第七十二話 霧と忍術と魔法
マイラと迷宮の出口を目指して進み始めた俺だったが、その途中やたらと霧の濃い空間に出てしまい、そこで謎の襲撃を受けてしまう。
それは霧の中から突如現れる巨大な腕や脚であった。しかもそれらの腕や脚による攻撃は、霧の中であればどこからでも出現し、俺達を狙ってくる。
「ど、どうなってるっすか一体~!」
「落ち着けマイラ。こういう時こそ冷静に対処しないと相手の思うつぼだ」
「うぅ、でもどこから攻撃してくるかわからないんじゃどうしようもないっす」
不安げな声でマイラが言う。確かに霧の中しかもこれだけ濃い霧だ。
どこから攻撃してくるか、一見すると非常に判りにくい。
ただ――
「確かに、一見するとどうしようもなさそうだが、俺にはもう――来るタイミングが判るぜ!」
俺はマイラを背中側に寄せ、飛び退きながら武遁で作成した穿孔棒手裏剣を投げつける。
指に挟める八本を同時に投擲し、狙い通り、その位置に向けて巨大な白い拳が飛んできたわけだが――
「チッ、すり抜けたが――」
俺の投げた手裏剣は腕をすり抜け反対側へと飛んでいき、腕は地面を捉え、激しい打音が鳴り響く。
そしてまた霧の中に現れた腕は消えた。
「い、今何があったっすか?」
「……相手の攻撃を読んで、反撃を試みた」
「おお! 凄いっす! 流石っす! ニンジャというのはやっぱり凄いんっすね!」
マイラがはしゃぎ出す。イントネーションが外人のそれっぽくなってるのが気になるところだけどな。まぁそれはそれとしてだ。
「喜んでばかりもいられない。俺の手裏剣……まぁ、こっちでいう投げナイフみたいなものだけどな、それが全て攻撃してきた腕をすり抜けた。しかも、相手の攻撃はしっかり命中した場所に伝わっている」
「ふぇ?」
マイラが間の抜けた声を返してくる。だが、すぐにその意味を理解したのか、なんとも情けない声を上げた。
「そ、そんなのどうしようもないじゃないっすかぁ~」
「諦めるなよ。とにかく、色々やってみよう」
とりあえず、攻撃にも忍気は含まれており、偵知が遮られているにしても、攻撃が来る瞬間は相手の忍気を感じ取ることで大体の位置は読める。
なので、今度はマイラに魔法での攻撃を試してもらう。
「ファイヤーボルト!」
今度は上から降ってきた脚に向けてマイラが魔法を行使。すると聞いていたとおり炎の礫がその手から発射され脚に命中。
だが、当たった箇所がわずかに揺らぐ程度で、やはりすり抜けてしまった。
さて、これで手裏剣による物理攻撃も、魔法による攻撃も効かない事が判った。
手裏剣は忍気で作ったとはいえ、属性という観点でいえば物理的な攻撃になるからな。そして魔法も効かないとなると、こいつには全く攻撃が通じていないという事になる。
この場合、そもそもこの腕と足はただの攻撃手段で、本体は別にいるという考え方も出来る。
ただ、可能性は低いと思う。何故なら感じられる忍気にムラがあるからだ。
実際、この濃い霧の中で忍気そのものは非常に散漫としている。もし本体の術者がいるなら、それを匂わせる何かを感じる筈だ。
そしてこれを操っている忍者がいたと考えた場合、霧そのものは幻遁、つまり幻術によって発生させられたものと考えることも出来たが、この忍気の拙い感じからは他に忍者がいるとはどうしても考えられない。
どういうことかと言えば、忍気を纏っている存在というのは、この霧そのものということだ。つまり、腕にしろ脚にしろ、やはりあれらは本体の一部である可能性が高いと言えるという事でもある。
つまり、霧が忍者なのか? という話だが、流石にそんな馬鹿なことはない。だが、何らかの理由でこの霧は拙いながらも忍気を発している。
だからこそ、この霧全体に忍気が散漫としている。そして、あの腕や脚が振るわれる時にはそこに忍気が集中する。
「し、シノブ~これは逃げるしかなくないっすか?」
「逃げるにしても霧は大分広範囲まで広がっているしな……視界が悪いと瞬間移動も使えないし、それにこの程度で逃げているようじゃこの先苦労するだけだと思う」
「へ? 瞬間移動ってなんすか? 何か今、とんでもないこと言ってなかったっすか?」
「それに、俺にちょっと考えがある。それを試してみようと思う」
「いや、だから瞬間移動ってなんなんっすか!」
瞬間移動は瞬間移動だってば。とにかく、俺は改めて相手の攻撃を察し、マイラを抱き寄せ跳躍しつつ――
「うぅ、な、なんか毎回そんな抱きしめられると、お、おかしくなりそうっす!」
そんな強く抱きしめたつもりはないんだけどな――まぁ、とにかく。
「火遁・烈火連弾!」
今度は俺が火遁で炎を生み出し、殴りに来た巨腕に向けて火弾を連射する。
「な、なんかあたしより凄いっす!」
かなり連射しているからな。ただ、やはり俺の忍術も全て腕を素通りして地面にだけ着弾した。小爆発が連鎖し、それに腕の轟音と振り下ろされた拳の衝撃が重なる。
今回も、炎が当たった箇所が揺らぐ程度で終わったな。
「あ、あんな凄そうな攻撃が効かないなんて、いよいよ万事休すっす!」
「いや、そうでもないさ。おかげで判った事が二つある」
着地と同時に、落胆しつつ声を張り上げるマイラだったが、俺は全く手がないわけでもないことを示唆する。
「へ? な、何か攻略法が見つかったっすか!」
「あくまで可能性だけどな。とりあえず一つ目として、この霧から出て来る腕や脚の攻撃は、同時に二つはしてこない。つまり全て単発だ」
俺がそう言うと、う~ん、とマイラが何かを思い出すように唸る。視線を上げてる時の表情はどこか幼い。
「あ! 確かに言われてみればそうっすね!」
「あぁ、そしてもう一つが重要なんだが――この霧の殆どは、自然現象に近い形で発生している」
マイラが目をパチクリさせた。そしてすぐにジト~っとした目つきに変わる。
「そんなの当たり前じゃないっすか。何を言ってるんっすか!」
「いや、当たり前じゃねぇし。そうだな、マイラに判るように説明するとこの霧は発生自体は魔法みたいな感じで起こされたものだが、霧そのものはほぼ自然なものってわけだ」
「……意味がわからないっす。それが何か大事なんっすか?」
「むしろこの霧の何かを倒す上で重要なんだよ。いいか? 今回特に大事なのは、マイラの動きだ。むしろマイラにこの作戦の全てが掛かっているといってもいい」
「へ? あ、あたしっすかーーーー!」
驚くマイラ。気持ちは判らなくもないが、とにかくマイラにはしてもらいたいことを告げた。
マイラは、そんな事でいいっすか? とキョトン顔だったけど、むしろそこが肝心だからな。
「頼んだぞマイラ」
「わ、判ったっす! シノブを信じるっす! 行くっすよ――フレイムランニング!」
マイラが魔法を発動。すると、事前の説明通り、彼女の両足に炎が纏わりつく。
「よし行け! 駆けろマイラ!」
「判ったっす! やるっすよあたしは~~~~!」
そしてマイラが俺が頼んだ通り、全力で走り始めた。そして、確かに彼女の後を追うように炎が続いていく。
ただ、炎はそこまで大きくはなく、このままでは地面を舐めるように続いていくだけだ。
だから――
「火遁・火操燃焼――」
俺が、火遁でマイラの生み出した炎を操作し、より大きく燃焼するように調整する。
これにより、マイラの駆けた後に生まれた炎はより大きく激しく燃焼し、中々消えなくなる。
そんな炎がマイラの後を追っていくと、なんなんすかーーーー! と彼女が叫び声を上げた。
「俺が忍術で火力を上げたんだよ。気にせず走れ~」
「そんな事言われても気にするっすよーーーー! ひぃいいぃ!」
マイラは悲鳴を上げつつも一生懸命走ってくれる。真面目だな。
そして、当然だが、この間、敵さんが黙ってみていてくれている、という事はない。その証拠にさっきから俺に攻撃が降り注いできてるからな。
だけど、相手の攻撃するタイミングが察せる以上、単発の攻撃なんて怖くない。
だが、俺に攻撃があたらないとなれば、当然次に狙ってくるのはマイラだろうが。
「ヒッ! 腕が来たっす!」
「構うな走れ! 時空遁・時空連穴!」
マイラの正面に腕が現出、その身に拳が迫るが、俺は時空遁を行使し、腕の正面に時空の穴、反対側にも別の穴を続けることで巨腕はマイラに当たること無く反対側へと突き抜ける。
こちらの攻撃が通らなくても、形がある以上、穴へ通すことは可能だ。そして、時空遁を行使すると本来なら他の忍術の効果は消えるが、今勢い良く燃えているのはあくまでマイラが生み出した炎であり、俺はそれをちょっと手助けしただけだ。結果的にはマイラの炎が俺の忍術でより激しく燃えたというだけなので、効果が消えることはない。
俺がマイラの魔法を利用することを決めたのもこれが大きい。特に暫く残る炎というのが重要だったからな。
「うぅぅ、つ、疲れてきたっす~」
「頑張れマイラーもう少しだ!」
俺は腕や脚の攻撃を避けつつ、マイラへの攻撃にも対応しながら、必死に走り続ける彼女を応援し続ける。
すると、次第に変化が現れ始めた。
「よしいいぞ! 霧が薄まってきた!」
「え? あ! 本当っす!」
マイラも驚いているようだが、マイラが走り続けたおかげで確実に霧は薄まっていった。
そして、それからさらにラストスパートと言わんばかりに、うぉぉおおぉぉおおっす! とマイラが全力疾走し――遂に霧が完全に晴れた。
「や、やったすーーーー!」
やり遂げた表情を見せ、マイラがその場に大の字になって倒れた。
「よくやったぞマイラ」
「はぁ、はぁ、つ、疲れたっす~で、でも、どうしてこんなことで霧が消えたっすか?」
息も絶え絶えといった様子のマイラだが、どうやら霧が消えた理由はわからないようだな。
「その原因はあれだよ。あの、マイラが生み出した炎だ」
轟々と燃え続けるマイラの炎を指差しながら俺は答える。しかし、マイラは頭に疑問符を浮かべている。
「なんで炎で霧が消えるっすか?」
「正確には炎ではなくて、熱だな」
「ね、熱っすか?」
「あぁ、霧は簡単に言えば、大気が冷えて生まれる現象だから熱に弱いのさ。だからマイラにフレイムランで走り回ってもらって霧の範囲の温度を上げたんだ。そうすれば霧は維持ができなくなる」
この霧が自然の物に近いこと。そして熱が効果ある事は、マイラの火魔法と俺の火遁で腕や脚が揺らいだことでなんとなく察する事が出来たからな。
「な、なるほど! さすがシノブっす! そんな事、中々思いつかないっす!」
なんかやたら感嘆されたけど、ただ、これも霧がほぼ自然の物に近いから出来たことだ。
ただ、これで――
「終わりでは、やっぱないよな」
「え?」
マイラが目を白黒させる。そして振り返り、とある一点を見つめていると――散漫していた忍気混じりの霧が一箇所に集まっていき、巨大な人型のものへと変貌していった。