第五十七話 忍者VS忍者
黒尽くめの男の正体は俺と同じ忍者だった。そして男は術を行使し、炎の分身を二体生み出し、その分身が行動を開始する。
「火遁・烈火連弾――」
「火遁・爆炎弾――」
火遁で生まれた分身は、焔に包まれているという事以外は、影分身と同じように意思を持って行動する。術も火遁限定となるが使用する。
「火遁・烈火連弾!」
「火遁・爆炎弾!」
だが、火遁なら俺だって使える。その両方共、普通に使いこなせる忍術だ。だから分身と一緒に敢えて相手にぶつけるように術を行使する。
絶え間なく発射される炎の連弾、爆炎を伴う弾丸――それらがぶつかり合い、中心でせめぎ合う。
だが、その均衡は既に崩れつつある。こと火遁に関して言えば、相手の方に分があったようだ。
爆轟――俺と分身のいた地点が抉れ、そして炎に包まれる。
それぞれ左右に散る形で、俺と分身は、建物の壁に張り付いていた。
「火遁・火吹眼」
すると、本体の両目が光り、かと思えばフードの中から炎が二つ、俺と分身に伸びてきた。
避けるために地上に降りるが、炎が当たった壁が黒焦げだ。
全く、攻撃がさっきから派手だな。このままじゃ騒ぎを聞きつけて衛兵あたりがやってきかねない。
『――火遁・荒火吹!』
しかも俺達が着地するのを見計らって、二体の焔分身が同時に次の術を行使してきた。
荒火吹は火吹よりも荒々しく範囲も威力も桁違いの火遁術だ。
全く、本当に遠慮がない。
『氷遁・氷柱壁の術!』
だが、俺達もすぐに頭を切り替え、示し合わせたように同時に術を行使。
氷柱壁は正面に氷の柱を展開する忍術だ。分厚い柱はまるで壁のようでもあり、相手の攻撃を防ぐのに役立つ。
予想通り、氷柱壁はふたつの荒火吹から俺たちを守る盾となる、が、相手の熱量は凄まじく――
「どうやら練度が足りなかったようだな。氷が溶けているぞ」
そう、本体の言うように、急速に壁が溶けていく。分厚い氷だが、この火力ならあと数秒で溶け切るだろう。
それほどの熱量――だが……。
「これは――」
本体が呆気にとられたような声を発した。なぜなら一瞬にして俺達の周囲が白く染まり、姿が視認出来なくなったからだ。
「そうか、水蒸気か――」
ご名答。氷の壁に高温の炎が当たると、氷は瞬時に溶け始め、水蒸気を生む。
だが、気づいたときにはもう遅い。瞬間移動で既に背後に回っているからだ。
時空遁は他の術と併用が出来ないという欠点がある。だが、これにも例外がふたつある。
その一つは先ず影分身。例え時空遁を使用しても生み出した影分身が消えることはない。これは俺と影分身が次元収納を共有している事からも明らかだ。
そしてもう一つ、使用した忍術によって生まれた別の現象までは対象にならない。
これはつまり今の場合は、氷柱壁の術を発動した直後に時空遁を行使した場合、氷の壁は即座に消え去るが、今のように氷の壁と相手の火遁がぶつかり、発生した水蒸気に関しては消えることがないという事でもある。
だからこそ、相手が水蒸気で俺たちの姿を見失っている間に、瞬間移動で背後に回れた。
瞬間移動なら、どれだけ気配に敏感でも気づかれること無く背後に回れる。
そこから高速で印を結び――
「雷遁・雷裸尽附の術――」
「何!?」
俺が背後に回っていることに気がついたようだがもう遅い。
「な、なんだその身体は――」
驚愕の声が耳に届く。俺の肉体の変化に驚いているのだろう。雷裸尽附の術はつまり電撃による肉体の超強化だ。
電気で刺激することで腹筋が鍛えられるマシーンがあったりするが、あれの超強化版みたいなものだ。血液を通して流れた電撃により全身の細胞を刺激することで短時間ではあるが、肉体が瞬間膨張状態となりビルドアップする。
この術は、正直見た目が少しアレなので、使うのには勇気がいるが、相手を力尽くで無力化させるには非常に有効だ。
そして、雷裸尽附の術で細胞がコミットした結果全身これ筋肉と化した俺は、地面を蹴り飛ばし、瞬時に黒尽くめの男に肉薄。
筋肉の塊のようになりこそしたが、サドデスのような見た目だけの虚仮威しとは違う。
細胞が雷遁の影響で筋肉と一体化し、細胞そのものが筋肉と同化しているので、靭やかで美しく、宝石のように上質だ。
そしてこの術の特徴は、相手に攻撃を決めると同時に、細胞を刺激していた電撃も一点集中で相手に注ぎ込まれる事。
つまり、筋力×電撃×筋肉が破壊力となる。その一撃が、今、男の腹部に吸い込まれ、めり込み、その黒尽くめの身がくの字に折れ曲がった。
「グボァアアアアア!」
うめき声を上げ、弾丸のように後方に吹っ飛んでいく。そして水蒸気が霧散しかけている地面に叩きつけられ数回転して動きを止めた。
手応えはあった。死んでこそいないと思うが、最低でも骨は砕け、意識だって飛んでる可能性が高い。
あとはどこかに連れ込んで――
――ボンッ!
「え?」
思わず間の抜けた声が飛び出た。倒れたはずの黒尽くめの男が、小さな炸裂音を残し煙のように消え去ったからだ。
そしてこの消え方は――
「惜しかったな」
「え? あ、ぐぁああああぁあああああ!」
「な!? 俺が燃えている!」
俺の目端にあの黒尽くめの男が見えたかと思えば、足元から火柱が上がり、瞬時に全身が炎に包まれていた。
分身のギョッとした感情が脳裏に伝わる。
熱い――印を結ぶ気力すら削ぎ落とされる熱量。地獄の竈で焼かれているかのような熱と痛み。俺の膝は勝手にガクリと崩れ落ち、そして意識は暗転していく――
「くっ! 貴様! 術を解け!」
「うん? 俺に命令しているのか? おいおい立場を理解しろよ。どう考えても不利なのはお前らだ。本体があの状況で、分身のお前にどうにか出来る状況じゃない。それぐらい理解できるだろ?」
くそ! 確かにこいつの言うとおりだ。既に炎の中で本体は冷静さを失いかけている。そして俺の後ろには焔の分身が一体。さらにどうやったのかわからないが俺が攻撃したのは影分身で、目の前にはいつの間にか黒尽くめの本体がいる。
考えろ! 俺だって俺だ! この状況を打破する手を!
「いくら考えても無駄だな。あの炎からは逃げられない。あのまま焼き尽くされて終わりさ」
くそっ!
「ま、それが本物の炎だった場合だけどな」
……何? 俺が訝しげに黒尽くめの本体をみやると、奴は右手を上げ、指をパチンッと鳴らした。
その瞬間、俺の本体を包んでいた炎は消え去り、満身創痍といった俺が地面に倒れ込んだ。
「こ、これは……」
「幻炎さ。まぁ、幻といっても熱さは感じるし痛みも残るだろうから、暫くは起き上がれないかもな」
男は軽い口調でそんな事を述べる。すると、後ろに感じていた熱も消え去った。焔の分身も消したという事か。
やられた――相手の分身が消えたとは言え、これでは……。
「……これから、どうするつもりだ?」
「うん? どうするってなんだ?」
「――本体を連れて行く気か?」
俺は男に重要な事を問いかける。正直、実力の差は明らかだった。いくらなんでも分身の俺では、こいつに立ち向かうすべはない。
本体を連れて行こうとされれば、一応は抵抗も試みるが、間違いなく無駄だろう。一旦逃げて、別な手を考えるのが無難に思えるが、正直逃げ切れる気もしない。
「なんだそんな事か。だったら安心しろ、俺の目的はあくまでこれだ」
黒尽くめの男はそう述べると、放置されていた偽物の遺体を再び肩に担ぎ始めた。
「――は?」
呆気としてしまい、ついそんな一言を発してしまう。
「なんだ? 随分とマヌケな顔を晒してるじゃないか」
「いやいや、どういうつもりだ? 理由は知らないが、今のお前は帝国の人間だろ? なのに何故、俺を放っておく?」
「おかしなやつだな。偽物で済ませると言ってるのに、なんだ? 捕まりたいのか?」
「別にそうじゃないが、だとしたら理由が判らないだろう? なぜ戦った? それに最初にお前の方から侵入したのが俺か聞いてきたじゃないか」
すると、ふむ、と顎を擦り。
「ま、聞いたのは一応はポーズとしてだな。お前の言うとおり、今の俺は帝国に身をおいている。それは事実だ、だが、別に俺は帝国の犬というわけでもない。ある程度は自分の判断で行動するってことさ」
「……」
それを言われたからとそう納得出来る話でもないけどな。
「まぁ、後は俺も途中からはお前と一緒だった。本当に同じ忍者か知りたかった。そしてやってみたら同胞で、しかもかなりの腕だ。こんな地球と異なる世界で偶然とは言え同じ忍者と再会が出来たんだ。情も湧くってもんだろ?」
「……そういうタイプには全く見えないけどな。大体それが本当なら、姿ぐらい晒してもいいんじゃないのか?」
「おいおい、言ったろ? 一応今は帝国に属している。それに、その台詞は忍者に言うべきものじゃないな。普通忍は、正体を隠すものだろ?」
そう言われたら、ぐうの音も出ないけどな。
「……判った。どちらにしても本体がこの状態だ。それで納得する他ないだろう。だけど、さっきのあれは、一体どうやったんだ?」
こんなことを聞くのも癪だが、本体が突然燃え上がったまでの行動、一体どうやったのか気になって仕方ない。
「……ま、少しだけヒントをくれてやるなら、お前は思い込みが激しすぎたって事だな。だから火遁の基本にも気がつけなかった」
火遁の基本? 俺は改めて相手の行動を思い出す。
そして、気がついた。
「早速真似たということか、それに火達磨の術――」
「正解だ」
男の身体が発火し、メラメラと燃え上がる。そうだ、これは火遁の制御を覚える為に使用する基礎忍術、火遁・火達磨の術。
文字通り、そして見ての通り、自らが炎に包まれる忍術だ。
一見何の意味もなさそうな術だが、使用した術で自分自身が火傷を負うような事にならないように、同時に火力を自在に操れるようにするための練習には最適な忍術と言える。
ただ、実戦においてこの忍術単体で使うものはほぼいない。敢えて特殊な使い方を述べるなら、相手の火遁を受けて燃えたふりをするといった限定的なものだ。
相手に接近して燃えてみたり、燃えたまま突撃してみたりといった手もなくもないが、わざわざそんな事をするぐらいならもっと有効な忍術がある。
だからこそ、失念していた。その術の事を。そしてだからこそ、引っかかってしまった。
俺が雷斧の術で切りかかった時、その時には既に準備は始まっていたんだ。空蝉発破で気をそらし、その間にこの男は影分身と、影潜りの術を先ず使用した。
だが、俺達と違い、この男は自分が影に潜み、影分身を地上に残した。その上で焔分身を一体出現させ、同時に火達磨の術で炎につつまれた本人が影から飛び出し、そのことで俺たちは焔の分身を二体作り出したのだと思い込まされた。
火遁の焔分身は戦力を増すためだけの存在だと、その先入観が俺や本体の目を曇らせたんだ。
しかもこの男、恐らく影分身を作り出した時、本体の自分より影分身の方が忍気が多くなるよう調整している。そうでなければ開眼の術で忍気の流れが見えるようになっていた本体を欺くことは出来ないからだ。
同時に、俺達は間違いなく隙をついて本体を狙いに来ると考えていたのだろう。それは実際にその通りになり、一撃を受けることになった影分身は吹き飛んだ後、ダメージによるものではなく、この男の意志で消されたのだろう。影分身は術者の近くで消すことが出来れば込めた忍気が戻ってくる。
それを踏まえた上で予め印を結んでおき、俺の攻撃で近くまで飛んできた分身を消し、忍気が回復すると同時に幻炎を行使した。
この結果が、これというわけか――
「その様子だと、答えにたどり着いたようだな。ま、何も考えない馬鹿よりは将来性がありそうだ」
「……お前には何か目的があるのか?」
男は話をしめようとしているように見えるが、やはりどうしてもそこは気になる。
「……さぁな。例え何か目的あったとしても、話すわけ無いだろ? 忍者なんだから」
「…………聞くだけ無駄って事か」
「そういうことだな。まあ、ただ、少しは楽しめたから少しだけ助言を述べるなら、先ずポーション系の薬は買っておけ。あれは便利なもんだ。迷宮攻略にもいくんだろ? 後はたまには自ら罠にはまるのも悪いことじゃないってことだな」
「……いや、なんか普通にいい人に思えてきたんだが――」
ゲームで言えば最初のチュートリアルに出てくるアドバイザーみたいになってるぞ。
「俺がいい人? 馬鹿いえ、同郷のよしみで今回は見逃すが、次に命令が来たら容赦はしない。言っておくが、帝国はお前らが思っている以上にヤバい奴らがいるんだ。舐めて掛かると――痛い目見ることになるぞ」
「そのヤバい奴らってのは、あんたよりもかよ?」
「……さぁな――」
そこまで述べると、いつの間にか俺の視界から黒尽くめの男が消えた。
やはり気配の消し方は並じゃない。
全く、こっちの世界でも同業者に会えたと思ったら、いきなりとんでもない奴だったぜ。
とは言え、とにかく、本体を宿まで運ばないとな。騒ぎを聞きつけて衛兵がやってくる前にさっさと動かないと。
しかし気を失ってしまってるし、外傷がないとはいえ目覚めるまで少し掛かるか――
この章は第一章となりますがそれがそろそろ大詰め!だと思っていたりもします(^^ゞ