裏切りのドロシー
翌日の朝、鮮血の夜明団にある情報が入る。
デンホルム・フォースター、マシュー・フォースター、マリア・フォースター 死亡
アンジェラはこの情報に触れてあることが頭によぎる。ドロシーは無事なのだろうか?さらなる情報によると3人の遺体にはいずれも吸血痕があり、吸血鬼による襲撃だとみられているとのこと。
「ヨハネさん。ドロシーの行方は分からないのでしょうか。」
アンジェラはヨハネに尋ねた。
「そうだね。被害者がドロシーのご家族である以上ドロシーも殺された可能性がある。」
ヨハネは答えた。
「すみません、ヨハネさん。私様子見てきます。ドロシーが心配なので。私は大丈夫です。」
アンジェラはそう言うと本部を出てフォースターの屋敷に向かう。本当は大丈夫ではないことくらいヨハネにはそれとなくわかる。だが彼女は止められない。アンジェラ・ストラウスは頑固すぎる。
ディサイドの西側の森にアンジェラは立ち入った。ドロシーの実家のある場所。見通しの悪い森であるがゆえにならず者たちもこの付近を根城にする。
「お嬢ちゃん、一人でここに来るなんて危ないんじゃないか?」
男が二人。何が目的なのかアンジェラの知るところではないが、とにかく今は彼らが邪魔だ。アンジェラはスカートのポケットから指揮棒を取り出した。
「いいから黙っていて。私を甘く見れば痛い目を見るわ。」
アンジェラは目つきだけで二人を威圧した。彼女の体に光の魔力がほとばしる。
「待て、お前魔物ハンターか!?」
「何。あなたたちが吸血鬼でないことは証明できないでしょう?」
二人組のうちの一人が言った。どういう意図なのかはわからない。ただ、アンジェラは攻撃するつもりでいた。そもそも相手は人間かどうかもわからない。昼間ではない時間に出歩く者で仲間以外は吸血鬼と思え。これがアンジェラの考え方だ。
「そうじゃない!鮮血の夜明団に報告したのは俺たちだ!あの洋館で一家が吸血鬼に血を吸われた!」
やはりあの情報は本当だった。アンジェラもその確認のため洋館に向かおうとしている。だがこの二人、邪魔である。
「言いたいことはわかった。ひとまずここをどいて。私、あの洋館に行かなければならないから。」
アンジェラは指揮棒の先に光の魔力を集めた。4秒後、光の弾幕が放たれる。なんとしてでも押しとおろうとしたアンジェラは二人の間を縫って直進した。横目で見えた限り二人は吸血鬼ではないようだ。
森にたたずむ古い洋館。「フォースター」と書かれた看板が下がり、ドロシーの実家であることは明白。フォースターの洋館は100年以上前に建てられたらしく、その上殺人事件まで起こってしまっている。のちに心霊スポットと呼ばれるようになってもおかしくはない。アンジェラは洋館に足を踏み入れた。
洋館の廊下を進むアンジェラ。一つの部屋の入口には一人の青年が倒れている。すでに息はしておらず、後頭部から血を流していた。
いや、血を流しているどころではない。頭部が原型をとどめていないのだ。さらに、吸血鬼が血を吸った痕もある。確かにこれは吸血鬼の案件。それにしても誰がやったのだろうか。
言うまでもなくこの法整備されたレムリア大陸で殺人を犯すことなど犯罪だ。その法は吸血鬼と化した者にも適用される。魔物ハンターでさえ許可を得なければ人を殺すこともできない。吸血鬼への配慮として血液パックだって存在するのに。
アンジェラはさらに洋館をうろつく。特殊な造りになっているのか、玄関とは反対側に広間があった。赤いじゅうたんが敷かれ、シャンデリアも吊るされている。そこにたたずむ吸血鬼。
「ドロシー……無事だったのね。」
アンジェラは安堵したかのように言った。その裏でアンジェラはドロシーに疑いを持っていた。なぜドロシーの目が赤い。なぜドロシーの口から牙が顔をのぞかせている。
「ええ。アンジェラ。私は生きているわ。」
ドロシーは言った。
「よかった。その目と牙は何?倒れていた人は?」
アンジェラはすぐに態度を変え、気になっていたことをドロシーに尋ねた。今のドロシーを見てそれとなく察していた。きっと吸血鬼。
「わかるのね、アンジェラ。確かに私が殺した。私は人間をやめたの。これで。」
ドロシーはすっと紅い塊を取り出してアンジェラに見せた。これは紅石ナイフ。血のように赤く、刃のように鋭く、傷つけた者を吸血鬼に変える代物。アンジェラが押収したものは基本的に鮮血の夜明団に保管される。そのはずの紅石ナイフをドロシーが握っている。
「嘘だ。まさかあなたが裏切るなんて。」
抑えられぬ感情がアンジェラの中で湧き上がる。激しくて黒くてその身も滅ぼしかねない感情。アンジェラは声を絞り出していた。
「見逃すつもりはない。あなたの裏切りを私は許さないわ。たとえあなたが死のうとも。」
アンジェラは足を踏み出し、光の魔法を放つ。あの二人組に向けて撃ったような光の弾幕だ。もちろん吸血鬼のドロシーにとっては脅威。
だがドロシーは氷のシールドで光をはじいた。シールドで光をはじいた直後にドロシーが一歩踏み出す。一瞬にしてアンジェラの懐へ。
「凍り付きなさい。」
ドロシーの魔法によってアンジェラの四肢が氷の枷で固定された。動けない。がっちりと固定された氷は魔力を制限する。よってアンジェラはこれ以上ドロシーを攻撃できない。さらに氷の冷たさがアンジェラの感覚を少しずつ奪ってゆく。ひんやりとしていたはずの空気が生暖かく感じられるように。
「ドロシー!!!」
叫ぶことしかできない。
「わたしは死にたくない。たとえアンジェラでも殺そうとするなら返り討ちにするわ。」
ドロシーはその言葉を残すと地下へと消える。わずかな足音だけが聞こえたかと思うと、階段は氷柱でふさがれた。