第五十六話 黒尽くめの正体
いつの間にか俺の背後に立っていた男が語りかけてきた。
内容から察するに、最初から遺体は偽物だと気がついていて、しかも俺の尾行にも気がついていたような、そんな雰囲気を感じる。
だが何より、気になったのはこの男の身のこなし。滲む空気。それはこの男のある側面を浮き彫りにしていた。
「さて、俺からの質問は一つだ。最近、城や森をチョロチョロしていたのは、お前だろ?」
質問というよりは、ほぼ決めつけだな。間違いないと断言しているようでもある。
「それと、昨日俺が燃やしたアレも、お前の仕業じゃないのか?」
それは逆に言えば、俺が準備した影分身を消したのはこいつということになる。あのときは酔っ払っていて、一体どうやって倒されたのか不明確だが、目覚めて記憶を探ると、全身が燃えたような感覚があった。
それは今のこいつの発言と一致する。だが――
「そんなこと、教えるわけがないだろう? それよりも、俺から聞きたいことがある」
「質問には答えず、自分の聞きたいことは聞くってかい? 厚かましいやつだな」
何を言われようが関係ない。これはどうしても確認しておかないといけないことだ。
黒尽くめの男をじっと見据え、推測した事をやつに告げる。
「お前、もしかして俺と同業か?」
「……何を言っているのか判らないがな」
「言う気がないなら力尽くでも聞くことになるぞ?」
影を確認しながら、宣戦布告に近い事を述べる。もし俺の考えがあっているなら、納得できることも多い。
例えば、今も密かに看破の術を試しているが、こいつは見ることは出来ない。それでいて俺の偵知の術でも察知できない。気配の消し方が完璧だ。
勿論、この世界の人間にはそれが出来るわけがないとまで、思い上がった事を言う気はないが、しかし対峙したからこそわかることもある。
ごまかしても、これまで培ってきた技術、体に染み付いた習性、これらはそう消せるものではないだろう。
ただ、そうなった時、気になるのはこいつはどうやってここにやってきたのか? そしてステータスはどうなっているのかということだ。
尤もこいつはそれすら認めていないわけだから、先ずはそれを確定付けないとならない。
「力尽くか、だったら俺も黙ってはいられないな」
「――ッ!?」
その途端、俺の右腕が発火した。予備動作がまったくなかった。もしこれが忍術なら、印を結ぶ様子ぐらい見えるはずなのだが――
ただ、フードの奥に見える双眸が、赤く光った。それだけは察することが出来た。
「氷遁・凍結の術――」
「ほう、片手でそれをやってのけるか」
燃えていた右腕がピキピキと凍りつく。炎は右腕から一気に全身に回ろうとしていたが、その前に凍りつかせることで強制的に進行を止めた。
だがこいつ、やはり間違いない。何故なら、片手でやってのけたと口にしたからだ。無意識なのかもしれないが、それはこれが忍術だと理解してなければ出てこない言葉だ。
「だが、次は躱せるかな?」
その瞬間、再び炎に包まれる。俺の立っていた場所がだ。
俺はそれを察していたから、既に離れている。更に連続で何かの力の流れを感じたが、全てを躱していく。
「やはり位置指定か。それが判れば、躱すのは造作もないさ」
「なるほど、その様子だと、目も強化済みか。ただの強化じゃなさそうだが、魔法か?」
よく言う。ただ、確かに奴の言うとおり目は強化した。開眼の術でな。これは通常の目の強化と違い、相手の力の流れも把握することができる。それが忍気であれ、魔力であれ、何かしらの力が働いていれば把握できる。
「まだごまかす気か? お前は気がついていないかもしれないが、さっきから自分が俺と同じだと自ら明かしているようなものだぞ?」
そう告げつつ、俺は印を結んでいく。この状況でも、まだだんまりを決め込むつもりか、様子を見ながら命令式を構築していくが。
「そうか、なら、もう遠慮はする必要ないな」
「な!?」
だが、俺の印が完成する前に、既に男の手が、いや、正確には手から伸びた焔の刃が首元に添えられていた。
「お前は印を結ぶのがトロすぎるな」
「……ここまで速いなんてな、しかもそれ、焔刀か――」
焔刀は火遁の術で、手に焔を纏わせそれを伸ばし鋭くし、刀のように変化させる忍術だ。
この術は練度が高ければ高いほど、刃はより鋭くそして見た目は本当の刀のように変化しある種の美しさも兼ね備えるようになる。
そういった意味では、この形状は完璧だ。その美しさはまるで世界に数本とない名刀のようですらある。
「それにしても、随分とお粗末なものだな。正面切って相手にばればれの印を結んだ上、俺の動きに反応も出来ない。お前、もしかして下忍の見習いか何かか?」
「得意がるのはいいが、それだけ言っておいて遅れをとったら、ただのみっともないおっさんだぞ?」
「何? むっ!?」
呻くような声。その瞬間、俺の首から刃が離れ、そして男も後ろに飛び退いたのが判った。
一瞥すると、無数の棒手裏剣が天を貫く光景。
そして、振り返ると同時に俺の影の中から俺、つまり事前に用意しておいた影分身が飛び上がり俺の横に並んだ。
「少しはあたると思ったんだけどな」
「ああ、相当反応が早い」
「……なるほどな、印を結ぶ段階から誘いだったわけか」
そういうことだ。敢えて抑えた速度で印を結び、奴を誘った。
どんな形であれ、俺はこの男に忍術を使わせたかった。
「おまけに影分身に影潜りか、確かに影同士相性はいいだろうな。俺も今度試してみるとするか」
影分身を事前に一体作り出し、それを影潜りで俺の影に潜めておく。こいつの言っているとおりだ。
ただ、それも昨晩の相手の行動からなんとなく気配を消すのが上手いというのを察していたからだ。
そしてそういう相手は、大抵は忍び寄り、背後からトドメを刺そうとする。だからこそ、その逆をつくために分身を影に潜めておいた。
こいつが同じ忍者かもしれないと察し、少しだけ作戦は変えたけどな。
「今ので、お前が忍者だというのは知れたぞ? いい加減観念して色々と聞かせて貰いたいものだな」
「なるほど、相手の裏を一つかいただけでその口調。嫌いじゃないが、お前、結構調子に乗るタイプだな?」
小馬鹿にするようなその口調にイラッとくる。それに、こっちだって舐めてなんていない。あの焔刀を見れば、こいつが只者でないぐらいは理解できる。
だから――最初から遠慮はしない!
「土遁・泥手掴の術!」
「むっ?」
術を発動。同時に地面が盛り上がり無数の泥で出来た手が伸び次々と男に掴みかかる。
こうすることで、相手の動きを封じるのがこの術の狙いだ。
語る気がないなら、やはり力でねじ伏せるしかない。
「雷遁・雷斧の術!」
俺が土遁を行使している間に、分身は既に男の遥か頭上まで飛び上がっていた。そこから雷遁を行使し生み出した雷の斧を握りしめる。
「土遁に雷遁か。全く器用な奴だな」
「身動きの取れない状態で呑気に言う台詞じゃないな」
天を見上げ、呟くように言う男に言いのける。その間に分身の準備も整ったようで、激しい落雷の勢いに乗せて、男に向けて雷斧を振り下ろした。
雷撃まじりの一撃が見事に男の身に線を残した。バリバリと稲妻が迸り、並の忍者ならこれで間違いなく死ねるだろう。
尤も、この男は間違いなく並ではないだろう、が――丸太!?
「離れろ!」
「チッ!」
俺が分身に叫び、舌打ち混じりに分身が大きく飛び退いた。なぜなら切ったはずの奴は直ぐ様丸太に早変わりしたからであり、しかもこの反応――間違いなく空蝉発破だ!
爆轟が生じ、衝撃波が駆け抜けた。轟音で耳がキーンとなる。
こんなところで派手なことをやりやがるな。
「火遁・灼眼焔分身――」
爆発が収まった直後、男の術が完成する声。どうやら爆発を起こしている間に印を結んでいたようだ。
そして、男の正面に二体の分身が生み出された。とはいっても、本来の分身とかなり系統が違う。
「どうだ? 俺の分身は良く燃えているだろう?」
どこか誇らしげに語る。現れた分身は確かに今の男と背格好こそ一緒だが、炎上しているという点で大きく異なっていた。
つまり、分身体は自らがメラメラと燃えている。本来なら分身は相手を撹乱させたりといった事の為に使用し、影分身にしても戦力を増す意外に諜報に役立てるといった狙いも大きい。
だが、この焔分身はそういった余計な事は一切排除し、戦力を増すという一点に割り振った結果生み出された代物だ。
これだけ燃えていれば、当然本物と分身の区別ぐらい忍者でなくてもつくからな。
その分身が、動く!