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鮮血の刃  作者: 黒崎揄憂
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逃げる者

 メーヴィスの岬へ向かう長距離のバス。それは空を飛行する。


 バスの中、ドロシーはふと振り向いて氷を何かに撃ち込んだ。何か見られている気がしたのだ。


「見られている……ヨハネ……」


 ドロシーはどこか焦った表情で言った。アンダーウッドはこの状況を理解できない。


「私たち、きっと見られている。ヨハネがやったのよ。」


「大丈夫か、ドロシー。ストレスで気でも動転したか?」


 アンダーウッドが訪ねてもドロシーは首を横に振るだけだ。


「ヨハネが見ている。足取りがばれたかもしれない。」


「言っている意味がわからない。本当にどうしてしまったんだ?」


 アンダーウッドとしてはドロシーを心配しているつもりでもドロシーにそれは伝わらない。心配することをドロシーは求めてなどいないのだから。


「わたしを見ているヨハネという人物を殺して。せっかく逃げられると思ったのに。」


 もはや会話になっていない。この状態でドロシーが正気を保っているかすら怪しい。アンダーウッドは困ったような表情だった。


「そりゃ洒落にならないな。そもそもヨハネって誰だ?」


 アンダーウッドはドロシーに聞き返した。


「わたしを監視していた人。きっと情報は漏れたのよ……」


 このとき、ドロシーの目からは涙が出ていた。彼女は既に鮮血の夜明団を裏切っている。もはやその関係者に顔向けなどできるわけがない。ドロシーが最後まで本当に信じるつもりなのはアンジェラに他ならない。


「堕ちたな、ドロシー。そんな奴だとは思っていなかった。」


 声を絞り出すようにしてアンダーウッドは言った。ドロシーの過去を知るアンダーウッドだからこそ、そのような言葉が出てきた。父の罵倒や強制にも負けずにドロシーは魔物ハンターとしての仕事をしてきた。それだけではなく、アンダーウッドが吸血鬼になった少し後のことも。


「……いいの。まだわたしにはアンジェラがいる。わたしにはアンジェラだけがいればいいの。」


 顔を上げるドロシー。泣いているのか笑っているのか。その両方かもしれない。


「アハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 ドロシーの狂気を伴った笑い声はバスの車内に響く。乗客はドロシーとアンダーウッドだけ。この声を聞く者はアンダーウッドと運転手だけだった。注意する者もいない。


「アンジェラ……来てくれるよね……?」


 少し落ち着いたドロシー。だが、彼女は相変わらず不安定。どのようなきっかけで暴走するのかわからない。アンダーウッドは本当にドロシーに協力すべきだったのか迷っていた。


「ドロシー。もちろんセドリックのことは忘れていないな?」


「忘れていないわ。最悪置いて行ってもいいと言っていたけれど、私は別荘で待ち続けるわ。」


 と、ドロシーは言った。さっきの狂気が嘘のようだ。彼女の本心が何なのか、アンダーウッドにはわからない。



 メーヴィスの岬にバスが到着した。バスを降りた二人は停留所近くの森に入っていった。


「この奥よね。」


「ああ。ここの別荘の鍵は返していなかったからな。」


 アンダーウッドは鞄の中を探ると、「フォースター別荘5」と書かれた鍵を手に取った。間違いなく彼はデンホルムから信頼されていた。たとえ不当な扱いをされていようとも。


「で、ドロシー。本当に逃げ続ける覚悟はあるんだよな?」


「どうしてそんな事を聞くの?」


 覚悟を問うアンダーウッドの言葉をドロシーは突っぱねた。


「わたしの邪魔をしないでよ。邪魔をするなら……殺すわ。デンホルムみたいに。」


 赤い双眸がアンダーウッドを見つめた。もはやドロシーにアンダーウッドを生かす気は失せていた。どうやって殺すか。ドロシーは地下室で読んだ論文を思い出した。内容は吸血鬼の共食いにまつわること。ふとした好奇心と出来心だった。


 ドロシーは無言で氷の柱をアンダーウッドの心臓に撃ち込んだ。アンダーウッドはよろめく。光の魔法でなくとも心臓に何かを刺されることは吸血鬼にとってもかなりの痛手となる。


「ドロシー……」


「試してみたいことがあるの。私は人間じゃないのよ?」


 アンダーウッドの四肢が凍結した。ドロシーはアンダーウッドに近づくと彼の上腕をむき出しにして牙を突き立てた。


「この同族喰らいが……地獄へ行くぞ……」


 アンダーウッドは声を絞り出す。ドロシーの口元とアンダーウッドの上腕が触れる部分から血が零れ落ちる。アンダーウッドの生命力を宿す血はドロシーによって奪われてゆく。


「わたしは神を信じない。地獄なんてないのよ。」


 アンダーウッドはその声を聞いたのが最後だった。ドロシーはアンダーウッドの血を吸い尽くし、口元を拭う。そして、アンダーウッドから鍵を奪い取り、別荘へ向かった。


「吸血鬼の血は違うわ。これが生きる上での快楽というやつかしら?」


 血濡れのドロシーはそのまま別荘へと入っていき、扉を閉めた。静かなメーヴィスの岬に扉の閉まる音だけが響き渡った。




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