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現代で忍者やってた俺が、召喚された異世界では最低クラスの無職だった  作者: 空地 大乃
第一章 忍者召喚編

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第六十四話 ウィリアムの晩餐

こちらが本編の続きとなります。

「お帰りなさいませ殿下。随分とご機嫌が宜しいようで」

「ふふっ、最愛の妹の最高の絶望を見ることが出来たからね。ほんの一匹、鼠をこれに食い殺させただけだったのだけど、良い収穫だったよ」


 腰の剣を愛でるように撫で、ウィリアムが嬉しそうに述べる。その様子に執事も目を細めて喜びを分かち合った。


「殿下のご気分が宜しいと、私も嬉しく思います。ところで、今宵は地下室にて、例の準備も整っておりますが、いかが致しましょうか?」

「あぁ、ご苦闘。流石段取りが良いな。丁度ハンニバルの力も使って疼いていたところだ。出来ればメインを早く食べたいところだが、熟成までまだ少し掛かるだろう。だから今宵も代用品で、尤もあの男がこの賭けに勝ったなら話は別だが」

「……殿下も酷なことを――とは言え、どんな形であれ機会をお与えになるその御心には感服いたします」


 白髪の執事はそういって頭を下げた後、ウィリアムと歩き始める。

 そこは極一部の者以外は決して立ち入ることが許されない地下空間。


 何せウィリアムは城でも街でも外聞的には評判が良い。人々の言葉にしっかりと耳を傾け、愛想よく接し、好感度も高いのである。


 そんな彼の裏の顔は決して知られてはならないのであり――






「本当に、私が勝てば、き、金銭の援助をしてもらえるのだな?」

「私は約束は守る男だ。名誉ある皇家の嫡男として、それは約束しよう。尤も、もし君が負けた場合は、判っているね?」


 屈強な男がウィリアムを睨めつけるように見やる。その後チラリと奥に見える檻に目を向けた。中では身を寄り添い震えている妙齢の女性と少女、それに男児の姿。


 この三人は全てこの男の家族であり、今回の賭けの対象なのである。

 家族を賭けの対象にするなどとんでもないことのように思えるが、しかしそうでもしなければこの世界、特に帝国においては没落した男爵などに待っているのは一家全員奴隷堕ちの未来だけだ。


 そんな惨めな思いをさせるぐらいならば――彼のように己の腕一本で家族を救い栄光を掴んでやると思っても仕方がない。


「準備はいいかね?」

「私の方はとっくに準備は出来ている! 早く対戦相手をここに呼ぶといい!」

「ぱ、パパ頑張って!」

「貴方――私は貴方の腕を信じてます」

「パパならぜったいに大丈夫だよ!」


 家族の声援が彼の背中に届く。それがより彼の気持ちを昂らせてくれる。


 彼には勝算があった。男爵という立場に一度は落ち着いた身だが、以前は多数の部下を抱える帝国騎士であった。武勲をいくつも上げ、かつては槍の腕ならば帝国で十本の指に入るとまで噂された程だ。


 そして今も勿論用意した武器は槍である。得意である大身槍タイプの物であり、槍身、つまり突き刺すための刃の部分が非常に長いのが特徴である。


 彼の場合特にそれが顕著であり、槍身だけで長さは百五十センチメートル程度、全長も三メートルを優に超える長大な槍である。

 

 勿論素材にも拘っている様子であり、突くだけではなく切ったり払ったりも可能な作りでもありかなり尖そうだ。


 ともすれば、それだけの槍ならば戦いなどでなく売って金に変えれば家族ぐらいは救えるのでは? とも思えるほど立派な得物であるが、しかしこういった槍は扱える者が限定されるという点で実は買い手がつきにくい。


 その為、やはりこの元男爵にはこの槍を戦いに活かし勝利する他道はない。


 何せ、恐らく今となってはその槍以外に財産(金にならないとはいえ)がないのは騎士の格好を見てもよく分かる。


 鎧こそフルプレートアーマーを装着しているが、かなり年季の入ったものであり、色もすっかり褪せてしまっている。


 しかし、その色あせた鎧も彼の気迫によってかつての輝きを取り戻しつつあるような、そんな空気も漂っていた。


 そう、今の彼に怖いものなどない。相手がどれほど優れた戦士であろうと、はたまた魔物であろう、例え魔獣であろうと、負ける気などしない――そう思っていたのだろうが。


「では今宵、堕ちた男爵様のお相手となるのは――」


 すると、執事が一歩前に出て恭しく頭を下げ同時に腕もよどみない所作で半円を描くように動かし、まるでこれからちょっとした夜会でも始まるのかと思えそうな紹介の仕方で――執事の彼は奥の壁を指差した。


 途端に、ごゴゴゴッ、という地響きと重苦しい調べ。左右に壁が割れ、その奥の闇が顕になる。


「……随分と、もったいぶった演出だな。これで出てくるのが野良鼠程度じゃいい笑いものだぞ」

「そのご心配は無用。何せ今宵君の相手をするのは――」


 語るウィリアム。ふふっ、とほくそ笑み、かと思えば今度はズシーン、ズシーン、と巨人が大金槌でも討ち続けているのか? と思えそうな腹にも伝わる衝撃と音。


 地面も揺れ、音は段々と近づいていき。


「ば、馬鹿な、な、なんだこれは?」

「やっと来たよだね。そう、今宵君の相手をするのは――この私の愚弟、【モンド・ドラッケン】さ」


 姿を見せたその巨漢ぶりに、元男爵の挑戦者は思わず戦く。相手がどれほどの戦士だろうが、魔物だろうが魔獣だろうが、絶対に負けないという気概を見せていた騎士の腰が既に引けている。


 相手は、ウィリアムの弟はそれほどまでに悍ましく、不気味な容姿をしていた。

 髪は全く生えておらず血管がむき出しになっているかのごとくうねりを見せ、顔は無数のコブが寄り集まったかのような様相であり、そして耳はゴブリンを思わせる尖り具合。

 外に飛び出さんばかりの剥き出しの眼球でギョロギョロと睥睨し、巨大な牙のごとく歯を噛み合わせ大量の涎がボタボタと垂れ地面を汚していた。


 その全身も、筋肉の膨張に怒張が重なり異様で醜怪な存在に成り果てている。上背も巨漢の騎士が見上げるほど高い。大人と子供といった程度の差異では言い表せないほどと違いがそこにはあった。

 

 それはただ背が高いだけが理由などではなく、茶色の肌と背中を突き破らんばかりに発達している肩甲骨、それ以外ににも一つ一つのパーツが常識では考えられないほど巨大でそれがより一層騎士との圧倒的な差を如実に表していた。


 特に目立っているのはその拳で、ただでさえ大きな怪物の巨大な顔よりも更に倍ほどは大きい。こんなもので殴られては、中隊規模の兵力では一発だけで殲滅されてもおかしくないだろう。


 そんな化け物は、ふと兄であるウィリアムに顔を向け、どこか嬉しそうに口を開いた。


「お、ニイヂャン、お、ニイヂャン、おで、ごいづ、だおず、お、ニイヂャン、うれじ、い?」

「あぁモンド。嬉しいよ。いつも通り、頑張ってお兄ちゃんの為に戦ってくれ。でも、言いつけは守るんだぞ?」


 そして、そんなふたりの会話を耳にした挑戦者は、表情を必死に取り繕い、構えを戻した。


「大丈夫だ、あれはどうみても、頭が弱い。それなら、ただデカいだけなら戦いようはある――」


 そして一人ぶつぶつと呟き、家族を見た。対戦相手の異様な風貌を目にし、家族さえも不安を隠しきれない様子だが、元騎士は親指を立て笑顔を覗かせる。

 

 そのやりとりで家族と父である夫でもある彼との間に結ばれた絆の糸がしっかりと結ばれたような、そんな気配がした。


 その様子を、冷めた表情で眺めていたのはウィリアムであり。


「さて、いつまでも睨み合っていても退屈だしね。早速始め給え、この弟に勝つことが出来たなら、貴様にそれ相応の援助を約束しよう」

「……こんな化け物が弟とはな――だが、その約束! 忘れるなよ!」


 騎士が声を滾らせ、そして巨大な化け物に向かっていき、ジリジリと距離を詰めていく。

 

 一方弟のモンドは、その場から数歩前に移動しただけで、んぁ、と言葉を漏らし、そのまま動きを止めてしまった。


 そうこうしている間に騎士の持つ槍の間合いにその巨体が入り、挑戦者の鋭い突きがその胴体を捉えた。が――


「くっ! 鋼鉄さえも余裕で貫く私の槍が、通らないだ、と?」


 片目を閉じ、驚きを見せる。そう、確かに彼の槍はその胴体は捉えたが、皮一枚すら貫くこと叶わず、相手のモンドも平然としている。


 ただ、反撃の様子は見せない。なんだこいつは? と怪訝そうに片眉を吊り上げながらも、慎重にモンドの周りを移動する。


 挑戦者からしてみれば、本来ならこの槍の長大さを利用し、相手のリーチの外から攻め立てる事が定石であったであろうが、しかしこの相手にはリーチに関する優位性は皆無だ。


 何せこの相手は腕の長さだけでも余裕で槍の全長を超える程であり、更に巨大な拳までついている。


 これでは相手の間合いの外からの攻撃など先ず期待ができない。ただ、見たところやはり相手は知恵がなく、動きも鈍重だ。それを十全に活かし戦いを進めようと、そう考えていたのだろうが、しかし、相手のモンドは未だに一切の動きを見せてこない。


 しびれを切らし、挑戦者が今度は槍の技を次々と繰り出していく。


「多段集突に岩通し、それに重槍破突か。流石元帝国騎士として名を馳せただけに、中々強力な技を使用しているな」

「はい。ですが、どれも全く意味をなしてませんが」

 

 ウィリアムの隣に立つ執事の言うように、確かに挑戦者は豊富な槍術を駆使し戦いを演じているが、肝心のモンドはまるで羽虫にまとわりつかれている程度にしか思っておらず、その場で棒立ちでありながらも欠伸をしたり、瞼を擦ったりといった小馬鹿にしたような態度が目立った。


 その様子に遂に挑戦者が怒りを露わにさせる。


「き、貴様! やる気があるのか!」

「……おニイヂャン、ごんなごといっでるけど、もう、やっでいい?」

「まだだ、後三十秒程度はチャンスをやらないと可哀想だからな」

「な、んだと?」


 だが、兄と弟の再度の会話を耳にし、元騎士の挑戦者が、ウィリアムを振り返りその肩と声を震わせた。


「まさか、貴様、敢えて反撃をさせないようにしているというのか?」

「そうですよ。そうでなければ、流石に貴方の条件が悪すぎる。ですから、ハンデとしてこのような形を取っているのだ」

「ば、馬鹿にしているのか! 貴様! 騎士の誇りを!」

「え~ど、二十五、二十四――」

「どう思おうと結構だが、いいのかな? 残り時間は刻一刻と減っていくのだよ?」


 騎士の誇りを思い出したであろう彼は、歯牙を噛み締め、そして槍をウィリアムに向け、怒鳴り散らした。


「ならば! 私もこの者が動き出してから改めて挑戦させてもらう!」

「そうですか、どうぞご勝手に。あぁ、せっかくこう言ってくれているんだ。モンド、一旦数えるのを止めて、そうだな、そっちの壁を軽く殴ってみろ。少しだけお前の実力を見せてやるんだ」

「十八……うん、わがっだ、おで、やる」


 口元に太い指を添え、考えながら数字を数えていたモンドだが、ウィリアムの示した壁を見やり、のっしのっしと近づいていった後、よっ、と本当に軽く、腰も効いていない腕だけの力で、壁を殴った。


 途端に、地下全体に鳴動が広がり、ウィリアムの立つ地下空間も大きく揺れ動いた。


 壁は激しく抉られ、ぱっかりと大きな口を開き、巨大なモグラが突き進んだような横穴が一つ出来上がっている。その様相に、元騎士の挑戦者は愕然となった。


「おで、おニイヂャンの言うごど、ぎいだ、えだい? えだい?」

「あぁ、偉い偉い。さて、弟は愚弟とは言えパワーだけはこの通り大したものだ。勿論これも軽く殴っただけで、もう少し本気を見せれば、小城ぐらいなら片手で消し飛ばすことも可能なんだが……それでも君は騎士として、その誇りに従って、何もせず待っていてくれるのかな?」


 それから先は酷い有様だった。もはや騎士の誇りも糞もない、モンドの口にする数字が減っていく度に、挑戦者の顔から血の気が失せていく。


 何としてでも、ハンデを貰っている内に倒さなければと、槍を振り、しかしそれも残り時間が一桁になったところで、技術など一切無視した力任せのヤケクソな攻撃に変わっていった。


 だが――


「ゼロ、これで、おまえ、おわり――」


 必死に槍を振るい続けていた挑戦者にむけて、モンドは上から拳を振り下ろす。


 それだけだった。その一撃だけで、床は深く陥没し、男の戦意をごっそりと削ぎ落とした。


 フルプレートアーマーも粉砕され、槍も折れ、恐らくは全身の骨もほとんどが持ってかれている。


 だが、モンドはそんな挑戦者を片手で持ち上げ、更にトドメを刺すようにギリギリと握りしめていく。


 騎士の悲鳴が空間に響き渡った。家族が涙を流し父親の名前を呼んでいるが、もはやそれも無駄なことであった。


「家族の絆も、こうなるともろいものだな。さて、モンドもういい、それ以上やると死んでしまう」

「こで、ごわしだら、だめ?」

「駄目だ、その前にやることがある」

「おで、残念。でも、おニイヂャンの言うこと聞く。おで、えらい」


 そしてウィリアムに促され、モンドは再び開いた壁の向こう側へと引っ込んでいく。


「さて、これで君の負けが決定したわけだ」

「あ、ぐう、こで、いじょう、な、なに、を……」

「おや? 忘れたのかい? 今回君が勝利したら私は存分に君を援助する。だけど、負けたら――家族を貰う、そう、約束したはずだ」

「あ、あぁ、ああぁああぁああ!」


 男の表情が絶望に満ちていく。その顔を見て、ウィリアムが愉しそうにクスリと笑った。


「ウィリアム様、準備が整いました」


 そして、いつの間にか地下室には汚れ一つ感じさせない真っ白なコックコートを着衣し、同じく清潔感を損なっていないコック帽を被る恰幅の良い大男とその他の料理人達が並び、恭しく頭を下げていた。


「あぁ、それじゃあいつもどおり、この男の目の前で食材の処理を頼むよ。この男にとって最後のお別れになるだろうから、丁重にお前の腕を見せてやってくれ」

「は、承知いたしました」


 そして、その直後、賭けに負けた男の絶叫と、家族の悲鳴が地下室を支配した――それらをひとしきり眺めた後、ウィリアムは地下室を後にし、別室の食堂で、シェフの料理が出来上がるのを楽しみに待った――






 テーブルに並べられる数々のコース料理を全て食べ終え、ウィリアムは最後に血のワインで喉を潤した。


 満足そうな表情を見せ、そして改めてシェフに顔を向け口を開く。


「あの父親はどうしたのかな?」

「はい、予定通りあの後すぐに潰させて頂き、弟殿へと回しておきました」

「そうか、まぁ、ゲテモノにはゲテモノといったところだな。それにしても最後のあの顔、今思い出しても無様で、惨めで、騎士の誇りなど微塵も感じさせないあの狂いぶり、本当にこの娯楽は最高だ」


 口をテーブルナプキンで拭い、堕ちた父親の無様な姿を思い出しほくそ笑む。彼はこうして定期的に一つの家族を絶望に追い込むのを趣味としていた。


 ただ、食材を手に入れることだけに満足するのではなく、その過程すらも彼は楽しんでしまう。その為ならば、例え帝国領の貴族だろうと裏で手を回し追い込むぐらいためらわない。


 そしてその後、彼は他の食肉(・・)を利用した料理についてもシェフを評した。


「今夜の夕食も最高だった。食材を全く無駄にしないその姿勢は素晴らしい。流石私が認めた人肉料理長(カニバルシェフ)だ。本当に本命の食材を提供できる日が今から待ち遠しくてたまらないよ」


 ウィリアムは恍惚とした表情で述べる。いずれ提供できるであろう最高の食材を思い浮かべながら。


「私は、このハンニバルの呪いで人の肉を食べなければ満たされない肉体に変わり果ててしまった。でも、今はとても感謝している。人の肉というものがこれほどまでに甘美で最高の味だという事に気づかせてくれたのだから――」



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