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鮮血の刃  作者: 黒崎揄憂
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その血を

 棚は燃え上がる壁に激突し、アンジェラを押しつぶす。


「残念だわ。受け入れてくれればそれでよかったのに。」


 ドロシーは2階から燃える壁を見ていた。あの下にはアンジェラがいる。瀕死になれば助けようかとも迷い、ドロシーは1階に飛び降りた。燃え上がる棚と壁。興味本位でドロシーは棚をどけた。


「なっ!?」


 アンジェラはハアハアと息を荒げながら指揮棒をドロシーに向け、力を振り絞って光の魔法を撃った。光はドロシーを貫通。アンジェラはふらつきながら立ち上がった。


「5回、回復魔法を使った。それでも消耗するばかりだったわ。ねえ、貴女はどんな気分?」


「……そんな……」


 アンジェラは無言でドロシーに歩み寄り、光の魔法をぶつける。物凄い形相のドロシー。アンジェラはここで勝利を確信する。光がドロシーを浸食する。


「嘘だ……わたしは……」


「あなたの敗因は裏切り。それだけよ。」


 アンジェラは消えゆくドロシーをただ、見送った。ドロシー・フォースター、メーヴィスの岬フォースターの別荘にて散る。



 アンジェラはドロシーの遺体を確認しないまま外に出た。大きく息を吸う。星と月の輝く寂しい空だ。その空を見ながら、アンジェラは罪悪感と達成感に浸る。ここ数日でアンジェラは初めて吸血鬼でない人を殺し、親友さえも手にかけた。だがそれでいい。


 アンジェラは地図に記されていた「自殺スポット」へと足を急がせる。フォースター別荘のちょうど裏にある崖。何人もの自殺志願者が飛び降り、崖の下の棘によって命を落としている。通称「悪魔の串」。


 見下ろす崖の下は噂の通り棘のような突起が突き出ている。暗くてよく見えないが、白骨死体らしきものも転がっている。


「まさに死の崖ね。でも……」


「ねえ、何をしているの。」


 アンジェラは後ろを向いた。そこには目を疑う光景が。ドロシーが無傷で立っている。服に損傷の跡があるものの、ドロシー本人は傷一つない。


「吸血鬼の血を得ていなかったら、私だって死んでいたわ。だけど、アンダーウッドが私に力を与えてくれた。」


 ドロシーは言った。


「嘘……殺したはずなのに。」


 アンジェラの言う通り、ドロシーは確かにアンジェラの光の魔法を受けて致命傷を負った。並の吸血鬼であれば死ぬ。だが、ドロシーの生存は彼女が並の吸血鬼でないことを意味していた。


「殺した?わたしは生きている。」


 ドロシーは少しずつアンジェラとの距離を縮める。アンジェラはその時もただドロシーをいかにして倒すかを考えていた。


「致命傷を受けても再生できるってすごいよね……!わたし、今すっごくいい気分!」


 アンジェラはそれとなく事情を察した。別荘の前にあった灰はドロシーが吸血した吸血鬼のもの。ドロシーはきっと吸血鬼同士の共食いをしている。


「ドロシー!!!」


 耐えきれずにアンジェラは叫ぶ。ありったけの光の魔法を指揮棒にこめて。この一撃で確実にドロシーを葬りたい。アンジェラの思いはそれほどに強い。


 溜めた光は炸裂する。ドロシーは光をいとも簡単にはじいた。やはりアンジェラは衰弱し、冷静さを失っている。


「やめて、アンジェラ。あなた一人が死ぬのは見たくない……」


 アンジェラの光をはじきながらもドロシーは言った。その顔には表情がない。彼女の言う事は果たして本心か。アンジェラはもはや正常な精神を失い、ドロシーの首もとを掴んで共に崖から飛び降りた。


「……二人で死ぬのなら違うでしょう?」


 ドロシーの耳元でささやくアンジェラ。ドロシーはとっさにアンジェラの手を振りほどく。そのままアンジェラとドロシーは別に落下する。ドロシーはアンジェラより先に着地する。そう思った時だった。


「アアアアアアアアアッ!」


 絹を裂くような叫び声。鋭い「棘」にアンジェラが刺さり、ドロシーと同じ高さにまで滑り落ちる。


 口、と傷口から血を流し、目はうつろ。息も細い。まさに死に損ねたような状態だ。


「あ……アンジェラ……だめ……」


 ドロシーは思わず口を覆った。アンジェラの目的もわかる。彼女は「悪魔の串」でドロシーを殺そうとしていた。吸血鬼は心臓の酷い損傷で死ぬこともある。アンジェラはその可能性にかけていた。


 一方、アンジェラは自分の死を悟りながらもドロシーに執着していた。殺さなくては。ドロシーの抹殺は自分がやらねばならないからこその執着だ。アンジェラはあるものの存在を思い出す。バスの中で確認したあの感触。熱いような冷たいような感触。


 人としての存在を捨て去る覚悟はあるか。

 人間をやめる覚悟はあるか。

 光の魔法を捨てる覚悟はあるか。

 自らが忌み嫌う存在になり下がる覚悟はあるか。


 アンジェラはスカートのポケットからあのアイテム、紅石ナイフを取り出した。手に力が入らない。アンジェラは涙と血を流しながら紅石ナイフで手首に傷を入れた。


 ――血液がまじりあう感覚。自分が自分でなくなっていく。熱く、黒く、薄汚れた精神と遺伝子が体内で絡み合う。苦しい。だがその苦しみもじきに終わる。


「アンジェラ!!!」


「ドロシー……」


 アンジェラは人間をやめた。暗闇の中、月明かりだけに照らされたアンジェラの目が赤く光る。刺さった岩の棘から強引に抜け出すアンジェラ。彼女の血と肉が地面に飛び散るが、彼女の傷口は瞬く間に再生する。これが吸血鬼の力。


「アンジェラ……」


 ドロシーはアンジェラに近寄る。だが、なぜアンジェラが吸血鬼になったのかを考えていなかった。それこそが盲点。


「いえ、貴女を倒すならもはや手段なんて関係ないのよ。」


 近寄ったドロシーの胸倉をアンジェラは掴む。動揺するドロシーの首筋に牙を突き立て、アンジェラは彼女の血を啜る。



 アンジェラとドロシーを見たものはいない。二人が戦った別荘は焼け落ち、焼け跡だけがメーヴィスの岬に残る。そして、ドロシーの最後の手紙は鮮血の夜明団本部にたどり着く。





改稿部分もここで終わりです。続編の改稿も予定しております。

また、本日から「魔物の町4~ルーンと異界の旅日記~」の連載を再開させて頂きます。

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