第九十三話 最速
「正直君の言っている内、いくつか意味の分からないものがあるけど、一つだけ確かなのは、つまり君は僕を倒すつもりだと、そういう事だね?」
「……そのとおりだ。そのいけ好かない顔面に先ず一発叩き込ませてもらうぞ」
薄ら笑いを浮かべながら問いかける白騎士にケントが返す。
すると、更に、ふふふっ、と白騎士が嘲るように声を上げ。
「判らないな。あれだけやられたのにまだ懲りないのかい? 正直命があるだけ幸運だと思うよ。それとも弔い合戦ってやつかな? だけど、下手なことしてもさっきの彼みたいに無駄死にで終わるだけだと思うけど」
「……あいつは、意味なくただやられるような男じゃない。必ず、何かを遺している筈だ」
そう言って、拳を固める。ケントは確信していた。この一連の行動の中で、シノブの分身は必ずこの白騎士を攻略する緒を残していると。
「――遺している……あ、そうか! 判った! あたい、わかっちゃったよ!」
すると、突如バーバラが閃いたという表情で若干前のめりになって叫ぶ。
「……判った?」
「そうさ! きっと、その白騎士は本体が剣なんだよ! 装備品の中には魂が宿って動き出すものがあるって聞いたことがあるんだ! だからその細剣を砕けば、倒せるはずさ!」
得意満面で語るバーバラ。だがしかし、肝心の白騎士はどこか余裕の表情で髪を掻き上げてみせた。
「ふふっ、ピンクちゃんの推測はなかなか面白いね。なら、狙ってみるかい僕の剣を? 試しにさ。尤も、君にこれが砕ければだけどね」
白騎士が細剣を弄ぶように振り回しながら挑発するように述べる。
すると、ケントも白騎士を睨めつけ。
「……そうだな、それも面白いかもしれない」
そう、言葉を返した。だが、その射抜くような瞳はあくまで白騎士の顔に向けられている。
「そうさ! 絶対それだよ! いつまでも余裕見せてるけど、内心焦ってるに決まってるさ!」
バーバラが確信めいた口調で自信を覗かせる。それに対し無言で白騎士の動きに集中するケント。
「つまらない男だね。折角美しい女の子がヒントを出してくれているのに、挨拶も無しかい?」
「……余計なことはいい。大体、仮面を被っているのになぜ美しいと判る」
「そんな事決まってる。世の中に美しくない女性なんて存在しないからさ」
白騎士がさも当然といった様相でいいのけた。どうやら彼は相手が女であればより好みはしないらしい。
「それに仮面といっても君も含めて目の部分を覆うだけの仮面だしね。見えている雰囲気でもなんとなく判るよ」
そして、今度はケントの仮面を指し示しそう言った。
「……そうかよ。いいからとっとと掛かってこい」
「ははっ、全く、せっかちな男は――嫌われるよ!」
遂に白騎士が、その大量の分身がケントに向かって来た。それぞれが細剣を持ち、左手を前に、右手を軽く後ろに引くという構えを見せ、飛び込みと同時の突きを狙ってくる。
だが、やはり相手はしたたかだ。彼我の射程範囲をしっかりと把握し、ケントのパンチが届かず己の攻撃が届く範囲を理解しての刺突の連射。
それに対してケントは――両手を顔の前に寄せ、ガードを固めていた。
無数に降り注ぐ突きの雨を、身体を振るウィービングや頭だけの動きで躱すヘッドムーブメント、更に巧みなフットワークも駆使して相手の攻撃を避け、ふと横撃してきた突きに関しても足を滑らせ瞬時に向きを変え、相手の攻撃を叩き落とすパーリングを決め、突きの軌道がずれ地面に向かう。
「今だよ! 剣を砕くんだ!」
バーバラが叫ぶ。だが、ケントはそのまま相手の懐に飛び込み、反撃のパンチを繰り出した。
だが、拳は白騎士の身体をすり抜けてしまう。
「あ~! もう! だから言ったじゃないか! 本体は剣なんだよ!」
「ははっ、残念だったね。全く、彼女の言うとおり剣を狙っていれば、僕を倒せたかもしれないのにね」
「……言ったはずだ。先ず、お前の顔に一発御見舞すると」
ケントの返しに、バーバラは唖然とした表情で立ち尽くし、白騎士は肩をすくめた。
「君はそんなことのためにチャンスを逃したというのかい? とても馬鹿らしいことだと僕は思うよ」
「……どうかな? 今の攻防だけで、もうお前の弱点の一つは判った。それがわかれば、後はいくらでもチャンスはやってくる」
ケントがニヤリと笑みを浮かべ、白騎士の眉が僅かに上がる。
「僕の弱点? 面白いことを言うね」
「……何だ、気がついていなかったのか? お前の攻撃はな、軽いんだよ。だからさっきのも含めていくら攻撃を当てたところで俺には全く効いていないし、今の一撃だってあっさり俺に叩き落された」
「軽い、だって?」
白騎士が眉をしかめて問う。
「……そうさ。その上、俺の攻撃から逃れるためにわざわざ距離を調整して攻撃している。ただでさえ軽い上に腰が引けた突きなんて怖くもなんともないさ。要するに、お前はただの臆病者って事だ」
煽るような言葉を相手に浴びせるケント。珍しくなかなかの饒舌ぶりだ。
そして白騎士は、フッ、と髪を掻き上げ――そして。
「それなら、僕の本気の一撃を見せてあげるよ!」
すると、今度は分身の内、一体だけがケントに向かって飛び込み、しかも距離を図ったものではなく力の篭った、渾身の一撃を撃ち放つ。
それが、白騎士の鋭い瞬速の突きが、今まさにケントに命中するかと思えた直前、ケントはウィービングでそれを既の所で避け、そしてカウンターの一撃をその顔面に叩き込む。
「――ッ!?」
だが、消えた。そう、消えたのだ、白騎士が。完全に捉えたと思ったその瞬間、まるで霧のように消え去り。
「甘いね! 安い挑発で誘ったつもりだろうけど、見え見えなのさ!」
ケントの背後から声が届く。弾かれたように振り返るケントであったが、その時には既に白騎士の突きがケントの身体を捉えていた、が――
「ぐぼぁあッ!?」
その瞬間だった。そう、まさにいま、白騎士の突きがケントの身を貫いたその直後、ほぼ同時と言っていいその時――白騎士の身体が大きく後方へと吹っ飛んでいった。
そして、地面に着弾し派手に転がり土埃を撒き散らす。
「ぐ、あ、が、そ、そんな、僕の、僕の、顔、が――」
だが、白騎士はまだ動けるようでもあり、顔を手で押さえながらも、片膝立ちで起き上がりケントを睨めつけた。
「……言っただろう? 先ずその顔面に俺の拳を叩き込むってな」
すると、ケントが拳を突き出しつつ、白騎士に言い放つ。
白騎士は悔しそうな表情でケントを怒鳴りつけた。
「ば、馬鹿な! 何故だ! どうして僕に攻撃が!」
「……判らないのか?」
悔しそうに奥歯を噛みしめる白騎士に、問うように言い放つケント。
そして――
「……だとしたら、お前は俺の最速を見きれなかったという事だ」
左手を突き出し、ケントが自信ありげに語った。
己の拳を信頼しているからこそ出る言葉であろう。
「さい、そくだと?」
「……そうさ、知らないのか? ボクサーのジャブは、あらゆる攻撃の中で一番速いのさ」