第八十五話 黒騎士
「と、塔が崩れていくっす。な、何か凄いものを見た気がするっす――」
目的もすみ、俺はふたりを抱きかかえる体勢に戻した。
二人共、まさかここまでするとは思っていなかったのか目が点になっている。
しかし、むしろこれぐらいしないと、閉じ込められていたシェリナを連れて行こうってわけだからな。
『あ! あの……いつもなら下には門番さんが、だ、大丈夫でしょうか?』
すると、シェリナが俺を見上げ、おずおずと石版を見せてきた。
あのピサロという槍使いのことを言っているんだろう。
「大丈夫だ。入る直前確認していたが、塔の前には誰もいなかった。処刑の事もあって、多くが市街の方に割かれたんだろう」
俺の説明にホッと胸をなでおろすシェリナ。優しい子だな。
とは言え、今回俺がシェリナの件も合わせて実行に移そうと考えたのはこれが大きい。
マイラの処刑を利用してしまったような形になってしまったが、民衆全員にわざわざ伝えるような大事に発展していたからな。
その分、当然広場の方に警備が集中する。
まぁだからといって、全く番兵がいなかったのは意外だったけど、いたとしてもとりあえず何とかするつもりはあった。
「とりあえず、これで工作も済んだことだし、とっとと帝都を離れよう」
そして、二人を抱えたまま帝都の外壁も越えて、森へと出る。
「よし、一旦このあたりで降りるとしよう」
二人にそう声をかける。シェリナもマイラも異存はないようだ。
この体勢で飛び続けるのは二人の負担も大きいし、あまり飛び続けていると逆に目立つ。
それに百雷でかなり忍気を消費してしまったから、帝都の周囲に広がる森とはいえ利用したほうがいいだろう。森の中なら身を潜める場所も多い。
正直言えば、森は森で、あの魔物使いがいる可能性があるが、例え出あってもあのマビロギなら手の内も判ってるしやりやすいからな。
眼下に広がる樹海を俯瞰し、着陸しやすそうな場所を探す。ぽっかりと空いためぼしい場所を見つけたので、徐々に高度を下げて降り立った。
「ふぅ、やっぱり人は地面に足をつけておいたほうが、動きやすいっすね」
マイラがどこかホッとしたように言った。空を飛べることに最初は喜んでいたけど、体勢がキツイだろうしな。
「……でも、密着できなくなったのはちょっと残念っす」
なんて思っていたら、今度は肩を落とした。中々忙しい性格だな。
そもそも密着の方がいいって狭苦しいところが好きとかなのか?
『わ、私ももう少し飛んでいたかったかも……』
シェリナもかよ! とはいえな。
「悪いな、俺もちょっと忍気、こっちでいう魔力みたいのが足りなくてな。補充は可能なんだが、少し時間が必要なんだ。ほんの少しだけ瞑想させてもらうよ」
「あ! そ、そうだったんっすか! 確かにあれだけの事をしたなら、力が足りなくなっても仕方ないっすね」
『私も理解しました! つまりカオス化したチャクラルギーをパージして、ディメンションフィールドにアクセスし、高次元忍空間にてトランスし、ホワイトライセンスでフルチャージしスーパー仮面シノビーダイナミックチェンジを行なうのですね!』
「……ん、なんっすかそれ?」
「マイラ気にするな。後シェリナ、頼むからその設定は一旦忘れてくれ……」
『ふぇ? どうしてですか?』
目をパチクリさせるシェリナだけど、今度はちゃんと本当の事を言おうと、俺は固く決意する。
「とりあえず、先ず瞑想して忍気を補充してから、少しずつ進んでいこう。実は後からもう一人、というか、一匹というか、とにかく合流する相手がいるからな」
俺が騒動を起こした影響で、聴衆もちょっとしたパニック状態に陥って、それを収めようとした影響で各門周辺の警備が手薄になっていたからな。
そのどさくさに紛れて分身の俺とネメアが一緒に帝都を出ている。分身とは記憶を共有しているから、俺の位置は既にわかっているはずだ。
ただ、分身は徒歩だから、少しだけ合流までは掛かるかも知れないか。
忍気を補充前に一旦、偵知の術で最低限可能な程度に周囲を確認。当然魔物はいるが、自然にいるタイプですぐにどうこうという事はなさそうだ。
確認も終わり、瞑想に入ることにする。魔力から忍気への変換率はあれからもちょいちょい暇をみて練習を積んだから、今は七十~八十パーセントってところだ。
この返還率で今の俺がゼロに近い状態からマックスまで回復するとしたら、完全瞑想状態で二十分ぐらいは必要だ。
だけど完全瞑想はよほど安全なところでないと難しい。その間は隙だらけになるからな。
だからある程度警戒のための意識は残すのが普通で、これだと三十分ぐらい必要になる。
尤もこれはゼロに近い状態の場合だが――とは言えかなり減ったのは確かだから、意識を警戒のために残しながらマックスまで二十分ぐらいは掛かってしまうだろう。
尤もそこまでのんびりはしていられないから、一旦五分程度で済ましてしまうつもりだけどな。
とにかく、目を瞑り、周囲の魔力を忍気に変換させて取り込んでいく。
「な、何か緊張するっすね……」
マイラの声が聞こえる。シェリナなんかは石版にドキドキとでも書いてそうだな。
それにしてもこういう時の時間というのは長く感じるもの――
「土遁・石壁の術!」
「きゃぁああぁああ!」
俺は咄嗟に瞑想を止め、正面を石の壁でガードした。だが、現出したかと思えば直ぐ様壁は弾け飛び、粉々になった石塊が乱れ飛ぶ。
突然の事でマイラも思わず悲鳴を上げてしまっていた程だ。
「大丈夫かマイラ!」
「うぅ、びっくりしたっす。な、何事っすか?」」
それは、俺にもわからないが、ただ、明らかに敵対している何者なのかは確かだろう。
「ふむ、俺の虚空刹を防ぐとは、中々やるようだな」
そして、今の一撃でなぎ倒された樹木を踏み鳴らすようにしながら、漆黒に包まれた男が近づいてきて、その姿を晒す。
『そ、そんな……どうして、こ、この方が――』
「あ、ありえないっす……だって、この方は……」
ふと、シェリナとマイラを一揖したら、二人共この男、黒騎士についてはよく知っているようだ。
尤も、マイラは当然か。シェリナも皇族なら知っていておかしくはない。ただ、石版は俺がすぐに消したけどな。知っているのが悟られると、厄介な事になりかねないからだ。
そして、改めて俺は一歩ずつ距離を詰めてくる男を確認する。
黒髪は後ろで纏められ、顔つきは彫りが深くワイルド。目は鋭角で視線だけで相手を貫きそうだが、顔だけ見ればクラスの女子が見惚れるほどの容姿でもある。色男というよりは野性味あふれる獣臭さがプンプンしているけどな。
肌は褐色で全身を漆黒の鎧に包まれながらも、その逞しさがありありと滲み出ている。
しかし、こんなところにいやがるとはな……マイラが驚くのも無理はない。
何故ならこの男は、俺達が最初にクラスを与えられた神殿で、イグリナの護衛を務めていた黒騎士だからだ。
「マイラ、俺も見覚えがあるが、やはり有名なのか?」
とは言え、基本情報はよく知らない。だから、マイラに確認してみるが。
「有名なんてレベルじゃないっす! 帝国の白い霧、イグリナ様の白き盾ロイド・フェルナンデス様と双璧をなす帝国の黒い嵐、イグリナ様の黒い剣、帝国軍第一近衛騎士団副団長アイン・マスタング様っすよ!」
そっと耳打ちしてくるマイラだが、まだ騎士の名残が残っているのか、イグリナにも様とか付けてるな。
それにしても久しぶりに名前聞いた気もするけど、今何をしてるんだか。
とは言え、白い霧というと、あのやたらと髪型を気にしていた白鎧の方か。
そして、こっちはその片割れの黒鎧。
どうやら副団長らしいが、それなら大したことない――なんて、思えるほど楽な相手って事もなさそうか。
何せ俺が今さっき偵知の術で周囲を探った時はこんな奴の気配は感じられなかった。
つまり、忍気を回復するための瞑想に入ったその僅かな時間の間に、こいつは俺達の制空圏に入り込んで、いきなり一発、技を叩き込んできたという事になる。
とりあえず、相手のステータスの確認ぐらいはさせてもらうか。
ステータス
名前:アイン マスタング
性別:男
レベル:52
種族:人間
クラス:鉄血騎士
パワー:3160
スピード:2280
タフネス:3080
テクニック:2800
マジック:0
オーラ :4000
固有スキル
鉄血の歯車
スキル
気配察知、自然回復、肉体硬化、直感、天裂閃、地動剣、虚空刹、地裂幻月、天昇剣、地落撃、天地裂閃昇
称号
一騎当千
これは、単純なステータスだけ見れば、迷宮の巨人の方が勝っている部分も大きいが――固有スキル、スキル、称号共に妙な物が揃ってやがる。
「――ふむ、いきなり鑑定とは、中々無礼なやつだな」
チッ、そこはいきなり感づかれたか。スキルにある直感が原因か。
どうやらあれがあると、ステータスを見られるなどした時は何となく判ってしまうようだな。後は、俺が偵知の術で探った時も、なんとなく察してその瞬間だけ近づいてこなかったのかもしれない。
その上、気配察知まであるのは中々やらしいな。自然回復、そして肉体硬化もタフさを更に底上げするのに一役買ってそうだ。
「ところで、帝都の方が今は随分と騒がしくてな。色々トラブルが重なっているようなんだ。例えば、一人の女騎士の処刑が妙な仮面を被った男の乱入で中断させられた上、二人共消えてしまったり、城近くの塔が粉々に破壊されてしまったり、そんなところだが――」
喋りながら近づいてくる男に用心しつつ、俺はとにかくシェリナとマイラを背中に隠すようにして、黒騎士アインと対峙する。
結局、忍気を補充出来た時間は三十秒程度だ。心許ないにも程があるな。万全とはいい難いが――そんなことで文句を言っても仕方ない。
そもそも、一度動き出した以上、常に万全状態なんてことの方がありえないんだ。
その時その時の状況をしっかりと判断して動いてこその忍とも言える。
高速で思考を巡らせる俺だが、そんな俺に向けて更にアインは話を続けてくる。
「――さて、お前たち、何か知っているか?」
「……さぁ? 俺達はただのしがない旅人だ。帝都で何が起きているかなんて知りやしないよ」
「そうか、お前も仮面をしているが、それでも知らないと言うのか?」
「知らなかったのか? この仮面、わりとあっちこっちで流行ってるんだぜ?」
とりあえずごまかすが、アインは、ふふっ、と笑みをこぼし。
「そんな嘘が、本気で通用すると思っているのか?」
「……チッ、やっぱ無理か。仲間が戻ってくるのを待っていたんだが、運が悪かったみたいだな。色んな意味で」
「ほぅ?」
興味深そうにアインが短い声を漏らす。とにかく、帝都で暴れまわった俺とは別人だと擦り込ませておく必要がある。
そんなごまかしが通用するのかと思えそうだが、俺だって帝都にいるときとは髪の色と声は変えている。しかし仮面は一緒だから仲間という点では信憑性は高くなるだろう。
そして普通に考えれば帝都でマイラを助けて塔を壊し、その直後にこの森に現れるなんて無理だ。空を飛んでやってきたとは思いもしないだろう。
「それじゃあ、とりあえずその仲間とお前たちについて聞かせてもらうとするか」
「おとなしく、教えるわけがないだろう!」
今の話の間、時間は十分に稼げた。印を結び、後ろに影分身を出している。当然、マイラとシェリナを守るためだ。
正直今の忍気で影分身は中々厳しいものもあるが、俺は俺で、先手必勝で――
「雷遁・霆撃の術!」
あの皇帝にも御見舞した拳の連打を、この黒騎士に叩き込んだ――




