第五十二話 バーバラの情報
バーバラが満を持して俺に教えてくれた情報は、帝国が異世界からの召喚を試みたらしいという事だった。
うん、意味ないからね。それ、モロ俺が関わってるからね。らしいというかもうしてるからね。
「どうだい? 中々の情報だろ?」
ドヤ顔で言われたよ! 凄いドヤ顔で言われたよ! これがギルドマスター張ってるあたしの情報力だよ! とでも言いたげな顔で言われたよ!
あ~あ、もうどうすんだよこれ。本当どうすんだよ。あんなわけのわからない酒まで呑まされた結果がこれかよ。
仕方ない、俺だって忍者だ。とりあえずそっから話を膨らませてみるか。
「あ、ああ凄いな。でも、なんでバーバラはそれに気がついたんだ?」
「ああ、前からこの国が妙な召喚魔法を試みようとしているというのは噂になっていたんだ。問題はそれがいつなのか? て、事なんだけどねぇ。あんたも知ってると思うけど、ここ最近になって傭兵でも夜の森には立ち入ることが禁止にされたり、その上、迷宮まで暫く立入禁止なんて話になってるからね。これはその異世界の英雄とやらが関係しているんじゃないか? て、結構噂になってるんだよ」
結構噂になってるのかよ。何やってんだよあの皇帝。凄そうに見えて超ザルじゃねぇか。
……いや、でもよく考えたらあまりにお粗末すぎるな。もし本当に隠す気なら、もっと徹底するだろ? それなのに市内で普通に噂になるぐらいまで広まってるのに何もしないなんてありえるか?
う~ん、色々と気になるところだけど、なんか頭まわんねぇ。微妙にぼ~っとしてる~話はなんとか出来てるけど、酒が抜けきれないんだこれ。
おかげで分身の行動もいまいち把握出来ないしな。参ったなこれ。
「それ、そこまで噂になってて何もしないって、何か理由でもあるのかい?」
仕方ない。もうとりあえずバーバラの意見でもきこう。
「うん? そりゃまあ、そもそもそこまで隠す気がないんだろうさ。さっきも言った通り、もし森や迷宮に入れないのが、英雄に力をつけさせるつもりなのが理由というなら、とりあえず公にはしないで、でも噂は放っておくという手もわかるからねぇ」
森以外はある程度バーバラの読み通りだな。確かに迷宮に関しては俺達に慣れさせる為的な意味が強そうだったし、訓練で鍛えられてもいる。
「つまり国はその英雄とやらを発表する機会を狙っているのさ。どうせならしっかり力をつけさせて、注目されるぐらいの実力を伴わせた上でお披露目したいだろうしね」
……なるほどな。つまり帝国は上手いこと俺たちを使ってこのグランガイム帝国の威光を外に知らしめたいってわけか。
それは自国は勿論のこと、対外的な面も大きいのだろう。特に勇者の称号を持つユウトといい、強力な力を持った英雄は新開発した軍事兵器みたいなものだ。
こういったものは一見すると隠していたほうがいいようにも思えるが、自国の武力をアピールするという面では有利な面も大きいのだろう。
そうすることで相手を牽制する事も可能になる。まあ、本当に戦争する気があるならの話だけどな。
もしかしたら戦争するなんて話をしているのはあくまでポーズで、そこから何かしらの交渉に持っていく可能性もある。まあ、帝国と周辺諸国の関係がいまいち判ってないからなんとも言えないってのもあるけどな。後やっぱ思考が纏まらない。
「実際のところはどうなんだ? 戦争は起きそうなのかい?」
「微妙なところだね。ただ、確かに現段階では衝突はないのだけれど、全く揉め事がないわけでもないよ」
「揉め事? それは一体?」
「シノビンだって、話にぐらいは聞いたことあるだろ? オリハルト王国と帝国との境界近くにある迷宮の件さ」
うん、知らないんだよ当然だけど。
「悪い、そういうのは疎くて……」
「へ? 本当かい? もしかしてあんた、よっぽど田舎から出てきたのかい?」
「まあ、そうだな。人里離れたとんでもない田舎だ」
「そうなのかい? まぁ、それなら仕方ないのかもだけどねぇ」
眉を広げてバーバラが言う。どうやら信じてくれたようだ。そしてそんな話をしている間も唐揚げを食べ、ゴクゴクと酒を呑み、そして追加していく。
それでも全く様子が変わらない。蟒蛇のようとはまさにこのことか。
「それでね、その迷宮の件なんだけど、どうやらそれがネームドダンジョンらしくてね。だから本来は資源やお宝もかなり期待されているんだけど、この迷宮は王国と帝国がそれぞれ領有権を主張しあっててね。それがあって結構長いこと揉めてるのさ」
領有権、ね。どこの世界にも似たような問題はあるんだな。
「それで、実際のところその迷宮はどうなんだ?」
「う~ん、本来ならあたしも帝国の人間だからこんなこと言うべきじゃないかもだけどねぇ。帝国領っていうのは無理があると思うよ」
「そうなのか?」
「そうさ。確かに迷宮が生まれた場所は、オリハルト王国の国境ギリギリで微妙なところだけど、帝国領には全く被ってないからねぇ」
なるほど、確かにそう聞くと王国側に権利がある気がするな。
「だったら、揉める必要なんてなくないか?」
「ところがね、帝国は帝国で歴史問題なんかを盾にして、かなり強引ではあるけど譲ろうとしないのさ。迷宮に目をつけた途端にわりと強引に近くの丘に砦も建設しちゃったしねぇ。王国は王国で警戒を強めて両者一歩も譲らずといった膠着状態が続いているのさ」
「ふ~ん、でも、むしろそれでよくここまで戦争に発展しなかったな」
こういう物騒な世界ならすぐにでも戦が起きそうだけどな。
「実はここが肝でね。オリハルト王国の現国王は徹底した穏健派で知られていてね、だから出来るだけ戦は避けたいって思わくがあるのさ。だけどおかしな話だろ? 本当に魔族に王国が支配されていたらこんな考えには至らないんだしさ」
なるほど。確かに皇帝の言っていることが正しくて、魔族がオリハルト王国を支配し帝国に攻め入る気があるなら、この迷宮は断固として確保しておきたいはずだ。
だけど、今の話だと問題に上がっている迷宮はお互いに譲らない代わりに、手付かずで残っている可能性が高いという事になる。
うん? でも待てよ?
「確か迷宮って放置しておくとまずいよな? 確か迷宮災害の関係で――」
「ああ、全くその通りさ」
迷宮災害――図書館でも調べたことだが、文字通り迷宮によって引き起こされる災害の事だ。
そしてこれが迷宮はただ人に恩恵を与えるためだけに存在しているわけじゃないことを示唆しているとも言える。
この迷宮災害は全部で五種類あり、迷宮の五大災害ともいわれているんだが――
・迷宮魔物の大増殖
迷宮が未攻略で手付かずの状態が続いた時に起こる災害。迷宮内の魔物が急激に増殖し、外へと溢れ出して問答無用で他生物に襲いかかる。
・迷宮の飢餓状態
迷宮力が二割から三割程度まで減った後に起きる災害。迷宮が迷宮力を回復させる為に、生み出す魔物を凶暴化させ外へと排出する。パンデミックにも似ているが迷宮の影響によって魔物はバーサク状態になっているためより攻撃的になっており危険度が増す。
・迷宮侵食
起きる要因は判明していないが、迷宮核が突如暴走状態に陥り、迷宮そのものが周辺の大地や生物を取り込み際限なく迷宮が巨大化されていく。過去にこれが発生したケースでは僅か三日程で一つの国が食い尽くされたと言われており解決策は迷宮核を壊す他にない。
・迷宮支配王誕生
なぜ起きるか、その原因は不明。迷宮災害の一つとされる。迷宮支配王とは核そのものが人型の意志あるものとして形成されたものである。そして知能を持った王はその結果、迷宮による周辺の支配に乗り出す事となる。かつてはこの迷宮支配王の誕生により、周辺諸国が攻め落とされ迷宮の支配下に置かれたこともある。
・???
古文書に記されていた迷宮災害。詳細は謎に包まれているが、この影響で世界は一度崩壊しかけた。
これが五大災害の詳細だ。基本的に脅威度はパンデミック、バーサク、ワーム、マスターの順番で高くなっている。最後のに関して言えば災害と言っても何がなんだかさっぱりだけどな。
ここで重要なのは迷宮が迷宮力を回復させるための手段だ。どうやら迷宮力というのは他の生物を迷宮が取り込むことで回復するらしい。そして取り込んだ相手のLVを含めた能力が高ければ高いほどより迷宮力は回復されるらしい。
つまり迷宮からしてみるとわざわざ攻略にやってくるような相手は餌でもあるわけだ。
この迷宮力は別に迷宮内で死んだ相手限定というわけではなく、迷宮が生み出した魔物が他の生物を殺しても回復するようだ。だからこそダンジョンバーサクみたいな災害が起きるんだろうな。
そして、バーバラによるとこの迷宮災害でも帝国と王国で一悶着あったようで――
「一度、迷宮の大増殖が起きてね。しかもこの時に溢れ出した魔物の殆どは王国側に向かったのさ。位置関係でいえば当然そうなるんだけどね。ただ、その時問題の解決に乗り出したのはオリハルト王国だけで、帝国側はほぼ関与しなかったのさ」
つまり、領有権を主張しておきながらも有事の際には対岸の火事とでも言わんばかりに傍観を決め込んだわけか。
「それで問題が解決し、だけどこのまま放置は出来ないといよいよ王国が迷宮攻略に乗り出そうと動き出した時に、まるで何事もなかったかのように帝国が再び領有権を主張して、今ここで迷宮攻略に向かうことは侵略行為と同じ! なんて主張しだしたのさ」
首をすくめてバーバラが語る。それにしても、それだけ聞いているととんでもないな帝国。傍若無人もいいとこだ。相手国のものは自国のもの、自国のものは自国のもの的な何かを感じるぞ。
「しかし凄いな。でも、そこまでやられてオリハルト王国は黙っていたのか?」
「う~ん、噂によるとそれも内部でかなり揉めに揉めたらしいね。無理矢理でも迷宮攻略に乗り出させようと訴える声も大きかったらしいし」
「そりゃそうだろうな。それに、そもそも迷宮攻略の権利は冒険者ギルドが握っているんだろ?」
「それは冒険者ギルドがあればそうなるけど、帝国には冒険者ギルドがないからね。だから王国の冒険者がギルドを盾にしても関係ないのさ。それに冒険者だって中立と言っても国絡みの問題に関しては色々ややこしいらしいからね。だから互いに領有権を主張していて譲らない迷宮なんて厄介すぎてそうそう手は出せないさ」
なるほどな、まあ、国が絡めば色々あるものだよな。
「大体判ったよ。でも結局攻略はされず、武力衝突は起きてないんだな?」
「国王が決断して棚上げになったからね。何せ王国と帝国の戦力は総合的には均衡しているから、ここで揉め事を起こすのは避けたのだろうね」
ふむ、でもな、それはつまりいつ戦争に発展してもおかしくない状況とも言えるんじゃないか? わりと緊迫しているようにも感じるけどな。
……もしかしたら本当にその為に呼ばれたのかもな。これはきな臭いどころの話ではないか。
ただ、問題はこれからどうするかだけどな。う~ん、ダメだ肝心なところで頭が回らん! とにかく――
「なあバーバラ。さっき帝国が異世界からの召喚を試みたって言うけど、その召喚された連中はどうなるんだろな? 元の世界に帰してもらえるのか?」
「どうだろうね。本当だとしたら使えるうちは絶対に手放さないと思うし、あたしは魔法にそこまで詳しくないからね。召喚魔法があるという噂は耳に入っても、元の世界に帰す魔法があるかまでは知らないさ」
ふぅ、だよなやっぱ。うん、でも、結果的には良い情報が聞けたとも言えるか。最初はそれだけかよ! と思ったりしたけどな。
「ありがとうバーバラ、おかげで参考になったよ」
「ああ、こんなんで良かったのかい?」
「十分さ。さて、それじゃあそろそろ――」
「は? 何言ってるんだい! 夜はまだまだこれからだよ! 今日は朝まで付き合ってもらうからね!」
「へ?」
「よし! あんたも大分落ち着いたみたいだし、またアレだ! ドラゴンフレイム追加だね!」
「ちょ、ちょっと待て! 待ってくれ!」
おいおい冗談だろ! マジで朝まで付き合わせる気かよ! しかもあれをもう一杯とか、絶対冗談じゃないぞ。
とにかく俺は、それだけは勘弁してくれ、と必死に抵抗した。本当冗談じゃないからな!
「なんだいなんだい情けないね。そんなことじゃドワーフ族だけに伝わるとされる伝説の酒、バッカスソーマなんて飲めないよ。噂によるとアルコール度数1500度だからね」
いや、もうそれ酒じゃないよ。なんだよその1500度って。アルコールの数値じゃないぞそれ。酒とかいうレベルを遥かに超越してるぞ。
そしてやっぱドワーフもいるんだな。そんな酒を平気で呑んでるなんてヤバそうなイメージしか沸かないけどな!
「とにかく、あたしがドラゴンフレイムを呑むんだからあんたも何か頼みな」
「はぁ……」
気のない返事をしつつラガーを頼んだ。
全く、それにしても――ッ!?
「……うん? どうしたんだい? 急に難しい顔しちゃって?」
「え? あ、ああ、少し気分がな」
「なんだいなんだい、本当しっかりしてくれよ」
そんなこといってバーバラが苦笑しているが、実際は酒のせいでそんな顔をしているわけじゃない。
今――影分身が一体消えた。勿論俺が消したんじゃない。
それはつまり、何者かに消されたということだ――