その行方を追って
ドロシーの襲撃が予想されていたオフィスビルの窓際にいるアンジェラ。窓から見下ろすビルの下はいつになく明るい。だが吸血鬼はこない。これはおかしいと思ったアンジェラの視界にとある吸血鬼が目に入る。
服が燃え、吸血鬼のものではないような灰と炭が付いた服など、その男性には炎を扱った形跡がある。彼は屋上から紙飛行機の形に折った手紙を飛ばしていた。誰かと連絡を取っているらしい。
その様子をよそに、アンジェラは窓から通りを見る。路地から出てくる女性魔物ハンター。カナリアだった。これで下が明るい理由はわかった。ほかでもないカナリアがやったのだ。
アンジェラは何を思ったのかその部屋を出てオフィスビルの階段を駆け下りる。
「あの、何かありました!?かなり急いでいらっしゃいますが!」
女性社員の声も聞かず、アンジェラは下に向かう。階段と靴のヒールがぶつかる音が辺りに響く。階段を降りたアンジェラはビルを出た。
ビルの外。燃え上がる炎の壁。引火した遺体などで辺りは明るく照らされている。
「アンジェラ!」
アンジェラの横からカナリアの声がした。
「お疲れ様です。この様子、ただ事じゃないですね。」
「そうだね。吸血鬼を追っていたが逃げられた。炎を使う吸血鬼でね。隈が特徴的なやつだったよ」
カナリアが状況を説明すると、アンジェラは表情を一変させた。表情からわかる通り期待外れ。アンジェラはほんの少し後悔していた。
「どうすることもできないな……。いや、写真くらいは。」
カナリアは薄手のコートのポケットから小型のカメラを取り出した。アンダーウッドを映し、その姿を写真に収める。はっきりとは見えないが屋上にいることが確認できた。これでいい。
「ところでアンジェラ。休暇と聞いたが全く休めていないじゃないか。」
「私だってドロシーを探しています。休暇くらい好きなことをさせてください。」
いつになく真面目な口調でアンジェラは答えた。その殺意と恨みと迷いの入り混じった瞳にカナリアは恐怖さえ感じる。止めるべきか。カナリアはしばらく考え込んだ。
「先生、止めても無駄です。私があなたを倒してでも押しとおる。」
「……いや、止めないよ。ただ無理はしなさんな。」
「ありがとうございます、先生。もし情報を得られたなら私に伝えてください。」
カナリアは無言で頷いた。ここで二人は別れる。カナリアはシオンのいる方へ、アンジェラはそれと逆方向へ。
足音がシオンの耳に入る。これはカナリアの足音。
「シオン!」
その声でシオンは振り向いた。
「すまないね。一人は取り逃してしまった。」
「それは仕方ないですよ。いくら俺たちが光の魔法を使えても逃げられてしまえば意味はないんですから。」
と、シオンは言った。シオンもカナリアも吸血鬼の逃げ足の速さは知っている。だがカナリアは何かを気にしていた。アンダーウッドが逃げた理由が気になる。
「カナリア先生?」
「いや、あの二人が何かを守っているようだった。」
もしかすると昨日の事件と関係があるのかもしれない、とカナリアは感じていた。だがこれはあくまでも直感。決定的な証拠があるわけでもなく昨日の事件を見てもいない。
「なんだって?」
カナリアが考えている一方、シオンはそれについて考えることを忘れていた。
「私は覚えているよ。『お前はあいつを』って言っていたことくらいは。」
「ああ、そうか。あの吸血鬼が言っていた。聞き出せなくてすみません。」
シオンは「あの吸血鬼」セドリックだった灰に視線を移した。サラサラとした灰はもはや人の形をとどめない。
「それとカナリア先生。あいつって誰ですか?」
シオンは尋ねた。
「いや、私もわからない。ただ逃げた吸血鬼の写真は撮ったから詳しいことをヨハネに調べてもらうか。」
カナリアはそう言うと小型のカメラをちらつかせた。それを使って敵のことを調べるにはまともに映っていることが前提であるが。
「その手がありましたか!さっそく調べてもらいましょう!」
状況の変化に対していちいちリアクションの大きいシオン。単純であるともいえるがカナリアは気にしていない。二人は都心部から鮮血の夜明団本部のあるエリアへと向かった。
夜も更けた頃、カナリアとシオンは鮮血の夜明団本部に戻ってきた。あらかじめ事後処理のために呼ばれていたヨハネがデスクワークにいそしんでいる。カナリアとシオンの帰りに気づいたヨハネは彼らを見る。
「お疲れ様。どうかな、あちらの様子は。」
ヨハネが言った。
「どうもこうもないさ。頼みたいことがある。」
カナリアはポケットからカメラを取り出した。アンダーウッドの姿をとらえたカメラだ。
「念写ですね。仕方ない。」
「このカメラでとらえた男の居場所を突き止めてほしい。」
カナリアは言った。写真を切り替えるとビルの屋上にたたずむ男の姿が写真の中に確認できた。
「いいですよ。画面に何も書かれたくなかったら印刷してくださいね。」
ヨハネは言った。
「じゃあ、シオン。印刷をよろしく。」
カナリアはシオンにカメラを渡し、シオンは写真を印刷機で印刷する。印刷できた写真をシオンはヨハネに手渡した。決して鮮明ではないが、下からの光で何者かの存在はわかる。顔もかろうじてわかる程度。
「お願いします。」
「ああ。」
ヨハネは写真に魔法陣を描くと、その上に薄い紙を一枚敷いた。そこに漫画家が使うようなペンを突き立てる。形容しがたい色のインクが広がり、その色が分離しながらアンダーウッドの姿が浮かび上がってきた。その隣にもう一人。
「彼女はドロシーなのか!?」
ヨハネはペンを握ったまま声を上げた。
「特徴はドロシーと一致しているね。キャリーバッグを持っているあたり、遠くへ行こうとしているのかもね。」
写されたものをのぞき込んでカナリアは言った。
「バスに乗っているね。内装からしてメーヴィスの岬に向かうやつだ。」
「マジですか……」
シオンはつぶやいた。シオンが焦っている一方でカナリアは冷静だった。
「ドロシーが関係しているのなら話が早い。アンジェラを向かわせる。」
「お願いしますよ。きっとアンジェラなら……」
シオンは口ごもる。その時、ヨハネが声を上げる。
「紙の上に何か現れた!これは……」
ヨハネが念写した紙。その上に氷の文字が現れた。
――みたな
その後、氷の文字は一瞬にして氷柱となる。ヨハネは椅子からとびのいて何とかよけることができた。氷柱は照明の一部を破壊できるほどに鋭い。この事象は空間をつなげる力に類似する念写であるからこそ起きたことだ。
「燃やしてください!カナリアさん!俺やシオンには対処できない!」
「わかっているさ。」
カナリアは指先から炎を放つ。映された風景、写真、すべてが燃えた。
「どうか無事に成功させるんだよ、アンジェラ。」