第二百三十一話 斧と剣の果てに
金属が激しくぶつかり合い、船室に火花が散る。
重厚な斧と鋭利な剣が何度も交錯し、空気が裂けるような音を立てていた。
戦っているのは二人の女戦士。
一人は筋肉質な体を揺らし、豪快に斧を振るうバーバラ・マキシアム。
もう一人は鎧を脱ぎ捨て、しなやかな体躯で目にも止まらぬ速さの剣を繰り出す、黒鉄のダイヤ・ブラック。
既に鎧はない。だが、ダイヤの動きはむしろ軽やかで鋭い。装甲を脱ぎ捨てたことで、その本質――速度と精密さが剥き出しとなった。
(速いね……でも、負けられない)
バーバラは肩を切られ、膝をついていた。
それでも、目の奥には闘志が燃えている。
「……アンタ、何でそんな強ぇのに、海賊なんてやってんだい」
剣を構え直すダイヤが、一瞬だけ動きを止めた。
「……女だったからさ」
「は?」
「かつては騎士団にいた。正規の軍に、正義も名誉も信じてたよ。だが……女であることが罪だった。戦果を挙げても、褒美は無し。むしろ、嘘つきとして顔に傷を付けられた」
バーバラは目を細める。彼女もまた、力があるだけでは報われなかった世界を知っている。
「だから海賊か」
「ここでは、強さだけが全て。名も性別も、どうでもいい」
「……だったら、なんで鎧なんかに隠れてたんだい」
バーバラは立ち上がり問いかけた。足元はふらつき、血が流れている。それでも、斧を再び構え、真剣な目で対峙する。
「――何が言いたい?」
「別に。ただ思ったのさ。名も性別も関係ないと言っている割に、結局女であることを隠していたわけだからね。あんたは結局、女であることに縛られているのさ」
「黙れ!」
ダイヤが叫び、バーバラに向けて鋭い突きを放った。
「図星かい」
間一髪で突きを避け、怒りの形相を浮かべるダイヤにバーバラが口角を吊り上げる。
「貴様は、ここで殺す!」
「悪いけど、あたいも……仲間のとこに帰りたいんだよ」
渾身の踏み込み。そこからバーバラが斧を構えて突撃する。
「アックスボンバー!」
当たれば大ダメージ確定の反撃。しかしダイヤは軽やかなステップで避け、二桁に及ぶ切り傷をバーバラの身に刻んだ。
「くっ!」
「無駄だ。貴様のスピードでは私は捉えられない」
足を止めることなく語るダイヤ。だが、バーバラはニヤリと不敵な笑みをこぼす。
「確かにスピードは速いねぇ。だけどパワーが足りない。そんな攻撃を幾ら受けたところであたいは倒れないよ」
「――だったら確実に仕留めるだけだ」
「やれるもんなら、やってみな!」
声を張り上げバーバラが斧を投げつけた。しかしダイヤには当たらない。
「武器を捨てて捨て身にでもなったか?」
「違うね。あたいにはとっておきがあるのさ。そのためには斧なんて却って邪魔だからね」
バーバラが腰溜め状態となり、気合を入れる。
「ハァアアァアアアアァア!」
「させるか!」
ダイヤが瞬時にバーバラの懐に潜り込み、鋭い突きを放った。剣先は一切の迷いなくバーバラの胸に突き刺さる。心の臓を的確に狙った必殺の一撃だった。
「が……っ!」
「これで……!」
剣の刃が深々と突き刺さり、思わずうめき声を上げる。それでもバーバラは倒れない。それどころか不敵に笑っている。
「あんたが正確に狙ってくれたおかげで助かったよ」
「――!」
ダイヤは驚き手を引き抜こうとするが、抜けなかった。そこに込められた異常な膂力が、そうはさせなかったのである。そして――
「グハッ!」
次に声を上げたのはダイヤだった。その背中に突き刺さるは、バーバラが投げた斧だった。
「ブーメランアクス。あたいの技でもっとも基本的なスキルさ」
「……そうか。最初からこれを狙って――」
ダイヤが崩れ落ちた。背中からはドス黒い血が滲み、目も虚ろだ。
「見事、だ。私にはパワーが足りなかった。やはり女には限界があった、ようだな」
「何言ってんだい。あたいだって女さ。忘れるんじゃないよ」
バーバラに言われ、ダイヤが薄い笑みを浮かべた。
「そう、だったな」
「そうだ。道が違っただけ。あたいはパワーを、あんたはスピードを追い求めた。そうだろう?」
「…………」
何も語らないダイヤ。限界が近づいていることは、バーバラにも理解できた。
「――あんたは知ってるかい? ダイヤモンドってのは、最初はただの黒い石ころでしかないんだよ。それを磨いて磨いて、ひたすら磨き上げた結果、美しい宝石になるのさ――あんたの技は、まさにダイヤモンドそのものだったよ」
その言葉にダイヤの目が見開かれた。
「――名前を、聞かせて欲しい」
「……バーバラ・マキシアムだよ」
「そうかバーバラ。貴方ともっと早く会えてたら、いい酒が呑めたかも知れない、な……」
そこまで口にし、ダイヤの瞳から光が消えた。バーバラはそっと手を当て、ダイヤの瞼を下ろした。
「あたいも同じ気持ちだ。あんたと酒を酌み交わしたかったよ」
そしてバーバラは腰を落とし、天井を見上げて深く息を吐く。
腕が痺れ、斧を持つ感覚もすでに曖昧だった。
「ちょっと、無茶が過ぎたね。ケント、後は任せたよ――」




