第八十三話 仮面シノビー大暴れ
我ながら恥ずかしい啖呵を切ってしまったなと思う。これ、シェリナと話している内に決まっていた決め台詞的なアレなんだけどな……。
とりあえず俺に注目を集めて、マイラの処刑の手を一瞬でも緩めるのが目的だったんだが、それは上手く行ったようだ。
言い終えた後スゲー恥ずかしさが込み上げてくるけどな! 眼下にはケント達の姿もあるが、ケントの目が冷めている、マイもだ。
だけど、チユは何か目をキラキラさせているし、ユウトから熱い眼差しを受けているな。
カテリナは……唖然としているな。それはそうか、そしてカコはなんでそんなに呆けてる? 目がなんだかトロンっとしてるし眠いのだろうか?
まぁいいか、とりあえず騒がしくなってきたし。
「とぉ!」
掛け声を上げ、俺は空中へ飛び立った。勿論体遁で肉体は強化済みだ。そのままマイラの近くへ降下。
落下の衝撃で石畳が剥がれ、破片が大量に跳ね上がる。
「テメェら! いい加減その汚い手を放しやがれ!」
そしてマイラを押さえ込んでいる連中を霧隠流旋風脚で吹き飛ばした。これによって半ば諦めかけていたようなマイラの目が再び輝きを取り戻す。
「え? え? な、なんすかこれは! あんた誰っすか!」
「俺は、か、仮面シノビーだ!」
「ふぇ? シノビー、あ、もしかして!」
「シッ! とにかく今はおとなしくしていろ――」
俺はそっとマイラに耳打ちする。流石にマイラは気がついたか。ただ、とりあえず黙ってもらわないと。俺の正体をここで言われたら元も子もないしな。
「俺様の前で、処刑される女とイチャつくとはいい度胸してるじゃねぇか」
すると、ヌッと俺とマイラを覆う影。後ろっす! とマイラが注意を促してきた。
そして俺が振り返ると同時に。
「まとめて死ね!」
マイラの首を落とそうとしていた処刑人が、その巨大な斧を振り下ろしてきた。
「全く、折角の大事なシーンに、野暮な奴だなお前は」
「な!?」
だが、俺はその斧を人差し指と中指の二本で挟んで受け止めた。
一度やってみたかったんだよなこれ。思ったより簡単に出来てちょっと感動だ。
「ぐっ! 馬鹿な! たかが指二本で、この俺の怪力を!」
自分で怪力って言っちゃうかね。そういうところがなんとも三下っぽいなこいつ。
そして、俺が挟んだ指に力を込めると、パキンっ! という音を奏で、斧の片刃が見事砕けた。
「ば、馬鹿な! 何人もの首を刎ねてきた俺の斧が割れただと!」
「だったら少しは手入れしろ、よ! と」
狼狽する処刑人が持つ柄に、俺は思いっきり蹴りを入れる。
すると、その反動で、斧が跳ね上がり、逆側の刃が処刑人の肩に食い込んでいく。
「え? ぎゃ、ギャアアァアアァアアアァア! 俺の、俺の肩がーーーーーーおがあぢゃーーーーん!」
マジかよ。確かに結構深く食い込んだけど、肩ぐらいで叫びすぎだろ。本当見た目だけだなゴツいのは。
「どこの何者か知らないが、余がおるにも関わらず、随分と大胆な真似をしてくれたものだな」
転げてる処刑人の頭を踏みつけ、おとなしくさせたところで、相当な威圧が俺に去来する。
その発生源は言わずと知れた――皇帝陛下のライオネルだ。
相変わらず厳つい顔をしてやがるな。そんなのが剣を抜いて俺を睨みつけてきてるのだから、並のやつなら失禁ぐらいしてもおかしくないな。
「そこの娘ともども、生きてここから出られると思うなよ? 者共出合え出合え!」
そして、皇帝が語気を強め周囲に呼びかける。
いや、それにしても出合え出合えって、ちょ、ちょっとマヌケな気がするけど。
とは言え、号令によって騎士や兵士がわらわらと出てきてあっという間に取り囲まれた。
三百人はいるか。こんなに用意していたんだな。
「し、シノビー! 大変な状況っす!」
「あぁ、まともにやるのはちょっと面倒だな」
一掃するような忍術は破壊力がありすぎて、周囲に被害が出てしまうからな。かといってマイラの事もあるから、流石に悠長に相手にはしていられない。
この後のこともあるしな。
だから――俺は腰から霧咲丸を抜く。周囲の連中が警戒心を露わにしたな。
何か仕掛けてくるつもりと考えているのかもだが、それは間違いではない。
ただ、お前らの思っているのとは違うだろうよ。
「周囲を覆い隠せ、霧咲丸!」
俺が声を上げると、霧咲丸の刃から濃い霧が吹き乱れ、一瞬にして広場が濃霧に包まれる。
「な、なんだ!」
「霧だ! 突然霧に包まれたぞ」
「クソ! これじゃあ何も見えねぇ!」
俺たちを囲みだした騎士や兵士が騒ぎ出す。その間にマイラの枷を叩き壊した。
「立てるかマイラ?」
「だ、大丈夫っす、信じてたっすよシノ――むぐぅ」
「おっと、名前はまだ明かすなよ」
俺は人差し指でマイラの口を塞ぎ、そして、
「ちょっとだけ待ってろすぐ済むから」
と、言い残して目的の相手に向けて疾駆した。
これだけの霧でも持ち主の俺からは半透明状に見えているため、相手の位置がわかる。
そして俺の正面。
「むぅ! 誰かさっさとこの霧を何とかせぬか!」
そんな事を叫ぶ皇帝の姿。意外にも、皇帝も霧の中じゃ相手の位置を確認出来ないみたいだな。
だから――せめて、一撃ぐらい、入れさせてもらうぜ!
「雷遁――霆撃の術!」
印を結び、俺の両手に雷が宿る。バチバチと電撃が迸るその拳で、一気に皇帝との距離を詰めガラ空きの顔面を殴りまくる。
霆撃の術は、雷の宿った拳で相手を瞬時に乱打する忍術だ。
「グボガァアァアアア!」
すると、情けない声を上げて――皇帝が吹っ飛んでいった。
本当に吹っ飛んでいった。しかもかなり派手に飛んでいって、広場の奥の樹木に叩きつけられた。木々がへし折れ、皇帝が折れた木と一緒に地面に倒れ、ピクピクと痙攣する。
完全にのびたかこれ?
――え? 本当に? いやいや、あれだけの威圧かけておいて、こ、こんなものなのか?
いや、確かにそれなりに強めにはいったけど、まさかこの一撃でここまでダメージを受けるとは思っていなかったぞ?
な、なんかイメージが。世紀末の覇者みたいな雰囲気を醸し出しておきながら、こんなにも手応えがないとは――
「ふぅ、何か冷めたな――」
頭を掻きつつ、気持ちを吐露する。
いやだって、正直碌でもなさそうな奴の雰囲気はあったけど、同時に強者の気配は出していたからな。
それがこれとは――残念もいいところだ。こんなのによくついていたな、あの男も。
「待たせたな」
「え? 終わったっすか?」
「あぁ、皇帝をちょっとぶっ飛ばしてきた」
「ふぁ! な、何をさらっととんでもないこと口走ってるっすか!」
とりあえずマイラの下に戻り、概要を説明する。かなり慌ててるマイラだけどな。
「いや、あいつマイラの処刑も無慈悲に承諾したんだろ? そんなヤツ許しておけないしな」
「え? し、シノブ、もしかしてあたしの為に――」
「じゃ、持ち上げるぞ」
「ひゃ!」
とにかく、俺はマイラを両手で抱え上げる。おぶらせてる余裕もないし、この方が早いからな。
「ちょっと揺れるかもしれないから、しっかり掴まってろよ」
「……うん、判ったっすシノブ」
……いや、な、なんだ? マイラの雰囲気がちょっと変わったというか、首に腕を回してギュッと抱きついてくるような格好になってるぞ?
顔もなんか近いし、ま、まぁしっかり掴まっていろといったの俺だけどな。
まぁ、いい。とにかく、俺は広場の石畳を蹴り上げ、一気に跳躍する。更に風遁の力も利用し、空を舞った。
地上を確認したところ、まだ霧に包まれているし、俺達がどこにいったか気づいている奴はいないだろう。
「す、すごい。空を飛んでるっすシノブ!」
「あぁ、このまま目的地まで一気に移動だ」
「も、目的地、やっぱ、帝都を出るっすか?」
「その予定だ。マイラだってもうここにはいられないだろう?」
「い、いられないどころか、間違いなく賞金首扱いっす……」
マイラはしゅんっとしているが、賞金首になるのも色々と面倒だからな。
だから、まぁとりあえず。
「ただ、出る前に先ずは塔に向かうぞ!」
「へ? と、塔っすか?」
「あぁ、城の近くにあっただろ? 高い塔が。あそこだよ」
「へ? で、でもあんなところに何の用っすか?」
うん? なんだこの様子だとマイラはあの塔に誰が幽閉されているか知らないのか?
ふむ、もしかしたらそれは全員が全員知っている話というわけでもないのかもな。
冷静に考えてみれば、娘でもある皇女を幽閉しているのは外聞が悪いのかもしれない。
とは言えだ――そんなマイラにニヤリと笑い俺は答える。
「決まってるだろ? 囚われのお姫様を救いにいくのさ」