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第三十四話 幼女爆誕!

 ずっと退屈だった。その獅子は常に暇を持て余していた。なぜなら森には敵が一匹たりともいなかったからだ。


 多くの魔物は遥かに格下であった。最初のうちは森を駆け回り、多くの魔物を相手したものだがそのどれもが本気を出すまでもなく、それどころか殆どの力を発揮すること無くその爪と牙にやられ死んでいった。


 そんな事をしている間に、いつの間にか森の主などと呼ばれ、魔物だけではなく人間すらも狩りと称して襲い掛かってくるようになったが、それもやはり伝説の魔獣とさえ称されるその身にとっては矮小な存在でしかなかった。

 

 唯一、面倒だなと思ったのは、あの魔物使いを名乗る人間だったが、それすらもその歴然とした力の差の前では、隷属化することなど叶わず、次々と屠られる魔物の残骸に遂に心が折れ、逃げ去ってしまった程だ。


 それからあの魔物使いは見ていない。どうやら夜だけこの森で動き回っているようだが、夜は基本寝ているその身には関係のない話であった。


 時折思っていた。ただ森を徘徊し、魔物を狩り、不味い肉を食らう。そんな怠惰な日々が一体いつまで続くのかと。


 魔獣の中でも百獣王とも称される彼女の(・・・)寿命は長い。


 これから先、延々にこんなつまらない日々が続くのかと――そんな事を悶々と考えていた。


 全く興味があるものがないかといえば、そんな事はなかったが、しかしプライドが邪魔をし、それを求めることも叶わなかった。


 そんな時だった。ある日突然、その全身の毛が踊り狂うのを感じた。そして己の胸中に去来する昂揚感。


 長年枯れていた、王としての本能が目を覚ます。そう、まさに今感じ取ったのだ、強者の気配を。


 気がついたら、疾駆していた。大地を蹴り、下草を地面ごと刳りながら、木々の間をすり抜け、久しぶりの獲物目掛けて駆けてゆく。


 そして――見つけた。だが、それはあまりに奇妙な光景だった。


 なぜならその視界の中には、人間しかいなかった。彼女にとって、人間などという生き物はあまりに脆弱で、矮小な存在でしかない――その筈だった。


 その中でただ一人だけ、明らかに実力の違うものがいた。その男が纏う気配は明らかに化物のソレであった。


 多数いる弱き者達の中で、彼だけが異彩を放ち、輝き続けていた。


 だが、だからこそ解せなかった。何故これだけの人間を相手に、それよりも明らかに劣る虫けらが逃げもせず、武器とやらを手に取り、襲いかかろうとしているのかと。


 こいつらは、相手の実力も判らないほどに愚かなのかと。

 いや、思い起こしてみれば、人間は常に愚かであった。圧倒的に力の劣る存在のくせに、数さえ揃えればなんとかなると勘違いし、その命を狙ってきた。


 勿論、そんな連中は全て片付けてきたが――それと同じことが、今目の前で起きている。


 男が、何か奇妙な手の動きを見せたかと思えば、そう、瞬きしている程度の間に、ソレを見せ、かと思えば奴を囲っていた矮小な人間たちは、あるものは炎に包まれ、あるものは何かの力で切り刻まれ、朽ちていったのだ。


 その光景に、再び心が震えた。もう早く戦いたくて堪らなかった。


 いてもたってもいられなくなり、脆弱な人間どもに向けて、どけぃ! という意志を爪に乗せて振るった。


 その一振りで、あの強者を除く殆どの人間は死んだ。なんとか生き延びていた一匹も、その牙で噛み砕いてやった。


 だが、一人残った彼はやはり只者ではなかった。これまでも大量の生物を屠ってきた爪の斬撃を完全に見切って避けてみせた。しかも人間では考えられないほどの跳躍力でだ。


 その姿に、期待は高まった。だが、この後、人間を脆弱と決めつけていた自分自身にこそ慢心があったのだと思い知らされることとなる。

 

 そう、彼女は彼を認めているように思えても、実際は最終的には自分が勝って終わりだろうと高をくくっていたのである。


 だが――結果は惨敗だった。男は彼女が見たこともないような魔法を数多く使いこなし、その上反射するはずの物理攻撃を見事に決めてきた。


 最終的に決着がついたのも、物理的な攻撃であった。


(これで、我も終わりか――)


 魔獣は、既に覚悟を決めていた。既に獅子の四肢はピクリとも動かなかった。

 そしてその視界には近づいてくる男の姿。


 諦めにも似た感情が去来する。だが、それでいいと思った。このまま怠惰で退屈な日々を過ごし続けるぐらいなら――強き者の手によって命を散らすのも悪くない。


 だが、そんな思いは彼の一言で覆された。なんと男は殺さないなどと言いだしたのだ。


 しかもそれどころか、何故か突然その身を撫で回し始めたのである。モフモフしだしたのである。


 正直、わけがわからなかった。この男は何を考えているのか? と疑問にも思った。

 

 だが――悪い気はしなかった。そして助かると思えば急に欲も出てきた。

 これまではプライドが邪魔して、どうしても欲せなかった事。だが、強者たるこの男にならば、何の遠慮もなく言えるのではないか? と――


 だが、どうしていいかが判らなかった。男はその身を翻し、立ち去ろうとしている。


 嫌だった――このまま立ち去られるのは嫌だった。何故かどうしようもなく嫌だった。

 どうしても引き止めたかった。だが、一体どうすればいいのか――この気持ちを伝えるには、一体どうすれば……。


 その時だった。突如その身が黄金色の光に包まれた。かと思えば、段々と身体が変化していくのを感じ、そして――






◇◆◇


「……いや、誰だよ――」


 思わずそう呟いていた。目の前で俺に指を指してくるのは、ウェーブの掛かった金色の髪と、獅子のような鋭い金瞳が特徴的な幼女だった。


 そして、何故か全裸だ。全裸なのだ。こんなもの、地球だったら普通に通報案件だ。事案だ、逮捕だ、冤罪だ。


「……俺は、お前を見なかった。以上だ、じゃあな」


 だから半眼でそう告げて、シュタッと手を振り上げ、そして立ち去ろうとする。


「ふざけるな! なのじゃ!」

「うわっ! おま、馬鹿よせ! 裸で背中に乗るな! 抱きつくな!」

「放さないのじゃ! 我はお腹が減ったのじゃ~~!」

「くっ! 判った話は聞いてやるから!」


 裸の幼女に抱きつかれるなんて事案もいいところなんだからな!


「うむ、判ればよいのじゃ」

 

 ピョンっと飛び降り、腕を組み頷いてみせた。何とも偉そうな態度だ。


「ふぅ、それで、あんま聞きたくもないけど、お前誰だよ?」

「何を言っておるのじゃ? お前とは今さっきまで熱い戦いを繰り広げたではないか」


 あぁ、やっぱりそっちか~それ来ちゃうか~異世界だからそんな事もあるのかと思ったけど、まさかのこれ来たか~。


「つまり……人化かよ――」

「うむ! どうやらそのようなのじゃ!」

「そのようなのじゃ、て、自分でもよくわかってないのかよ……」

「当然なのじゃ。我も今突然に人化とやらが出来るようになったのじゃ」


 念の為、看破してみる。あ~確かに人化が増えてるな。


「お前、最初戦う時もそれをやっていたようじゃが、無断でそういうのはやめるのじゃ! 何か、ムズムズして気持ち悪いのじゃ!」


 は? それってまさか?


「ステータスを見ていたことか?」

「うむ、時折人間にはいるのじゃ。かんていとかいう力で見ようとするのがのう」


 うんうん、と頷く。つまり忍術であってもステータスを覗かれれば気がつくのがいるって事か。意外にも重要な事が知れたな。


「それと、お前と呼ばれるのは好かんのじゃ。そうだのう、我の事はネメアと呼ぶと良いのじゃ」


 何か勝手に話が進んでいくな。でも、ネメアって、ネメアレオンだからネメアか。わりと安直だな。シノビンの俺が言うことでもないけど。


「いや、てか、呼ぶも呼ばないも俺はもう帰りたいんだが……」

「駄目なのじゃ! 我はお腹がすいたのじゃ! 食事を所望するのじゃーーーー!」

「いや、だからなんで俺がお前、ネメアの食事を用意しないといけないんだよ……」


 ゲンナリとしながら吐露する。そもそもからして意味がわからないしな。


「何を言うておるのじゃ! 我とあれだけの戦いをしたではないか!」

「いや、だからそれがどうして――」

「戦った後は腹が減る! これ当然の事なのじゃ! そしてお前は我に勝利した! つまり飯を寄越す資格があるのじゃ!」

「意味わかんねぇよ!」


 思わず声を張り上げた。どこをどうすればその考えにたどり着くのかさっぱり判らん!


「嫌じゃ嫌じゃ! お腹が減ったのじゃ! 何か食べ物を寄越すのじゃ、我はお腹がペコペコなのじゃーーーー!」

「くっ、こいつ! 大体人化に幼女に腹ペコってどんだけ盛り沢山なんだよ! スリーコンボじゃねぇか!」


 駄々をこねだした幼女|(元魔獣)に辟易となる。大体こいつなんでこんなに元気なんだよ! さっきまでもう動けないって感じだったのに!


 とは言え、どうもこのままじゃ帰るに帰れそうにない。


「ふぅ、仕方ないな」

「食べ物をくれるのか!」


 地面に仰向けになってドタバタしていた幼女が、ガバリと起き上がって期待に満ちた目を向けてきた。


 全く現金なやつだ。だから俺はこいつの餌を選定する。さっきの戦いで、殆どの遺体はなんかもうぐちゃぐちゃだが、一体だけまだなんとかいけそうなのがあった。


「ほら、食え」


 だから俺は幼女の前にドサリと傭兵の成れの果てを放り投げてそう告げる。


「じゃあな、今度こそ達者で暮らせよ」

「待つのじゃ~~~~! お前舐めてんのかーーーー! なのじゃーーーー!」


 手を振って帰ろうとしたらまた怒鳴られた。ガオーって吠え声が聞こえてきそうな勢いだ。


「んだよ、何が不満なんだよ」

「全てなのじゃ! 我は魔獣界のエリートなのじゃ! それなのにこんな物よこして失礼だとは思わんのか無礼者!」

「――別に……」

「お主、なんでそんなに冷めとるのじゃ……」


 放っとけよ。大体何かもう面倒事の匂いしか感じないんだよ。


「全く、何食っても腹に入れば一緒じゃないのかよ」

「お前、我を何だと思っておるのじゃ……」

「ケダモノだろ?」

「あれだけ我をモフっておいてその言いぐさよ」

「あれは獅子姿のお前をモフったんだ。人化したお前はただの小生意気な幼女だ」

「ぐむむむっ! とにかく! 人間の肉は嫌なのじゃ! 臭いし固いし味も素っ気もないのじゃ! ゴメンなのじゃ!」


 贅沢な奴だ。


「そもそもお前、魔獣のエリートなら自分で狩りでもして食えばいいだろ」

「それで済むならわざわざ呼び止めたりしないのじゃ。我は人間の料理というものに興味があるのじゃ!」


 は? 料理?

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