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第五十一話 忍者と唐揚げと情報

 本体も無茶やってるな――なんてことを思いつつ、俺はメモにあった呪術師の一人の後を追ってきた。


 正直、リストアップされていた呪術師の内、三人に関してはほぼ望み薄だった。予想通りふたりは普通に狩りに向かい、堂々と呪術を魔物に行使していたし、呪術師である事を隠していた内の一人はLVが低く、呪いと言っても実際は大した事はできず、ほぼ口先だけで渡り歩いているような男であった。


 しかし、そんな中、俺が見張っていた最後の一人、この男に関しては妙な動きを見せ始めていた。既に外は暗く、明かりもまばらなこのあたりだとその姿も目立たない。


 本人もそれが良くわかっているのだろう。その上で闇と同化出来る色合いのローブを纏い、フードで顔も覆っていた。手にはこれも暗色に染めた杖。


 これはいかにも怪しい。場所も一等居住区であるため、何らかの依頼を請けて仕事に乗り出したと見ていいだろう。


「クククッ、来たか――」


 そして、一台の馬車が庭付きの中々大きな屋敷の前に止まった。


 それを認めた呪術師は、しっかりと馬車が確認できる樹木の陰に隠れている。このあたりは植樹も多いからな。その上目立たない格好をしているからそうそう気づかれることもないのだろう。


 それにしても、ご丁重に妙な笑い声つきで、来たか、とか言っちゃうから判りやすいことこの上ないけどな。


 馬車の扉がガチャッと開く。中からはかなりの美人が姿を見せた。ドレス姿であるところから察するに、パーティーか何かからの帰りなのかもしれない。


「チッ、それにしてもウザったい蚊だ」


 男はローブの上から蚊を叩き潰そうと試みていた。恐らくローブの中にでも入りこんだんだろな。よく見ると植樹や植込が多いせいなのか蚊が何匹か飛んでいた。


 それにしても蚊はどの世界にもいるんだな。ゴキブリもいるらしいし、流石逞しい。


 それはそうとして、この呪術師、馬車から降りてきたドレス姿の女性を確認するなり、何やら怪しい呟きを始めたな。


 杖も両手で握りしめていかにもこれから呪いを仕掛けますと言わんばかりだけど。


「はい、それまで」

「――ッ!?」


 驚愕といった様子で声にならない声を発する。武遁で具現化したクナイを喉に押し当てたからだ。後は横にスッと引くだけで頸動脈が切断され死に至る。


「お前、何も――」

「こっちを振り向くな、少しでもおかしな行動を見せたら殺す。何かを唱えようとしても殺す、手で術式を描こうとしても殺す。お前は俺の質問にだけ答えろ」


 殺気を込めて脅しではないと知らしめる。フードの中の呼吸が若干荒くなった。緊張しているのだろうな。脅しの効果はあったと見るべきだろう。


「さて、先ずは一つ、お前はここで何をしようとしていた?」

「クツ、そうか! さてはお前、あの女のボディガード――ガッ!」

「余計なことは言うなと言ったはずだろ?」


 呪術師の指を一本折った。別に多少喋ったところで構わないといえば構わないが、それで殺す気はないと思われるのは問題だ。


「お、おれ、俺の指……」

「今のは警告だ。もう一度忠告するぞ? 余計な事は言わず質問にだけ答えろ」

「わ、判った……」

「それで、さっきの答えをまだ聞いていないが?」

「し、仕事だ。あの女に振られた男から、呪って欲しいと依頼を請けたんだ」


 マジかよ。たかが振られたぐらいで呪いとか、どんだけ執念深いんだそいつ。


「それで、どんな呪いを掛けようとしたんだ?」

「む、虫歯だ……」

「――は?」

「だから、虫歯だ。あの女を激しい虫歯にして頬を腫らせ、人前に出れないような顔にするのが依頼者の望みだった」


 ……しょうもないな。いや、確かに虫歯は怖いけどな。俺、まあつまり本体だが、それだって未だに歯医者は苦手だ。歯医者に行くぐらいなら雷遁で自分に雷を落とし、気絶している間に妹に直接手で拔いてもらったほうがマシと言えるぐらいに苦手だ。


 でもだからって、わざわざ呪いで虫歯ってのもな。まぁ、でもそれで満足できる男が世の中にはいるって事だな。


「なるほど、話は判った。ところで、お前が出来る呪いというのはその程度なのか?」

「そ、その程度とはなんだ! これでも今なら(・・)俺の呪いの腕は帝都一だ! 大体やろうと思えば虫歯以外にも、二十回連続で石に躓かせたり、鳩の糞がピンポイントで当たるようにしたり、ちょっとした風邪を引き起こしたり、それぐらいの事は出来るんだ!」


 いや、微妙すぎるだろ。むしろその中のに比べたら虫歯のほうが難易度高そうだ。

 

 尤もこれが全て嘘って可能性もあるが――いや、ないな。一応心臓の鼓動が聞こえるぐらいには聴覚を強化し、表情の変化から目の動き、汗のかきかたまで仔細に視ているけど、むしろわかり易すぎて困るぐらいだ。全く嘘をついている様子がない。


「どうやら本当らしいな」

「嘘なんて言ってねぇよ! こんな仕事で死ぬなんて割に合わないんだしよ!」


 うん、まあ、そうかもしれないけどな。指まで折られて災難だよな。折ったの俺だけど。


「うぅ、指いてぇ、もういいだろ? 俺も今日は諦めて帰るから勘弁してくれよ」


 今日はって、後日改めて来ますみたいなノリで言うなよ。全く、こっちも知ってしまったしな。後でしっかりあのお嬢様っぽい女の護衛にでもこいつは突き出すとして。


「まだだ、次の質問。お前は呪装具が作成できるのか?」

「は? 馬鹿言うな! 呪装具の作成なんて呪術師の中でもかなり高位の奴がやることだよ。そんなのが作れるなら、俺はもっと稼ぎのいい仕事をするさ」


 つまり呪術師にとって呪装具を作れるというのは一つのステータスでもあるって事だな。それぐらい難易度が高いってことか。


 そうなると――確かに風邪をひかせるとか虫歯にさせるとか、石に躓かせる程度が精一杯の呪術師じゃ難しそうだ。


 ただ、気になるワードが実はさっきこいつの口から漏れていた。


「お前、さっき今なら俺の呪いの腕は帝都一といっていたよな? あれはどういう意味だ?」

「…………」

「いや、答えろよ」

「ぐっ!」


 急にだんまり決め込み始めたからな。わかり易すぎだろ。とりあえずクナイを押し付ける力を強めて指にも手をかける。


「わ、判った答えるって! いたんだよ、俺たちなんかとは格が違う呪術師が一人。だけど、ある日唐突にこの都から姿を消したんだ。理由までは知らない!」

「……そいつなら、呪装具は作れるのか?」

「可能だと思う。それぐらいの腕はあった」


 なるほど――これはビンゴか? どう考えても怪しいしな。


「それで、そいつの名前と特徴は? 今はどこにいる?」

「ど、どこに行ったかまでは知らないんだって。それに名前も勘弁してくれ。そいつは正体を知られる事をすげぇ嫌がってたんだ。喋ったら下手したら消されてしまう。それに、俺達の知ってる名前だって本当かもわからないし、聞いても意味ないって」


 酷く狼狽した様子で答えてきたが、例え偽名だったとしても通り名として知られていたなら聞く必要がある。


「今答えなかったらどっちにしろここで消えてもらう事になるぞ?」


 クナイが食い込み首筋から血が滴り落ちた。殺意も更に強めている。男は歯をガチガチと鳴らしていた。そうとうビビっているのだろう。後はどちらの死を怖いと感じるかだ。


「……わ、判った。で、でも俺が喋ったとは言わないでくれよ?」

「安心しろ。俺の口は堅い」

「し、信じるぞ……そ、そいつはな、呪術師仲間からは呪殺のサンザーラという名前で知られていた。特徴は、が、あ、ぁ"あ"」


――は? おいおい冗談だろ? こいつ突然空いている方の手で胸を抑えて苦しみだしたぞ。


「おい! どうした? おい!」


 呼びかけるが、首の座っていない赤ん坊のように、頭がダランっと垂れ下がる。心臓の音も、すっかり聴こえなくなってしまった。

 

 脈もなく、息もしていない。生命反応が皆無だ。つまり死んでいる。


 それにしても、まさかこんなすぐ死んでしまうなんてな。この状況で、偶然は考えにくいな。会話の流れでいけば、この男がその呪術師の名前を口にしたことが引き金となって呪い殺されたと見るべきだろうか?


 しかし、だとしたらその呪いというのは距離が離れていても可能という事か?

 

 いや、呪術師の全員が全員可能ってことはないだろうな。それが可能ならそもそもこの男はターゲットの目の前で呪いを掛けようなんてしないし。


 しかし、判ったのは名前だけか。特徴も判らないのは厳しいな。ただ、名前を出すだけで本当に死ぬなら厄介以外の何物でもないな。


 とにかく、死体はこのまま寝かせてこの場は離れるとしよう。流石に死体の側にいつまでもいるわけにはいかない。少し気の毒な気もしないでもないが、褒められる事をしていたわけでもないしな。

 死体はそのうち誰かが発見するだろう。


 そして俺はある程度死体から離れたところで、次元収納から紙とペンを取り出す。これは高校で使っていたものだ。


 そして奴から聞いた名前を記入してみた。最悪これでも呪いで死ぬという可能性がなくもなかったが、俺は分身だしな。むしろ試しておく必要がある。


 だが、何ともなかった。どうやら紙に書く程度ならなんとかなりそうだ。


 これだったら、あの婆さんに聞けばまた情報を集めてくれるかもしれない。


 さて、後はこれらの情報を本体がちゃんと纏めてくれるかだけど――この状況、大丈夫かね?






◇◆◇


「アハハッ! 流石にあんたでも、このドラゴンフレイムは効いたみたいだねぇ~」


 テーブルに突っ伏したような状態になってしまった俺を見ながら、バーバラが愉快そうに笑った。


 くっ! 俺としたことが、アルコール度数250度を舐めてたな。そもそも瞬時に体内の水分をアルコールに変えるとかいうわけのわからない代物だ。いくら気化させたところで全てを吹っ飛ばせるわけもない。

 

 おかげで、もはや頭がガンガン痛む。酔っ払うというのを初めて経験したがすげー気持ち悪い。まだ吐いてないだけ俺を褒めてあげたい。


 とにかく、顔を上げる。バーバラの顔が四重にも五重にも見えた。やばい――


「み、水を――」

「は? 何言ってるんだい。呑んでる途中に水なんて飲んだら、折角入れたアルコールが薄まるじゃないのさ。情けないこと言ってるんじゃないよ」


 いや、俺はそれをしたいんだよ。薄めたいんだよアルコールを。くそ、ダメだ、この手のはもう理屈が通じない。


 大体なんでこいつ平気なんだよ! どんな体してんだ!


 とは言え、流石にこのままはヤバイ。仕方ない、水遁を利用して空気中の水分を無理やり肉体に取り込む。


 後は、胃に何か入れないとダメだ。前にテレビでも見た気がするしな。


 だけど、この店はつまみの種類はそれほど多くない。完全に呑みがメインって感じだ。


 くそ、ならば分身に通じてくれ! まだ飯が残っていれば!


 唐揚げ! 唐揚げ! 唐揚げ! 唐揚げ! 唐揚げ! 唐揚げ! 唐揚げ! 唐揚げ!


 よっしゃ! 思いは通じた! 次元収納に唐揚げが投入されたぞ! それを取り出してテーブルに並べる。


「うん? 何だいこれは? それにどっから出したんだい?」

「ま、マジックアイテムだ……」

 

 力なく答えつつ、唐揚げを口に放り込んでいく。旨い、ジューシーだ! これは酔いも覚めそうだ!


「あたしも貰っていいかい?」

「ああ、いいよ」


 テーブルの上に乗せておいて嫌だといえないしな。すると、バーバラも同じように唐揚げを口に放り込んだ。


「ほぁ! これは旨いねぇ! こんなの初めて食べたよ! 驚いたねぇ!」


 そしてバーバラが更に二個三個と手を付けていく。かなり気に入ったようだな。


「う~ん、ジューシー。これはいい食べ物だよ~本当あんた凄いね。料理まで出来るのかい?」

「まあ、少しだけ」


 とりあえず謙遜しておく。ふぅ、それにしても水分吸収と唐揚げ効果で結構楽になってきたな。


「う~ん、でもこれなら――そうだ!」


 すると、突然何かを思いついたようにバーバラが立ち上がり、店員に言って皿に入った何かを手に戻ってきたけどな。


「この料理、これ掛けたら絶対美味しいと思うんだよ」


 そしてバーバラはレモンを一個まるごと皿の上で握りつぶして絞り、ドバドバと掛けてしまった。


「うん、やっぱり予想通りだね! レモンを掛けたほうが旨いよ!」

「あ、そうですか……」


 うん、まぁ、否定はしないけどね。でもあれだね、勝手にレモンかけちゃうタイプなんだね。ま、気にしないけど!


「はぁ、まぁいいや。とりあえず俺も落ち着いてきたし、改めて、そろそろ話を聞きたいんだけどいいかな?」

「うん? あぁそうだったねぇ」


 バーバラはレモンをたっぷり掛けた唐揚げをもぐもぐと咀嚼しながら目線を上げ。


「ま、ドラゴンフレイムも呑んだしね。頃合いかな」


 どんな頃合いだよ。むしろあれはない方が良かったぞ。


「それで、え~と、何だっけ?」


 俺はズッコケそうになった。


「だから! 帝国と王国の関係とか! 噂は本当なのかとか!」

「悪い悪い、冗談だってば。そうムキになるなって」


 全く、本当に話す気あるんだろうな?


「さて、それでだ。前も話したと思うけど、今のところ帝国とオリハルト王国の間には取り立てたぶつかり合いはない。だけどね、実はちょっとした噂があってね」


 おっと、ようやくそれっぽい話が聞けそうな流れになってきたな。俺はバーバラと向き合って、真剣に耳を傾けるが。


「――実はね、噂によると帝国がどうやら、異世界とやらからの英雄召喚を行ったらしいんだよ」


 口に手を当て、囁きかけるように語りだすバーバラ。うん、なるほど。そうか、なるほどね。

 

 て、情報ってそれかよ!

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