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第二十九話 忍者とバーバラ

「それで、あんたがここに来たのは傭兵の仕事内容を聞きに来ただけかい?」


 ある程度話が落ち着いてきたところでバーバラが尋ねてくる。妙につまらなさそうでもあるな。


 退屈しのぎに話に付き合ってくれたんだろうけど、結局その程度かみたいな感情が見え隠れしている。だから俺は本題の一つを切り出した。


「いや、勿論他にもある。実は途中で魔物の素材を買い取ってくれるところがないか? と聞いたらこの場所を教えてくれてね」

「素材? まぁあたいはそういうのもやってるけど、あんた変わったやつだね。傭兵のことなんて何も知らなさそうなのに、魔物は狩ってくるなんて」

「あ、ああ、父親が狩りをやっていたからな。そういうのは得意なんだ。ただ、販売ルールなんかは気にしたこと無くてね」


 この世界の主な職業としては商人や農夫以外にも、狩人というのが定着しているのは知っていた。

 

 狩人は基本は動物を主に狩っているが、魔物を狩る場合もあるようだからな。それでごまかさせてもらう。


「ふ~ん、狩人ねぇ。判ったよ、それなら出してみると――」

「邪魔するぜ。おいバーバラ、魔物狩ってきてやったぞ、ちょっと査定してくれや」


 俺がバーバラと話していると、扉の開く音が聞こえ、三人ぐらいの豪快な足音が響いてきた。


 振り返ると、いかにも傭兵といった雰囲気漂う強面の男が予想通り三人、俺に近づいてくる。


「あん? なんだこいつ、見ねぇ顔だな?」

「新入りか?」

「ふん、まあいい、おらどけ! 俺達が査定してもらうんだからよ!」


 腕も太い屈強そうな男たちが俺を押しのけて割り込もうとする。

 

「あんたら! 先に来てたのはそこのシノビンだよ! 順番は守りな!」


 シノビン……は俺か。そうだそうだ。

 それにしても失礼な連中だな。


「あん? こんな野郎の肩もって一体どうしたんだ? さては惚れたのか?」

「馬鹿いってんじゃないよ! いいから後ろに――」

「おいあんた、俺達が先でいいよな? な?」


 バーバラが怒鳴るがお構いなしに男が俺を押し付け、恫喝してくる。


「いや、普通に俺が先なんで」


 だけど、当然そんなワガママが通るわけがない。横入りとか最悪だからな。


「あん? てめぇ、いいから、どけ、どけろって、な、なんだお前、ピクリとも、ち、畜生この野郎!」


 そんな俺を無理矢理でもどかそうとする男たちだが、俺は全く動く気がないし、男たちも一ミリたりとも動かせない。


 当然だな。お前らみたいな連中にどうにかできるほど温い修行は受けていない。


「く、くそ、な、なんなんだこいつはよ……」


 ぜ~ぜ~は~は~と息を切らす男たち。その様子にバーバラも目を丸くさせているが。


「それじゃあ、お待ちの先輩もいるようなので、素材を出してもいいかな?」

「こ、この野郎――」

「あ、ああ、構わないよ」


 後ろから憎々しいといった感情の篭った声が降ってきたけど気にしな~い。


 で、俺はカウンターに例の熊みたいな魔物の素材を並べる。気になるのは、結構バラバラにしてしまったことだけどな。


「……は? え? いや、今シノビンどこからこれ出したんだ?」


 うん、やっぱり予想通りきたなその質問。だけど問題ない。それについてはあのチンピラから聞いていたしな。


「勿論使い捨ての保存用マジックアイテムさ。知っているだろ?」


 得意げに語る。そう、魔物が多く徘徊するこの世界。しかも魔物の素材が高値で取引されているこの世界では、普通の鞄や背嚢だけで素材を回収するのは中々に難しい。


 そんな時に役立つのがマジックアイテム。魔法の力の込められた袋や鞄は見た目以上に物を入れておけるのが特徴。ただし値段がべらぼうに高い。


 故に、そういった類を買うよりは安価な使い捨ての回収用のマジックアイテムというのがあると、そう聞いていたんだな。


「……いや、それは勿論知っているけど、今割ったかい? 全然気が付かなかったんだけど……」


 しまったーーーーーー! なんだよそれ! 割って使うのかよ! あいつらそういう事はちゃんと教えとけよな!


「いや……割ったぞ? ほら、なんというか、あまり音出すのも悪いと思って、そっと割ったんだ」

「そ、そうなのかい? ま、まあこんなのを瞬時に出せると言えばマジックアイテムを使う他ないんだろうけどねぇ」


 ふぅ、どうやら何とか上手くごまかせたみたいだな。


「それで、素材は一体何を?」

「ふん、どうせこんな野郎だ、大したものじゃねぇんだろうよ」

「こっちはLV12のワラビナを狩ってきたってのに、呑気なもんだぜ」

「ま、ホーンラビットでも狩れていれば上等ってとこだろうな」


 れ、LV12のワラビナ? それがどんなのかは知らないけど、それはそんなに凄い事なのか?

 いや、だ、だとしたら――

 

「お、おいシノビン! てっきりそいつらの言うとおり、ホーンラビット程度が精々かと思えば――これ、フォクロベアーじゃないのさ!」


 そして案の定というかなんというか、バーバラが目を見開いて驚嘆する。


 そして後ろで聞いていた三人も――


「お、おい、今フォクロベアーって言ってなかったか?」

「まさか、ミクロベアーの間違いだろう」

「あ、ああなんだ。そうかミクロベアーか。だったら大したことないな」


 いや、どんな聞き間違いだよ。そしてミクロベアーっているのかよ。むしろそれがどんなベアーなのかの方が気になるよ!


「驚いたねぇ……フォクロベアーといったらLV25相当の魔物だよ……」

 

 はい、間違いなくLV25でしたね。

 そしてバーバラのその発言で、やっぱフォクロベアーだとよ! と三人の傭兵が色めきだつ。


「これを、あんたが一人で殺ったのかい?」


 バーバラが値踏みするように俺を見ながら聞いてくる。

 ふむ、ここはあまり素直に答えないほうが良さそうだな。


「……いや、実は相棒が一人いたんだが、そいつは俺を庇って、うぅうぅ――」

「……ふ~ん」


 俺は出来るだけ本当っぽく言ったつもりだ。


「なんだ仲間かよ」

「どうりでな」

「ああ、当然さ。だってこんなやつがよ……」


 すると後ろの三人が俺を嘲りだした。まあ、大したことないと思われてたようだからそりゃそうか。


 だけど、なんかバーバラの目が怪訝そうだ。


「そ、それでこれはいくらになるんだ?」


 ジト目を向け続けてくるバーバラだが、とにかく俺は素材の価値を聞く。


「そうだね。そいつらが言うように、フォクロベアーはかなりの難敵だ。帝都で傭兵やってる連中でも腕利きのが十人がかりでどうにかって感じだろうさ。勿論あたいならタイマンでも負けないけどね!」

 

 何故か力こぶを見せつけてそんな事をアピールする。いや、一応女性なんだからそこを自慢されてもな。


「とにかく、そのぐらいの魔物だから素材の価値は高いさ。フォクロベアは毛皮から肉、そして手の部分が特に珍味として取引されていて結構高額だからね」

 

 うん、やっぱこっちでも熊の手は高いんだな。


「だから、本来ならこの一匹分の素材だけで一万ルベルで買い取る所だけど――一体何をどうしたのか知らないけど、こうもバラバラだとねぇ」


 あ~やっぱりそこは言われたか。気になってはいたんだよな。


「これで毛皮としての価値はゼロだ。魔物は血液がないから血抜きの必要はない。だから切り刻んだとしても多少なら価値は下がらないけど、流石にここまでバラバラになると肉としての価値もかなり落ちるねぇ」


 ああ、そういえば確かに魔物を倒しても血は全く流れていなかったな。看破眼使った時全身に妙な力の流れを感じたけど、あれが血液代わりなのかもしれないな。


「そういえば確かに血は出なかったけど、魔物の肉は腐らないのか?」

「……それを知らないのかい? 何か順番がめちゃめちゃだねぇ。魔物の肉は普通の肉みたいに腐りはしないし虫もわかないけど、いつまでも持つわけじゃない。時間が経てば味も落ちるし、段々と干からびていくのさ」


 なるほどな。そうそううまい話はないって事だろう。そしてついでに言えば、それらを長持ちさせる方法に関しては普通の肉と変わらないらしい。


 つまり塩漬けや酢漬けや燻製だ。


「ただ、魔物の死骸は放っておくと瘴気を発する事がある。魔物の中には死んだら必ず瘴気を発する物もいるからそこは注意だね」

 

 瘴気か……意味合いとしては俺の知っているのと一緒で吸うと生物に有害な効果があるようだ。


「それで、魔石も取り外していないようだけど、魔石も当然売るんだろ?」

「ああ、だけどどこにあるか判らなくてね」

「……本当デタラメだねぇ。魔石は魔物が死んだ時心臓が魔石に変化するのさ。だから心臓部分を探れば出てくるよ。本当ならこっちで解体したら解体料とるんだけど、ま、これだけバラバラなら魔石を取るのはそんなに大変じゃないしサービスしておくよ。ただし次からはないからね」

「チッ、相変わらず初心者にはあめぇなバーバラは」


 後ろの連中が不満そうな声を漏らしているが、それは無視してお礼を言っておく。


「それじゃあ、魔物の素材がまず今言ったけど価値が下がっているのもあるからね。本来一万ルベルだけど、半額の五千ルベルだ。魔石は規定通り五千ルベルで合計一万ルベルだね」

「……それは高いのか?」

「なんだい? 不満があるのかい。言っておくけど他だともっと安く見られることだってあるからね。それにあんたが本当に初心者なら最初の狩りで一万ルベルなんて上等すぎさ。これだけで平民のひと月の生活費近くを稼いでるんだからね」


 一万ルベルでひと月の生活費近くか。そうなると、日本円だと一ルベル十円から二十円程度ってとこかな……


「いや、不満があったわけじゃない。魔物の相場は詳しくなくてね。勿論それでお願いするよ。ありがとう」


 そして俺はバーバラから一万ルベルを受け取った。金貨がいいか銀貨がいいか聞かれたからな。千ルベル銀貨十枚にしておいた。


「チッ、やっとかよ」


 そしてとりあえず後から来た傭兵に次を譲り、そのまま一旦外に出た。


 舌打ちされたり気に入らねぇと言われたりしていたけどな。


 そして奴らが出ていったのを確認してからまたギルドに入る。


 それにしてもあいつら三匹で三千ルベルで、分け前はみたいな話をしていたな。


 傭兵の稼ぎは普通は大体そんなものなのか。


「なんだい、やっぱり戻ってきたのかい」


 で、ギルドに入るなりバーバラに見透かされたように言われた。


「なんで戻るって判ったんだい?」

「依頼書関係を全くみていかなかったしね。そのわりにギルドには興味ありそうだったし、ただの換金目的とは思えなかったのさ」


 なるほど、さすがマスターを名乗っているだけはあるな。


「それなら話は早いかな。実はこのギルドに来たのは買い取りもだけど、情報が集まりやすいと聞いたからなのさ。知りたいことがあるんだけど、いいかな?」

「ま、内容によるね。とりあえず言ってみるといいさ」

「話を聞いてくれるだけでも助かるよ。それでだ、先ずここグランガイム帝国とオリハルト王国についてだけど、戦争は本当に起こるのかい?」

「また妙な質問をしてくるものだね。戦争に興味があるのかい?」

「そりゃ、傭兵なら当然だろ?」

「普通の傭兵ならね。だけど、あんたはそういうタイプにも思えないんだよあたいは。自分から戦争に飛び込んでいくタイプじゃない」


 ご名答。中々人を見る目があるな、このマスターは。


「まぁ、実際は戦争に参加したいから聞いているわけじゃなくてね。ただ、色々気になる話があるだろ? オリハルト王国が魔族と手を組んだとか、実は魔族の傀儡にされて無理やり言うことを聞かされているとか」

「ああ、確かにそんな情報が流れているねぇ」

「そうなると、やはり戦乱の幕開けも近いのかなってね。俺も家族がいるし気になるんだ。ただ、今の帝都を見ているとよくわからなくなってね。ここはあまり危機感が感じられない」


 俺がそこまで話すと、ハッ、とバーバラが鼻で笑い。


「当然さ。確かにそんな噂は随分と前から流れているけど、未だ小競り合いの一つも起きてないんだ。そんな状況じゃ真剣味もわかないんだろうさ」


 そんな前から流れていたのか。それでも全く動きがないから、あまり危機感を感じていないってところか。


「でも、魔族に対する恐怖はあるんじゃないのかい?」

「さぁね。魔族なんて帝国内じゃみないしね、実際に危険かどうかも分からないさ」


 魔族は帝国内にいないってことか。この様子だと潜伏している様子もないって雰囲気だし、何より――


「……実はこれも風の噂で聞いたのだけど、実際はオリハルト王国を魔族が隷属化させて帝国に攻め込もうとしているというのは嘘で、実はそれを免罪符に帝国が王国に――」

「そこまでだよ!」


 突如、バーバラの荒々しい声が、俺の言葉へ覆いかぶせるように発せられた。


 鋭い目つきでじっと俺を見つめてくる。


「――全く、質問なら時と場所を選びな。こんな昼間から、壁に穴の空いたギルドで話すことじゃないねぇ」


 いや、壁に穴があいたのは概ねあんたのせいだと思うが……。


「やれやれ、それにしても、傭兵のよの字もしらないような青二才かと思えば、質問してくる内容は中々命知らずと来たものさ。本当危なっかしいねぇ」


 しかし、この様子だと帝国絡みのこの手の話は、傭兵ギルドでもタブーなんだろうか?

 なんかジトーっとした視線を感じるし――仕方ない話題を少し変えるか。


「悪かった。噂を聞くと真相を確かめたくなるたちでね」

「間違いなく命を縮めるたちだねそれは」


 はっきりと言われた。扱う情報次第では危険も伴うって事か。


「それじゃあ今の話はおいておいて、別の質問だけどいいかな?」

「あんたは危なっかしいから聞くのが怖くなるけどねぇ」

 

 でも、駄目とは言わないんだな。もしかして結構面倒見がいいタイプなのか?


「今度の質問はそんな無茶な話でもないと思う。知りたいのはどこかに呪いの類を解除できる人物はいないか? もしくはそういう人物を知っている人間はいないか? という事なんだが――」


 頬杖をつき、胡乱な目つきで俺を見てくる。少しの間、じーっとそのルビーのような瞳で見られ続ける。なんかちょっと照れるぞ。やっぱり顔に関してはかなりの美人だしな。


「はぁ、全くあんた一体どうなってるんだい? 魔物に関する知識は初心者っぽいのに、質問してくることは危険に一歩踏み込みそうなものや、妙に専門的な事だ。大体、呪いの解除方法なんてなんで知りたいんだい? 誰か知り合いが呪いにでも掛かったのかい?」

「まあ、そんなところだ。困っている人がいてね」

「――女かい?」

「な! 違うよ!」


 なんでそういう鋭い問いかけを投げつけてくるんだよ。ちょっと焦っただろ。いや、別に焦る必要ないけど、まさか呪われているのは帝国の皇女様ですとも言えないしな。


「……ま、条件次第じゃその両方共、あたいが知っている事を教えてあげてもいいけどね」

「それはありがたいけど、条件というと?」

「決まってるだろ? ギブアンドテイクさ。大体情報を只で貰おうってのがあまいんだよ」


 つまり、情報量払えって事か? でも――


「俺、今素材売った分の金しかないぞ?」

「違うわよ。いや、それよりその素材分しかないって、もし売れなかったらどうする気だったのさ?」

「その時はその時だな」

「ふぅ、中々先が思いやられる考え方だけど、とりあえずあたいは金なんて必要ないさ。むしろ必要なのは、あんたの身体だよ」


 ……はい?

遂に忍者が食われる?



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