おまけ話 ウィリアムのサンバ
こちらはウィリアムがもしこんな感じだったら的なオマケ話となります。
「お帰りなさいませ殿下。随分とご機嫌が宜しいようで」
「ふふっ、最愛の妹の最高の絶望を見ることが出来たからね。ほんの一匹、鼠をこれに食い殺させただけだったのだけど、良い収穫だったよ」
腰の剣を愛でるように撫で、ウィリアムが嬉しそうに述べる。その様子に執事も目を細めて喜びを分かち合った。
「殿下のご気分が宜しいと、私も嬉しく思います。ところで、今宵は地下フロアにて良い相手が手に入ったと先生が申されております。早速向かわれますか?」
「あぁ、ご苦労。流石段取りが良いな。丁度シェリナを見て気分が湧いてきていたところだ。出来れば早くしたいところだが、その日までまだ少し掛かるだろう。だから今宵も代用品で我慢しておくとしよう――」
そしてウィリアムは執事と共に、ウィリアムと一部の者以外は決して立ち入ることが許されない地下室へと下りていく。何せウィリアムは城でも街でも外聞的には評判が良い。人々の言葉にしっかりと耳を傾け、愛想よく接し、好感度も高いのである。
そんな彼の裏の顔は決して知られてはならない。
そして地下の秘密の空間へたどり着くと、恰幅の良い振付師が彼を出迎えた。
「ようこそおいでくださいましたドラッケン殿下」
「あぁジェフ、今日も期待しているよ。それで、今宵の相手は?」
「はっ――」
汚れ一つ感じさせない真っ白なダンスコートを着衣し、同じく清潔感を損なっていないアフロを被る大男が恭しく頭を下げる。
そしてパチンッと指を鳴らすと他のダンサーたちがガラガラとお立ち台を押してやってくる。
その上には無理やりちょっと人に見られるのは恥ずかしい踊り子の服を着せられたお相手が並べられていた。その格好が引き立つよう腕には扇子のような物を持たされている。
「ふむ、この者たちは?」
「は、没落した男爵家の妻と娘に息子でございます。妻は二人子供を産んでおり、既に薹が立っているので運動神経は子供には劣りますが、事前に私がみっちりとレッスンを行いました」
「臭みは大丈夫かい? 踊りすぎてあの香ばしいフェロモン漂う汗の匂いが残っていたら興ざめだ」
「その辺はぬかりありません。魔法による洗浄は済ませてありますので」
ふむ、と顎をさすり、マジマジと処理済みの女の姿を眺める。
「薹が立っているといっても見た目はいいものだな」
「当然です。やはり殿下のお相手は見た目も大事ですので」
「そうだな。それで、こっちの幼い幼女もレッスンずみなのかい?」
「滅相もない。毛の処理こそ致しましたが、その子は十歳の躍動感あふれる少女でございます。成熟しかける直前の元気な時期ですから、このままでも踊るには十分。殿下のお相手として最高の踊りを約束いたしましょう」
胸を叩き自信を覗かせるジェフ。ウィリアムも満足げだ。
「後は、こっちの男児の方だけど、男児はどうしても身体の硬さで一歩落ちるんじゃないかな?」
「確かに幼い男児は扱いが難しいところです。ですが、この男の子はまだ五年生きた程度ですので、男性特有の筋肉質な硬さはございません。むしろこの年齢というのは男でありながらも女性のような可憐さも併せ持っております。それに、踊れる種類は少ないですがその分動きの鋭さでアピール出来ます」
ウィリアムは満足そうに頷いた。既に身体の具合も丁度いい感じなようである。
「そういえば父親がいないようだな」
「あれはもう、もと騎士という事もあって身体の切れは最悪。年齢的にも臭みが激しくとても殿下のお相手が出来る代物ではありません。ですので、いつも通り地下の弟殿の相手をさせています」
「ああ、そうか、確かに中年の相手などという面倒くさい真似はしたくないな。しかし、それならば同じ下手くその相手には丁度いい。中々良い仕事をするではないか」
「そのような御言葉を頂き、身に余る光栄でございます」
再び姿勢良く頭を下げる。そんな彼に、
「では、早速準備に取り掛かってくれ」
とウィリアムが促した。
他のダンサーも呼び、遂にリハーサルが開始される。本格的な殿下の相手は今一生懸命職人がこしらえているダンスフロアの上で行われるが、その前のリハーサルはウィリアムの目の前で行うのがならわしだ。
ジェフがさぁさぁと手を叩いた途端、親子達は狂ったように踊り始める。だが、ジェフもダンサーも手慣れたもので、愛用の扇子をそれぞれが持ち、動きを確認させ調整を繰り返していく。
ただ、全くの不参加はウィリアムは望んでいない。それはジェフやダンサーも理解している。
そこで彼のバイオリンに合わせたダンスが開始された。しかしかなり下手くそである。
とはいえ彼らはウィリアムの扱いに熟知している。故にどこをどうよいしょしていけば、出来るだけ気分を保ったまま、つまり機嫌の良い状態を保ったままリハーサルを進められるのかを心得ている。
弦に弓を食い込ませる度に悲鳴のような何とも言えない音が奏でられる。熟した大きめの双丘がその度に上下に揺れる。それを聞いていた子供たちも喚き暴れダンスの動きも止まる。
母親は母親で子供たちだけは助けて欲しいと懇願する。そんな母親の目の前でしかしダンサーは手加減せず柔らかい身体を活かしたダンシングを教えこんでいく。
その隣では、幼い男児の頭に鉢巻をつけ、羽のようなものをつけていくジェフの姿。この作業は下手するとすぐに気分が落ちかねないので、熟練の技術が不可欠だ。
羽が一周し、器用に指で形を整え、そのままパカリとM字開脚させると、前衛的で新鮮な振り付けが姿を見せた。
極上な宝石のような輝きさえ感じられるその姿に、思わずウィリアムも演奏を忘れゴクリとつばを飲み込む。
母親が愛した子供の晴れ姿だ。羞恥心も既に無く笑顔でパカリとM字開脚になったその姿を見せてやると、母は狂ったように笑い声を上げた。きっとさっきまでの地獄の猛レッスンで疲れが出たのだろう。
しかし、まさかそこまで喜んでもらえるとは、とウィリアムも満足げに再び狂ったバイオリンの演奏を始める。一つの家族がダンスという形で真の意味で一つになれるこの瞬間はいつみても美しい。
しかも重要なのはこの状況でもまだ誰一人脱落していないということだ。それがまた素晴らしい。
母親の踊りと娘の耳をふさぎながらの悲鳴と、男児のM字開脚が三重奏のごとくウィリアムの目と耳に届く。一流のオーケストラが奏でる演奏すら、この上質なバイオリンの音を聞いたなら裸足で逃げ出すことだろう。
そしてこの至高の音楽こそが、更に彼のダンス欲を掻き立てる。
こうして優雅なひとときを与えてくれた演奏会兼リハーサルが終了を迎えた頃には、彼らの仕込みは完全に終了していた。
そしてジェフとダンサーが、この新鮮な振り付けを一流のダンスに仕上げるためダンスフロアに向かい腰を振る。
こうして出来上がったダンシング。その完成形を楽しむため、いよいよウィリアムもダンスフロアに足を運ぶ。
「イッツ・ダンシーング!」
ジェフが声を上げると、どこからともなく現れた指揮者とオーケストラが激しいサンバのリズムを奏で始めた。
それを耳にし、全員で狂ったように踊れや踊れ。
そう、踊るのだ。サンバのあとは社交ダンスだカポエラだ、ジェフのアフロも激しく揺れる。
こうしてそのままウィリアムは寝る間も惜しんで十時間以上踊り続けた。
全てのメニューが終わった後、男爵家の家族はすっかりヘトヘトであった。暫く筋肉痛に悩まされることだろう。なんとも迷惑な話だ。
「今夜のダンスも最高だった。振り付けを全く無駄にしないその姿勢は素晴らしい。流石私が認めたダンスキングだ。本当に本命のパートナーを提供できる日が今から待ち遠しくてたまらないよ」
ウィリアムは恍惚とした表情で述べる。いずれ提供できるであろう最高の踊り相手を思い浮かべながら。
「私は、このハンニバルの呪いで踊り明かさないと満たされない肉体に変わり果ててしまった。でも、今はとても感謝している。ダンスというものがこれほどまでに甘美で最高の芸術だという事に気づかせてくれたのだから――」




