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第四十七話 ババアの店にて

 俺は、本体から言われババアの店を見張っていた。本体の気持ちは俺にも判る。

 最初のただのエロババアという印象から一変、老獪さも滲ませた婆さんは、色々と忍びの心得を思い出させてくれた事に感謝こそすれ、やはり油断は出来ない。

 

 何せ、あの話の中で呪われた相手がもしかしたら皇族かもしれないとさえ見抜いた相手だ。勿論貴族か皇族、と自分自身に選択肢を設けていた部分もあるが――しかし最悪それも含めて全てが謀りであり、実はあの婆さんこそがこの呪いに関係していると、その可能性も否定できない。


 だが――どういうわけか、あの婆さんには今のところ何の変化もなかった。いや、敢えて言えば奥に引っ込んだこともあり、そのときは隠れ身で忍び込み、様子を確認したりもしたが、今朝届けたブルームーンロリアを薬研ですりおろしているだけであった。


 流石に手慣れた動きであったが、それ自体に特に不審な点はない。

 ただ、ひたすらとブルームーンロリアをすり潰しているだけだ。


――正直これを見ているだけで一時間は経ったな。


 約束の時間は昼過ぎだったな。一見曖昧のようだが、こういう場合の昼過ぎは大体正午12時から午後1時までの間と見ていい。


 そうなると流石にそろそろ何か動きが欲しいところじゃないか?


――しかし変わった点はない。途中で紅茶タイムがあったぐらいだ。紅茶用の水はしっかり瓶が置かれてある。


 沸かすのに使ってるのは以前(本体がだが)マイラの部屋で見たマジックアイテムと一緒だ。

 建物がボロボロなわりに、生活に必要なアイテムは一通り揃っているようだな。


 とにかく、紅茶を飲んで花の下処理らしき作業を再開させて、そんなことをしている内にまた一時間は経ってしまった。


 置き時計があったから時刻を確認したが、既に11時を回っていた。

 おいおいどうなってるんだ? 情報はこれで手に入るのかよ。


「……ふむ、そろそろかねぇ」


 うん? 何か呟いたかと思えば、作業の手を止めて、ゆっくりと動き出したな。杖をつきながら、裏口を出る。この小屋みたいな店は表と裏に出入り口がついているからな。


「ニャ~」

「お~よしよし、いつもご苦労さね」


 すると、外に出た婆さんの周りに黒猫が集まりだした。やばい、可愛い、一匹ほしいぐらいだ。


 それはさておき、婆さんは集まった黒猫の何匹かから折りたたんだ紙を受け取っていく。

 そしてそれを一枚一枚開き頷いていった。試しにその紙を確認したが、意味が判らなかった。


 これは、文字が判らないという意味ではなく、書いている内容がという意味だ。おそらく暗号のような物を決めてやりとりしているのだと思われる。


 忍者もよくやる手だ。忍者は今でも重要な情報はそれと悟られないように巻物で行なうしな。中身も当然暗号だらけで素人じゃ絶対に判らない。


 例えば巻物の端っこに狸の顔が書いてあったところで、判るやつなんていないしな。


 勿論忍者たるもの、時には暗号解読も行なうが、それは諜報班の仕事だ。正直言えば、俺は、というかつまり本体はだが、暗号解読はあまり得意ではない。


 その上、こんなすぐ閉じられたらな。日本ならすぐに記録して諜報班にでも送ればいいのだが、ここにそんなものはいない。


 仕方ないからとりあえず婆さんの様子を見ながら判断することにする。

 婆さんは奥から何かを持ってきた。よく見たら胡桃で、それを黒猫に与えていた。


 そんなの猫が食えるのかと思ったが、どうやら普通に食えるようだ。ガツガツ食べた後、ニャ~とないて去っていった。

 

 それから小屋に引っ込んだので後を追う。するとあのメモ紙を再び眺め、一通り読み終えた後に

、ふぅ、とため息をついた。


「全く、思った以上に厄介な事に首を突っ込んでいるらしいのう」


 そしてそんな事を独りごちる。なんだ? どういう意味だ? 雰囲気的には、あの暗号で書いてる文章の内容は、俺が依頼した件に関係してそうだな。

 

 どうやら、婆さんが動いていなかったのは、代わりにあの黒猫を動かしていたからなようだ。

 そして恐らく情報屋みたいのがいて、直接ではなく手紙でやり取りしているのだろうな。


 よく手懐けているものだなと感心するが、しかし、それ以前に気になるのは、厄介な事という部分だ。

 

 一体、何を知ったんだ?


「さて、そうなるとやっぱり来てしまうかのう。面倒な事じゃが――なるようにしかならんか……」


 そして婆さんが更に独り言のように呟いたその時、たしかに感じた。妙な殺気が近づいてきている。


 ヤバイな。とりあえず俺も近くで見守りつつ、いつでも助けられるようには身構えておくが――


「――ふん、来たようだね」


 この婆さん――俺よりは遅いとは言え、まだ姿も見えてないうちから気がついたのか? 確かに既に表のドアの前まで来ている。


 かと思えば、ドアが開き、この店にはあまりに不釣り合いな悪漢が三人、のしのしと入ってくる。


「やれやれ、この店は狭いんだ。あんたらみたいなデカブツがいっぺんに入ってきたら悲鳴を上げちまうよ」

「それは悪かったな。だが安心しな、この店は今日で廃業だ」

「スラムに出入りしてる呪術師について調べてるらしいが、それが命取りだったな」

「お前はここで死ぬんだよ。この店はお前みたいなオンボロのババアにふさわしい墓標になるだろうよ」


 おいおい随分とストレートだな。とは言え、この三人、LVが20~22ある。傭兵でさえアルミラージに苦戦することを考えれば、こいつらはそれなりの手練とも言えるだろう。


「ふむ、それにしてもあんたらが何者か知らないけど、こんなに簡単に居場所を知られることになるなんて年は取りたくないもんさね」

「はん、もうろくした婆ァが情報屋の真似事なんてするからこうなんだよ。ま、地獄で後悔しな」


 男たちが腰から曲刀を抜く。あれなら狭い店の中でも邪魔にはならないか。何も考えていないならず者ってわけでもなさそうだな。


 しかし、そうなると益々婆さん一人じゃ荷が重いな。思っていたのとは違うが、俺がいてよかったかもな――


「地獄で? それはあんたらの事かい?」

「――は? 何言ってんだ婆ァ、恐怖で頭がイカれ……」


 俺もその言葉に、思わず婆さんを一瞥したが、その時、婆さんは何かを床にばら撒いた。

 

 これは、牙? しかもばら撒かれたかと思えば、すぐに牙がむくむくと形を変え、立ち上がり始める。


「あたしが何も考えずこんな真似してるわけないさね。ババアを舐めすぎたね、ふたり殺りな、竜牙兵」


 牙がまるでスケルトンのような見た目に変化し、婆さんはそれを竜牙兵と呼んだ。見たところ骨で出来た戦士と言った様相で、頭蓋骨は人間に近いが、頭蓋の上から角のような骨が二本突き出している。


 そして片手に円盾、片手に奴らと同じような曲刀を装備していた。上背は連中よりは若干低いかもしれないが、それが三体生まれ、やってきた三人に立ち向かっていく。


「な、なんだこの骨は!」

「くっ、つ、つぇえぇえ!」

「ギャッ! 腕が、俺の腕、ひ、ひぃ、来るな!」


 決着はあっさりとついた。竜牙兵と呼ばれた骨の戦士は動きも素早く、骨でありながらも技術に長けている。


 一人は頑張って攻撃を円盾でしのぎ続けていたが、他のふたりはあっさりと切り捨てられ、結局三体の竜牙兵に囲まれジリ貧となり、盾で弾き飛ばされて地面に転がるはめとなった。


「ちく、しょう、こんなの聞いて、ギヒィ!」

 

 呻く生き残り。だが、婆さんは杖を容赦なく奴の肩にめり込ませた。先端が槍のようになるギミックが施されていたようだな。

 弱った時にあれやられたら悲鳴の一つも上げたくなるだろう。


「あんたを生かしておいた意味は判るじゃろ? 情報を横流ししたのは誰だい?」

「てめぇババァ、こんなことしてがぁああぁ! 目がぁああぁあああ!」

「質問してるのはあたしだよ。あまり年寄りの手をわずらわせるんじゃないさね」


 うわ、片目を容赦なく潰しやがった。この時点で、相手は完全に戦意喪失だな。ガタガタ震えてるし。


「もう一度聞くよ。あまりくだらないこと言ってると、あんたの身内も殺していくことになるよ。身内がいないなら徹底して調べて、過去の恋人から知人まで親しかった連中は容赦なく殺すよ。お前らみたいのが身辺を完全に整理してるとは思えないからねぇ、探せばいくらでも出てくんだろさ」

「わ、判った! 話す! お前らが蜥蜴といってるやつだ! あ、あいつ金に困って俺らに情報売るようになってたんだよ!」

「……あたしの目を見てもう一度答えな。間違いないね?」


 婆さんが大きい方の目を近づけて詰問する。豹変しすぎだろ婆さん……。


「嘘じゃねぇって! 勘弁してくれよ!」

「そうかい、じゃあ次だ。この件をあんたら以外に知ったものは?」

「い、いねぇよ! まだ誰にも言ってねぇよ」

「目を見て答えな!」

「わ、判った! これでいいんだろ! う、嘘じゃねぇって!」

「依頼者は。この件で動くように言ってる依頼者は誰だい?」

「し、知らねぇよ。俺らの中でちょいちょい、指定された情報について嗅ぎ回ってるのがいたら首を持っていけば報酬くれるって話が来てんだよ! だけど、報酬の受け渡しには黒尽くめの連中しかこねぇからどこの誰かなんて知らねぇんだ!」

「……ふん、そうかい嘘はないみたいだね」

「と、当然だ、俺だって命は惜しいからよ。な、なあもういいだろ? 解放してくれ――」


 その言葉を最後に、確かに奴は解放された。とは言っても、首から上がだけどな。


 胴体から解放された頭が地面にだらしなく転げていく。


 勿論斬ったのは、あの竜牙兵とやらだ。


「――あたしも裏切られるまで気づかないなんて、耄碌したかね……」


 そして婆さんはボソリとそう呟くと、何かを紙に書き、再び店の前に呼んだ黒猫に咥えさせた。


 これもケジメだからね、と口にしていたあたり、裏切り者の始末といったところか。


 そして俺はふと時刻を見やる。うん、あと少しでお昼だな。

 

 うん、というか――俺の出る幕ねぇぇ~~!

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