第八十四話 とっておきの作戦
広場で派手目に暴れまわった後、風遁で空を飛び、俺達は目的の塔の前にたどり着く。
すると、外の様子を見ていたシェリナが随分と驚いていたな。喋ることが出来ないから、表情だけの判断だけど。
「マイラ、一瞬だけ落ちるような感覚あるけど、すぐにそれも収まる。だから落ち着いてくれよ」
「え? どういうことっすか?」
そう言っている間には、既に俺は瞬間移動の印を結び終えていた。時空遁にあたる忍術は他の忍術と併用が出来ない。
だから、瞬間移動が発動したその一瞬だけは、風遁が解け、落ちそうな感覚に陥ってしまう。
尤も、本当に一瞬の出来事だけどな。
「ひゃっ! て、あれ?」
キョロキョロとマイラが部屋の中を見回す。狐につままれたような顔を見せているが。
「マイラ、ここはもう塔の中だ。瞬間移動で移動したんだ」
「し、シノブは本当になんでもありっすね。でも、もうちょっとやそっとじゃ驚かないっすよ!」
『シノブ? え、え~と、こちらの御方は?』
「ところでこの子は一体誰なんっすか?」
そして二人同時にそれぞれの相手について聞かれてしまった。二人共初顔合わせだからそれはそうか。
それにしてもシェリナはなんか、ジ~、と見すぎだしな。
『ジ~~~~』
うん、石版にまで書いてるんだから間違いがないな。いつもなら騎士の格好していてそれでなんとなくわかりそうなものだけど、今は簡素な貫頭衣姿だしな。
「それにしても、なんで石版なんっすか?」
マイラはマイラで、訝しげな目でシェリナを見やり、疑問の言葉を吐く。
いや本当、知らないってのは恐ろしいものだね。
「マイラ、石版で会話してるのは、彼女、シェリナが今は事情があって声をだすことが出来ないからだ」
「え! そ、そうだったんっすか……それは大変な事っすね……それなのに、うん? シェリナ、っすか?」
「あぁ、シェリナだ」
「な、なんか聞いたことがあるような名前っすね……」
「お前なぁ、自分の所属していた国の皇女の名前ぐらいしっかり覚えておけよ。彼女はあの皇帝の三女、さっぱり似てないが、れっきとしたこの帝国の皇女様なんだから」
「あ! そうっす! どうりで聞いた事があると……そうっすか、皇女さ、皇女、お、お、おぉお、おぉおお、おおぉん、ぉお、おぉお、おおおおぉおおぉお……」
何だお前はオットセイか。
「お、皇女様なんっすかーーーーーー!」
「声がでけーーーーよ!」
思わず突っ込んだ俺の声もデカいけどな。それにしても随分な驚きようだな。
「そ、そんな事とはつゆ知らず! た、大変なご無礼を、お許しをっす!」
そして平伏した。微妙に震えてる。ビビり過ぎじゃないか? いや、相手が皇女と知ればこんなものか。
『オロオロオロオロ――』
ただ、シェリナはすっかりオロオロしているな。石版にそう書いているぐらいだから間違いないだろう。
「シェリナ、彼女はマイラといって、今はこんな格好だから判らないかもだけど、昨日まではこの国で騎士をやってたんだ」
『え? そ、そうなのですか?』
「あぁ、ただいろいろあって、濡れ衣、と言い切れない部分もあったけど、国家転覆を図ったという点では濡れ衣を着せられてな。処刑されかけてたんだ」
『えええぇ! い、一体どうしてそんな事に……』
石版を掲げながら、驚きに目を見開くシェリナだ。互いに普通でない事情を抱えているから、疑問も尽きないだろうな。
『と、とにかく、そのように謝らなくても大丈夫ですので、どうか楽にして下さい』
「マイラ、シェリナ皇女が楽にしてくれってさ」
「う、うぅ、なんという寛大な御心っす」
そして立ち上がったマイラは、今度は俺に視線を向け。
「……それにしても、皇女様を呼び捨てとか、一体シノブは本当に何者っすか?」
「いや、何者って既に説明したとおりだよ。彼女は何というか、元からこんな感じだし、畏まられる方が苦手みたいだからな」
「そ、そうなんっすか。それにしても交友関係広いんっすね……」
勝手に広がっていってるんだけどな。
『ところで先程からシノブと申されてますが……』
あ、そうだった。俺もうっかりしてた。まぁ、どっちにしろ隠しておくつもりもないんだが。
「あ~なんだシノブというのは――」
『待って下さい!』
「え?」
『私、判ってしまいました!』
判ったって何がだ? そこはかとなく嫌な予感しかしないんだが……。
『シノブというのは――世を忍ぶ、仮の姿なのですね!』
「ふぇ?」
やっぱりそう来たか……マイラも口を半開きにさせて妙な顔を見せている。
『ですが! 安心して下さい! シノブの正体が実は仮面シノビーだとは、絶対にいいませんから!』
いや、だからそれ逆だし。おまけになんというか、言ってる側からバレてますよねソレ?
「な、何かよくわからないっすが、とりあえずシノブとシノビーが同一人物なのは知ってるっす! それより、どうして皇女様がこんなところに閉じ込められてるっすか? 何で喋れないっすか?」
『私も、気になります! マイラ様はどうして濡れ衣を着せられてしまったのですか!』
二人揃ってぐいぐいと詰問してくる。そして両方共顔が近い。勘弁してくれ、タイプは違えと、見た目で言えば二人共かなりのものなんだから。
「とにかく、そのへんの説明は後回しだ。今は、シェリナ、君に本題を伝えないといけない」
『え? 本題ですか?』
石版を掲げるシェリナに、俺はコクリと頷き。
「色々事情があってな、俺は君の願いをきくことにした。つまり、これから君をこの塔から外に連れ出す」
俺がそう伝えると、シェリナの動きが止まる。石版を胸元に寄せ、ぎゅっと抱きしめながら、その瞳に涙が溜まって、て、えぇええぇええ!
「ちょ、ちょっと待て! もしかして、い、嫌だったか? 俺、何か勘違いした?」
『ち、違います! これは、嬉しくてつい……』
指で涙を拭いながらシェリナが言う。嬉しかったのか、しかしそこまでとは……。
『でも……仮面シノビーはもう少し女性の気持ちも汲めるようになった方がいいと思います!(プンプン)』
かと思えば、今度はプンプンといった様子で何故か怒られてしまった。わざわざ括弧で表現するぐらいだからよっぽどなのか? 俺にはさっぱり何が悪かったのか判らないんだが……。
「シノブが女の子の気持ちが判らないという点は皇女様に同意っす」
同意って……マイラ、お前もか。
「でも、本気で連れ出す気っすか? そ、それは、もうシャレにならない気がするっす……確実にお尋ね者扱いまっしぐらっすが」
「まぁ、その可能性は否定できないが。でも、なるべくそうならないよう、俺も細工はしていくつもりだ」
俺がそう答えると、細工っすか? とマイラが首をかしげる。
シェリナも、
『一体どんな細工なのですか?』
と目をパチクリさせた。
「とりあえず、時空遁・次元収納の術――」
印を結び、次元収納の中身を確認。予定なら、そろそろ分身がババアから受け取っている筈だけどな、て、あったあった。
俺は、布に包まれた三つの塊を床に並べて寝かせる。
それに、ますます疑問顔の二人であり。
「何が入ってるっすか?」
『これはなんなのですか?』
やっぱりそうきたか。気になるよなやっぱ。
「マイラのは急な話になったから、上手く用意してくれるか心配だったけどな。とりあえず俺は中身確認するけど、あまり気分のいいものでないと思うから二人は見ないほうがいいな」
「そ、それって、一体どういう意味っすか?」
「中身が遺体だからだよ」
俺が答えると、二人共忌避感を抱いたのか若干たじろいだ。
「な、なんで遺体なんて?」
「決まってるだろ。マイラがさっき言っていたように、このまま普通に連れ出してもすぐに手配書が回って賞金首だ。だから、ここは事故を装い、死んだ事にしてもらう。その為には遺体ぐらいないとな」
『み、身代わりって事なのですね……』
シェリナが表情に影を落とす。だから、大事な点はしっかり説明しておく。
「言っておくけど、この遺体は元から遺体だったものだ。別に今回のためだけの為に特別用意されていたものじゃないし、できるだけ真っ当なものは避けた。つまり、遺体の中でも生前善い行いをしてこなかった連中って事さ」
この説明で納得できたかはしらないが、納得してもらわないと困る。これぐらいは常套手段の一つだしな。
「で、でも、顔とかはどうするっすか?」
「そこは、依頼した相手がある程度なんとかしてくれてる。ま、どちらにしろ、これから――まぁ、それはいいとして、二人とも急いでこれに着替えてくれ」
俺は更に次元収納から新しい衣装を取り出して手渡した。といっても、そこまで洒落たものじゃないし、フード付きの全身を覆い隠せるローブってとこだ。
も、勿論下着はセットにしたけどな。ただ――
「正直サイズは、な、なんというか想像でえらんだ。でも、紐だからある程度調整出来るだろ?」
『そ、想像……』
「シノブが、あたしを……」
「いや、だから別に嫌らしい意味じゃないからな! とにかく、俺はあっち向いているから!」
そう言って二人には急いで着替えを済ましてもらった。フードも目深に被ってもらったし、念のため仮面も買っておいたからそれも着けてもらう。
『わ、私が憧れの仮面シノビーに……』
いや、そういうわけじゃないんだけどな。
とにかく、着替えてもらった後は、元の服を遺体に着させ、俺の黒い服も着せて、俺は俺で別な衣装に着替えた。
「よし、じゃあふたりとも俺の側によってくれ。そして俺の身体をしっかり掴んでいてほしい」
「こ、こうっすか!」
『ギュゥウウウゥウウ』
シェリナが器用すぎるが、俺は両手をあけておく必要があるからな。
「さぁ、少し派手にいくぞ。音も鳴るし、塔も揺れると思うし、色々降ってくるだろうけど、俺がなんとかするからな」
ますます俺を掴む腕が強まっているが、俺はすぐに印を結び――
「雷遁――百雷の術!」
術を発動。途端に空が割れたような音が鳴り響き、塔に向かって百本の雷が直撃した。
それを数度続けると、天井が崩れ、頭上から破片が崩れ落ちてくる。塔も揺れていて、ふたりとも思わず悲鳴を上げているが。
「よし! 一気に上昇するぞ。しっかりしっかり掴まっていろよ!」
今度は風遁で塔を飛び出し、ふたりを抱きかかえたまま、急上昇で高度を更に上げる。手を伸ばせば雲に届くんじゃないのか? とも思えそうな位置で、二人に少しの間また手を放すから、と伝え、俺を抱きしめる力がギュッと更に強まったのを確認し――
「百雷の術、百雷の術、百雷の術、百雷の術、百雷の術、百雷の術ーーーーーー!」
更に塔へ向けて百雷を連続で行使。数百本の雷が塔に直撃し、さしもの塔も耐えきれず――崩壊し、粉々になって崩れ落ちていった。
そう、これが俺の狙いだ。一応忍者はいたとはいえ、帝国側はあの様子だと忍術は知らない。
だから、この雷も天災だと思うことだろう。そして塔には俺達に似せた遺体を放置してある。布に包んではおいたが、あれはそれほど丈夫じゃないから、この雷で完全に消滅しているはずだし、遺体もこれだけの雷に打たれたなら、死体だけでは誰かわからないほど損傷していてもおかしくはない。
だけど、衣類は元々着ていたものを身に着けさせているからな、それを見て最終的には俺達は死んだと判断することだろう。勿論、天災による不幸な事故死って事でな――