凶行
ディサイド西側の森。その奥にたたずむのは築120年を超えていると思われる洋館。洋館の入口には「フォースター」と書かれた看板がぶら下げられていた。だがもはや洋館にフォースター一家が住んでいるとは言えなくなった。
ドロシー・フォースターは氷で地下への階段を塞いで引きこもった。階段の下には鍵のかかったドアがあり、ドロシーは父親から奪った鍵で開錠する。地下室に何があるのかドロシーは知らされていなかったがドアを開けた先に広がる光景でだいたいのことを把握した。
「……すごい。」
ドロシーは声をもらす。地下室は実験材料を保管しているほか、実験の内容を記録したノートも置いてある。液体に漬けられた吸血鬼の標本、怪しげな薬品、ニンニク臭のする瓶や錬金術師の間で知られている「十字架」付きの白衣。ドロシーはそれらを見て本能的な恐怖を覚えた。吸血鬼になる前に感じることはなかったのに。
ドロシーはそれらに背を向けるようにして座り込んだ。よどんだ空気はふつうの人間であれば息苦しさを覚え、時には窒息死する。だが吸血鬼は違う。酸素なしでも生きていられる吸血鬼ドロシーはよどんだ空気を気にしなかった。
「夜になったら外出しましょうか。ちょうど血が欲しくなってきた。3人じゃ足りないわ。」
午後6時頃。ドロシーは階段の氷を溶かし、洋館の外に出た。この時間であれば残業中の会社を襲撃できる。残業の多い会社はその性質上外部から探りを入れにくい。だからドロシーとしても好都合だ。
ドロシーは会社の集中しているエリア、都心部へと移動。相変わらず黄色や緑の照明が灯る会社がいくつもある。その照明の色が示すものは吸血鬼の存在。噂でしかないのだが社員の過労死を防ぐ名目として社員を吸血鬼化させて残業を行わせる会社が存在するらしい。
目ぼしい会社を見つけたドロシーは平屋の店舗の屋上に上り、そこから上へ飛びあがってゆく。そのビルの窓に面した屋上に上ったドロシーはガラスを破壊してビルの一室へ侵入した。
「これ、本日中にやっといて。」
という声が聞こえる。数人がドロシーに気づいたようだったが構わず仕事を続ける社員が圧倒的多数。
「部外者は帰れ!どうせ家事でも任されているんだろう!?」
社員のうち一人がドロシーに言った。ドロシーはその社員の前に立つ。彼の四肢を凍結させ、ドロシーは彼の首筋にかぶりついた。一通り吸血したドロシーは彼の首筋から口を離した。
「知ってます?残業をする会社は吸血鬼の格好のターゲットなんですよ。」
怪しく微笑むドロシー。ここからパニックが始まる。手始めにあらゆる出入口を氷でふさぐ。次に近くにいた社員から首をへし折ってゆく。しかし、ここでドロシーは通信設備の存在に気が付いた。
「警察と鮮血の夜明団に連絡するんだ!早く!」
その一方、社員のうち数名が電話というものを使って外部との連絡を図っていた。これに気づいたドロシー。
「そうはさせない。誰だって逃げ延びようとあがくものよ。」
しゅん、と氷塊が空を切る。氷塊は抜群のコントロールで電話などの通信設備にぶつけられ、通信設備は破壊された。これで外部と連絡を取る手段はない。
ドロシーは再び社員を襲う。首があらぬ方向に曲げられ、吸血痕がつけられる。それほどに吸血鬼の身体能力は凄まじい。
「……吸血鬼!感情的になって人を食い殺すんじゃない……!この人食いが……!」
ドロシーを目の前にしたバーコード禿げの社員が怯えながら言った。その発言がせめてもの抵抗のつもりだろう。これもドロシーには通じない。
「お言葉だけど……そのような言葉は生まれて一度も食肉を食べたことがない者だけが言いなさい。きっとお前に言う資格はないわ。」
ドロシーはバーコード禿げの社員の首を氷の斧で落とした。彼は椅子に座ったまま倒れ、床が血で濡れる。そしてドロシーは残りの社員の人数を確認するために周囲を見渡した。
「木の杭だ!木の杭でそいつを刺し殺せ!」
ドロシーから一番離れた場所にいた社員が指示し、若い社員が木の杭を取る。吸血鬼の弱点の一つは心臓に杭を打ち込まれること。若い社員はこのフロアの人間で唯一ドロシーに立ち向かった。
「ふうん……」
若い社員とドロシーの距離は縮まる。鋭い杭の先はドロシーに向けられ、若い社員は必死で杭を振り回す。
「出ていけ!とまれ!仕事の邪魔をするな!」
「そうね、私の生存の邪魔もしないで。そんなモノで私を倒せるわけがないわ。」
ドロシーは杭で腹部を刺されながらも右足で杭を蹴り、若い社員から杭を奪った。杭を腹部から抜いたドロシー。彼女は残った社員を狂った顔で見つめた。
「ふふふふふ……邪魔なのよ!」
ドロシーは杭を社員に投げつけた。まさにこの部屋の中はパニック。徒手空拳で社員を殴り倒し、吸血。ついには社員を全滅させた。
「36人ね。ああ、殺しすぎたね。もうディサイドにはいられない。」
ドロシーは外に面した窓の氷をとかし、窓を割って外に飛び降りた。ここからどうしようか。