第二百五話 カテリナの作戦
「帝国の姫がやってきただと?」
「はい。町の門まで護衛を引き連れてやってきたようで。不穏な噂を耳にしたから視察に来たと」
大船長セイレンは、巨大海賊船アクアリベンジの船内でやってきた部下からの報告を聞いていた。
アクアリベンジの船内は広い。今セイレンがいるのは、普段他の船長を集めて今後の話し合いをする為に用意された作戦室である。
セイレンは大船長である彼の下に更に五大船長と呼ばれる要の存在がいてその下には一人ずつ片腕となる副船長が存在する。
船長にしろ副船長にしろその実力は折り紙付きだ。海賊との統制もとれており、帝国になど引けを取らない猛者揃いと自負している。
故に帝国からわざわざ姫がやってきたなど、セイレンからすれば飛んで火に入る夏の虫といったところであった。
「そんなものすぐにでも捕らえて連れてくればいい。帝国に対しての良い人質になるだろう」
海賊としては当然の対応であった。ただ、そこでセイレンに対して異を唱えるものがいた。
「ヒヒッ、その判断はいささか早計かもしれませんぞ」
鮫のように鋭い瞳が発言者に向いた。ヒヒッ、と不気味な笑い声を上げるは、年老いた老獪そうな爺であった。枯れ枝のような四肢にガリガリの肉体ととても強そうには見えない体だ。
ゆったりとした青のローブで多少はひ弱な肉体が隠されているが、直接手を下すようなタイプではないだろう。
だがそれはあくまで直接の戦闘に関してだ。その手には木製の杖が握られていた。杖の先端では五つの水球が間隔を保ったまま一定速度で回転している。
球の大きさは均一であり、一切のブレがなく同一速度で回転を続けていた。これはそれだけ魔法のコントロールが卓逸しているということだ。
老爺は水分を失ったような干からびた顔を上げ、落ち窪んだ瞳をセイレンに合わせて言葉を続けた。
「帝国の姫が何の策もなく来てるとは考えづらいかと思われますが」
「……ふむ――」
「大変ですぜ大船長! 偵察に出ていた連中が戻ってきて、外で妙な奴らを見たと!」
「何?」
部下の海賊の知らせにセイレンが眉を寄せ眉間に皺が刻まれた。
「ヒヒッ、思ったとおりでしたな」
「……それで、どんな奴らだった?」
「話によると鎧姿で帝国の紋章も刻まれていたと。数はその場には二十程度だったと報告を受けてます。ただ、何やら連絡係のようなものもいたので、他にも部隊が隠れている可能性があると」
「……二十だけならなんてことはないがな」
「しかし、もし他にも少数とは言え部隊がいたなら、下手に刺激すると帝国側に本格的に知られる可能性があるかと」
マーリンの進言にセイレンが一考する。水滸海賊団の噂は周辺にはある程度流れるのを容認していた。ただし本格的に帝国に知られることがないようしっかり工作している。
特に三男爵の一人とは一応手を出さず見返りも与えるという名目で協力させていた。
だからここで帝国が本格的に動くとは思っていない。しかし、今ここで来た姫の動向次第で動くとなれば少し厄介だ。帝国だけを相手取るなら勝てる自信もあるが、最近やってきたミキノスケのこともある。
帝国と事を構えている間に、奴らまでやってこられては少なくとも楽勝とは言えなくなる。
「一応、もう一度確認させるか」
「ヒヒッ、エア」
「何師匠?」
「聞いてのとおりだ。お前、ちょっと言って見てまいれ」
「わっかりました~」
エアが箒にまたがって部屋から飛び出していった。彼女はマーリンの弟子であり同時にマーリンが任されているシーサポティング号の副船長でもある。
箒に乗った彼女の移動速度は速い。風を操る魔法にも長けている。その腕があれば音も匂いも気づかせず相手に近づくことも可能であり偵察にはうってつけであった。
「見てきたよ。確かに情報通り鎧を着た騎士や兵士たちがいたね」
「間違いはなさそうですな」
「そのようだな――姫の要求は?」
「領主との謁見とのこと」
「まぁ妥当なところでしょうな。領主と直接話すことで現状を知ろうというところでしょう」
「何か手は考えられるか?」
「ふむ、領主と話をさせて納得させるという手もありますがいささか消極的。セイレン様もそんな手は望みますまい。ならば、城伯の城に招きその場所で捕らえましょう。城に招き入れれば逃げられる心配もなく、相手の出方次第ではあの男と同じ方法で言うことを聞かせることも可能でしょう」
「……ならば何人か紛れさせておくか」
そして水滸海賊団も動き出し――
◇◆◇
「……領主様が会ってくれるとのことだ。案内しよう」
「そうか。済まないな」
カテリナが礼を言った。そして門番の後ろについて歩きだし俺達も後に続いたが。
「……護衛の連中の仮面はどうにかならないのか?」
前を行く兵士の一人が言う。もっとも本物の兵士ではないだろうが。
「――彼らは私を守るために父上が用意してくれた護衛騎士だ。その為顔を晒すのは禁止されている。私としても申し訳なく思うが、顔を見られると国としても不具合なことがある。そこはどうか察して欲しい」
「……そうですか」
カテリナがちらりと俺を見て顎を引く。怪しまれない程度にだが。敵の忍者から情報を集めた後、結局俺達はカテリナの作戦を実行することになった。
つまり視察の体で町に入り込むってことだ。ただし、ただ何も対策せず来たわけじゃない。
恐らくそのまま町にのこのこやってきたら海賊に囲まれて捕まるだけだ。だからこそ手を打った。
土遁に粘土人の術というのがある。粘土で人形を作り自由に動かすというものだ。パターンを決めて自動で動かすことも可能だが俺を生み出した影分身のような意思は持てない。
だが数的には影分身より生み出せるしこれなら分身の俺にも使えるからな。
それに帝国の騎士ならパターン化した動きでも規律に従ってると思われてそこまで怪しまれないだろう。
勿論これは相手がある程度こちらを勘ぐってくれないと意味ないが、そのためにハミットも動いてくれてるからな。
さて、町には俺とマイラにカテリナ、そしてハーゼとピサロでやってきている。ハミットはこの件があるから別行動。
シェリナやパーパとムスメは流石に連れてはこれない。カテリナが出る以上商人が一緒なのもおかしな話だし、シェリナにしても危険の方が大きい。
ネメアとイズナがいないのは三人の護衛のためだ。どちらにしろこの中にイズナやネメアがいるのはおかしいしな。
「あの船は何だ? 随分とでかいな?」
「商人の船だ。港町だしな。色々と付き合いもある」
前を行く兵士が答えるが、あれが海賊船なのは知っている。だが視察に来たカテリナがそこに触れないのはおかしいからな。敢えて聞いているのだろう。
「まさか海賊船ではないだろうな?」
「はは、まさか」
見たところ海賊と思われるような旗や印は全て隠したようだな。
さて第一の関門として門を抜けられるかがあったが、この辺りは流石姫騎士だ。口調も堂々としていたし、帝国から視察に来たという発言にも全く嘘くささがなかった。
理由もしっかりそれっぽかったしな。ただそれでもここから先は相手の出方を見極める必要がある。
重要なのは先ずは領主に話を聞ける状況に持っていくこと。もしかしたら本体について何か知っているかもしれないしな。
最悪の展開としてとっくに領主が殺されてるって可能性もなくはないが、その可能性は低いと思っている。こいつらはやってることはえげつないが何も考えていないわけではなさそうだからな。
どちらにせよ、こっからさきは鬼が出るか蛇が出るか、といったところだがさて――