第七十七話 新しい装備
俺は本当にちょっとした冗談のつもりだったから、ハングリーボックスはやっぱり俺が倒すよとマイラに告げたんだけどな。
「約束は約束っす!」
でもマイラはそう言って譲らなかった。半裸なのに頑張るな。そして、どうやら彼女には秘策があったらしいのだけど。
「これが秘策っす! フレイムアロー!」
つまり、スピードの遅いハングリーボックス相手なら、遠距離から魔法で攻めれば何もさせずに勝てる! と、そう踏んだらしいな。
だけど――宝箱に似た魔物はマイラが放った炎の矢をバクンっ! と食べてしまった。
「な! ま、魔法を食べるんっすか!」
「マイラ~油断するな~」
数歩分離れた位置から注意を促す。するとハングリーボックスが食べた魔法を吐き出してきた。
これがスキルの大食いと吐き出しの効果ってわけだな。食べたものを攻撃手段として吐き出すわけだ。
それを短い悲鳴を上げながら避けるマイラ。
「むむむぅ! 小癪なっす!」
そして今度は別な術式を指で刻む。魔法は一見すると魔法名だけ叫べば発動するような雰囲気があるが、実際は忍者が印を結ぶように術式を刻んだり詠唱したりしている。
どちらを選ぶかは使い手次第なようだが、マイラは刻む方を選んだようだ。魔法と近接戦、両方をこなせるタイプ、魔法剣士なんかもそうだな、にはこのタイプが多いらしい。
詠唱にしろ術式を刻むにしろ、なぜそんなことが必要なのか? といったところで、よくあるのでは、頭のなかでイメージを描きやすくする為というものだが、ここでは違う。
実際は魔法を扱うには膨大な量の魔法式を本来は展開する必要がある。だけど、そんな量を一々戦闘中に展開していられない。その為、略式の術式や、詠唱術というのが取り入れられたわけだ。
ちなみに術式はともかく、詠唱の多くが詩的なのは、そうすることで詠唱の途中でも術式(この場合詩に変換した術式)が忘れにくくなるからだそうだ。
そういう意味では忍術も近いかな。忍術はそれらの要素を印を結ぶという形で体現しているわけだし。
まあ、熟練した魔法使いなら詠唱も術式も簡単なものなら破棄しちゃうみたいだけどな。
「ファイヤーボルト! ファイヤーボルト! ファイヤーボルト」
お、今度は魔法を連射して、食べにくくする戦法か。この場合は事前に式を三発分刻んでるんだな。
尤もこれは出来る魔法と出来ない魔法があるみたいだ。フレイムアローなんかは無理なようだし。
そしてマイラの放った炎の礫は――やっぱり全て食べられた。そして返された。
「うぅ、厄介なやつっす」
自分のはなった魔法を尽く食われ、吐き出され、悔しそうにしているな。
ただ、マイラの戦い方は、色々改善の余地がありそうだ。
――ベロンッ。
「ひゃ!」
しかもファイヤーボルトは射程が短いからな。その分あの宝箱の間合いに入ってしまう危険性が高まる。
案の定、長いベロで全身舐め回されてるしな。相当気持ち悪いのか総毛立ち、身が竦んでしまっているな。
半裸状態の上、こんな魔物の唾液まみれにされて災難なことこの上ないよな。
しかも固まったようになって隙だらけになったマイラに、ハングリーボックスの牙の生えた口が迫る。
「ここまでか――」
ガシャーン! と歯牙の噛み合わさる音。そして直後不快そうに小刻みに歯を鳴らした。
獲物を食い損ねたのがそんなに悔しかったのか。何せマイラは俺の腕の中だからな。それにしてもこの液体やたらベトベトしてて臭いな……。
「大丈夫か? とりあえずここは俺に任せておいてくれ」
「うぅ、恥ずかしさと不甲斐なさと屈辱にどうにかなっちゃいそうっす……」
魔法が暴発して顔に回ってしまったか? と思えるほどにマイラの顔は真っ赤だ。
「とりあえずさっさと片付けるか」
俺は印を結び、そして手の中に数発手裏剣を生み出す。
「合わせ忍術、火車手裏剣――」
そしてハングリーボックスに向けて投げつけた。マイラが、食べられちゃうっすよ、と首を傾げ、案の定ハングリーボックスは考えなしに俺の投げた手裏剣を口に入れる。
「お前はなんでもかんでも食べ過ぎなんだよ。三、ニ、一――」
俺が指折り数えると、宝箱は蓋を開け手裏剣を吐き出そうとする。だけど、もう遅い――数え終えると同時に激しく宝箱の内側が爆発し、宝箱の蓋の上部から目玉が伸びた。
いかにも驚いたって様相だけど、あんなところに目があったんだな。
ま、意地汚いのが災いしたって話だ。この作成した手裏剣は火遁との組み合わせで、時間差で爆発するようになっているからな。
どちらにせよ、爆発の衝撃で宝箱が軽く浮き上がり、そしてドスンっと地面に着地口を開けっ放しにし舌をだらしなく外側に放り出して――ハングリーボックスは死んだ。
そして死んだかと思えばハングリーボックスの目や舌や歯が光る胞子と共に消え去り、そこには普通の宝箱が残された。
これが戦利品って奴か? 近づいて中を覗き込むと、魔石と銀色の胸当て、あと何故か布が一枚。マイラの腰に巻けそうなぐらいの物が入っていた。
「ハイ・ミソウルの胸当てか……後はただの腰布だな」
看破の術はこういう時も便利だ。ミソウルって確か魔法銀だったよな。
「ハイ・ミソウルっすか!」
そしてマイラの食いつきが良い。目をキラキラさせてもいる。感情表現豊かなんだよなこの子。
「気に入ったならマイラが身につければいい。それに、これとこれがあれば大分マシだろ?」
胸当てと腰布を差し出しながら言う。マイラは、本当にいいんすか、貴重品っすよ! と興奮しているけどな。
「いいよ、それにこれ女性用だろ?」
「あ、いえ、迷宮で手に入れた鎧などの装備品は、最初に装備した相手に勝手に合わせてくれるっす」
何その便利さ。
「それならとりあえず装備してみるといい」
「そ、それなら御言葉に甘えるっす! と、いいたいところっすが、全身ベトベトっす。色々台無しっす……」
半泣きに近い顔でマイラが言った。確かにな……あまりに不憫だから、結構忍気消費してしまうが、水遁で洗い流してあげた。
「忍術というのは本当に便利っすね」
魔法も似たようなもんだと思うが……とりあえず、マイラの身も綺麗になったことだしな。
そしてマイラがハイ・ミソウルの胸当てを装備。うん、中々似合っている。通常ただのミソウルは強度は鉄ほどではないという欠点があったようだけど、ハイ・ミソウルはその強度も強化されているらしい。その上で魔法耐性も併せ持っているため高価なんだとか。それにしてもこれ、谷間が中々強調されているデザインなのもいい。
腰に巻くそれも薄手で、マイラが巻くとスカートと遜色ない感じになった。ただ、かなり短いな。油断すると普通に見えそうだ。今まで散々見せていたから平気だろと思いそうだが、これはこれで別な意味のエロさがある。
「うぅ、マシになったはずなのに、何かまだ少し恥ずかしいっす。へその辺りもす~す~するっす。
「ま、まぁそれは仕方ないな。胸当てじゃそこまでカバー出来ないし。でも、マイラは動きやすい胸当てのほうがあってそうかもな」
「そ、そっすか?」
「まぁ、イメージだけどな」
マイラは身体も柔らかいし、身も軽い。重々しい鎧よりはこういった軽い感じのほうがあってるだろう。
「なんかそういわれたらやる気が出てきたっす! ずっとシノブに頼っていた分、こっからは頑張るっす!」
「ああ、それならここからはマイラがメインで戦闘を頑張ってもらうからな」
何せ俺もちょっと気になっていた事があるからな。折角だし、ここでマイラのLVアップも狙ってみるか。
「マイラ、魔法と剣とで完全に行動が分かれているぞ。そうじゃなくて魔法も剣も同じ流れの中に組み込むんだ」
「へ? 確かに言われてみれば……」
「今度は魔法を使おうとする時、そっちに意識が行き過ぎている。それじゃあ魔法騎士として戦う意味が無いぞ」
「わ、判ったっす! 魔法を構築している間も、目を離さないように――」
「ファイヤーボルトは相手にダメージを与える為だけに使用するのではなく、相手の隙を作り出すために使っても効果的だと思うぞ。特に目を狙えば相手の視界を奪える」
「た、確かに相手が怯んだっす!」
宝箱で装備品を手に入れてからは、宣言通り俺は後方で支援に回り、マイラの気になる点を指摘し続けた。
何せマイラは折角魔法騎士なのに、魔法と剣、それぞれを活かすような戦い方が出来ていなかったからな。
ただでさえ魔法だけなら魔法職に、剣だけなら騎士職に劣るとされているんだ。それを乗り越えるには両方同時に使いこなすような戦い方を構築できないとお話にならない。
ただ、マイラはそれが全く出来ていなかった。誰も教えなかったのか? と思ったが、そういえばマイラは冷遇されていたという事に気がついた。
それに騎士は騎士としての腕のみを盲信しているのが多いみたいだからな。魔法と剣術を組み合わせるような戦い方を知るわけがないだろうし、教えるわけもない。
それは魔導師団の連中にしても同じだろ。そっちは魔法を扱うのには長けていても剣術はサッパリだろうからな。
そう考えたら、魔法騎士が冷遇されたり使えないと決めつけられるのは、帝国の仕組みに問題があるからで、そのあたりをしっかり理解している人がいれば魔法騎士もちゃんと成長できたんじゃないかと思う。
俺のイメージとしてはカテリナならそのあたりきちんとやってくれそうな気もするんだけどな。
ただ、マイラはカテリナとは違う団所属なようだから、それが不運だったと言うべきか。
「やったっす! エイブルを倒せたっす! シノブの助け無しで、ようやく倒せたっす!」
とは言え、マイラはやはりセンスがいいな。エイブルはエイのような大きなヒレを持つ牛タイプの魔物だ。
それで水中を泳ぐように空中を遊泳したりする。攻撃方法が突撃や落下しての圧殺だけなので、一撃さえ受けなければ攻撃を読みやすいという点はあったが、それでもLVは24でマイラより高かった。
しかしマイラは上手くファイヤーボルトを牽制に利用しつつ、それに苛ついて突撃してきたエイブルをカウンターで見事切り伏せた。
魔法を織り交ぜた騎士としての戦い方も大分良くなってきたな。LVもこれで18まで上がった。
そして、そんな戦闘を繰り返していると――遂に俺たちは転移陣のある場所までたどり着いた。
ただ、そこには一体、骨の騎士が陣に近づけさせないが如く陣取っていたけどな。
ステータス
名前:ボーンナイト
レベル:30
種族:魔物
クラス:屍系
パワー:360
スピード:350
タフネス:320
テクニック:400
マジック:0
オーラ :350
スキル
骨断切、骨振波
称号
骨の番人
LV30か、ステータスも高いな。固有スキルこそないが、称号の骨の番人の効果でタフにはなってるようだな。
復活なんかはないし、倒せばそれまでっぽいがLV的にマイラだけじゃ厳しいかなこれは……。
「シノブ、ここは、あたし一人に任せて欲しいっす!」
「へ? ほ、本気か?」
「本気っす! 相手が騎士なら、あたしも騎士として一騎打ちを挑むっす!」
あ~確かに、骨とは言え騎士っぽい鎧を着て兜をし、骨の盾と骨の剣といった様相だしな……何か思うところがあったんだろう。
その気持は組んで上げるべきか。
「判った、ただ危なかったら加勢するぞ」