第四十九話 調査と狩りと調べもの
あの婆さんからもらった情報を頼りに今後の動きを決めなければいけない。
改めて得た情報を思い出す。まずスラムに出入りしてる呪術師だ。
何故スラムに出入りしている人物に限定したかと言えば、特に難しい事でもない。
他者への呪いを生業にしているような連中が、スラムに目をつけないわけがないからだ。
スラムは一見するとたしかにただの犯罪の温床のようにも思えるが、裏社会を生きていく人間にとっては有意義な点も多いだろ。
特にあの婆さんが、恐らくではあるが、何人もの情報源を囲い情報屋としても活動していることからもそれは明らかだ。
表では手に入らない情報が手に入る、それだけでもスラムの利用価値は高い。
逆に言えばスラムに頻繁に出入りするような相手であれば、裏稼業に手を染めている可能性が高いという事だ。
つまりシェリナの呪装具を作成するような呪術師なら、なんらかの形でスラムに出入りしていたと推測でき、更にそういった呪術師を知っている同業者もスラムにいると考えられる。
そしてあの婆さんからもらった情報には四人の呪術師の名前が記載されていた。
そしてそのうちの二人は傭兵として表立って活動していたようだ。つまり呪術師であることを特に隠すこと無く傭兵の仕事をしていたということになる。
一方残りふたりに関しては呪術師である事を隠し続けていたとある。そんな相手をよく調べたなと感心するが、それだけ完璧に自分の痕跡を消し去ることは難しいという事でもある。
どちらにしても――可能性としては素性を隠していた二人が怪しそうではあるが、念のため傭兵の方も見張らせたほうがいいな。
さて、とりあえず帝都の呪術師については判ったが、あとは、もしそれが駄目だった場合の解呪が出来る呪術師についてだけどな。
これについてはどうやら既に引退して隠居してしまったとされているようで、流れ流れて帝国の僻地の森で隠れるようにして暮らしているらしい。
そこまではまだいいのだが――問題はその場所だ。メモによると、帝国の北西部に位置する名もない森が現在の住処らしいのだが、そこに行くには帝国一の長さと険しさを誇るレイジングヴェレ山脈を越える必要があり、その規模たるや南北に千二百キロメートル、幅が五百キロメートル、最大標高が二万五千メートル、最低標高は二千五百メートルと落差が激しく、規則性も何もないバラバラの高さの山々が連なるその姿は、まるで荒ぶる波のようだとも噂されるほどだという。
ちなみにこの帝都からでも山脈につくまでに馬車で十日程かかり、肝心の山脈を越えるのは馬車ではとてもではないが無理だそうだ。
山脈そのものはそれほど高さがないのであれば、風遁で飛行し越えていくという手もなくはないが、今回に関しては最大標高が二万五千メートル――いくら風遁とはいえそこまでの高さまで上がるのは厳しいし、高さがバラバラで距離も長い山脈を越えるのも飛行では忍気が持たない。
つまり解呪を頼るというこの手は現段階では却下せざるをえない。何せとても一日じゃ無理な位置だしな。
そうなると否でも応でも――実際に呪いを施した相手を見つける他ないって事か……少なくとも山脈越えよりは楽だと信じたいな。
とにかく、俺は影分身を四人分現出させ、情報を頼りに呪術師達の調査にあたらせる。
そして子供たちの遊び相手をさせているネメアの下へ向かった。
「おお! 終わったのじゃな!」
「終わったとも違うが、ここから夜までは少し時間があるな」
「ならば、飯じゃな!」
「なんでだよ!」
俺は声を大にしつつ、ネメアの頭に拳骨を振り下ろした。
全く、今さっきあれだけ食っておいて何をいってやがるのかこいつは。
「痛いのじゃ……酷いのじゃ!」
「ひどくねぇ! 全くお前は際限なく食うからな、これからは飯は一日二食~三食だ」
「なら三食を所望するのじゃ!」
「出来るだけな。だが、今後は色々忙しくなる可能性もあるから保証は出来ない。どちらにしろ朝は軽めだ」
それにネメアはブ~ブ~文句を言っていたが、一度に食う量が半端ないんだ。それぐらいは我慢してもらわないとな。
「それより狩りに行くぞ。おかげで食材がすっからかんだ。外食だけは御免だからな」
何せこいつと下手に食堂やレストランなんて入った日には俺が破綻する。
「おお! 狩りなのじゃ! やったのじゃ!」
だけど、どうやらネメアは狩り自体は好きなようだな。飯から気が逸れてよかった。
それに、今回でちょっと気になる事もある。ネメアのステータスがな。
「その前にちょっとステータス見せてくれ」
「むっ! ステータスを見せるのはあまり好きじゃないのじゃ」
「み・せ・て・く・れ」
「わ、判ったのじゃ……」
ステータス(幼女状態)
名前:ネメア
性別:幼女
レベル:45
種族:魔獣
クラス:獅子の魔獣(幼女化)
パワー:720
スピード:1050
タフネス:580
テクニック:650
マジック:0
オーラ :2200
固有スキル
百獣王の咆哮、獅子一掃爪塵、部分獣化
スキル
完全物理反射、爪牙超強化、全属性耐性、砕牙、人化、念話
称号
百獣の王、腹ペコ幼女
やはりな。これでも十分高いのだろうが幼女の状態は元の状態よりもステータスは落ちる。ネメアに確認した所、小型化した場合もステータスは落ちてしまうようだ。
尤も、この状態でも軽く殴っただけで地面が砕けるぐらいのパワーはあるんだけどな。
ただ、気になったのは部分獣化、まあ、これは後にするとしてだ――
「この称号の腹ペコ幼女ってなんだよ?」
「うむ、腹ペコになりやすいのじゃ!」
「――は?」
「この称号があると、よくお腹がすくのじゃ!」
「今すぐ消せ! この称号を消せ!」
ネメアに掴みかかり、命じる。冗談じゃない! この称号のおかげでどれだけ苦労すると思っているんだ!
「無理なのじゃ! 一度ついた称号は自分では消せないのじゃ!」
「森の主が消えてるだろうが!」
「それは勝手に消えたのじゃ! きっと森から出たからなのじゃ!」
くそ! なんてこった! 自動回復のつく森の主が消えて、お腹がよく減るとかいう腹ペコの称号がつくなんて全然等価交換じゃねぇ! マイナス要素多すぎんぞ!
「あ~! 大きいお兄ちゃんが幼女を押し倒してる~!」
「僕知ってるよ! ああいうのをロリコンって言うんだよね~」
「きっと称号に幼女愛好家がついてるんだな」
「うむ! 同士だな!」
「ちっが~~~~う!」
俺は否定したが世間の目は冷たかった。いや、そうでもなかった。ここはスラム、全てが許される街。
そして同士と思った連中が近づいてきて色々勧誘されたが断った。当たり前だ!
とりあえずこれ以上誤解されても嫌なので、ネメアを小脇に抱えて帝都を出た。
そしてネメアと森で狩りを行う。今回のは完全に食材目当てだ。昼の魔物はそこまでLVも高くないしな。無理して今日売却する必要もないし、とにかくネメアには食材として使えるものをメインに狩りをさせた。
その時に、部分獣化も試して貰ったが、手だけ獣化みたいなことが可能で、それを行なうとステータスよりもパワーが元の姿に近くなるようだった。
まあ、そう考えるとネメアの場合は人化して幼女の姿だから、部分獣化というのもおかしな気がするがこの世界のスキルの定義に細かいこといい出したらきりがないしな。
忍術だって細かい点を気にしだしたらきりがない、まぁそういうものだって事だ。
そんなわけで、ネメアが色々狩ってきてくれたわけだが。
「大量なのじゃ! これだけあれば暫く持つと思うのじゃ!」
「本当だろうな?」
「ほ、本当なのじゃ……」
おいおい自信なさげに言うなよ。全く、とはいえ、ネメアが狩ってきたのはホーンラビット三十羽、アルミラージ二十羽、オオクチバシ十羽、ビッグボアが五匹、そしてジューシーカウブルが五匹だ。
知らないものが多いが、見るとバランスは取れている。安定のホーンラビットに、アルミラージは食べたいと言っていたから狩ってくるとは思ったが、オオクチバシは大きな嘴をした鳥系の魔物。
ビッグボアは猪系の魔物だ。流石にジャイアントアースボアよりは味が落ちるようだが、それでも十分旨そうである。
そしてジューシーカウブルは牛タイプの魔物だ。牛だけに食材としては間違いなさそうだな。これは牛丼なんかにすると旨そうだが、ステーキもいいか。
それにしてもこいつ、名前からして食材になるために生まれてきたような魔物だな……。
そして俺は俺で野草で何か使えそうなものはないかと思って探していたのだが、なんと生姜が普通に生えていた。結構な量が生えていたので当然採取する。
更に驚いたのはウッドガーリックというにんにくのなる木があったことだ。にんにくがあの形のまま木に実っていたわけだ。ただしかなり臭い。
それも採取と。この森、意外と食材の宝庫だな。もしかしたらにんにく採取とか生姜採取の依頼もあったりするのだろうか?
まあとにかく、そんなわけで一通り食材もゲット出来たところで帝都に戻る。当然だが全て解体して次元収納に入れておいた。
肉以外の素材になりそうなものは、今度売却すればいいかな。
帝都に戻ってからも時間はまだあったので、今度は図書館に向かった。やはり俺もこの世界の常識ぐらいは知っておいた方がいいかなと思ったからだ。
ただ図書館では入館料をとられた。どうやら二等居住区以上の市民なら無料なようだが、三等居住区やそもそも市民証を持たない相手からは金をとるらしい。
三等居住区の住民で百ルベル、市民証を持っていない場合は五百ルベルだ。さすが帝都、なんたる格差社会か。
ネメアと合わせて千ルベル支払って入る。元を取るためにしっかり読んでやる。
ただ、ネメアは終始退屈そうにしていて終いには寝てしまったけどな。まあ、イビキでもかかなきゃそれでいい。
どうやら三等居住区以下の入館者はちょっとでも司書が気に入らないと追い出されるようだ。腕に巻かれた布の色で判断しているようで、二等以上と思われる入館者が本について質問すると親切に答えていたけど、三等以下だと質問するだけで追い出されていた。
入館してすぐ追い出されたんじゃたまったものじゃないな。
さて、色々しらべたがな。とりあえずやはり大体の言語はほぼ統一されているようだ。ただ、エルフなど一部の種族は言語が異なるらしい。帝都の書物での説明だと知能の足りない亜人の蛮族はこれだから困るとか書いてたな。
これだけで帝国がどんな国か判る気がして俺のほうが困る。通貨単位は統一、商いの神が与えてくれた知識だかららしい。そうですか。
時間と歴に関しては地球に近いが考え方は異なる。まず時間が二十四時間なのは、この世界の大きな魔力の流れが世界を一巡するのに二十四時間掛かるからだそうだ。
後は季節だが、地球では春夏秋冬だが、こちらの世界では少々異なる。つまり――
春――風の季節
夏――火の季節
秋――土の季節
冬――水の季節
こんな感じで地球の季節に対応する。この風、火、土、水は季節に関わる精霊の事だ。この分け方は特に精霊の力が強くなる順番らしく、風の季節には風の精霊の力が強く、火の季節には火の精霊の力が強く、土の季節には土の精霊の力が強く、水の季節には水の精霊の力が強いとのことだ。
この季節は九十日で入れ替わり、一巡するのには三百六十日掛かる。これがこの世界の一年だ。
そしてこの三百六十日を分割した結果が一ヶ月三十日、一年は十二ヶ月という暦だ。精霊歴というらしい。
ちなみにこの世界では太陽や月も精霊が齎してくれている産物という考えだ。
だから一週間という概念もあるが、それも月火水木風土陽となる。木は木の精霊だな。
この精霊は通常、目で見ることは出来ないが、精霊術師というクラス持ちなら見ることが可能なようだ。またエルフなら精霊術師でなくても認識できるらしい。
後は魔物についても興味深い事が記載されていたな。どうやら魔物というのは世界を回る大きな魔力の流れの中で生み出される産物であり、そのへんは迷宮にも似ているようだ。
これは規模の小さいものが魔物の出現であり、規模の大きいものが迷宮の出現とも考えられるようだ。
ただ迷宮は世界に同時に存在できる絶対数には限りがあるという考え方もあるようで。実際一つの迷宮が破壊されると、どこか別の場所で迷宮が生まれるという現象がおきているため、この考えに間違いはないと考えている学者も多いようだ。
魔物について面白いのは性別がないという事だ。そういえば魔物を看破しても性別の表記がなかったが、そもそも性別がないからなんだな。
ただし、一部の知能を有する魔物は数を増やすために人間などの女を襲う。これらの種はそれらの行為にちなんだスキルを保有し、性器も必要な時に自由に生やしたり出来るようだ。
なんとも悍ましい性質だな。そしてその代表例としてゴブリンやオークの表記があった。流石だな。
ちなみに魔獣などは魔物とは別物で、ちゃんと雌雄が存在する。だからネメアには性別の表記があったんだな~。
そしてこの魔獣、魔物より遥かに強い個体が多いようだが、その部位は素材としても食肉としてもかなりの高額で取引されているようだ。
魔獣を一匹狩るだけで一生食うのに困らないとされているほどだと――つまり、今横でスヤスヤ寝ているネメアも見る人がみればとんでもないお宝ってことだな。
ま、流石に今更売り飛ばそうなんて考えられないけどな。特にこの寝顔を見たらな……本当、寝てると普通に無邪気な幼女って感じだよなこいつ――




