第二百三十話 船内で待ち受けていたもの
ケントとバーバラは引き続き船内の探索を始めた。海上で引き付けてくれている皆の為にも、制圧を急ぐ必要がある。
「随分と派手に暴れてくれたようだな」
船内を歩き回る二人の前に真っ黒な鎧に全身を包まれた騎士が立ちふさがった。顔もフルヘルムで覆われており姿は判別がつかない。
「あんた誰だい?」
「――この船の副船長を任されているダイヤ・ブラックだ」
そう言ってダイヤが背中に掛けていたハルバードを取り出した。複合武器であり片刃が斧、反対側にハンマー、先端には槍のような刃がついた作りである。
「副船長か。船長なら話は早かったんだけどな」
言ってケントが拳を握りしめ構えを取った。だが、バーバラが手で制し一歩前に出る。
「面白いじゃないか。相手にとって不足なし。ここはあたいに任せちゃくれないかい?」
「いや、しかし……」
「いいから。それにあんたも早く仲間を助けたいだろう? 副船長がいるってことはどっかに船長もいるだろうさ。だったらあんたはさっさとそいつをぶっ倒しちゃいな。あたいなら大丈夫さ」
ケントは迷ったがバーバラにここは任せることにした。確かに今はこの船を制圧するために船長を見つけるのが先決だろう。
「……分かった。だが無茶だけはするなよ?」
「わかってるよ」
そんな会話を交わしてケントが走りだした。その後ろ姿を見送りつつバーバラがダイヤに向き合う。
「随分とあっさりと通したもんだね」
「一人で私とやり合うと言い切ったその姿勢が気に入った。それにうちの船長は強い。負けはしないさ」
「随分と信頼しているんだねぇ。だけどね、ケントだって強い。このあたいが認めるぐらいにはね」
「その認めた相手が弱ければ話にならないけどな」
言ってダイヤがハルバードをバーバラに振り下ろしてきた。
「おっと! 甘いね!」
バーバラは攻撃を避けそのまま後ろに回り込んだ。
「貰った!」
バーバラは渾身の力を込めて手持ちの戦斧をダイヤの鎧に叩き込んだ。だが――
「な! 傷一つついてないだって!」
「無駄だ。私の鎧は絶対に壊れない」
ダイヤが振り向きざまにハルバードを振り回した。後ろに飛び退き避けるバーバラだが風圧だけで後方に飛ばされバランスを崩しそうになる。
「チッ! それがあんたの力かい!」
「そうだ。スキルの効果で私の鎧の強度は上がっている。この鎧がある限り私にダメージが通ることはない」
そう言って自信を覗かせるダイヤ。だが、バーバラはニヤリと笑みを浮かべた。
「……何がおかしい?」
「ハハッ、気を悪くしたかい? だけどね。あたいは嬉しいのさ。やっぱりあたいは根っからの戦士だね。強い相手を見るとワクワクするし血が滾る。さぁ! 派手に拳で語り合おうかい!」
言ってガンガン戦斧で攻め込むバーバラ。ダイヤはそれを無言で受け止め続けた。
「――やれやれ拳でというわりに斧を使っているではないか」
「そういう野暮なツッコミはいらないよ。大木割り!」
バーバラはスキルを発動させ戦斧を力一杯振り下ろした。
「無駄と言っているだろう!」
ダイヤはハルバードで戦斧を受け止め、そのまま押し返した。
「うッ」
バーバラの体が後方に吹き飛び壁に激突する。だがすぐに体勢を立て直しバーバラが笑った。
「いいねぇ! そうこなくちゃ! 野生の目覚め!」
バーバラは更に固有スキルを発動させる。防御を一切考えない攻撃重視の姿勢を貫くことで防御力を犠牲にダメージを増加させるスキルである。
「グレネードォォォォォオオオ!」
そしてバーバラが跳躍しダイヤに接近し戦斧を振り下ろした。
「インパクトォォオォオオオオ!」
頭上から斧刃を振り下ろすと同時に命中した箇所が爆ぜ衝撃が広がった。バーバラが持つ最大の技――その破壊力は圧倒的だが。
「この程度か?」
「何ッ?」
ダイヤは涼しげに立っていた。それがどうした? と言わんばかりに――これにはバーバラの表情が一変する。
「フンッ!」
「チッ!」
ハルバードを振り回し続けるダイヤ。バーバラはそれを避けつつ何とか距離を取った。
「少しはやるようだが私の防御は崩れないようだな」
「――いや、そうでもないさ」
余裕の態度を見せるダイヤだがバーバラがニヤリと不敵な笑みを浮かべて指をさした。
「――罅?」
バーバラの指さした箇所、鎧の一部に僅かな罅が走っている。
「――この程度大したことではない」
「どうかな? その僅かな罅が命取りになることだってあるんだよ!」
そしてバーバラが息もつかせぬ連続攻撃で攻めていく。
「あんたの防御は大したもんさ。だけどね、あんたはその鎧のせいでスピードが遅い! それが欠点さ!」
「私を揺さぶるつもりだろうがその手は食わんぞ」
淡々と話すダイヤに構わずバーバラが攻撃を続けていく。ダイヤは構うことなくハルバードを振り回すがバーバラは掠らせもしない。
「その武器はそもそも接近戦に向いてないのさ。大ぶりで隙も大きい」
「…………」
無言になるダイヤ。一方で果敢に責め立てるバーバラ。しかもその攻撃は罅の入った箇所に集中しており――バギッ! という音と共にいよいよ鎧が砕けた。
「いくよ! アックスボンバー!」
バーバラが斧を構えたまま突撃するとダイヤが吹き飛ばされ壁に激突した。
「どうだい? 余裕ぶっていられるのもこれまでさね」
「フッ、ハハッ、アハハハハハハハハハハッ!」
バーバラがしてやったりと言い放つと、壁に体を預けたままダイヤが大声で笑い出した。
「――なんだい突然?」
「フフッ、私もお前と一緒ということだ。しかし久しぶりだなこんな相手は」
言ってダイヤが兜に手をかけ脱ぎ捨てた。銀色の長い髪が顕になり切れ長の瞳がバーバラに向けられた。美しい顔立ちだが頬には大きな傷があった。
「あんた、やっぱり女だったんだね」
「ほう、私が女だと気がついていたのか?」
「あたいのスキルには男限定で強化されるのがあってね。それが発動しないから妙だと思ってたのさ」
「なるほど、変わったスキルだな」
そう言ってダイヤはこれまで来ていた重厚な鎧さえも脱ぎ捨てた。その中身はこれまでのイメージとは掛け離れた細身の女であった。
「鎧を捨てて降参する、てわけじゃないようだね」
「当然だ。寧ろここからが本番だと思ってもらおうか」
ダイヤがハルバードの柄に手をかけ取り外した。中には細身の刃が収まっていた――




