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第九十六話 変化する魔獣

「所詮、魔獣と言っても獣。この程度か」


 見事に攻撃を喰らい、窪みの中へと吹っ飛んでいったネメアを認めた後、黒騎士アインは独りごちた。


 彼にとって厄介だったのは、魔獣の持つ完全物理反射ただ一点のみ。それ以外の攻撃に関しては全く脅威ではなく、爪による斬撃のばら撒きもその鎧や強化されたステータスの前では無力に等しかった。


 そして、その唯一厄介であった物理反射も、鉄血の(アイゼンブラッド・)歯車(ギア)の三段階目に到達すれば意味がない。


 この固有スキルには、ギアを上げるごとにステータスを上げるという利点以外にも、ギアによって特殊効果がつくという特徴がある。


 特に、ギア・サードからつく特殊効果は、相手のあらゆる防御系スキルを無効化しダメージを通すというもの。


 この凶悪さ故、ギアをサードまで(とは言えそもそもサードまで上げる機会すら皆無に近いのだが)上げたアインに勝てる相手など先ずいない。


 片割れの白騎士すら、単純な勝負でアインに勝つことなど不可能なのだから。


「ここまで上げてしまうと、つまらないものだな」


 アインは更に呟き、大きく抉られた窪みに近づこうとする。


 ほぼ勝負は決まった。魔獣も今頃死んでいるか、生きていたとしても戦える状態ではないであろう。


 妙な仮面の男も、その仲間も、今のアインに太刀打ち出来るものなどいない。

 後は全て生け捕りにしてしまえば、それで終わりだ。


 そう思いながら、更に一歩踏み込むアインだが、突如視界が炎に包まれた。小爆発が発生したのだ、顔に命中した炎の矢によって。


 アインが射線の先を見やる。弓を射る格好をしたローブ姿の存在。先程のギアの引き上げによる余波で吹き飛んだ、連中の仲間だ。


 どうやら魔法を行使することが可能だったようだが――


「何だこれは?」

「――あ……」


 か細い声が漏れた。目深にフードを被っているため、男女のどちらかは判然としないが、悔しそうに歯牙を噛み締めているのは判る。


「――いかせないっす……」

「何?」

「ふぁ、ファイヤーボルト!」


 何かを細い声で呟いた後、今度は炎の礫が黒騎士の鎧に命中。それからさらに連続で魔法は続き、肩、首、頭、腕と命中していくが。


「――くだらん」

「――ッ!?」


 剣を一振り、別にこれといったスキルも使っていない。ただステータスに任せた力任せの一振りだ。


 しかし、それだけでフードの人物は吹っ飛び地面をゴロゴロと転がった。


「随分と頼りにならない仲間だな。その程度じゃただのお荷物でしかないだろう。全く、怪我をしたくなければ役立たずは役立たずらしく大人しくしているんだな。お前のようなゴミを相手するのもそれなりに手間なのだから」


 黒騎士が言い捨てると、倒れたフードの人物から咽び泣くような声が聞こえてきた。


 この程度の腕しかない分際で、一丁前に悔しいのか、と首をすくめつつ、邪魔者のいなくなった道を進む。


 だが、その時だった、例の魔獣が窪みから飛び出し、そして爪を振り回し斬撃を再びばら撒いてくる。


 黒騎士はそれを鬱陶しそうに処理しつつ、

「まだ生きていたか。中々しぶといが、ならばこれで――」

と発し、着地した魔獣に瞬時に詰め寄りその剣を叩き込んだ。


 だが――


「な、何!?」


 驚愕の表情を見せるアイン。何故なら、その一撃は何か見えない壁のようなものに遮られ魔獣の体に届くことがなかったから。


 しかし、これは本来ありえない。ギア・サードまで引き上げたアインの攻撃は、あらゆる防御系のスキルを無効化させる。


 そう、防がれるはずがないのだ。だが、それが届かない。

 魔獣はアインに己の側面を見せつけるようにしながら首だけ回し睨めつけていた。


 その瞳には何やら先ほどとは異なる意志のような物が感じられた。


 そして、驚くべき点はもうひとつあった。先程まで金色だった魔獣の毛並みが、今はすっかり白色に変化している。


「グオォオオォオォォオオオオオ!」


 そして、魔獣の咆哮。かと思えば、突如その全身から稲妻が迸り、黒騎士アインへと襲いかかる。


「ちぃっ!」


 魔獣から発せられた稲妻をまともに受け、アインは一旦その場から離れた。

 舌打ち混じりに苦々しい顔を見せる。


「まさか魔法が使えたとはな――」

 

 そして、魔獣を睨めつけつつ囁くように呟く。先程まで一切そんな様子を見せてこなかったが、今の雷を見るにそうとしか考えられない。


 そして更にアインは考えを巡らせる。先ず、見えない壁のようなものに関して。

 一見、物理反射の延長線上にあるスキルかと思えるが、実際には、今のは攻撃を防いでも跳ね返ってくることはなかった。


 その上で、アインの持つ防御スキル無効が通じていないのだ。

 そうなってくると考えられる手の一つは――障壁。そう、魔法の障壁だ。


 これであれば、確かに防御スキルとは捉えられない。ただ、それでも納得はしていないアインでもある。


 何故なら魔法の障壁というのはそこまで万能ではないからだ。言うなればあれは魔力を代償に盾を作っているようなものであり、完全に無敵などという代物ではない。


 ダメージを受ければ代わりに魔力が減っていくだけであるし、込めた魔力以上の攻撃を受ければあっさりと破壊される。


 今のアインのステータスは、基本ステータスと比べれば三倍程度まで向上している。

 その攻撃を受けても平気な程の魔力量を、この魔獣が保有しているというのか――アインは些か懐疑的である。


 ならば、他に何か理由があると見るべきかもしれない。アインはそう考える。それに、何かがどうしてもアインには引っかかっていた。


「グォオオオォォオオオ!」


 すると、再び魔獣が咆哮。かと思えば、今度は口から何やら球体を吐き出した。


 それは、轟々という激しい風の吹き荒れる音を伴っており――見るに球体そのものが激しく暴れまわる風の塊のようでもある。


「――こいつ、風の属性も使いこなすのか……」


 球体が動く先で、下草や地面がその中へと吸い込まれていく。どうやら外から内へ吸い込む力が強いらしく、しかも一度吸い込まれると中で吹き荒れる風の力でズタズタに切り裂かれてしまうようだ。


 それを認めたアインは、この球体をそのまま喰らうわけにはいかないと、自らダッシュし、地面を蹴り上げ大きく跳躍する。


 確かに吸い込む力は強いが、だからといって、離れた場所にあるものまで無尽蔵に吸い込んでいるわけではない。

 

 つまり大きく飛び越すようにすれば十分に躱せると、そう踏んだのだろうが。


「グルぅ――」


 球体を飛び越えたアインを、魔獣が見上げていた。そして再び口を開くと、集束されバチバチと迸る雷、そして空中漂う黒騎士に向けて雷撃が柱となってその身に襲いかかる。


 黒騎士の全身を蒼い稲妻が包み込み、駆け抜けていった。電撃に蹂躙され蝕まれる肉体。


 しかし――


「フンッ!」


 平然と、黒騎士アインは魔獣に向けて漆黒の剣を振り下ろした。

 魔獣の顔に、僅かな動揺が浮かぶ。流石に今の一撃であれば決まったと思ったのかもしれない。


 実際、ここに来てアインは初めてダメージらしいダメージを受けた。


 だが、それでもその進撃を止められるほどではなかったのも確かだ。


 アインが身につけているのは魔人器アエシュマシリーズ。

 全ての装備がアエシュマという名称で統一されている。現状は唯一兜だけ装着していないが、それでも魔法などの属性攻撃に対する耐性は絶大だ。


 ただ、やはりアインの攻撃は魔獣には届かない。見えない壁に遮られる。


 だが、諦めること無くアインはそこから更に踏み込み、更に体を回転するようにしながら魔獣の横、魔獣からすれば顔に当たる位置に移動しそのまま横薙ぎに剣を振るう。


 すると、魔獣も即座に身体の向きを変え、側面を晒しアインの攻撃を受け止めた。

 やはり見えない何かに阻まれるが――


「なるほど、そういうことか――」


 不敵な笑みを浮かべ、アインが大地に剣を突き立てた。

 刹那――魔獣の下腹部を貫くように大地から生まれた大剣が突き上がり、魔獣の身が上空へと浮き上がった。


「やはり、守れるのは身体の横側だけだったか――」


 呟くように述べ、そして浮き上がった魔獣に向けて黒騎士も飛翔、自らが作り出した剣を斬り上げ、破壊することで、削岩が散弾の如く魔獣に被弾していく。


 そのあまりの勢いに魔獣は体勢を変えることもままならず、そして飛翔した黒騎士はそのまま回転しながら斬撃の雨を魔獣の肉体に叩き込んでいく。


「――【天地裂閃昇】」

「ガァアァ――」


 黒騎士が己の技名を口にし、呻き声を上げる魔獣。その身は既にボロボロ。真っ白く変化した毛並みも赤く染まり、出血が雨となり大地に降り注いでいた。


「よくやったほうだがこれで終わりだ、【地落撃】――」


 そして空中漂う魔獣に向けて、回転しながら体重の乗った重い斬撃を振り下ろす。

 抵抗する力もなく、まともに黒騎士の剣戟を受けた魔獣。その毛並みはもとの金色に戻っており、そして地面に向けて高速落下。


 この勢いで地面に叩きつけられでもしたら、もう助かるまい、とアインも考えただろうが。


 しかし、その時、何かが落下する魔獣の真下に飛び込んできて、その身体を受け止めた。


 普通に考えれば、その人物も落下の衝撃に巻き込まれそうだが、何をしたのか、そのまま魔獣と共にふわりふわりと、綿毛のような柔らかな動きを見せ――そして地面に着地した。


「ふぅ、あっぶねぇ、よく頑張ったな」

「グルぅ……」

「貴様、まだ動けたのか――」

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