第二百二十話 イオリの強さを知るネメア
「ちょ、ちょっとちょっと冗談でしょ!」
上空ではホウキに跨った女が驚嘆していた。その様子を乱入した人物が見上げていた。
「お姉さん強い? こっちは終わったしだったら僕とやりあおうよ」
無垢な笑顔で語りかける。声も高くまるで子どものようだが内には氷のような狂気が秘められていた。
「ぐぬぅ! 貴様我ら兄弟の腕を斬っておいて!」
「すでに我らは眼中にないというのか!」
腕を斬られながらもシュウとラサが距離を詰めた。だが――
「言ったよね。もう終わったって」
「「な――に?」」
近づいた時には既に双子の体はバラバラになっていた。最初に腕を斬った時点でどうやら勝負はついていたようである。
「さて、と、それじゃあ、て、あれ?」
「冗談じゃないわよあんな化け物ぉおおおおお!」
眼鏡越しに空を見上げると全速力でホウキを飛ばしエアが逃げ去っていた。
「ありゃりゃ逃げるなんてつまんないの」
「お、お主確か以前あったよのう……」
肩を落として呟くその背中にネメアが問いかけた。ネメアにはたしかに覚えがあった。
確か、パーパやムスメと出会いここハーフェンに向かう途中で盗賊に捕まっていた人物だったと。
「あぁ僕の事おぼえていてくれたんだね。うん、そうイオリだよ。久しぶりだね」
「う、うむ。しかしお主……随分と、ぐぅ――」
何かを口にしようとしたネメアであったが、双子から受けた傷はかなり深く、立っているのもやっとの程である。
「これは一体何が?」
「そんなことよりパパ! ネメアちゃんが!」
『大変! 待っててネメア!』
するとこれまで隠れていた三人が姿を見せ、石版を持ったシェリナがネメアに駆け寄り傷を癒やし始めた。
「治療魔法かな? それなら大丈夫そうだね♪」
「そんな呑気にことを構えている場合じゃないのじゃ」
はずんだ声で語るイオリにネメアが突っ込んだ。とは言え既に傷はかなり癒えている。シェリナの治療の力が強い証拠だ。
『あ、あの、貴方は大丈夫ですか?』
シェリナがイオリに聞いた。状況から何となくこのイオリが手助けしてくれたんだと彼女は察したようであり、ネメアをここまで傷つけた相手である以上イオリも負傷している可能性が高いと考えたのだろう。
「僕の心配は不要だよ。運良く全く傷ついていないからね」
「全く何が運良くじゃ。お主そんなに強いくせになぜ以前はあんな盗賊程度に捕まっておったのじゃ?」
疑わしそうな目をイオリに向けるネメア。だがそんなネメアにシェリナが石版を向けた。
『助けて貰ったんならまずはお礼、だよ!』
「ぬぅ! シェリナさ、いやシェリー様がそう言われるなら、し、仕方ないからお礼を言ってあげるんだからね! なのじゃ!」
ネメアが奇妙な言い回しでイオリにお礼を言った。一応ネメアなりのサービスのつもりのようだ。
「あはは。ありがとうね。あ、そうだ折角だから僕と戦ってみる?」
「ゴメンなのじゃ。というかお主以前はもっとおどおどしておったのじゃ! どういうことじゃ!」
ネメアがビシッと指を突きつけて言い放った。
「言われてみれば確かにそんな感じでしたな」
「うん。一緒に捕まってたもんね」
パーパとムスメも以前出会った頃のイオリを思いだしたようで不思議そうにしていた。
「あぁ~僕ちょっと性格にムラがあるんだ。今はちょっとテンションが上がっちゃってて」
「わけのわからぬ奴なのじゃ……」
げんなりした顔を見せるネメア。しかしイオリの強さは認めたようだ。だからこそ戦いを拒否したのだろう。
『あの、ところでどうしてここに?』
シェリナが石版に疑問を刻んだ。この場所は以前捕まっていた場所から遠すぎる上、海賊に支配されている状況だ。
偶然通るには不自然すぎるわけだが。
「それがちょっと迷っちゃって」
「迷うって……そんなレベルじゃない気がしますが」
パーパが感想を述べる。それを聞いたイオリがハハッ、と笑った。
「ちょっと兄さんと逸れちゃってね。それで探してる内にここまで来たんだよ」
「お主兄がいたんじゃな」
「うん。そういうわけだからそろそろ行くね」
ネメアに答えイオリがスクッと立ち上がった。
『お一人で大丈夫ですか?』
シェリナが石版に文字を刻んだ。どことなく心配そうな顔つきである。
「ありがとう。でも大丈夫。それに何となくもう近くにいるようなそんな気がしてるんだよねぇ。じゃ、君たちも気をつけてね♪」
こうしてイオリは去っていったわけだが――




