第四十三話 ババアの手痛い情報
「これは驚いたのう……」
採取も無事終わり、宿で一泊した後俺達は、明朝からババアの店に向かった。ネメアは匂いを嫌がった為結局外で待ってることになったが、カウンターに並べられた大量のブルームーンロリアを見た婆さんの反応がこれだ。
「ふむ、全部で百束か、全く例え今回のような事がなくても、一日でこれだけ採ってくる者などそうはいないのじゃ。その上、凶悪な魔物がうろついとるこの時期にのう、本当に大したものじゃな」
「だから言ったろう? 俺なら間違いないってな」
「ふむ、まあ、あたしとしてはこの瓶いっぱいのアレも捨て難いものがあったのじゃがな」
「言っておくがそれは絶対にやらないぞ」
「つれないのう」
全く、変態婆さんが。バーバラの言っていた意味がよくわかったぜ。
「とにかく、この通り依頼はしっかりこなしたんだ、情報は聞かせてもらうぞ」
「ふむ、予定の二十束より遥かに多く採取してきてもらったのじゃ。無下には出来んのう」
ふぅ、良かったこれでようやく話が前に進む。
「それで、聞きたいのは呪いについてじゃったな?」
「あぁ、そうだ。呪いの解き方を知りたいのさ。ここには何かそれっぽいのが多いしな、こういったのを材料にして薬とか出来ないのか?」
「薬? ファッハッハ! 馬鹿いいなさんな。ここにあるのは半分以上ババアの趣味で集めたものじゃ。勿論こういったのを使うような連中も過去にはいたが、今はすっかりいなくなったしのう。それに、呪いとは関係がない」
「は? 関係ない? それに趣味? だったらこのブルームーンロリアは何のために集めたんだよ?」
俺は思わず眉をひそめて文句のような事を言う。まさかこれだけ集めた花も趣味だったというのか?
「ここにあるのは趣味だと言うたじゃろ? ブルームーンロリアは薬の材料としてしっかり役に立つのさ。だけどねぇ、よく考えて見たら判るじゃろ? この店に普通に薬をおいて、誰が買っていく?」
「え? あ――」
確かに言われてみれば、スラムの、しかもこんな看板もないような店に入る客なんてそうはいないだろう。勿論お得意様専用という考えもあるが、それならスラムという場所はあまりに相応しくない。
「つまり、生業としている薬の販売はここではやってないのさ。ちゃんと商業地区にお得意さんがいて、毎月薬を買い取りに来てくれる。あたしはそれで生計がなりたっているんじゃよ」
「そうなのか……でも、わざわざ向こうから買いに来るのか?」
「あたしも年だからねぇ、というのはまぁ、建前さね。わざわざスラムなんかで店を持っていることから察する事じゃな」
ああ、なるほど。つまりあまりに表には出せないような薬も一緒に卸しているというわけか。
「……それは、依存性の高いものなのか?」
まあ、別に何を販売してようが関係ないは関係ないんだけどな……少しだけ気になった。
「まあ、高いと言えば高いかもねぇ」
「……なるほど、こっちにも中毒性のある非合法な薬物はあるってことか――」
批難する気はないが、少し声が尖ってしまったな。
「ふむ、確かにそういった魔薬と呼ばれるものは存在するがのう、お主何か勘違いしとるじゃろ?」
「……はい? 勘違い?」
「そうじゃよ。あたしが扱っているのは主に男のアレが元気になる薬じゃ。この手のは調合が難しいからのう、帝都でも作れるのはあたしだけなのじゃ」
男のアレが元気になるって、精力剤的なアレかよ!
「ちょっと待て! だったらなんでわざわざここまで来て買う必要がある! 非合法とか! 裏の薬とかだからじゃないのかよ!」
「何じゃ、判っとらんのう。貴族というのは妙なところでプライドが高いのじゃよ。アレを元気にするために薬に頼ってるなど知られたくないと考えるものなんじゃ」
「だったら、わざわざ商業地区から買いに来るってなんだよ! 貴族様が直接買いにくればいいだろ!」
「アホ言うでない。貴族がスラムなどくるわけがなかろう。そんなところと関わってると知られるのも嫌がるのが貴族じゃ、だからクッションとして商会を挟むんじゃよ」
そういうことかよ……。
「つまり、そのなんというか元気になる薬の材料として、このブルームーンロリアが必要だったという事か?」
「さて、それはどうかのう?」
不敵に笑うが、はっきりとした答えは示さなかった。尤もこの婆さんしか調合できない代物についてそう簡単に教えたりはしないか。
「でも、それならこのスラムにあんたが一人というのも物騒な気がするな。それを知られたら狙うのも出るんじゃないか?」
「そうじゃのう、そういうのもいるかもしれん。まあ、もしあたしに何かあったら、商会や貴族が黙っていないのも確かじゃがのう」
ひょっほっほ、と笑ってみせる。なるほどね、後ろ盾は腕っ節も強いのを揃えているってわけか。
「おっと、つい雑談が長引いたけど、本命は呪いについてだ。今の話だと結局呪いを解除する薬はここにないって事になるのか?」
「うむ、そうじゃな。そもそも、呪いを解除する薬なんてものが存在せんわ。そんなものがもしあったら、貴族連中はこぞって買い集めるじゃろうが、そううまい話はないものなのじゃよ」
事も無げに言うババア。しかし、薬で解除する方法はないのかよ。
「そうなると、一体どうしたらいいんだ? 婆さんは、その方法を知っているんだろ?」
「あたしもそこまで呪いに精通しているわけじゃないからねぇ。あくまで方法だけじゃがな」
「それでいい、方法を教えてくれ」
「その前に、お前はそもそも呪いはどうやって施されているか判っておるのかのう?」
「え? いや、だからまじないみたいのじゃないのか?」
「……ふむ、そこからか。まあ、間違っとるとは言わんがな。現在の多くの呪いは呪術師の手によって行使されとる。ステータス上では呪魔法を扱える者たちじゃな。そういった連中はクラスも呪術師となる」
「なるほど、そいつらが呪いを専門にしてるってわけか……」
「それは違うぞい」
俺はババアから聞いた話で納得を示したが、どうやら認識に間違いがあったようだ。
「確かに呪魔法は相手に呪いを与える事も可能じゃが、そればかりではないのじゃ。例えば呪印系の魔法であれば呪いだけではなく、相手をサポートするような効果を発揮するものもある。実際、冒険者のいる国では普通にパーティーの仲間として活躍しとるのもいるしのう」
「なるほど……別に誰かに呪いをかけることだけが仕事というわけじゃないんだな」
「そういう事じゃ。それに呪いとて悪いことばかりじゃない。魔物に襲われたときは呪術師の呪いが役に立つ事も多いからのう。ようは使い方なのじゃ」
そう言われてみれば確かにそうだな……忍者の忍術だって、使い方を誤ればいくらでも悪事に利用できてしまう。
「とは言え、呪術師の中には呪いを生業とし、金のために力を行使するのもおる。お主の言っておった知り合いというのも、その類の可能性があるのじゃろう」
「ああ、そうだな。その場合どうしたらいい?」
「確かその相手は、呪装具によって呪われておるのだったな。それであれば呪印によって呪いが付与された可能性も高いじゃろう。その場合、呪いを解く手段は――」
「手段は?」
「ふむ、一番手っ取り早いのは、やはり呪いを付与した呪術師を見つけ解かせる事じゃのう。もしくは殺すというのも一つの手じゃが」
……殺す、か。それで呪いが解けるなら、いざとなればいくらでも殺るけどな。
「ただ、殺すのは薦められんな。呪術師は大抵、自分が殺された時に殺した相手を呪う魔法を自らに施しておるものじゃ。死を引き換えに与える呪いほど厄介なものはない。ただ死ぬだけならまだマシであると言えるほどにのう」
「……そんな手まで用意しているのか。厄介なものだな呪術師というのは」
「そうじゃのう。それに呪いを解かせるにしても、殺すにしても、先ず相手を見つけられなければ仕方がない。この方法は一番手っ取り早いが、それは簡単という事ではないのじゃよ」
そうだな……確かにそれはある。
「なあ婆さん、今この帝都に呪術師というのは何人ぐらいいるんだ?」
「ふむ、それほど多くはないが、一人二人ということもないぞ。ただ、お前は実力の割に迂闊じゃな」
「は? なんだよそれは?」
「気づかんのか? お前は今まで知り合いが呪いにかかって困っているとだけ言っておった。つまり、誰が呪いに掛かっているかは秘密にしておきたかったのじゃろ? だけどのう、今お主はこの帝都に呪術師は何人いるかと聞いた。それはつまり、呪われた相手というのが帝都にいると自ら語っているようなものじゃ」
「――ッ!?」
思わず言葉を無くす。俺としたことが、あまりに初歩的なミスだ――
「……だけど、それはそうとも言い切れないのじゃないか? 帝都に有力な情報があると知っただけで、そう口にしたかもしれない」
「ヒョヒョヒョ、それなら最初に呪術師の情報を聞くじゃろ。そもそもお前の聞き方はまどろっこしい。呪術については何も詳しくなかった証拠じゃ。にも関わらず呪術師について知ると同時に帝都の呪術師の数を聞いておるのじゃから、十中八九呪われた相手は帝都におるじゃろ」
「……呪われた後、帝都から逃げたという可能性もあるだろう?」
「先ずないと思うがのう。呪術について今更あれこれ聞いて回るお前が、呪われた相手と知り合える機会などこの帝都しかありえんじゃろ」
くっ、言葉も出ねぇ!
「それとじゃ、お主のような腕の立つ傭兵がわざわざ聞きに来る相手じゃ、それなりの地位にいる存在とも予想できる。最低でも貴族区に住む誰か、もしくは――まさかの皇族とかかのう? ひょほほほほっ」
この婆さん、ただのエロババァと思えばとんだ食わせ物だな。
勿論、こんな初歩的とも言えるミスを犯した俺が一番間抜けなんだが、それだけでここまで推測されるなんて――
「……怖いのう、お前は自分が思っているよりわかり易いぞ。安心せい、こんなのはババアの与太話と思って聞き流せばいいのさ。別にこのことであんたをどうにかしようなんて思っちゃいないさ」
そういった後、腰の位置をずらし、再び俺を見上げてくる。
「ま、敢えて年寄りのお節介として言わせてもらうなら、お前は自分では気づいていないかもしれないけどねぇ、自惚れが強いのさ」
「……自惚れ、だって?」
「そうさね。さっきブルームーンロリアを取り出して並べた時にしてもじゃ、ほら見たか、と、得意げな顔を見せていたじゃろ? 自分ではそう思っていないかもしれないけど、判る人には判るのさ。だけどそれじゃあダメさね。いずれ足元を掬われるのが落ちじゃよ。お前さんも、立派な傭兵を目指すなら、まあ、もしかしたらそんなものは目指してなんていないかもしれないけどねぇ。何をするにしても、大義をなしたいなら、もっと冷静に、表情一つ変えずに、何事もなかったように振る舞うぐらいじゃないと駄目じゃな」
そう言われて思い返す。花を見せた時の婆さんの反応。そして、俺なら間違いないと言っただろう? と語った時――多少なりとも自分に酔っていなかったか? と――
「全く、耳が痛いな」
「ヒョヒョヒョ、な~に、すぐに気がつけるならまだまだ見込みはあるってもんじゃ」
……この婆さんも、伊達に年をとっているってわけじゃないってわけだな。
「さて、少し小言臭くなってしまったようじゃの。年をとるといかんのう。話の続きじゃが、呪いを掛けた相手を探すなら、帝都をあたるのは得策と言えんぞ」
「ああ、それは判ってるさ。もし呪いを掛けたのが帝都にいたんだとしても、とっくに街は出ているだろうからな」
「ヒョヒョヒョ、中々冴えてきたようじゃのう」
「おかげで目が冷めたからな。ただ、それでも知っていたら教えて欲しい、スラムによく出入りしていたような呪術師はいるのか?」
「……ヒョヒョ、この一瞬で見違えたねぇ、それはいい質問だよ。判った調べておいて上げるさ。昼過ぎにまたくるといいさね」
「ああ、助かるよ。ただ、それも確実性がない。もし、これが駄目だった場合、他に手はあるのか?」
「……そうじゃな。ないことはないのう。本来呪いは掛けた呪術師が解くのが普通じゃが、解呪という方法で呪いを解く呪術師もいる。じゃがのう、呪いは掛けるより掛けられた呪いを解く方が遥かに難しい。失敗すれば呪詛返しによって解呪を掛けた呪術師に呪いが降りかかる。成功すれば逆に掛けた相手に呪詛返しが向かうが、リスクは高いのじゃ」
「それを出来る呪術師に心当たりはないのか?」
「ふむ、ないことはないがのう。そうじゃな、それも一緒に調べておくとしよう」
「ありがとう、でも、昼過ぎってそんな短時間で判るのか?」
「ヒョヒョヒョ、ババアの情報網を甘く見るでない。こうみえてもこのあたりじゃちょっとした顔なのさ」
これは、確かに大当たりだったようだな。紹介してくれたバーバラに感謝だな。
「判った、それじゃあ昼過ぎにまたよらしてもらうよ」
「待つのじゃ、ほれ、報酬を忘れとるぞ」
「へ? 報酬って、情報は貰ったぞ?」
「勿論その分はしっかり引いての報酬じゃ。五万ルベルあるからのう、持っていくといいのじゃ」
「……本当にいいのか?」
「ヒョヒョヒョ、お前がただの阿呆なら、適当な情報を聞かせて、報酬もそのまま黙っておこうと思ったのじゃがな」
……全く、本当に食えない婆さんだな。とはいえ、折角だからありがたく受け取って、俺は店を後にした。
霧隠れ流忍び豆情報~土遁の巻~
忍術の中では基本忍術とされる中の一つ。印を結び忍気によって土の性質を変化させたり操ったりする。忍気の込め方によって土を石に変えたりも可能であり、攻撃面だけでなく防御にも役立ち、使いようによっては農業にも利用できる。
父「というわけで家庭菜園を始めることにした。さあ土遁で耕せ」
シノブ「テメェでやれよ!」
父「何!小遣いを減らすぞ!」
シノブ(こればっかだよ……)