第八十一話 執行の日
「この私に部屋に残れとはどういうことだ!」
明朝、部屋までカコの様子を見に来たカテリナであったが、そこへ突如ぞろぞろと多数の騎士が部屋に押し入り、カテリナにカコと二人部屋に残るよう告げてきた。
その処遇に納得がいかないとカテリナは噛みつき。
「しかし、流石にカコ様を処刑の場所までお連れするわけにはいかないでしょう。かといって、処刑が終わるまでの間は、宮殿の人の数も減ります。ですから、姫様はここに残り、カコ様の面倒を見るようにと、これは陛下のご意向でもございます」
「ち、父上が?」
「左様でございます。ですから本日はどうかカコ様のお側から離れないようお願い申し上げます。それでは――」
それだけ言い残し、伝令に来た騎士たちは去っていった。あまりのことに愕然となるカテリナであり。
「馬鹿な……そこまでして処刑を実行しなければいけないというのか――」
悔しさを吐露した言葉に乗せる。握りしめた手に、自然と力が篭った。
「……カテリナ様」
すると、カテリナがやってきてから窓の外を眺め続けていたカコが姫騎士を振り返る。
「あ、済まない、貴方の気持ちも考えず、つい自分の事ばかり」
思わずカテリナが謝罪する。納得できない事も多いが、よくよく考えてみたらここには当の本人であるカコがいる。
カテリナの前では努めて元気そうに接してくれる彼女だが、何がきっかけで悍ましい記憶を呼び覚ますか判らない。
そう考えたカテリナだが――
「……私が一緒にいくのでは、だ、駄目ですか?」
「え? い、一緒にと言うと……」
「はい、そ、その、広場にです」
「いや! しかし、今の話にもあったとおり、刑を執行されそうになっているのは、貴方も知っているマイラという騎士なのです。それなのに――」
「はい、わ、私も正直信じられません。あの騎士様は、し、シノブ君が落ちた時にも真っ先に自ら穴に飛び込みました。そのような御方が、命を奪われるような罪を犯したとは、私にはとても……それなのに処刑だなんて、心が痛みます」
沈痛な面持ちなカコに、同じくカテリナも胸を痛めたが、それを知りながら、なぜ敢えて見にいこうというのか――
「では、何故?」
「……もし私が一緒にいくならカテリナ様も動けますよね? カテリナ様も同じ気持ちだと感じました。それならば、広場に行けば、カテリナ様なら刑の執行を止められませんか?」
それを聞いてカテリナも、ハッ、となった。確かにあの騎士たちは、最終的にはカコの側を離れないようにとしか言っていない。
それならば、カコが広場に行きたいと言うならば、カテリナは一緒に付き従うことで、間接的ではあるが、処刑の場に居合わすことが出来る。
だが、カテリナは考える。ここで安易にカコの言うとおりに動いていいものかと。
勿論カコが決意したことではあるが、もし行動に移すなら処刑を取りやめさせる事は必須となる。
当然だ、少なからず面識のあるマイラの処刑を、もしカコが目の当たりにしてしまったなら、そのショックは計り知れない。
しかし、かといってカテリナ自身、本当に処刑を取りやめることなど出来るのか。父上も決定に応じた、この処刑を本当に自分なんかが止めることが出来るのか?
そもそも、そんなリスクを冒してまで、カテリナがやるべき必要のある事なのか――
「大丈夫ですよカテリナ様、これは、私が行きたいというだけなので、例え何があっても、貴方に責任を求めるなんて事はありません」
しかし、カコは優しく微笑みそう述べた。
それを聞き、カテリナは自分が恥ずかしくなった。今も結局自分は、己の正義を打算という名の天秤に掛け、行かなくて済む言い訳ばかりが頭を過ぎってしまっていた。
「……ありがとう、そして済まない! 私は自分が情けない!」
「ふぇ! い、いえ、そんな頭を下げるようなことでは! ど、どうか頭を上げて下さい!」
慌ててカコがカテリナの行動を制する。カテリナとしてはこのまま五体投地で詫びを入れたいぐらいの心情だが、カコからすればそのような事をされてもさっぱりわけがわからないだろう。
「でも、不思議ですが、その、例えカテリナ様が訴えた結果がどのような形になろうと、マイラ様は助かる気がするのです」
「うん? それは一体どういう事だ?」
「……本当に、馬鹿らしい話かもしれませんが、せ、正義のヒーローが来てくれると、そ、そう、思えてならないのです」
姫騎士の問いかけに、気恥ずかしそうにしながらも、カコはそう答えた。
◇◆◇
「――この者は、グランガイム帝国の帝国騎士という立場でありながら、陛下を愚弄するような事をこの手帳に――あまつさえ、国家転覆を図る内容を……」
司祭服の男がつらつらとマイラの罪について綴られた証文を読み上げていく。
この男は帝国の裁判官を務める男だ。
今回、マイラの処遇を最終的に決定したのもこの男である、処刑などが執行される際は、このように罪人の罪を聴衆の面前で読み上げたりする。
広場には多くの民衆が集まってきていた。彼らは彼女が市中を引き回されている時も、興味深そうに見ていたものだ。
マイラにとって唯一幸運だったのは、処刑の知らせから執行までの時間があまりに短く、多くの民は一体彼女がなぜ処刑されなければならないのか、イマイチ判然としていなかった事だろう。
これがもし、罪が明らかなものであった場合、引き回しの段階から容赦のない投石を浴び続けるところだ。
だが、おかげでそのような暴動のような事態にも発展せず、マイラの身は処刑される事が決まった罪人にしては、特に女としてみたら、驚くほど綺麗だ。
ただ、マイラが残念に思うのは、当然といえば当然だが、折角のハイ・ミソウルの胸当てや、騎士の剣は奪われ、今は簡素な貫頭衣だけを着せられた状態であること。
折角シノブが譲ってくれた胸当てが、没収されてしまった事が、たまらなく悔しい。
だが、今更そのようなことを悔やんでも仕方のない事か……マイラはすでに諦めに似た感情を抱いていた。
この文章が読み上げられ、夕刻の鐘が鳴り響くと同時に処刑は実行される。
時間がないからか、ギロチン台などの用意は間に合わず、結局地べたに寝かされた状態から処刑人の斧で首を刎ねられる形に決定した。
そして――裁判官がマイラの罪を全て読み上げ、最後に言い残すことはあるか? と尋ねてきた。
その時であった――
「ならば、そこにいるマイラの代わりに私が述べよう!」
「……は? え、な! カテリナ殿下! な、何故このような場所に!」
「馬鹿な! 姫様には、カコ様の側を離れないよう言い伝えておいた筈だ!」
「は、はい! ですから、私も一緒に、こ、この場所に同席しました! これで、問題ありませんね!」
裁判官も、周囲の騎士たちもざわめき出す。斧を持った処刑人も、わけがわからないといった表情だ。
「クッ! 何を馬鹿な! そんな屁理屈が通ると本気で思っているのですか!」
「通る! 誰がなんと言おうと、私はこの処刑に納得などしていない! だから、改めて言おう! 騎士としてではなく、グランガイム帝国皇女の名のもとに命じる! この馬鹿げた処刑を即刻中止するのだ!」
この騒動に、聴衆達も騒ぎ始めた。まさか、決まった刑を取りやめろなどと、それを第一皇女である姫騎士が訴えるとは――
「――全く、我が娘ながら愚かな事だな。皇女の名のもとにだと? 調子に乗るのも大概にしておくのだな!」
だが、広場に厳格にて高圧、その一喝だけで帝都中の人々を黙らせたのでは? と、思えるほどの怒声が鳴り響く。
「へ、陛下!」
その声に、全員の視線が注がれる。そこにいたのは右肩に竜、左肩に獅子を乗せた装飾が施された、黄金の全身鎧を着た男、今上皇帝ライオネルの姿だ。
「ち、父上……」
「ふん、いつの間にか宮殿から消えたと聞いていたが、案の定であったか。全く馬鹿げたことだ」
ゆっくりと近づいていくライオネルだが、その威圧感は百戦錬磨の歴代の騎士すら裸足で逃げ出しそうな程だ。
皇帝という立場でありながらも、一歩ごとに膨れ上がるオーラからは、強者の香りしか漂ってこない。
思わず騎士も裁判官も、聴衆すらも言葉を失い、息を呑む。
「さて、カテリナよ、貴様はこの処刑に反対なようだが、判っているのか? この件に関しては当然余も了承している。余が認めておるのだ。にも関わらず、お前はその矮小な、所詮は余の威を借ることでしか発揮されない仮初の皇女という立場で、中止させようというのか? 貴様程度の、姫騎士と讃えられた程度でのぼせ上がった、稚拙な了見で、本当にこの処刑を止めさせられると思っているのか?」
カテリナは、思わずライオネルから目を逸らした。逸らさざるを得なかった。それほどの圧力、圧倒的な存在感。
それに、飲み込まれそうになった。前と同じく、そう、シェリナの時も――
そして、当然ライオネルはそれに気が付き、フッ、と鼻で彼女を笑った。
「どうやら、娘も自分がどれほど身の程知らずかを理解したようだ。さて、これで邪魔者はいなくなったな。予定通り、処刑を実行するが良い」
ライオネルがそれを告げるとほぼ同時だった。教会の鐘が鳴り響く。夕刻を知らせる鐘。そして――新たな死を告げる鐘の音。
だが、カテリナは一旦ギュッとまぶたを閉じ、そして再び大きく見開き、父上! とその背中に向けて叫び上げる、が。
「その先を一言でも口にしてみろ、余に楯突いたとみなし、協力したそこの娘共々、問答無用でその首を刎ねる」
睨みつけてきたその眼は――本気だった。心臓を鷲掴みにされたような感覚が、彼女を襲う。息が止まる――その瞳には、マイラを地面に押し付ける騎士たちと、首刈り用の斧を手にした処刑人の姿。
(私は――無力なのか……)
そんな感情が全身を包み込み――その時だった。
「その処刑、天が見放しても、この俺が見放さねぇ!」
ふと、そんな声が空の方から降り注ぐ。聴衆達が再び騒ぎ出す。
「……誰だ、この馬鹿は」
「へ、陛下! 上です! 教会堂の上に人影が!」
何? とライオネルが騎士の指差す方を見やる。
すると、そこには確かにいた。おかしな仮面を被り、黒い妙ちくりんな風貌をした男が。
「だ、誰だ貴様は!」
裁判官が叫ぶ。すると、ハッハッハッハッハ! と仮面をした何者かが高笑いを決める。
「や、やっぱり来てくれたのですね……」
そして、その姿に眼鏡の奥の瞳をうるうるさせる少女が一人。
一様に注目する中、黒い風貌の仮面男は声を上げた。
「空が叫び、地が震える! 海は荒れ、そして山が歓喜するだろう! 俺の言葉を聞け! この姿を目に焼き付けろ! この俺こそが、仮面シノビーーーーーーッだ!」
仮面シノビー……何者なのか……




