第三十五話 忍者クッキング
「そうか判った。なら一年後にまた来てくれ、そのときにでも本当の料理というのをごちそうしてやろう。じゃあな」
「待つのじゃーーーー!」
くっ! だから背中に乗るなよこの幼女!
「我は今料理が食べたいのじゃ! 何かを作るのじゃーーーー!」
「だったらお前が料理しろよ! 人化してんだから!」
とりあえず背中から振りほどいてそう告げる。すると何故か寂しそうな顔を見せた。
「我は、料理の仕方など知らんのじゃ……」
「知らないって、大体なんでそんなに料理が食べたいんだよ?」
「前に一度、そこにいるような連中が料理とやらをしているのを見たのじゃ。それが美味しそうで残されていた物を食べてみたら、予想通り美味だったのじゃ! それから百年以上、憧れ続けていたのじゃ!」
つまり残飯を漁ったのかよ。何してんだこの自称エリート魔獣は。
「大体百年って、お前いくつなんだよ?」
「どうかのう? 多分二百歳ぐらいなのじゃ」
「ババァじゃねぇか! お前この上ロリババァ属性までつけようってのか! 盛りすぎだろ!」
「何を言っておるのか判らんのじゃ! それにババァじゃないのじゃ! 口を慎めなのじゃ! 二千年以上生きられる我々からすれば、二百年などまだまだ赤子も同然なのじゃ!」
二千年……やはり異世界だな。そんなのが平気で出てきやがる。
でもそれで言えば、人間換算で十歳ぐらいって事か? 妥当は妥当か。
「それにしても百年以上って、だったらその間に誰かに料理を食わせろって脅すなりなんなりすれば良かっただろう」
「馬鹿を言うでない。我が脆弱な人間ごときに施しを受けるなどプライドが許さないのじゃ!」
「……いや、俺は?」
「お前は我に勝利したからいいのじゃ! だから頼んでるのじゃ!」
雑なプライドだな。それとこれまでのあれで頼んでるつもりだったのか? たかっているようにしか思えなかったぞ。
「とにかく、我は料理が食べたいのじゃ」
「勘弁してくれ。大体料理と言ってもな。材料はホーンラビットの肉とかあるけど、道具がないから出来て精々丸焼きだぞ」
「そんなの嫌なのじゃ! もっと刺激的なのが欲しいのじゃ!」
贅沢言うなよ! 全く、大体調味料も道具もないのにそんな、そんな――
「うん? 待てよ?」
「どうしたのじゃ! 何かあったのか!」
ワクワクとした目で見てきているけどな。
ただ、確かにこの幼女に言われて思い出したことがあった。
そういえば、次元収納の中に――
「おお~あったあった霧隠流野営セット」
「おお~なんなのじゃそれは!」
とりあえず俺は次元収納から大きなリュックサックを取り出して地面に置く。
そして改めて中身を確認するが。
「え~と、缶詰に土鍋に、飯盒に、水筒、炭と炭火焼き用コンロ、調理油に自家製醤油、味噌、砂糖、塩、などなど調味料に、お、米もあるじゃん! 干し椎茸もあるから出汁も取れるな――これなら……」
そんな俺をキラキラした目で見てくる幼女。
ふぅ、なんだかんだいってもやっぱ見た目は愛らしい幼女だからな。
そんな目で見られたら、もう仕方ないかって気にもなるが。
「判ったよ。料理はしてやる。ただし条件がある?」
「なんじゃ? 我の身体か?」
「ちげーよ! 大体ガキの身体に興味なんてあるわけないだろ!」
「人間の牡は幼女が大好物だと聞いたのじゃ!」
誰だよ、そんな事を堂々とこんな森で話していた奴は!
「とにかく、条件というのはお前の状態だ。その全裸状態を少しは何とかしろ」
「なんじゃ、折角サービスのつもりだったというのに仕方ないのう」
サービスのつもりだったのかよ! 幼女の裸なんて見て誰が喜ぶんだよ!
「とにかく、幼女の裸に欲情なんてしないが、なんか犯罪臭を感じるから、なんとか出来るならなんとかしてくれ。なんなら適当な魔物を狩ってきて皮を――」
「そんな必要ないのじゃ!」
すると、ネメアが突然ひかりだし、かと思えば胸と股間のあたりにフサフサの毛が生えてきた。
形状的に、下着に見える形でだ。
「これでどうじゃ? 問題なかろう?」
「う~ん、まあ、いいか」
なんか原始人を思い起こさせる見た目だけど、まあ、隠れるところは隠れたしな。
「条件は満たしたのじゃ! さぁ! 料理を寄越すのじゃ!」
「わかったわかった。今作ってやるから」
とりあえず俺は野営セットから土鍋、飯盒、そして炭火焼き用コンロを地面に置く。
土鍋用に土遁の術で簡単な竈を作り、飯盒用に木遁で焚き火用の木材を調達して、それぞれに火遁で火をつけた。
炭火焼きコンロも炭を敷いて火をつけて、風遁で火力調整し網を置く。
「おお! 何か見たこともないような道具が揃ってきたのじゃ!」
「まあそうだろうな。でもここからが本番だ」
俺は武遁で作ったクナイでホーンラビットの肉をぶつ切りにし、醤油と砂糖で下味をつける。
同時に米を水遁で出した水で研ぎ、火にかけた。
土鍋には調理用油を注ぎ、竈に火をつけ、油を熱する。
十分に温度が上がったところで下味をつけておいたホーンラビットの肉を投入。
そうこうしている間に飯盒の米が炊きあがったので、握り飯にして、味噌を塗り、炭火焼き用の網の上に置いた。
飯盒の中は空にし、適当な野草を摘んできた後、そこに再び水を入れ干し椎茸で出汁をとり、味噌を溶いて入れる。
火を掛けて、野草を材料に飯盒の中身を温め、その間に皿に揚がったホーンラビットの肉を取り出しつつ、更に肉を投入していく。
そんな事を続けていくこと三十分。
「よっし! 出来たぞ! 霧隠流唐揚げと焼きおにぎりと味噌汁のセットだ!」
「おーーーーなのじゃーーーー!」
ネメアが周囲をピョンピョンっと飛び跳ねながら喜んだ。
こういう姿を見ていると無邪気だなって思えるな。
「ま、おかげで俺もずっと塩漬けになっていた野営セットの事を思い出せたよ」
「うむ、我に感謝するが良い」
「調子のるなっての」
「えへへへっ、なのじゃ」
ちっ、そうやって笑ってるの見ると、ちょっとはかわいいなと思えるな。
「まあいいや。とにかくお望みどおりの料理だ。簡単なものだけどな。俺も久しぶりの日本食だし楽しませてもらうよ」
「な、なら、もう食べて良いのか? 食べて良いのか?」
「ああ、いいぞ」
俺がそう言うと凄まじい勢いで唐揚げにむしゃぶりつき出した。
どんだけ腹が減ってたんだよ。
「むほっ、こ、この唐揚げは、美味なのじゃ! まさかホーンラビットの肉がこのような美味いものになるなんて驚きなのじゃ~~! この衣というのもサクサクで、中身はジューシーで最高なのじゃ!」
「それは良かった」
そういいつつ俺も一つ摘む。うん旨い。ホーンラビットの肉は兎だし、鶏肉に近いと思ったが見事あたりだった。皮もカラッと上がっていてこれでこそ唐揚げって感じだな。
むしろ仕上がりは鶏肉の唐揚げよりもジューシーかもしれない。
「このみそしるというのも美味なのじゃ! 水っぽいのに味に深みがあるのじゃ!」
「ああ、出汁を取ったからだな。ま、日本以外の国じゃ出汁という概念がないし、珍しく感じるのも仕方ないかもな」
そういいつつ俺も味噌汁を啜る。うん、日本の味だ。
「そして、このやきおにぎり、というのも最高なのじゃ! むぅ、この手づかみでも食べやすいよう考えられた形が、また憎いのじゃ! 味噌の風味も最高で、外はパリッとしていて中はふわふわなのじゃ! おこめというのはなんとも不思議な食べ物なのじゃーーーー!」
「まあ、こっちには米はないみたいだしな。パンもいいけどやっぱ日本人なら米だよ」
そういいつつ焼きおにぎりを食う。ふむ、出来たて熱々だが、このホフホフして食うのがまたいいな。
「どれもこれも旨いのじゃ! 我はおかわりを要求するのじゃ!」
「は? お前、もう全部食ったのかよ! 唐揚げも相当作ったんだぞ!」
「まだまだ食い足りないのじゃ~~~~我はおかわりを所望するのじゃーーーー!」
すげー駄々をこねられた。ふぅ、仕方ないな。ただ、調味料は限りがあるし、米だって百キロぐらいしか保存してなかったからな。
だから、メインは唐揚げで済ましてもらうことにした。まあ、それでも百羽分あったホーンラビットの肉が三分の一まで減ってしまったけどな……。
「ふぅ、我は満足なのじゃ~~」
腹を擦りながらネメアが大の字になっている。そして満足そうに気持ちを吐露した。
それにしてもこの小さな身体のどこにこれだけの量が入るんだかな。
「ま、満足してもらえてよかったよ」
「うむ、我が思った通り、お前は見所のある男なのじゃ」
「そうか、まあ褒めてくれてありがろうよ。さて、それじゃあ」
俺は立ち上がり、仰向けになって腹を擦っている幼女に告げる。
「俺はそろそろいくよ。ま、久しぶりに日本食が食えたのはお前のおかげかもしれないし、そこは感謝してる。もう二度と会うことはないかもしれないけど、達者でな」
「うむ、なんだもう行くのか?」
「ああそうだ。じゃあな」
俺はそう言い残し、手を振って、今度こそ帰路へとつく、わけだが。
「ところでこれからどこに行くのじゃ? この方向だと、都というところに行くのかのう? そこには旨いものがあるのか? 楽しみじゃのう」
「…………」
後ろから、何故か奴がついてきていた。
俺は振り返り、ニコニコしているその顔を認めた後、目を眇めた。
そして――ダッシュで逃げる!
「待つのじゃ~~~~置いていくななのじゃ~~~~!」
だが、察しが良いのか、走り始めるとほぼ同時に背中に飛び乗られた! くそ! 素直に忍術使っとけばよかった!
「おま! いい加減にしろよ! まさかこのままついてくる気なのかよ!?」
「当たり前なのじゃ! 我はもうお前なしでは生きられない身体になってしまったのじゃ! 責任取れなのじゃ!」
「妙な言い方してんじゃねぇぇええぇええ!」
それから暫くすったもんだが繰り返されたが――結局ネメアを振り解くことは出来なかったわけで……。
幼女とご飯!