第四十一話 ブルームーンロリア
「なんだ、あんたか」
「あんたかとはご挨拶じゃねぇか」
部屋にやってきたその男を、マグマは中に入れ鍵をかける。
やってきたのは一人の騎士だ。そしてマグマが良く知る人物であり、その髭が特徴でもある。
「それにしても、お前の事もよく観察していたが、あの無職に絡むこと無く無事過ごせたようだな。見直したぜ」
「はっ、それもこれも、あんたからあの話を持ちかけられたからだよ。ガイやキュウスケにもよく言ってあるしな」
「それがいい。懸命な判断だ。あの姫騎士が絡んでこなくなったとはいえ、また勇者様にでも騒がれたら面倒だしな」
「だからこそ、この策なんだろ? でもな、俺はむしろあのいけ好かないユウトやケントにこそ一泡吹かせてやりたいぜ」
「馬鹿いえ、あのふたりは今後が期待されている。所詮無職とはできが違うんだよ。ま、そういう意味ではマグマ、お前もかなり期待されているんだぞ? 頑張らないとな」
豊富な口髭を擦りながら、男が言う。
それに、ハッ! とマグマは返し。
「当然だ。俺がこの世界で、いずれ天下とってやるよ!」
「随分と大きく出たもんだな」
「当たり前だ。俺にはそれぐらい可能性があんだよ。それより、あんたの方こそ大丈夫なのか? ここまで話を振っておいて、出来ませんでしたじゃ洒落にならねぇぞ」
「誰に物言ってるんだ? まあ、安心しろ、組み合わせに関しては俺が決めていいことになってるんだ。問題ない」
「どうだかな。ま、こっちはあんたを信じるしかないけどな。それで、当日はあんたが同行するのか?」
「そうしたいのは山々だが、俺は基本外で様子を見ておく必要がある。だから今回は適任者を選んでおいた。一度は任を解かれたが、本人に反省文でも書かせとけば問題ないしな」
髭の男はニヤリと口角を吊り上げそう返す。
「ところで、このままだとお前たちのメンバーは四人だ。だから、もう一人誰か入れることになるが希望はあるか?」
「そんなの決まってるだろ。チユ――」
「ただし、言っておくが聖女様は駄目だぞ? ユウトやケントもな。実力者はダメだ。選ぶならそれ以外だな」
名指ししようとしたところで予防線を張られ、マグマは不機嫌そうに目を眇めた。
「全く、お前は判りやすい。わかり易すぎるから、とても同行はさせられないな。仕方ない、もう一人は適当に――」
「待て、その一人はユウトでなければいいのか? 例えばよくユウトが侍らかしてる女どもでも可能か?」
「……相手によるな。マイなどは女たちの中では一番腕が立つ。そういったのは割り振れん」
「そうか、だったら――」
「……ふむ、その女ならまあ、可能だろう。しかしどうする気だ?」
「おいおい、野暮な事を聞くなって」
「――まあ、いいさ。それぐらいは聞かなかったことにしてやるし、後腐れがないように同行する奴にも言っておくさ。後は上手くやるだろうしな」
「へ、話が判っているじゃねぇか」
そして一通り話が終わり、男は部屋を出ていった。そんな中、一人部屋でほくそ笑むマグマの姿があった――
◇◆◇
「くっ、こんな事なら好きに食えなんて言うんじゃなかった――」
「ふぅ、我はお腹が一杯なのじゃ~~」
俺の隣には、パンパンに膨らんだお腹を擦っている幼女の姿があった。そう、何の因果か森で倒した魔獣が人化した幼女、ネメアだ。
森の主だったくせに、あっさり森を捨てて俺についてくるといい出したこいつ――俺も狩りで手に入れた素材を売って大金を手に入れたから、宿を出た後、約束通り適当な店を探して、こいつの、旨そうな匂いがするのじゃ! を信じて少々値が張りそうな店に入ったんだけどな。
それがよくなかった。普段大金を手にしたことがないのにいざ大金を手にすると碌なことにならないとはまさにこの事か。
いや、別にぼったくられたとかそういうわけじゃなかったし、出て来る料理もそれはそれはうまかった。まさに高級レストランの味とはこの事かと感動すら覚えた程だ。
だが、魔獣の胃袋を舐めすぎていた。そんな店にも関わらず、こいつは平気でオーダーを追加していき、他の客が引くほどの量の皿を積み重ねていく。
それでも、日本円にして三百万円相当に値するお金を持っているんだから、まあ問題ないだろうと高をくくったのが間違いだった。
俺も腹を満たし、会計をお願いした結果出てきたのは――
『はい、こちらお会計は二十九万八千ルベルとなります』
卒倒しそうになった。
いや、払ったけど! 一応払ったけど! これ折角アルミラージやホーンラビットを狩って手に入れた報酬三十万ルベルの殆ど使い切ったからな! いや、宿代入れるともう何も残ってないよ! 結局フォクロベアーの報酬分から服代引いた八千ルベルが手元に残っただけだよ!
「……お前、やっぱり森に帰れ」
「な、なんなのじゃ突然! なんでなのじゃ! なんでそんな事いうのじゃ! そしてなんでそんなに落ち込んでるのじゃ!」
道端で片膝をつき、背中に重しを乗せられたような姿勢を見せる俺。それぐらいショックだ。折角金持ちになれたのに……儚い夢だった。
「そ、そう落ち込むでないのじゃ。我は確かに今の料理も美味しかった、じゃがシノビンの作る料理には負けるのじゃ!」
「おま、ふざけんなよコラァアアァ!」
「褒めたのになんで怒るのじゃ~~~~!」
あんだけ金使った俺が馬鹿みたいだろうが!
「はあ、もういい。とりあえず宿まで連れて行くから、お前はそこで大人しくもう寝とけ」
「シノビンはどうするのじゃ?」
「俺はあのババアの件があるからな。それを探しに森へいくよ」
「だったら我も行くのじゃ! 狩りをするのじゃ!」
ネメアが両手を上げて、ガオーッというポーズを見せて、森までついてくるといいだした。マジかよ。
「おいおい遊びじゃないんだぞ? 大体夜は子供は寝る時間だぞ?」
「子供扱いするななのじゃ! わすれるでない。我は魔獣のエリートなのじゃ! 狩りなら付き合うのが道理なのじゃ!」
「いや、狩りというかブルームーンロリアの採取だけどな」
「だったらなおさらなのじゃ!」
幼女はなぜか胸を張った。お前にはそんな胸はないぞ。
「何か失礼な事を考えている気がするのじゃ。とにかく、以前なら夜は寝とったが、シノビンと一緒なら別なのじゃ!」
「普通に寝ててもらっていいんだけどな」
「むぅ、じゃが、狩りをすればその金というものが貰えるのじゃろ? 肉も手に入るし一石二鳥なのじゃ!」
そういうことわざは普通にこっちにもあるんだな。
「それに、お前ブルームーンロリアがどこに生えとるのか判っとるのか?」
「ババアの話だと、満月の明かりで花の魔力が反応して光るんだろ? 魔力に反応があるなら、俺の力で探すのは容易だ」
「甘いのじゃ! ブルームーンロリアは自らが摘まれないようするために周りに似たような花も咲かすのじゃ! 光も発するのじゃ! 魔力と光だけで判断できるものじゃないのじゃ!」
……そうだったのか。確かにそう言われると、見た目が一緒で魔力反応も一緒で、光も一緒だとあとは近づいて看破するしかない。だけど、それをいちいち繰り返すのは確かに意外と大変かもしれないな。あのババアは二十束ぐらい欲しいと言ってたし。
「ふふっ、どうやら少しは大変さが判ったようじゃな。そして、だからこそ我の出番なのじゃ!」
「……いや、探しにくいのは判ったけど、なんでそこでお前の出番なんだ?」
「我は嗅覚が鋭いからじゃ! そしてブルームーンロリアの匂いも良く判るのじゃ! 本物と偽物は微かに匂いのキツさが異なる。あまりに些細な差で普通は気づけんがのう、我の嗅覚があれば、それも嗅ぎ分けることが出来るのじゃ!」
なるほど……嗅覚か。確かにそれがあれば便利かもしれないな。俺も常人よりは自信あるが、遠くからでもババアの店に気がついたこいつ程じゃないからな。
一応体遁でも嗅覚を向上させる事も可能だけど、嗅覚や聴覚なんかは強化すればいいってものじゃないからな。何せ嗅覚を上げすぎると刺激臭で逆にやられる可能性があるし、聴覚だって音の攻撃で逆にダメージにつながってしまう事もある。
その点、元から魔獣として慣れているネメアなら人間よりも匂いに強いだろうしな。
「判った、そういうことなら手伝って貰うか」
「やったのじゃ!」
「ただ、夜は普通のやり方じゃ街の外に出れないからな。俺の服の中に入れるぐらいまでサイズ調整可能か?
「やってみるのじゃ!」
そんなわけで俺はネメアと目的の花を探しに森に向かうことになったのだけどな。
『おお! 飛んでいるのじゃ~そらを飛んでいるのじゃ~! ワイバーンより速いのじゃ~』
俺の服の中で小型化したネメアがはしゃいでいた。結局あの後、ネメアには俺の服に入っても問題ない程度の子供の獅子サイズにまで変化してもらった。
こうすることで、隠れ身の術の効果はネメアにまで及ぶしな。後は防壁の上まで跳躍し、そこから風遁・飛天の術で空中を蹴りながら移動している。
これは正確に言えば飛んでるとも違うけどな。空中を駆けてるといった方がいい。
まぁ飛べる忍術もあるけど、今回の場合は森も近いしな。ちなみに瞬間移動は花を探すという目的があるから使用しない。
空中からある程度ネメアに位置を特定してもらう形だ。
『あの辺りがいいと思うのじゃ』
俺の服の中からひょっこり顔を見せたネメアが場所を指定する。
なので空中から地上に向けて駆け下りていく。まぁ、軽く跳ねるようにといった方が感覚的には近いかもしれないけどな。
そして着地。前回と違って今回はかなり静かな着地だ。飛天の術が効いてるな。前は体遁で強化しての跳躍だったからな。
着地と同時に衝撃は逃したとは言え、あのやり方はそれなりに派手な着地にはなる。移動は早く済むがあまり隠密には向かないやり方だ。
尤も今回だって、ただ魔物がいるだけの森ならそこまで気を遣わなかったかもだけどな。またマビロギとかいうのと出会ってもな。採取前は勘弁して欲しい。
「よっ、なのじゃ」
そしてネメアは俺の服から飛び出し、人化した。こいつの不思議な点は服を着たまま獅子の姿に戻った場合は、その状態が保たれている事だ。
だから獅子から人化した場合服は元通りだ。それについて聞いてみたら、着ているものも身体の一部としてイケるようなのじゃ~、なんてことを言っていた。
オーラの力で何か色々してるようだな。まあ、サイズの調整がある程度効くネメアだ、常識を求めても仕方ないだろう。
「むぅ、お前それにしてもなんでそんな変な面をしてるのじゃ?」
「念のためだよ。気にするな、あとこの状態のときはシノビンでもないからな。敢えて言うなら仮面シノビーだ」
「……おかしな奴なのじゃ」
放っとけよ。
そしてネメアは幼女の状態で鼻をスンスンとさせながら移動を開始した。こういう仕草は可愛い。
「こっちなのじゃ」
「ああ」
「見つけたのじゃ~」
「早いな」
本当に早かった。移動してすぐ大樹の根本に咲き乱れる蒼い花達。淡く青白い光を発するその姿は、花そのものが地上に生まれた満月のようだ。
「本物は真ん中のこの辺りだけなのじゃ。外側のは全て偽物じゃ」
「なるほどな、これは俺だと見ただけで判断は難しかったな」
何せそっくりだ。光り方にも変化がない。匂いなんてこれだけあると流石にどれがどれか判断はつかない。というか違いが判らない。
とは言え、予想以上に活躍したネメアの嗅覚のおかげで、かなりの量を採取することが出来た。念のため看破の術でも確認したが、ネメアの鼻に間違いはなかったな。
「ここが一番量があるのじゃ」
「ああ、本当だな。これなら後はここの分だけ採取すればもういいだろな」
既に目的の数は採り終えていたが、まだ近くにあるとネメアが言うのでついていき、群生地のようなところを見つけた。
正直俺も今回情報を聞いたら、暫く依頼は請けられないだろうしな。ババアは最低でもといっていたし、これを採取しておけば暫く持つだろう。
「これでブルームーンロリアは大丈夫かのう?」
「ああ、これだけあれば十分だろうな」
『なら狩りに行ってくるのじゃ!』
ネメアが獅子の姿に戻り獲物を狩りに向かってしまった。あまり遠くにはいくなよ~とは言っておいたけどな。
さて、俺はせっせと目的の花を採取していく。と、いってもそんなに時間は掛からないけどな。
そして採取した分はまた袋に入れるふりをして次元収納の中に入れてっと。
後はネメアが戻ってきたら変なのに出会う前にさっさと街に――
「みつけた! まさかまたこの森に来るなんてな! ここで会ったが百年目!」
あ~あ、出会っちゃったよその変なのに――
その頃、とある塔では――
『仮面シノビーさん、今日は来てくれないのかな……』
一人の少女が石版片手に、窓から空を見上げて思いを馳せていたという――




