも禁止な。それがこの学園のルールだからよ」
「はあ?」
その男はたしかにイケメンではあったものの、目つきが鋭く引き締まった体をしていて、何もせずとも相手を威圧するような外見だった。
雰囲気もどこか荒っぽく、軽量級のボクサーみたいな印象を受けた。
(なるほど、こいつは切り込み隊長的な役回りなのか)
6人をざっと見ながらそう判断する。
その男の両隣りには、これまた見るからにがたいのいいアメフト部のような男が2人いて、もうそうやって3人がただ並んで立っているだけでも凄い圧だった。
こんな状態で言われたら、普通の生徒なら一も二もなく頷いてしまうだろう。たとえそれが理不尽な要求でも。
(んで、あっちの女がこのグループのリーダーか)
男達の後ろで、2人の女生徒を両隣りに従えている女を見る。
その女は腕を組んで、キツめの顔をツンと反らしながら、俺のことをジロジロと値踏みするような視線で眺めていた。
でもって、フンッて鼻で嗤いやがった。
そのまま小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、両隣の女生徒と何かを囁き交わし出す。
……まあ、何を言っているのかは大体想像つくけどな。
「モブ顔ね」とか「見るからに平凡ね」ってところか。
「なあ転校生。お前だってどうせなら楽しい学校生活を送りたいだろ? いいからここは黙って従っておけって。な?」
金髪ピアスが馴れ馴れしく肩を組みながらそう言ってくる。
一見友好的な仕草のようだが、俺の返答いかんではこのままチョークスリーパーに移行することが容易に想像出来た。
なので、さり気なくその腕を外しながら尋ねた。
「それはそこの彼女を徹底的に無視しろってことか? 理由は?」
俺が大人しく従わなかったことが意外だったのだろうか?
6人は少し意表を突かれたような顔をしていた。
視界の隅で、前の席の足立さんも驚いた顔をしていた。
「理由なんてどうでもいいだろ? 姫がそう決めたんだから黙って従っておけばいいんだよ!」
そう言って、金髪ピアスは俺に凄んで来た。
その後ろで2人の女生徒も頷いており、その真ん中で、恐らく今しがた“姫”と呼ばれたリーダー格の女が余裕たっぷりの笑みを浮かべていた。
……これは後から聞いた話だが、このリーダー格の女はこの学園の理事長の娘であり、名を園山姫乃というらしい。
“姫”という呼び名も、その名前から取ったものだということなのだが……そんなこと知らないその時の俺は、ついぽろっと言ってしまったのだ。あまりにも率直で正直な感想を。
即ち、「え……? 高校生にもなって姫呼びかよ……いってぇ……」と。
空気が凍り付いた。
“姫”含む女子3人の表情にビシッとヒビが入り、クラス中から「マジかコイツ」みたいな視線を向けられる。
そして、前の男3人が一瞬の沈黙の後、一気に気色ばんだ。
「てめぇ……!」
金髪ピアスが俺の胸倉を掴もうと手を伸ばしたところで――――先生が入って来た。
「はーい、席に着きなさーい」
先生のその声に、金髪ピアスは舌打ちして席に戻って行く。
他の5人も、俺に対してあからさまにガン付けながら席に戻って行った。
* * * * * * *
結局、その後は他のクラスメートに話し掛けても露骨に避けられ、やむなく唯一の例外だった足立さんとずっと話していた。
足立さんも最初はどこかよそよそしい態度だったが、それは他のクラスメートのように我が身可愛さからの行為ではなく、むしろ俺を慮ってのことだとすぐに分かった。
なのでこちらから辛抱強く話し掛け続けると、彼女も観念して色々と話してくれたのだ。自分のこと、この学園のこと、等々。
そして、翌日になった途端にこれである。
どうやら俺は晴れて、足立さんと同じぼっち仲間になったようだ。
「本当にごめん……」
足立さんが心底申し訳なさそうにそう言う。
どうやら俺が言った「昨日のあれ」というのを、「自分と会話をしたこと」だと勘違いしているらしい。
なので、俺は慌てて訂正した。
「いや、足立さんと話をしたのは俺が望んでそうしたことだし、昨日の失言は完全に俺の自爆だから。足立さんが気にすることはないよ」
「でも、折角転校して来たばかりなのに……」
「少しは反省したかしら?」
背後から掛けられた高慢さの滲む声に、内心嫌々ながら振り向くと、後ろに例の5人を引き連れた噂の姫――いや、園山が立っていた。
園山は俺が持つ足立さんのスマホ、そこに表示されている裏掲示板のページを見てフッと笑うと、分かりやすく俺のことを見下しながら言った。
「どう? 今なら昨日のことを土下座して謝れば許してあげなくもないけど?」
「えぇ~姫ぇ、そんなことで許していいのぉ~~?」
「ホントホント。あっ、靴舐めさせようよ靴」
「いやいや、それむしろご褒美になっちゃうだろ」
「確かに。こいつ見るからに童貞っぽいもんなぁ」
「これはあれだ。土下座は土下座でも、全裸土下座させるべきじゃね?」
うるっせぇーー。一々やいのやいの騒ぐなよ取り巻きども。口を開くごとに小物感が駄々洩れてるぞ。
なんだかまともに相手するのも非常に億劫だったが、一応俺に非があるのは確かなので、それに関しては謝っておくことにする。
「まあ……アンタのあだ名を馬鹿にしたのは悪かったよ。本名由来のものだって知らなくて、てっきり仲間内でお姫様呼びさせているのかと思ったんだ。アンタの名前を馬鹿にする意図はなかった。不快にさせたのならすまなかった」
土下座はしないが一応軽く頭は下げる。
まあ座ったままだから、どこまで礼儀に適ってるかと問われればかなり微妙だが。
そして案の定と言うべきか、やはり俺の謝罪はお気に召さなかったらしい。
「……そんな態度で謝っているつもり? 私を馬鹿にしているのかしら?」
「いや、別にそんな……」
「そうよ! 土下座しろって言ったでしょ!」
「もっと分かりやすく誠意を見せなさいよ。姫がお情けをくれようとしてるのよ? あんたみたいな冴えない男に!」
「おいおい転校生。せめて俺らが優しい内にちゃんと謝っておけって。な?」
「いや、もうダメだろコイツ。完全に俺らのこと舐めてるじゃん。一回きちんと身の程分からした方がいんじゃね?」
「それな。上下関係ってもんを教えてやるよ」
だからぁ……うるっせーーっつの!
お前らはテスト期間前に試験範囲発表された時の中学生か! とりあえず不満を口にしないと気が済まないヤツか!
ふぅ…………
だがまあしかし、ここは冷静に対処しよう。俺はこれでも半分社会人だからな。
相手は同年代とは思えないほどに聞き分けのない子供の集団。こんな連中相手にキレたら負けだ。
「別に馬鹿にしたつもりはないし、俺としては十分に謝意を示したつもりだ。言っとくけど、脅されたからって土下座するほど俺はプライド捨てちゃいないからな?」
うん、ちょっと思った以上に喧嘩腰になってしまった。
だがまあ向こうだって端から穏便に済ませる気皆無みたいだし、問題ないっちゃないか。
「やばっ、プライドだってぇ~~」
「やっばウケる、ちょ~かっこいんですけどぉ~」
別におかしなこと言ったつもりはないが、なぜか爆笑された。いや、爆笑と言うより嘲笑か。
なんだよ。モブ顔だってプライドはあるんだぞこら。
「もういいわ。折角チャンスを与えてあげたのに。どうやら思った以上に愚かみたいね。愚者は愚者らしく、精々残りの学園生活を後悔と共に過ごすといいわ」
園山はまるでゴミでも見るかのような表情でそう言うと、足立さんに視線を向けた。
「よかったわね、足立。今日から晴れてぼっち卒業よ」
「え……?」
突然声を掛けられた足立さんが、怪訝そうな声を上げる。
それに対し、園山はまるで感謝しろと言わんばかりの表情で言った。
「察しが悪いわね。今日限りで無視をやめてあげるって言ったのよ。その代わりアンタもこの男を無視しなさい」
「……」
ま、そうなるよな。
いじめの対象は増やすよりも変える方がいい。
下手に増やしていじめられっ子同士で団結されると厄介だし、それでなくとも自分1人じゃないというのは大きな心の支えになる。
それが分かっているからこその提案だろう。コイツよっぽどいじめ慣れてるな。
だが、足立さんの反応は誰にとっても完全に予想外だった。
「いや」
「……は?」
なんと、足立さんは毅然とした態度で拒否を突き付けたのだ。
「……聞き間違いかしら?」
「聞き間違いじゃないよ。わたしはあなた達に従うつもりはないから。無視したいんならすればいいよ。あなた達なんかに屈して河合君を見捨てるなんてこと、わたしはしない。絶対に!」
……やだ、男前。
……冗談はさておき、足立さんがその可愛らしい顔を険しく顰めながらそう断言すると、6人は一瞬呆けた後、一気に怒気を漲らせた。
「てめぇ……!!」
「こんのクソアマ……!」
「舐めてんじゃねぇぞ!!」
男3人が前に出て、物騒な雰囲気を撒き散らす。
マズイ。これは予想外だ。
3人相手は正直かなりキツイが、男としてここは俺が前に出ないと駄目だろう。
しかし、俺が腰を浮かしかけたところで――園山が軽く手を上げて男子3人を制した。
「そう……ならそこの冴えない男と精々仲良くやることね。ふふっ、男子と2人きりなんて、尻軽女のアンタにはお似合いだわ」
「……わたしはそんなことやってない」
「あらそう。まあいいわ、それじゃあ精々仲良くね」
嫌味たっぷりにそう言い切ると、園山は背を向けて立ち去る。
腹いせに、その背に向けて「言われなくても仲良くするよ」と声を投げた。
園山は聞こえないフリをしてそのまま立ち去ったが、その後を追う女子2人は聞こえよがしに声を上げた。
「なにあれ。あの転校生、足立に体で誑し込まれたんじゃね?」
「あっ、ありそ~~。会ったその日の内に股開くとかヤバ過ぎ」
そのまま下品な笑い声を上げる。
俺はあまりにも根も葉もない侮辱に思わず頭に血が上り掛けたが、ゆっくり深呼吸をすることで怒気を抑え込んだ。
ああいった手合いはまともに相手したら負けだ。
向こうが無視するってんならこっちも無視してやればいいんだ。
穏便に済まそうと思ったがやめだ。こうなったら徹底的にやってやる。果たしていつまでこの俺を無視出来るかなぁ!?
「……河合君?」
「え? あっ、なに?」
1人で闘争心を滾らせていたら、足立さんに怪訝そうな声を掛けられてしまった。
振り返ると、足立さんはどこか申し訳なさそうな顔をしていた。
「ごめん。余計なお世話だった、かな?」
「え? 何が?」
「さっきの……なんか河合君を巻き添えにしちゃったみたいで……」
「あぁ……いや、そんなことないよ。むしろかっこよかった。6人を相手にあんな風に啖呵切るなんて思ってなかったからびっくりしたよ」
「べ、別にそんな大したことじゃ……」
足立さんは微妙に口籠りながら、頬を赤く染めて目を逸らした。可愛い。
なんでこんないい娘が無視なんてされてるんだろうか。いや、まあ大体察しは付くが。
どうせあの園山が、自分がスクールカーストの頂点にいなければ気が済まないという歪んだ自尊心でも発揮して、足立さんが孤立するよう仕向けたってところだろう。
でなければ、こんなに可愛くて人当たりもよく、確固たる自我と正義感もある足立さんが、いじめの対象になるとは思えなかった。というか俺が元いた学校なら、間違いなく学園のアイドルだったと思う。
「あっ、そうだ。これありがとう」
借りっぱなしだったスマホを返そうとしたその時、足立さんのスマホが、突然俺の手の中で音楽を鳴らし始めた。
「あっ、ご、ごめんね!? マナーモードにし忘れてた!」
聞き覚えのある音楽に思わず固まっていると、慌てた様子の足立さんが素早くスマホをひったくり、音楽を止めてしまった。
「今の着メロ……Blue Dreamersの“Shake”だよね? 好きなの?」
「あ、うん……あの、“Shake”だけじゃなくて、最近Blue Dreamersの曲に凄いハマッてて……」
「そうなんだ、ありがとう」
「? ……なんでお礼?」
「……やっぱり気付いてなかった?」
「?」
「俺、Blue Dreamersのキーボード兼リーダーのシュンなんだけど……」
…………………………
「えぇ~~、と」
「はいその顔! ピンと来てませんね! 『ブルドリのキーボードってどんな顔してたっけ? というかリーダーってギター&ボーカルのマサじゃないの?』って顔ですね!!」
「!? そん、なことは……」
「目を逸らしながら否定しても説得力ないからね!? どんな顔してたかってこんな顔だよ、ほら!!」
素早くスマホを操作し、Blue Dreamersの最新アルバムのジャケットを呼び出す。
そのジャケットに映っている4人の男……の一番左端の男を拡大して表示する。
「あぁーー……って、え!? ちょっ、本当に!? 本当にブルドリのリーダー!?」
「だから本当だって」
「ええぇぇぇーーー!!?」
思わず立ち上がって大声を出した足立さんに、流石に他のクラスメートも反応した。
会話の内容が聞こえていたのか、クラス中の視線が俺に突き刺さる。
「え? マジでブルドリのリーダー?」「マジだ! ほらこれ!」「うそぉあたしファンなんだけど!」「なんでこの学校に!?」というような興奮した囁き声があちこちから聞こえる。
……そうかぁ~~やっぱり誰も気付いてなかったかぁ~~。別に変装なんて一切してないんだけどなぁ~~。
本名の河合駿介も普通に公開してるし、ちゃんと自己紹介でもそう名乗ったんだけどなぁ~~。
まあ、よく言われるけどね? 「町ですれ違っても絶対気付かない」って。
未だに1人でテレビ収録に行ったらスタジオの入り口で止められるしね? メンバーといても時々マネージャーと勘違いされるしね?
バンドでのキーボードの目立たなさって、あれなんなんだろうね? ステージの後ろにいるっていう意味ではドラムだって条件一緒のはずなのにね?
別にもう慣れてるけどね? なんせ他のメンバーが3人共イケメンなのに俺だけモブ顔だからね!!
これで1人だけ不細工とかだったら逆に印象に残るんだろうけどね!!
だけど俺別に不細工ではないんだよ! 並なんだよ! 顔面偏差値52なんだよ! 結果、下手にいじられることもなくただ目立たないっていうね!!
え? じゃあなんでお前がリーダーなのかって?
作詞作曲やってるのが全部俺だからだよ!!
むしろBlue Dreamersの他のメンバー3人共、俺が集めたんだよ! 理想の声の持ち主や演奏技術の持ち主をスカウトしたら揃いも揃ってイケメンだったんだよ! そっち方面での女子受けなんて一切狙ってなかったんだけどね!!
ふーー、ふーー……
思わず脳内で鬱憤を爆発させていると、負のオーラが漏れてしまったのか、足立さんがすごく申し訳なさそうに縮こまってしまった。
「その……ごめん。でも、ブルドリの曲が好きなのは本当だから……」
「……あぁ、うん。気にしなくてもいいよ。気付かれないのは慣れてるからさ……」
「あ……そ、そう……」
……………………
き、気まずい。
お互いに何を言えばいいのか分からないまま、2人の間に沈黙が落ちる。
周囲は何やら騒がしいことになっているが、俺と足立さんの間には何とも言えない微妙な空気が漂っていた。
そのまま言葉を探している内に、担任の先生が入って来てホームルームが始まってしまった。
はぁ、折角足立さんと仲良くなれそうだったのに。
この微妙な感じどうしよう。次の休み時間が不安で仕方ない……。
* * * * * * *
「それで、あの曲の最後の部分がすごく好きなの!」
「ああアレな。あそこは結構メンバー内でも揉めたなぁ。ギターで余韻を持たせて終わるか、それとも一気に畳み掛けて終わるか」
「絶対今の方がいい! あぁでも、もう1パターンあるならそっちも聞いてみたい気も……」
結果、何の心配もありませんでした。
足立さんは清楚系美少女といった感じの見た目でありながら、実は大のロック好きだった。
俺達の曲が好きだというのも嘘ではないらしく、売れる前に出したマニアックなアルバム収録曲まで知っていた。
それ以外でもかなり俺と音楽の趣味が合う部分が多く、俺達は大いに話が弾んだ。
「え!? 河合君のお父さんってあの河合慎太郎なの!? あの音楽プロデューサーの!?」
「そうだよ。ちなみに母さんは緑川京子って名前でピアニストやってるんだけど……知ってる?」
「知ってるよ! 世界的ピアニストじゃん!! ……え? ということは、もしかしなくても河合君ってすごいお金持ち?」
「別にそんな自覚はないんだけどな。2人共あまりにも多忙過ぎて俺の面倒見る暇がないってんで、名古屋にある母方の祖父母の家に預けられてたくらいだし」
「あぁ……だから名古屋で活動してたんだ?」
「そういうこと。それで“Shake”が流行ったおかげでかなり知名度が上がったから、そろそろ活動場所を東京に移そうってことになったわけ。今は一応両親と同じ家に住んでるよ。まあ2人共ほとんど家に帰って来んけど」
「そうだったんだ……あれ? 他のメンバーは?」
「あぁーー……あいつらは忙しいからさ。……俺と違って」
「ふ~ん?」
なんだかさっきから教室内だけでなく廊下の方までやたらと騒がしい気がするが、そんなことは知らん。
滅茶苦茶チラチラ見られているのは感じるが、知らんったら知らん。
俺は今足立さんと話すのに忙しいんだ。チラ見するだけで話し掛けて来ない連中なんか相手にしてられるか。
まあ6人分ほど刺すような強い視線を感じるが、そんなもの尚更相手にする気はない。
実害がないものは無視だ無視。
* * * * * * *
それからも、俺と足立さんは毎日学校で音楽について語り合い、どんどんと仲を深めていった。
足立さんは本当に音楽好きで、俺達はお互いが好きなバンドのCDを貸し合ったりして、話題には事欠くことがなかった。
その間も他の生徒、特に同じ教室のクラスメートには物凄く話し掛けたそうな視線を向けられていたが、俺は変わらず無視を続けた。
あの“姫(笑)と不愉快な仲間達”の目を気にして話し掛ける勇気がない連中なんて、気にしてる時間が無駄だ。そんな時間があるなら足立さんと語り合ってる方がはるかに有意義だし楽しいわ。
全校生徒から無視される鈍色の学園生活? 趣味の合う美少女と2人きりの世界を構築する薔薇色の学園生活ですが何か?
* * * * * * *
「聞いたよ河合君! 来週Sステに出るんだって?」
「うん。生放送は久しぶりだからちょっと緊張するけど」
「いいなぁ、来週はA’zが出るんでしょ? わたしも見に行きたかった……」
「あぁ……足立さん大ファンだって言ってたもんね」
「うん……一応観覧希望はしたんだけど、抽選で外れちゃって……」
「う~ん……流石に観覧席の手配は出来ないけど、なんだったらA’zの2人からサインもらってきてあげようか?」
「え!? そんなことお願いしていいの!?」
「あ、うん。あの2人とは仲良いから。まあサインくらいなら何とかなるよ」
「本当に!!? うわぁ、ありがとう!!」
クラスメートが なかまに なりたそうに こちらをみている!
たたかう
まほう
▶ムシする
シュンは ムシをした!
* * * * * * *
「足立さん、今度俺が出るロックフェスのチケットあるけどいる?」
「え? もらっていいの?」
「うん、出演者特権で1枚ゲットした。よかったら足立さんに見に来てほしいなって」
「欲しい欲しい! うわっ、すごい良い席!」
「まあ招待客用のSS席だからね」
「ありがとう! 絶対見に行くね!」
クラスメートが なかまに なりたそうに こちらをみている!
▶たたかう ―― シカト
まほう
ムシする
シュンは シカトをした!
* * * * * * *
「おはよう、河合君。……何書いてるの?」
「おはよう、足立さん。これ? ちょっと歌詞が降りて来たから書き留めてるんだ」
「え! それ、もしかして新曲の歌詞? ちょっと見してもらってもいい?」
「あーーまあ、いいよ。はい」
「ありがとう! …………すごいね。こんな歌詞どうやったら思い浮かぶの?」
「それは……う~ん……フィーリング?」
「へぇ~~本当にすごい。完成したら聞かせてくれる?」
「いいよ。……今週末には多分作曲まで完成するから、なんだったら聞きに来る? その……ウチに」
「え? ……河合君の、お家?」
「うん。あっ、やっぱり男の家に女の子1人はマズイかな?」
「ううん! そんなことないよ。わたし行きたい!」
「え、あっ、そ、そっか……うん、じゃあ準備しとく」
クラスの男子が うらやましそうに こちらをみている!
たたかう
▶まほう ―― ネグレクト
ムシする
シュンは ネグレクト のまほうをつかった!
* * * * * * *
「ちょっといいかしら?」
がくえんの女王が はなしかけてきた!
▶ムシする
ムシする
ムシする
女王は ムシできない!
「ちょっと! 聞いてるのかしら!?」
……クソメンドくせぇ。
「……なんだよ?」
面倒臭さを隠そうともせずに返答すると、園山の口端が引き攣るのが分かった
しかし、苛立ちを紛らわすように髪を背後に払うと、相も変らぬ尊大な態度で言い放った。
「気が変わったわ。アンタを私の側近にしてあげる」
「……はあ?」
何言ってんだこの女。頭ん中お花畑か?
いや、まあ園山がこんなことを言い出した理由は察しが付くが。
最近俺は、学校の裏掲示板に楓花と一緒に撮った写真や、出演したライブの写真を投稿したりしてるのだが(え? 掲示板の使い方を根本的に間違ってるって? まあ気にすんな)、この前面白いものを発見した。
それは新しい掲示板で、そこには園山達に対する不満が列挙されていたのだ。
「あいつら調子乗り過ぎ」とか「あいつらマジウザい」とかいったコメントの中、少し面白いコメントがあった。
それは「あいつらのせいでシュンにサインもらえなかった」というコメントだ。
実は転校以来、園山達の目のないところ(登下校の最中など)で、学校の生徒からサインをねだられたことが結構な回数ある。
だが、俺はそれらを全て断っていた。
「もし園山さん達にバレたら君がいじめの対象になるかもしれない。俺は大切なファンをそんな危険に晒せないよ」と、気遣いと慈愛に満ちた表情で言いながらな。
そんなこともあって、園山達は現在進行形で順調に求心力を失っている。現時点で匿名の掲示板で陰口が蔓延する程度には。
そのことに気付いた園山は、俺を取り込むことで事態の収束を図ろうと考えたのだろう。
だとしても、いきなり「側近にしてやる」とか頭悪過ぎだと思うが。
「馬鹿かお前? 彼女持ちの人間に、その彼女の前で何言ってんだ?」
「は? 彼女?」
「気付いてなかったのか? 俺と楓花は1週間前から付き合い始めたんだけど?」
そう言うと、教室内が激しくざわついた。
まあお互いに名前呼びになったし、普通に手を繋いで登下校してるんだから察してる奴はそれなりにいただろうが、はっきり明言したのはこれが初めてだしな。
俺は1週間前、楓花を家に呼んだ時に告白した。
そして無事オッケーをもらい、晴れて恋人同士になったのだ。人生初彼女、しかも超美少女だぜひゃっほい!
正直今の俺は楓花のことで頭いっぱいだし、園山達のことも向こうから干渉して来なければ無視を貫くつもりだったのだが、気が変わった。
この期に及んでこんな舐め切ったことを言われたら、俺だって大人しく黙っているつもりはない。
「まあいいや、土下座して頼めば考えてやらなくもないよ」
「……は?」
教室の床を指差しながらにっこりと笑ってそう言ってやると、園山は完全に呆けた顔をした。
「だから、頼みたいなら土下座しろって言ってんの。まあ考えるだけで、了承するつもりは全くないけどな」
「なっ、こ、の……」
恐らく、そんな暴言を吐かれたことはこれまで一度もないのだろう。
園山は顔を真っ赤にしてパクパクと口を開けたり閉じたりしていた。
そうなると、騒ぎ出すのは当然その取り巻きの女子共だ。
「ちょっとアンタ――」
「調子に――」
「うるっせぇな万引き常習犯に援交女」
「「なっ――」」
図星か。実に分かりやすい反応で。
「何でそれを?」って顔に書いてあるぞ。
「ウチのマネージャーは優秀でな。俺以外のメンバーはストーカーとか何かと厄介なファンの標的になることも多いんだ。そういったことの対処もしてるから、身辺調査はお手の物さ」
「なっ、んな……」
口パクパクが3人になった。
俺は後ろの3人の男にも目を向けると、意味ありげに笑ってみせた。
「お前らのことは一通り調べてもらったぜ。まあ揃いも揃ってロクでもない連中だな」
そう言うと、取り巻き共は皆、慌てて教室を出て行ってしまった。
残された園山も、すぐにその後を追う。
教室内はさっきとは別種のざわめきに満たされていた。
これで更に奴らの求心力は落ちたな。まあ実際、情報を掴んだだけで証拠はないんだが。
それでもこの調子なら、もしかしたらあいつらが来る前に決着つくかもな。
* * * * * * *
―― その日の放課後
俺は楓花と一緒に帰りながら、園山達のことを話していた
「それにしても、あいつら思った以上に大したことやって来ないよな。いじめって、暴力振るわれたり所持品を壊されたり、もっと過激なのを想像してたんだが」
そういった事態を想定して、ポケットにボイスレコーダーと護身用のスタンガンもきっちり用意しといたんだが。
しかし蓋を開けてみれば、今のところやられていることは、全校生徒での無視と陰口くらいのものだ。
俺が有名人だから手を出しあぐねたのかもしれないが、正直もっと法に触れるようなことをしてくると思っていたから少し拍子抜けだ。
そんな思いを込めて何気なくそうぼやくと、楓花がいきなり爆弾発言をした。
「え? わたしそういうのされたことあるよ? 帰り道でいきなり男4人に囲まれたことあるし」
「はあ!?」
何それ初耳なんだけど!?
「ちょっ、大丈夫だったのか?」
思わず両肩を掴んでそう問い質すと、楓花は慌てて言った。
「だ、大丈夫! 骨折以上の重傷を負った人はいないから! 警察も正当防衛だって認めてくれたし!」
…………ん?
聞き間違いかな? なんか今、おかしな弁明された気がするんだけど?
「げ、厳密には1人だけちょっと心臓止めちゃったけど……すぐに心肺蘇生したし、後遺症も残らなかったみたいだから大丈夫! ……まあ肋骨は何本か折っちゃったけど」
うん、聞き間違いじゃないね。
やっべぇ、今の俺、かつてないほどの戦慄を覚えているぜ。
「えぇ~~とぉ……ゴメン。それはつまり、楓花が男4人を撃退したってこと?」
「そうだけど? 言ってなかったっけ? わたし小さい頃から近所の古武術道場に通ってて、そこで護身術学んでるんだ」
「聞いてませんけど!?」
「そうだっけ? まあその道場は元々男性向けなんだけど、1人だけ女性の師範代がいて、その人がすごく色々教えてくれるんだぁ」
「……へぇ」
「ほらこれ。その師範代が独自に書き上げた女性向けの護身術の指南書。スゴイでしょ!」
そう言って楓花が鞄から誇らしげに取り出したのは、一冊の手書きのノートだった。
すごくイイ笑顔だったから思わず受け取ってしまったが……
「……なあ、これ間違ってないか?」
「え? 間違ってないよ?」
「いや、でもこれ……」
その表紙には、ファンシーな丸っこい文字で『これでどんなオトコだってイチコロ☆ オトコをオトすマル秘テクニック♡』と書かれており、その下に執筆者と思われる『更科美津子』という名が書かれていた。
……どう見ても恋愛の指南書なんだが……?
怪訝に思いながらも表紙をめくって――――
「ぶっ!!」
ちょっ!? 1ページ目から詳細な図と共に人体の急所が列挙されてるんだけど!?
その後はひたすらそれらの急所をどう攻撃するかを延々書いてあるし!!
怖い怖い怖い!!
これ、イチコロって文字通りの意味じゃねぇか! オトすって“心”じゃなくて“意識”の方かよ!! 怖過ぎるわ!!
「ありがとう。とりあえず楓花が強いってことはよく分かったよ」
これ以上は精神衛生上読まない方がいい気がしたので、適当なところでノートを閉じて楓花に返す。
……今ノートをしまう時、鞄の中に同じ字体の文字が書かれた黒いノートがあったのが見えたんだが……いや、きっと俺の気のせいだろう。
表紙に赤文字で『禁じ手』と書かれていた気がするが、気のせいだったら気のせいだろう。うん。
俺は微妙に背筋に寒気を覚えながらも、話を変えた。
「それで? 何か持ち物を壊されたりもしたのか?」
「あっ、うん……ロッカーを開けられて、中に置いてた体操服を切り裂かれたことが…………まあ師範代に渡された薬品をロッカーの取っ手の部分に塗っておいたら、次の日クラスメートの1人の右手が包帯塗れになってて、それ以来そういったことはなくなったけど」
「その師範代絶対ヤバい人だろ!!」
「そんなことないよ。すごく優しい人だよ? いじめの相談にも乗ってくれたし。師範代にもわたしと同じくらいの娘さんがいて、放っておけないんだって」
「あぁ……そう」
なんだか恋人の意外な一面を知ってしまった。
でも、そのおかげで今までいじめが深刻化して来なかったのだから、その師範代にも感謝すべき……なのかもしれない。
「しっかし……ちっ、奴らそんなことまでやってやがったのか」
胸糞悪い話を聞いた。
ただ無視するよう命令してただけならともかく、そこまでやってたとはな。
これはもう、本腰入れて潰しにかかるか?
「あの……わたしは大丈夫だから。もう気にしてないし。報復しようとか考えないでね?」
物騒なことを考えていると、まるでその考えを読んだかのように、楓花にそう言われてしまった。
「でもなあ……」
「まだわたしが1年生の頃だったから、もう1年も前のことだし……そんなことで駿介に迷惑掛けたくないの」
「……」
被害者本人にそう言われてしまえば、もう勝手に報復する訳にもいかなかった。
仕方なく、胸の中のもやもやを溜息と共に吐き出す。
「はぁ……分かったよ。まあ俺が何もしなくても、あいつらが来れば奴らは完全に孤立することになると思うけどな」
「あいつら……?」
「なんでもないよ」
俺は誤魔化すように楓花の手をそっと握ると、今度のライブについての話に話題をすり替えた。
* * * * * * *
「そっか、じゃあ来週からようやくこっちに来れるんだな」
『おう、やっとこっちの仕事が片付いたわ』
楓花を自宅まで送った後、俺は自宅の私室で電話をしていた。
電話の相手はバンドメンバーであるギター&ボーカルのマサだ。
何を話しているかと言うと、マサ含む他のメンバー3人の転入時期についてだ。
……いや、この表現は正確じゃないか。実際のところ学籍は既にこっちの学校に移っているのだが、他のメンバーはそれぞれの仕事が忙しくてまだこっちに来れていなかったのだ。
他の仕事というのは、名古屋のローカル番組だったり、モデルの仕事だったりだ。
え? 俺にはそういった個別の仕事はないのかって? ……察しろ。
とにかく、名古屋で持っているそれぞれの仕事がようやく終わって、マサ達は来週から東京に移って来るということだった。
つまりそれは、来週から同じ学校に一緒に通うことになるということだ。
『はぁ……それにしても、転入先でも騒がれると思うと憂鬱だなぁ』
マサがげんなりしたような声を漏らす。
まあ無理もない。
前の学校では、有名になった途端、“自称友達”や“自称前からのファン”などに群がられてかなり嫌な思いをした。俺だって軽く人間不信になりかけたくらいだ。
だが、まあ今の学校ならその心配はない。
「安心しろよ。騒がれないどころか無視されるから」
『はっ? なにそれどゆこと?』
「実は――――」
それから俺は、時間を掛けて今までの経緯を話した。
すると、全てを聞き終わったマサは、電話の向こうで愉快そうに笑った。
『なんだそりゃ。めっちゃ面白いことなってんじゃん。よっしゃ、そういうことなら俺らも協力するぜ。一緒にその連中を玉座から引きずり下ろしてやろうぜ!』
「おう、でも別に何も特別なことをする必要はないぞ。俺と俺の彼女と一緒に、存分にリア充アピールするだけでいいから」
『オッケー、じゃあ他の2人にも伝えとくわ。じゃあな』
「おう、またな」
電話を切り、小さく笑みを零す。
さぁ~て、来週からついに、我がバンドが誇るイケメン集団の登場だ。
俺とは違って知名度抜群。全国に多くのファンを抱える本物の有名人達。学校という枠を超えた本物の“イケてるグループ”だ。
男子はざわつくだろう。女子は色めき立つだろう。
さてさて、あの学園の生徒達は、果たしていつまで俺達を無視出来るかな?
そして、奴らはいつまで学園での地位を守り通せるかな?