第七十一話 霧の中にいる
とりあえず自分が忍者であることをマイラに明かした俺は、断続的に聞こえてくる呻き声や、俺の忍術が一部使えないという状況、そして何故か強い忍気を感じる箇所があるというのを理由にマイラにステータスの開示を求めた。
これから一緒に行動する上で、俺も彼女の能力ぐらい知っておく必要があると考えたからだ。
最初は渋っていたマイラだが、絶対に笑わないし呆れないと約束し、ステータスを見せてもらう事が出来たわけだが――
ステータス
名前:マイラ
性別:女
レベル:15
種族:人間
クラス:魔法騎士
パワー:120
スピード:200
タフネス:120
テクニック:150
マジック:120
オーラ :80
スキル
火属性魔法、庇う、二段切り
称号
器用貧乏
これが彼女のステータスだった。
ふむ、と、言ってもな。確かに称号に一つ気になるのはあるけど、これがそこまで恥ずかしがるステータスか? というのはある。
勿論単純なLVだけでみればユウトやケントなど、召喚されたクラスメートの中にももっと上というのはいるが、これに関してはそもそも地球から召喚された者は初期のステータスが恵まれている事が多いようだしな。
後はサドデスもマイラより6ほどLVが上だが、あれは仮にも上官にあたるようだし、年齢もマイラより上だ。
……そう考えると逆にサドデスの弱さが露呈してる気もしないでもないけどな。
まぁ、アイツのことはもうどうでもいいか。どうせあの様子だと再起不能だろうし。
「ど、どうっすか?」
上目遣いで、まるで道端に捨てられた子犬のような仕草で聞いてくる。
まぁ、見たまんまを言うと。
「そうだな、マイラが心配していたほど悪いようには見えないというのが本音かな。LVもステータスの数値も、マイラの年齢を考えるとそこまで低いようにも思えないし……むしろ何をそんなに心配していたんだ?」
「ほ、本当っすか! で、でも【魔法騎士】なんすよ!」
うん?
「魔法騎士がどうかしたのか?」
「……あ、そういえばシノブは当然そのことを知らないっすよね――」
目線をそらし、声のトーンが落ちた。どうやら魔法騎士というのが彼女のコンプレックスにつながっているようだ。
だが、判らないな、正直普通の騎士よりはいいと思うし、上等なクラスだと思うのだが。
「魔法騎士の何が問題なんだ?」
「それは……そうっすね、例えばこれが魔法剣士なら、剣に魔法を乗せて戦うという点が評価されるところっす。魔法剣士はなれる者も少ないし、結構ありがたがられるクラスなんすが……」
「魔法騎士は珍しくないのか? 感覚的にはその魔法剣士と似たような感じに俺は思うんだけどな」
すると、ぜんぜん違うっす! とマイラはムキになって答えた。どうやらそこは結構重要らしい。
「正直言えば、確かに魔法騎士もそれほどなれるものは多くないクラスっす。だけど、魔法剣士と違い、魔法騎士はただ魔法が使える騎士でしかないっす――」
段々と語気が弱まる。何か酷くしょんぼりしているようにも思えた。
だけど、やはり俺には判らない。ただ、その可能性があるとした、やはり称号が関係しているのかもしれない。
「魔法が使えて騎士としても戦える、俺には利点しか感じないな」
「確かに一見するとそう思えるっす。あたしも最初に魔法騎士のクラスが付いた時は喜んだものっす。努力すれば英雄に近づけるかもしれないとさえ思ったっす。だけど現実は甘くなかったっす」
そして、淋しげに更に続ける。
「結局のところ、魔法騎士というのは魔法も使える騎士ではあるっすが、それはつまり、どっちつかずの中途半端な存在とも言えるっす。だから、帝国では重宝されないっす」
あぁ、そういうことか。
「つまり、魔法の腕も、騎士の腕も、魔法騎士だと一流になることが出来ないと、そういいたいわけだ?」
「そうっす。称号もみたっすよね? あたしはまさにそれを地で行ってるっす。器用貧乏というそれがその証明っす。だから……騎士団の中でも実は爪弾き者だったりするっす。騎士からすれば魔法に頼るあたしみたいなのは真の騎士じゃないと毛嫌いされ、魔法師団は魔法使いとして中途半端なあたしを笑い者にするっす。結局騎士の道を選んだっすが、上からは煙たがられてもいるんっすよ」
自虐的な笑みをこぼすマイラ。そこで思い出した。確か見回りのときもマイラは基本一人だった。あれはそういう割り振りなのかと思ったが、マイラの話でいけば、単純にマイラと組もうとする者がいなかったのかもしれない。
だけどまぁ……。
「かといって、そんなことでウジウジ悩んでいたって、物事が好転するわけじゃないだろ?」
「……え?」
「大体似合わないんだよ。そんなことでしょげてるマイラなんて。いつもみたいに元気で悩みなんてなさそうなマイラの方が、俺は好きだぜ?」
「す、す、え、ええぇえええぇええええええ!?」
マイラが突然素っ頓狂な声を上げて俺に背を向けた。な、なんだ一体? 一人で何かブツブツ言ってるし。大丈夫か?
「……まぁ、とにかくだ。ここは二人で頑張らないといけないわけだしな」
「が、頑張るって何をっすか!」
「は? いや、だから迷宮の出口を目指してだろ? 他に何があるんだよ?」
「え? あ、そ、そうっすね……」
あはははっ、とごまかすような笑いを見せるマイラだ。大丈夫か?
「とりあえず、マイラのステータスは判った。中途半端とマイラは言うけど、少数で行動するなら魔法が使える騎士というのは十分なアドバンテージがある。適材適所って奴だ。器用貧乏なのは、まぁ、これから修正していけばいいだろう」
「そ、そういうものっすか」
「そういうもんだ」
「……何かシノブと話していると本当にそんな気になるっす。悩んでたのがバカバカしく思えるっすね」
それは良かった。駄目だと勝手に思い込んで足を止めてたら、成長なんて望めないからな。
「ところで、マイラが使える魔法はなんなんだ? ステータスを見る限り、火魔法が得意みたいだけど」
「と、得意というか、適性がそれしかなかったす。それに、使えるといっても全て常威魔法っす」
常威魔法か。魔法には多数の属性があり、同時に位がある。
これは図書館で読んだことだが、魔法の中で尤も位が低く、しかし同時に最も数が多いのが常威魔法。
そしてその上に、大威魔法、滅威魔法、極威魔法と続いていき、最高位となるのが神威魔法と呼ばれるものだ。
尤も神威魔法に関しては、神が扱う奇跡の如く威力を秘めた魔法であり、使い手などそうはあらわれないらしい。
そして実際のところ、魔法専門のクラス持ちであったとしても、大威魔法まで取得出来る事自体が稀らしく、大体の魔法職は常威魔法を扱える程度で人生を終えていくらしい。
つまり、逆に言えば常威魔法でも、それ相応に使える物は多いってことだ。正直そこまで自信を無くすほどのものじゃない。
「え~と、それであたしが今使えるのは、ファイヤーボルト、フレイムアロー、そしてフレイムランニングっす」
三種類上げてくれたが、説明によると、ファイヤーボルトは小さな炎の礫を放つ魔法で、フレイムアローは炎の矢で相手を射抜く魔法なようだ。
この二つはそれぞれに長所と短所があり、ファイヤーボルトは消費魔力も少なく、連射も可能だが、一発一発の威力は低く、また射程も四~五メートル程度とそれほど長くない。弾速も石を投げる程度なようだ。
一方フレイムアローは、ファイヤーボルトに比べると一撃の威力は高く、射程も四~五十メートル程度と長い。そして弾速もかなり速い。
ただし、発動後弓を射るようなポーズを取る必要があり、その分溜めが必要。そして、連射ができない。
練度が上がればその分、一度に発射できる本数が増えたりするらしいけどな。マイラだと一発しか射てないようだ。
そしてもう一つのフレイムランニング。これはマイラも覚えては見たものの、イマイチ使いみちがわからないらしいが、魔法発動後、マイラの脚に炎が纏われ、駆けると走った後に炎が残るようになるらしい。
尤もこの炎も暫くすると消えるらしいが、しかし走った後に炎が出現して残るというのが、マイラにとってはイマイチしっくりこないようだ。
俺なんかは普通に、色々使いみちがありそうにも感じたりするがな。
まぁとにかく、マイラの魔法も聞いたところで、いよいよ俺たちは先に進むことを決める。
改めて周囲を見やると、今いる場所はドーム型の中々広い空間で、ただ、先に進む道は見たところ一箇所しかない。左右が断崖のようになっていて、印象としては谷間の道といった様相だ。
その道を俺が前に立ち進んでいく。マイラはすぐ後ろをついてきている形だ。
移動中も、やはり断続的にあの呻き声は聞こえてきた。通路はそこそこ幅はあり、だが、歩いていると大きな変化が現れた。
足元あたりに白い靄が纏わりつくようになってきたからだ。
しかも進むほどに靄は足元だけじゃなく視界を覆うほどになっていき、その濃度も高くなっていく。
そうこうしている間に谷間のような道も終わりを告げ、恐らくだが、最初にいた地形と同じぐらい広い空間に出た、と思う。
思うというのは霧がより濃くなったからだ。もう周囲の状況は気配でしか判断できない。ただ、天井までは間違いなくこの場所のほうが高い。
「な、なんか霧が凄いっす……」
「あぁ、仕方ない、一旦俺の手を握っておけ」
「――へ? 手、手をっすか?」
キョトンとした様子で聞かれた。いや、こんなところでお互い見失っても馬鹿らしいしな。
「逸れないためだよ。ほらっ」
「わ、判ったっす――」
キュッと俺が後ろにやった手を握り返してきた。意外と柔らかいな……いや、そんな事言っている場合でもないか。
とにかく、油断は出来ない。何故なら、さっきの場所で感じた忍気は、この霧の中で特にはっきりと感じるからだ。
つまり、この霧の中に忍気を操れる何者かがいるという事になる。
ただ、不可解な点が多すぎる。何せここは迷宮の隠された層だ。恐らく入り口はあの穴のみ。サドデスの話しぶりから察するに、俺以外にも何かしらの理由で落としたのがこれまでもいたと思われるが、それにしたって忍者がこんなところに落とされるとは考えにくい。
いや、例え落ちたとしてもこんなところでじっとしているか? というのもある。
でも、確かに感じるのは忍気なんだよな。とは言え奇妙な点もある。何かと言えば――ッ!?
「マイラ!」
「へ? ふぇ! な、なんすか突然!」
俺はマイラの腕を引き、密着するぐらいまで抱き寄せた後、大きく飛び退く。
その瞬間だった、霧の中から巨大な腕が現れ、俺達のいた場所を殴りつけた。
ブォン! という豪快な響き。地面に拳が叩きつけられ、空間を揺らし、地面が弾ける。
見たところ、明らかに拳が地面にめり込んでるな――あれを不意打ちで喰らったらノーダメージというわけにはいかなかっただろう。
「な、何なんすか! 一体なんすかあれは!」
「俺に聞かれても知るか」
目を細めて答える。何せ看破の術も通らない。偵知と同じく妨害されているのか、それともそもそも看破する対象がハッキリしないからか――
どちらにしても、俺達を殴りつけようとした腕は、地面にめり込んだ後、霧散するように消えてしまった。
つまり、腕そのものは本体ではないってことか?
色々疑問が尽きないが――
「し、シノブ! 上っす! 上っす!」
「判ってるよ!」
どうやらあれこれ考える余裕は与えてはくれなさそうだ。今度は俺達の真上に巨大な脚が現れ、踏みつけに掛かる。
マイラを抱きしめたまま、横っ飛びで避けるが、脚が地面に落ちた瞬間、さっきよりも更に激しい振動。
もうこりゃちょっとした地震だな。しかも脚が地面を踏み抜いてやがる。
それにしても、こいつは一体なんなんだ?