第二百十五話 海賊兵の報告と狡猾な魔法使い
「それで、報告があるということであったな」
枯れ枝のような細い腕で杖を持ち、老人が報告に戻って来た兵を見た。数人の兵は外の見回りを担当させた海賊だった。
「大事な報告ですぜ。大船長の耳に入れておきたいんですが」
ギロリと窪んだ瞳が彼を捉えた。見た目だけなら弱々しい老人でしかないが、眼光鋭く見た目だけでは計り知れない獰猛さを感じさせる。
「それを決めるのはわしだ。お前ではない」
「し、失礼いたしました! それでは報告ですぜ。実は森で鎧姿の騎士や兵が多数潜伏しているのを発見したんですぜ」
「……ほう? それで、何か特徴はあったか?」
「全員鎧や盾に紋章が刻まれてやした。きっと例の帝国兵ですぜ。あまり近づくと危険と思ったので正確な数は言えませんが、千や二千ではきかないのは間違いないですぜ!」
鼻息荒く男が答えると、ふむ、と老人が顎を擦った。奇妙な杖の上部では浮遊した水晶が回転を続けている。
「あっしが思うに、やはりやってきた騎士の言ってた通りだったんですよ! 帝国が本腰入れてきた以上、こっちもあまり派手な真似は控えたほうが、いや、失礼出過ぎた真似を――」
捲し立てるように言った後、報告に来た男が頭を擦った。ついつい熱くなってしまい言い過ぎたと反省しているようだ。
「なるほど話はわかった。ところで一つ質問いいかのう?」
「何でげすか?」
「お前はいつ、女になったのか。のう!」
杖を掲げると同時に豪炎が男を飲み込んだ。焦げた男が倒れていくがそれは皮だけに成り果てていた。それもやがて灰に変わる。
「まさかバレてるなんてね。驚いたわ」
「フォッフォッフォ、伊達に船長を任されてはおらんわ。しかし我が魔道から逃れるとはのう」
「フフッ、随分と自信があるようだけど、その程度の火を扱える人なんて数え切れないぐらい知ってるわ」
そう言ってハミットことゲンランが淫靡な笑みを浮かべた。片目だけを大きく見開き老人が口を開く。
「フォッフォッフォッ。これは失礼したのう。だがこのマーリン本来得意とするのは――これぞ」
杖を振り上げると無詠唱で巨大な水竜が幾つも形成され、ゲンランに襲いかかった。
「あらあら容赦ないわね」
「そんなことはないぞ。わし、これでも女の子には優しいのじゃから」
「あら、そう。ならご褒美よ」
「む?」
ゲンランの体がぶれ、かと思えば何体にも増えていく。
「ふむ――」
杖の動きに合わせて水竜がゲンランを飲み込んでいくがそのどれもが幻影だった。
「これは――幻術か」
「ご名答」
囁くような声がした。いつの間にかマーリンの背後に回っていたゲンランが小太刀で背中から刺し貫いた。マーリンの身がビクンッと一瞬跳ね上がり――水になって崩れ落ちた。
「水の、人形?」
刹那――水の竜がゲンランを中心に回転を始め、そこに巨大な竜巻も加わった。
「風と水の融合魔法じゃよ。フォッ、フォッ、フォッ、わしもけっこうやるもんじゃろう?」
顎を小刻みに上下させマーリンが得々と語った。そして水の竜巻が役目を終え消え失せるが、そこに残されていたのは一本の丸太だった。
「むぅ変わり身の術という物か。あの女やはり忍者――しかし」
改めて見渡すと、変装したゲンラン以外は全員事切れていた。今やられたのではなく、最初から死んでいたのだろう。
「死体を上手く操ってみせおったか。まるでネクロマンサーのようではないか。面白い女だのう」
「ま、マーリン様! これは一体?」
一人感心していると副船長のエアがやってきて驚いた。それを認め、やれやれとため息を吐きつつ。
「エアよ。確か森で兵隊を見たと言っておったな?」
「え? あぁはい。空から見て確認したから間違いないよ」
「ふむ。それで、その連中に変わったことはなかったか?」
「変わったこと? う~んいかにも兵隊って感じで無言で統率の取れた動きを見せていたよ。一切淀みのない規則正しい感じのね」
「ほう――規則正しい、のう――」
そしてマーリンの瞳がギラリと光った――