第二百二十八話 鉄壁の海賊
海賊船を奪い港町ハーフェンに向かっていたケント一向に迫るは黒色に染まった船体であった。かなりの大きさを誇りその色も相まって見たものに与えるインパクトも大きい。
「大人しく投降することをオススメするね。そうすれば奴隷として生きながらえるぐらいは出来るかもしれないよ」
鎧姿の女海賊がケントたちに告げた。だがそれを素直に受け入れるわけもない。
「冗談じゃないな」
ケントが静かに答えた。その答えを聞いて愛用の戦斧を肩に担ぐバーバラ。一方でリョウとカコは不安そうであった。
「相手が誰であろうとあたいが叩きのめしてやるよ」
「久しぶりに殴りがいのある相手が出てきたな」
ケントも拳を鳴らし抵抗する姿勢を見せたが、その時チユが船を指差し声を上げる。
「見て! 船が形を変えてる!」
言われアイアンウォール号を確認するケント。するとたしかに船の左右が翼のように広がり更に壁のように変化した。
「逃げ道を塞ぐつもりか――」
ケントが呟いた。だが変化はそれだけはなかった。壁のように変化した両翼から無数の砲身が飛び出してきたのだ。
「うそ、なにあれ大砲?」
「まさか撃つ気じゃ……」
大量の大砲の数に圧倒されるリョウとカコ。ケントとバーバラも険しい顔を見せていた。
「あんた一体何したんだい。この船はあんたらの船だろう? なのにどうして向こうはあたい達をやる気満々なんだい」
「フンッ。答えてたまるか」
そっぽを向く女海賊に手を伸ばすバーバラ。だがそれをケントが止めた。
「無駄だ話はしないだろう。それよりも今はこの場をどう切り抜けるかだ」
ケントが語ったその時だ。轟音が立て続けに響き渡り一斉砲撃が始まった。周囲の海面に砲弾が着弾し水飛沫が滝のように降り注ぐ。
「ヒッ、で、でも全部はずれてよかった」
「違う。敢えて外したんだ。警告のつもりだろう」
状況から今のは当てるつもりがなかったとケントは判断した。その予想に答えるようにアイアンウォールから何者かの声が発せられる。
『その船に仲間以外が乗っているのはわかっている。今のは警告だ。無駄な抵抗はやめて大人しく投降するなら命だけは助けてやろう』
ケントの予想は当たっていた。最初の攻撃は警告だった。だが次はなさそうだ。
「随分とデカい声だことで」
「あぁ。だが音が独特だ。何らかの能力を使用して声のボリュームを上げているのだろうな」
バーバラが呆れたようなそれでいて感心もしたような顔で言った。ケントに関しては音に注目したようだ。実際通常の声とは響き方が異なる。
「本当に警告だったなんて。どうするのケント?」
「……最初に砲撃を当てなかったのは仲間が残っているとわかっているからだろうな」
問いかけてきたチユにケントが答えた。女海賊が素直にここまでケントたちを連れてきたのも助けが来るとわかっていたからかもしれない。
「それならこっちもこの海賊を人質にして脅したらどうかな?」
「そんなの無駄さ。私たちは捕まった時点で死は覚悟の上だからね。二度目は間違いなく狙ってくるし船長にやられるなら悔いはないよ」
女海賊の言葉にバーバラが舌打ちした。どうやら女海賊はそれ相応の覚悟を持っているようだ。この様子だと他の仲間もきっと同じ気持ちなのだろう。
「本当に砲撃してくるかな?」
「きっと間違いないだろう。人質としては使い物にならないと考えた方がいいかもな」
カコの疑問にケントが答えた。覚悟ある相手を利用するのは難しいと考えていた。自分が同じ立場でも同じことを思うだろうと考えたからだ。
「それなら素直に降伏するしか……」
「――いや、諦めるのはまだ早い。確かこの船にボートが一隻積んであった筈だ。それに乗って俺があの船に侵入してみようと思う」
ケントが自分の考えを述べた。ケントもまた覚悟が決まっていた。
「だったらあたいもついていくよ。一人より二人の方がいいだろう?」
「――確かに助かるが、そうなるとこの船の守りが手薄になるかもしれない」
「ハハッ、ムダだよ。言っておくけど私はもうこの船を動かす気はないからね」
バーバラもケントについていくという意思を伝えたが、それにも問題はあった。ましてや女海賊は操船しないと言ってきている。
「――それなら僕が動かすよ! それでなんとか時間を稼ぐ!」
そう声を上げたのはリョウだった。これにはカコとチユも驚いていた。
「動かせるのか?」
「これでも記憶力はいい方なんだ。ずっと動かしているところを見ていて大体わかったつもりだよ。それに僕の魔法ならある程度風も操作できる」
「そうか! 風を利用すればある程度自由に動き回れるね」
「そ、それなら私は付与魔法でこの船の強度を上げます。そうすれば時間稼ぎにはなるかも……」
「なら私は、怪我したら治すから!」
リョウ、カコ、チユの三人が決意を固めた。勇気を振り絞っているのが見て取れる。だからこそケントとバーバラはその意思を尊重することを決めた。
「わかった。なら俺たちはすぐにボートであの船に乗り込むことにしよう。その間なんとか踏ん張ってくれ」
「わ、わかった!」
そう言ってケントはボートを取りに向かいバーバラもそれに続いた。そして残された三人は船を動かし始めケントとバーバラもボートでアイアンウォール号に向かうのだった――




