第七十四話 刀の正体
この刀を抜いてみる、そう俺が伝えるとマイラがゴクリと固唾を呑んだ。
ただ、俺に言われたとおり少し距離をとった位置に移動してくれた。
まぁ、うちの家紋がある以上、そこまでおかしな事にはならないと思うけど念のためだ。
巨人の事もあるし、あまりのんびりもしていられない。
だから、俺は刀の柄に手をかけ――一気に刃を引き抜く! その瞬間、ひんやりとした空気が鞘から漏れ出し、抜いた刃から薄霧が漏れる。そして――
――汝、我を抜きしは、この声を聞く者なり。我は【霧咲丸】、霧隠才蔵と共に歩みし刀なり。この刃を抜きしもの、才蔵の後継者たらんことを願い、ここにその意志を――四道四気の理は――地に――封――
俺の頭のなかに突如響き出す声。というか念か? とにかく、どうやらこの刀に残された意志のようなものが脳内に直接流れ込んできた。
霧咲丸――それがこの刀の銘か。だけど、才蔵? 霧隠才蔵――まぎれもなくこの俺のご先祖様で霧隠家の始祖でもある伝説の忍者だ。
かつては真田十勇士としても名を馳せたほどの大忍だが――なぜそのご先祖様の刀がここに? それに、最後の方は念がかなり途切れてはいたけど、四道四気……それをここで聞く事になるなんてな。
四道四気というのは俺のいた世界、つまり地球の日本で太古には既に示されていた道で、四気はそれに付随する力のことだ。
その一つは言うまでもない、俺たち忍者に関係する、忍道に於ける忍気。
そして他にも武士道に於ける武気、巫道に於ける霊気、陰陽道に於ける導気――これら四つの道と気を合わせて四道四気と呼ぶ。
ただ、なぜこれがこの刀から聞こえてきたかは正直不明だ。試しに刀に俺から呼びかけてみるが、別に刀が何か答えるわけじゃない。
よくある喋る武器と異なり、ただ込められた念が俺に伝わっただけだからだ。ただ、あれに喰われて随分と経ってしまった故なのか、最後の方は非常に弱々しかったけどな。
とは言え――それでもこの刀がどんな武器なのか程度はしっかりと俺の精神に刻み込まれた。
今はそれでよしとするしかないだろうな。
「え、え~と、どうなったっすか?」
「ああ、問題ない。マイラももう大丈夫だぞ。ま、とはいえ――」
霧の巨人が動きを見せる。手を翳し、正面に霧の籬が発生した。
また何か魔法を行使するつもりなようだが――もう関係がない。
「雷遁・電光石火」
印を結び、雷の如き速さで巨人の身体を突き抜けた。瞬きしている間程度の、一瞬の出来事に思えた事だろう。
そして俺は、振り抜いた刃を、ヒュンッ、と回転させ、腰に帯びた鞘に収める。
キンッ、と甲高い音が鳴り響き、巨人を振り返ると、その霧の身に幾重もの剣筋が刻まれ、ヨートゥンが不思議そうに己の両手を掲げ眺めた瞬間、弾け飛ぶように霧散した。
「へ? な、なんっすかそれ! 一体なんなんすか!」
すると、その一部始終を見ていたマイラが興奮した口調で騒ぎ始めた。
まぁ、本来この巨人には物理攻撃が効かないはずだから、それで驚いているのだろう。
「これは霧咲丸。詳しい理由はわからないんだけどな、どうやら俺のご先祖様がここに残していたらしい。それを、あの巨人が喰らい、本来ありえない力を発揮していたというわけさ」
あの全身を完全に霧にしたり、霧の中から腕や脚だけを戻して攻撃したりなど、あれも全てこの霧咲丸の恩恵ってわけだ。
ただ、巨人そのものは忍者ではないからな。だからその力を完全に使いこなすのは無理だったのだろう。
「し、シノブのご先祖様? そ、それが一体どうしてこんなところにその剣を残したっすか?」
「いや、剣というかカタナだけどな」
「カタナ――それがそうなんすか! 噂には聞いていたっすが、見るのは初めてっす!」
ふむ、名前だけはしっていたんだなやっぱ。
「つまり、あの巨人はその刀を失ったから切れるようになったっすか?」
「いや、元から物理攻撃透過というスキルを持っていたから、この刀があろうとなかろうと物理攻撃は効かなかっただろう。ただ、それも霧咲丸だと関係ないんだ。何せこの霧咲丸は実体のないものを切ることも出来るからな」
へ? と再び目を丸くさせるマイラ。しかし反応がいいなこの騎士。
「それであの巨人が切れたっすか。それにしても凄いっすね! シノブにその刀があったらまさに英雄に伝説の剣といったところっすね!」
それは鬼に金棒的な意味なのだろうか? まぁ、マイラの言うとおりこの刀がかなり使えるのは確かだ。流石ご先祖様の使用していた刀ってところだろう。
「この武器の特性は他にも――」
俺は霧咲丸の力を更に試す。すると、刃から霧が溢れ、周囲が霧の幕に包まれた。
「な! シノブが見えないっす!」
「霧を発生させたからな。この刀はこういったことも出来る」
ちなみにこの刀を持っていると、霧の中でも視界が半透明な状態になり、マイラの姿も良く見える。
更に、刀そのものも霧化が可能だ。試してみると、見事霧の中に刀が溶け込んでいった。あの巨人が霧化している時に刀が視えなかったのもこれが発動していたからだろうな。
そして戻れと念じれば、刀は再び元の形になり俺の手の中に収まった。霧も念じることで霧散する。
「あ、霧が晴れたっす!」
「ああ、霧を消すのも出すのも自由が効くからな」
「おお! なんか凄いっす! まるで神器っす!」
「神器?」
俺はマイラに問い返す。図書館でもそれについての情報はなかったな。
「そうっす。魔法の込められた装備品を魔装具と呼ぶっすが、古来より存在するアーティファクトとも称される武器には神がかった力が秘められている物があり、それを神器と呼ぶっす」
神器か、そんなのがあるんだな。
「とにかく凄いのは確かっす! なんでも切れるというのも凄いっす!」
「別になんでも切れるというわけでもないんだけどな」
実体のないものも切れるけど、硬いものでもなんでもスパスパきれるってわけでもない。
それに実体がないものでも、流石に概念的なものは切れない。呪いとか切れればよかったんだけどな。
まぁ、とりあえず手に入れた武器の検証もおわったところで、鞘に戻し、俺は改めてマイラと一緒に霧の巨人がいた場所を確認する。
だけどそこには魔石が一つ残されていただけだ。霧の巨人は倒したと同時に霧が晴れたように消え去ったからな。
「戦利品はこの魔石だけか……結構なLVのわりに寂しいな」
残された琥珀のような魔石を持ち上げ漏らす。巨人本体から素材になりそうなものは当然採取できないってことになるからな。
魔石だけが残されていたから解体する手間は省けたけど。
「な、何言ってるっすか! 巨人の魔石っすよ! 一体いくら値がつくか想像もつかないっすが、間違いなくそれ一つで一財産築けるレベルっす!」
「え? そんなに凄いのかこれ?」
大きさは手のひらに収まる程度なんだけどな。まぁ、でもよく考えたらLV65の巨人の魔石だしな。最後は結構あっさり倒せてしまったから実感わかないけど。
「ま、一財産はともかくここから出ないとな。金になる木を手に入れても、外に出れないと意味がない」
「た、確かにそうっすね――」
マイラも眉を落とし答える。何せ迷宮の底か、それに近い何処かって場所だからな。
とにかく、巨人の脅威も去り、忍気の発生源も判ったところで、再び迷宮の先へと進むことにする。
でも、巨人を倒しても相変わらず偵知で構造を知ることは不可能だった。忍気はもう感じないが、どうやら妨害自体はそれとは関係なかったようだ。
あのヨートゥンと戦った場所は思ったよりかなり広い空洞だった。俺の感覚でいくと日本一大きなドーム球場程度の広さは確実にある。
そして地面には先に落とされたのであろう何者かの骨が散乱していた。
かなり時間の経ってそうなものから、比較的最近落とされたと思われるものまで性別問わず雑多にな。
どんな理由かはわからないし、中には本当に重罰の一つとして落とされたのもいるのかもだが、あのサドデスのやり方を見てると、ただたんに気に食わないと言うだけで落とされたものが混じっていてもおかしくない。
少なくともあの男はあの穴の事を知っていたわけだしな。
何かそんなことを考えると陰鬱な気持ちになりそうだが、今はとにかく迷宮を出ることが先決だ。
出入り口になりそうな場所は、俺達が来た方とは別に一箇所あっただけだ。そこを抜けていく。
おもったよりかなり素直な道だな。迷宮と言う割にこのあたりは迷うような構造はしていない。
まあ、その代わりにあの巨人がいたといったところかもしれないけどな。実際これまで落ちた連中もあの巨人にやられてしまっていたようだし。
そんなことを考えて歩いていると、再び別の空洞に出た。ここもかなり広い場所なのだが――ここで目を引いたのは、俺達が出た場所から斜め奥に見える巨大な鉄の門。
そして、その扉を守るように立つ、ローブ姿の男だ。
門は閉まっていて、かなり重そうだ。大きさから見るに、並の人間じゃ開けることなど不可能だろ。それこそあの巨人でもなきゃ無理かもしれない。
ただ、その門と比べると正面に立つ人物のサイズは普通だ。
いや、人として見れば背は高い方かも知れないが、単純に対比の問題だ。
「全く、巨人の次は謎の門と、そして何故かその前にいる人、か、あれ?」
「み、見た目はあたしたちと同じっぽいすね!」
見た目はたしかにな。何かずっと目をつむっているのが気になるけど――
「やっぱ、話せるか確かめるべきだよな……」
「え? シノブ、行く気っすか?」
「あぁ、何せこの迷宮の事は俺にもよく判らない。手がかりに繋がりそうなら、多少怪しくても行くべきだろ。ただ、マイラはここで待っていてもいいぞ?」
「い、いやっす! こんなところでシノブと離れたくないっす!」
俺の手をギュッと握りしめてそんなことを言ってくる。なんとも男冥利に尽きる言葉だけどな。まぁ、不安なだけなんだろうけど。
「判った。でも、気は抜くなよ?」
「わ、判ってるっす!」
そして俺達は慎重にその人物に近づいていく。ただ、俺達がその正面に立つまで、特に反応はみせてこなかった。
「……え~と、ちょっと話を聞いてもいいっすか?」
なので、とりあえず俺から話しかけてみることにしたが、隣のマイラがズッコケそうになっていた。
「な、なんなんっすかその聞き方は! 軽すぎっす!」
「し、仕方ねぇだろ! 他に思いつかなかったんだから!」
二人でそんな事を言っていると、ほぅ、と声が聞こえ。
「その様子だと、あのヨートゥンを倒したか。そのようなものがまだいるとは――」
そんな事を口にしだす。あの巨人の事は知っているようだな。当然といえば当然だろうけど。
「その様子だと、あの巨人はあんたが用意したのか?」
「……そうだ」
「何のためにだ? そもそもあんたこんなところで何をしている?」
「その二つの質問の答えは、どちらも同じ。この門を守るためだ」
つまり、巨人にしろ、こいつ自身にしろ、この門に近づけないため、もしくは門の向こう側に行けないようにしているってことか。
「そこまでして守るって、この門の向こうには何があるんだ? そもそもあんた何者なんだ?」
「……質問が多いな。まあいい。この門の向こうについては答えることは出来ない。しかし私についてなら教えよう、我はミストラル、この迷宮を支配する王だ――」




