第七十九話 マイラの危機
「マイラが処刑されるって、それは本当なのか?」
一人の兵士に聞く。一応マイラには先に行かせたものの、様子が気になって念のため探りを入れた時、兵士たちがそんな話をしているのを耳にした。
迷宮攻略をしている間は、結構時間が経っていたみたいで、既にすっかり辺りも暗かったんだが、その件もあって、中々に城も宮殿も騒がしいことになっているらしい。
だから俺は、変化の術で兵士に化けて、何事もなかったかのように会話に入り込んだわけだが。
「あぁ、マイラは帝国の騎士という立場でありながら、手帳に帝国を貶めるような事を綴り続けた上、国家転覆を目論んでいたらしい」
「だけど、その手帳の存在が上層部に知れ、今は地下牢に幽閉中だ」
「あいつは手帳に記入したのが自分であることは認めたものの、国家に仇なす真似はしてないと反論したようだけどな。証拠もあるし、即日処刑されることが決まったそうだ」
マイラ、だからあの手帳はとっとと処分しろと……でも、あれはマイラの部屋で、しかも一応は俺の組んだ仕掛けでそう簡単にバレないようにはなっていたはずだ。
勿論、それでも完璧とは言えなかったが、マイラを怪しむ存在でもいなければ、そこまでしようとする奴なんていないと思っていたからな。
しかし、実際はこのようにバレてしまった。正直割りと罪悪感がな。やはりもっと強く処分するよう言っておくんだったか。
だけど、それを今後悔しても仕方がない。それよりも、今どうするかなんだが――
「それで、処刑されるっていつなんだ?」
「あぁ、それが驚いたんだが明日の夕刻だそうだ。かなり大々的にやるようでな。街の方にも朝から御触れが出る予定だ」
「わざわざ市街に出て、引き回した上で処刑だそうだ。どうやら英雄様にも観覧させる予定なようだが、一部の方々は、あの無職がおっちんじまった事に随分と心を痛めているようでな。心ここにあらずって感じだ。全くあんなのが一人死んだぐらいでしっかりしてほしいぜ。あんな無職の雑魚、遅かれ早かれくたばっていただろうよ」
その本人が目の前にいるんだけどな。とはいえ、俺が死んだことはマイラからしっかり伝わったようだな。
後はこの後どうするかだけど――ふぅ、俺が死んだ後の反応は、まさかそこまでとは思わなかったんだけどな……こうなると、やはりもう一つの手を考えるほかないか。
しかもマイラの事もあるからことさらだ。ユウトなんかも、マイラについては突如余計なことを言い出してもおかしくないからな。
「……それにしても、騎士を随分とあっさり手放すものなんだな」
「ははっ、何を今更。イグリナ様の護衛を務めてもいる、アイン様やロイド様級ならともかく、魔法騎士なんて使えないクラス持ちのマイラなんて痛くも痒くもないだろ」
「唯一残念なのは、処刑前のお零れがないことだな」
「あぁ、あれでも一応女だし。あの妙な口癖がなければ可愛い顔もしてるからな。処刑する前に回してほしかったぜ」
帝国の騎士や兵士は揃いも揃ってこんな考えかたの屑揃いなのかね。本当、兵士の振りをしていても反吐が出そうだ。
カテリナの率いてる騎士や兵の質がどの程度か判らないけど、これよりはマシだと信じたいね。
「判った。ま、マイラも災難だったな。さて、俺も巡回に戻るけど、その辺脆くなっているみたいだから気をつけろよ?」
「は? おいおい脆くって、城の床に限ってそれはないだろう」
「忠告はしたからな」
俺はそう言い残して兵士たちの前を去った。そして背中に突き刺さる悲鳴。だから言っただろう? 床が脆くなっているって。
「お、おい大変だ!」
「なんで城の床が突然陥没するんだ!?」
◇◆◇
「これはケント様! いつもお疲れ様です!」
兵士の姿で宮殿に戻った俺は、たまたま前を歩いてきたケントとすれ違い挨拶風に声を掛けた。時間も時間だけど、今日はこの時間に出歩いても問題ないようだな。
色々と事件が重なったからかもな。
そして俺に身体を向けるケントだが、俺が死んだことを聞かされて心を痛めてると聞いていた割に、いつもどおりだな。
「……やっぱ生きていたか」
「――は?」
だが、そんな俺に向けられた言葉は、あまりに意外なものであり。
「……お前、シノブだろ?」
そしてそっと俺に耳打ちしてくる。おいおい本当かよ。こいつは昔からただの高校生にしては常識はずれなところがあるとは思っていたけど、俺の変化をみやぶるとか……。
だけど、ここは隠していても仕方ない。元々そのつもりでケントに会いに来たんだ。だから、俺は頷く。すると、顎でついてこいと示しつつ、前を歩きだす。
俺もそれに従い、やってきたのはケントの部屋だ。
そして部屋に入るとケントが鍵を掛け。
「……とりあえず一発行かせてもらうぞ」
「はい?」
その直後にはケントの拳が俺の顔面を捉えて、そのままベッドの上までふっ飛ばされた。
くっ、ケントの拳は結構効くなやっぱ。
「……お前、よりにもよってそこに落ちるか?」
「う、うっせぇな! 大体いきなり殴るほうが悪いんだろ!」
「……それぐらい当然だ。どんな理由があるにしろ、お前が死んだと聞いてヒジリが号泣していたんだからな」
チユが、か。なんだろうか? 何故かその場面が頭を過ぎってしまった。
俺なんかの為にな……。
「……それとユウトの顔もとんでもなかったぞ。魂を死神に抜き取られたみたいだった。言葉をなくして、もう勇者の資格はないとひたすら自分を責め続けていた」
そ、そこまでか。でもユウトならありえるのか……いや、でも。
「だけど、俺が死んだと伝えたのはマイラだろ? それから二時間も経っていないと思うが、随分と早く知られたな」
「……そのあたりは色々ある。元々ヒジリもユウト達もお前を心配していたからな。これはキザキも絡むことだが、それはシノブもよくわかっているんじゃないか?」
あぁ、なるほどな……。
つまりキザキから話を聞いていて、その頃から心配はされていたのか。
「それで、彼女、今はどうしてるんだ?」
「精神的なショックも大きいだろうという事で、お前も知ってるあのカテリナ預かりになっている。女同士の方が話しやすいだろうという事だ。その結果、マグマとサドデスは勾留、尤も怪我が酷いからその治療も行っているみたいだけどな。それでも完治は難しいという噂だ。キュウスケとガイは治療魔術師によって治療中だが、意識はまだ戻ってないようだ。ただ、命に別状はないらしい」
そうか、それならそっちに関してはそこまで悪いことにはなっていないようだな。
マグマとサドデスもこのまま退場だろう。カコもカテリナが付いていてくれるなら安心だ。
「……あの二人をやったのも、シノブなんだろ?」
「――全く、ケントの洞察力は凄まじいな」
「……世界チャンピオンを目指す男だからな」
ニヤリと口角を吊り上げてケントが言う。全くこいつの中では世界チャンピオンのレベルどれだけ高いのか。
「……さて、そろそろ聞かせてもらうか。後ベッドからは下りてくれ」
「わ、判ってるよ!」
流石にこの時間に、男の部屋で野郎と二人で、ベッドの上で話すのは俺も嫌だ。
とは言え――ここまで来たら仕方ない。正直、今後の俺の動きを考えてみても、やはり誰にも何も話さずというわけにはいかないしな。
だから俺は、自分が忍者である事も含めてこれまでの事をほぼぼかす事無く、話して聞かせた。
「……そうか、忍者だったか」
「――あぁ」
「……それで、これからどうするつもりなんだ?」
「え!? それだけ!」
ケントが凄くあっさり次の話にいったので、俺は心底驚いた。
いや忍者だぞ! クラスメートが忍者なんだぞ!
「あのケントさん、もうちょっと驚くとかするかと思ったんですが……」
「……うぉ! すげぇ、シノブ忍者だったんだ。わー驚いたぜー」
「思いっきり棒読みじゃねーか!」
正直何の感慨も感じられないぞ!
「……と、言ってもな。正直言えば、ひょっとしたらそうかもなとは、俺も思っていたからな」
「マジか! い、一体どのへんでだ!」
少なくとも普段は忍者とバレるような迂闊な真似はしてないつもりだぞ俺は!
「……そうだな。例えばたまに屋根を飛び移っていくお前を見た」
「見られてたの!?」
驚きすぎて顎が外れそうになったぞ! それ見られてたって本気かよ!
「いや、正直気配消してたし、そもそも常人じゃ絶対に視認できない速度で動いていたんだが……」
「……勘は昔から鋭い方だった。動体視力にも自信があったしな」
いや、だから常人じゃ……と、思って飲み込んだ。冷静に考えたらケントは常人とはどこか違ったんだった……。
「つまり、それがあったから俺を忍者だと思ったわけか」
「……いや、それも理由の一つだが、どちらかといえば、以前クロウの組織とかいう謎の組織に二人で監禁されかけただろ? あの時の事も大きいな」
……あれか。シノビナリキルン二〇四八とかいうのを作ろうとしていた連中だな。
確かにあの時は忍の俺が狙われていて、ケントはただ巻き込まれただけだったんだけどな。
確かにアレも色々あったが、まさかそれで忍者かもしれないと疑われていたなんてな~