第百九十九話 忍者を恨む魔物使い
セイレンの水遁で情けないことに俺はかなりのダメージを負ってしまった。正直かなり深刻な状況に追い詰められ脳みそフル回転で手を考えていた時、見知った奴の声が俺の耳に届いた。
やってきたのはマビロギだった。魔物使いのこいつとは俺も何度かやりあった。最近だとゴブリン退治の時にもいた筈だ。
ちなみにずっと男だと思っていたのだが実はこいつ、女だった。まぁそれはそれとしてだ。セイレンやサンザーラとの話を整理すると、どうやらこいつはこの水滸海賊団の仲間になったらしい。
本当に一体何を考えてやがんだ……まさか本気でこいつらに屈したのか?
全く一体この連中と何があったんだか……ま、まさか、クッ殺せ! みたいなことでもあったんじゃないだろうな? いや可愛げはないけど胸は大きいし、女としてみれば悪くない容姿だと思うしな。
て、こんな時に何を考えてるんだ俺は、やべ、頭がちょっとぼ~っとしてきている。思考能力が低下してきているのかもしれない。出血しすぎたか……。
「絶対に譲らんか。そこまでこいつのことを恨んでいるのか?」
「当然だ。私はこの男に何度も煮え湯を飲まされている。し、しかも、僕を、あんな、あんな辱めに!」
「ほう……」
セイレンとサンザーラが俺を見て、薄笑いを浮かべた。くっ、あいつデタラメいいやがって。誰が辱めたってんだ! いや、確かに胸を揉んだりはしたが、あれは、ふ、不可抗力だ!
「お前はあいつに破れたのか?」
「……過去には何度もな。だが、それも昔の話。お前たちの下についてからは近隣の森で様々な魔物を使役した。魔石も大量に手に入れた。レベルも上がりステータスもこれまでと比べ物にならないほどに上がったのだ! ましてや手負いのあいつに負けるわけがない!」
マビロギの奴。随分と自信がありそうだな。ちょっと看破の術を使ってみるか……まだ、俺でもそれぐらいの力は残っている。
ステータス
名前:マビロギ
性別:女
レベル:50
種族:人間
クラス:魔物大使
パワー:200(+1500)
スピード:320(+2000)
タフネス:180(+2500)
テクニック:320(+2200)
マジック:1620(+5000)
オーラ :2700(+3000)
固有スキル
魔物隷属化、魔物強化、ステータス加算(魔物分)、魔物操作、魔物招集、隷属率上昇、魔石化、魔石像身
スキル
身代わり、四属性魔法、オーラ強化
称号
魔物を従えし大使
マジかよ……レベルにしても帝国の黒騎士に迫る程まであがっている。それにスキルが増えている。魔石化は隷属化した魔物を魔石に変化させて持ち歩けるようになるスキル。
魔石像身は隷属化していない魔石でも元の魔物に変化させて従わせるスキル。どう違うのかと思ったが後者は一度魔物にすると隷属化してないので魔石に出来ないらしい。ステータスにも追加されず死んだら魔石ごと壊れる。ステータスにも影響がない。
魔物を連れ歩いているように見えないのに、ステータスがプラスされてるのは、隷属化した魔物を魔石として持ち歩いているからか……全くまいったなこれは。
「なるほど……面白い。確かにそういう約束でもあったしな。わかった、やってみるといい」
「はは、当然だ!」
「全く運のいい奴だ。大船長が止めを譲るとはな」
「そういう約束だったのだからな。しかし、これでやっと貴様に恨みを晴らすことが出来る」
「……はは、大船長とやらも随分と気前がいいもんだな。あんただって何か恨みがあったんじゃないのか?」
「たしかにな。だが、貴様のような三流忍者にムキになっても仕方がない。それに、何度も勝った相手に無様に負け殺される様子を見るのも一興だ。霧隠れ一族の惨めな姿をこの目に焼き付けられるのだからな」
口元を歪め、愉悦に浸っているようだった。一方マビロギは何やら魔石を取り出し、俺の目の前にばらまき出した。
「魔石像身――」
マビロギのスキルが発動し、魔石が様々な魔物に姿を変えた。
「こいつらは隷属化せず倒した魔物どもだ。僕のスキルで元の姿に戻してやった。万全な貴様ならともかく、今の貴様にどれだけ出来るかな?」
チッ、なぶり殺しにでもするつもりかよ。魔物は三十匹はいやがる。獣型や昆虫型、人型のと節操なく現れた。
そいつらが一斉に俺に襲いかかってきた。霧咲丸を抜き、一匹ずつ切り裂いていく。忍気の量にも限度がある。傷も浅くはない。普段の俺なら確かになんてことはない相手だが、今は油断したらまずい。
「なぶり殺しにするってことか。いい趣味してやがる」
「ふん、中々面白い趣向じゃないか」
「はは、無様だな!」
マビロギが嘲笑してくる。セイレンやザンザーラも高みの見物といったところか、畜生――
「はぁ、はぁ……」
「いいザマだな貴様」
一応全部片付けた……だが、かなりダメージを受けてしまった。ニヤリと口角を吊り上げるマビロギ。こいつ、まだ何か考えてやがるのか。
「僕を散々コケにしたお前が、今は私が見下ろしている。どうだ今の気持ちは? ねぇどんな気持ち? 勝てると思い込んでいた相手に追い詰められて、今どんな気持ち?」
「……なぁ、俺、そこまでお前に恨まれる事したか?」
単純な疑問だった。確かに色々あったが、そこまでのことをしたかどうかは疑問が残る。
「……ふざ、けるな!」
マビロギが手を広げると、火炎弾が放たれそれを避けることも出来ず受け入れた。
爆発し見事にふっ飛ばされることになる。地面をゴロゴロと転がった。
「えげつないことするもんだな。帝国の軍にいるより、海賊やっていたほうがよっぽど似合ってるぜ」
「……そうだな」
口の中がじゃりじゃりする。口も切れた。鉄の味が舌に広がる。
「僕は、お前にやられたことを忘れちゃいない! 特にゴブリンの巣でうけた屈辱は絶対に忘れない! ここでその恨みを晴らし借りを返す! お前が僕に一体何をしたかその頭でよく思い出してみろ!」
マビロギが念を押すように俺に言ってきた。ゴブリンの巣、屈辱? おかしい、あの時少なくとも俺はマビロギを助けたはずだ。いや、確かにこいつは捨て台詞を残して去っていったし、逆恨みにされている可能性がないとは言えないが――
俺はふらつく足をなんとか奮い立たせ起き上がる。
「まだ立ってくるとはな。全くゴキブリ並にしぶとい奴だな。だが、これで終わりだ」
『ギョロギョロギョロ』
マビロギの肩の辺りに気色の悪い目玉の怪物が姿を見せた。生肉を寄せ集めたような歪な球体といった姿で、大きな目玉が一つくっついている。
「これはデスビホルダー。僕が新しく手に入れた魔物だ。こいつの目から放たれる光線はどんなものでも貫く。これで貴様の急所を貫いて心臓を抉り出してやる。それで終わりだ!」
光線――急所、心臓を、抉り出す?
「ふん、これで、貴様との因縁も終わる。やっと、清々する。やれ!」
刹那――デスビホルダーの目玉が光り、その時には俺の心臓が光に貫かれていた――
◇◆◇
心臓を貫かれ、地面に倒れたその男の姿をマビロギは冷たい目で眺めていた。
「どうやら止めを刺したようだな。これで満足か新入り?」
男の姿を眺め続けるマビロギに、ザンザーラが語りかける。だが――
「まだだ! こんなもので終わらせてたまるか! 肉片の一つも残さず破壊し尽くし、消し炭にしてやる! 灼熱の煉獄、破壊の灼熱――」
「ぬ、待てマビロギ!」
「ブレイジングバースト!」
セイレンが叫ぶが構うことなくマビロギが魔法を行使した。その瞬間、男を含めた広範囲を巻き込む爆発が生じた。とんでもない熱量の爆発であり、凄まじい熱と衝撃波を発生させた後もしばらく炎が残り、目の前に転がっていた死体を燃やし続けた。
そして――完全に鎮火した後に残されたのは、マビロギが宣言したとおりの、原型を留めてすらいない消し炭のみであった。
「まさか、死体も残さないとはな」
「ふん、僕に任せると約束した筈だろう? 今更文句を言われても困る」
セイレンを振り返り、マビロギが強気に答えると、セイレンは、フッ、と鼻で笑い。
「まぁいいさ。死体は魚の餌にでもしようと思っていたのだがな」
「あんなもの食わされる魚が気の毒なだけだ」
「全く、口だけは達者な女だな」
こうしてセイレンの言うところの霧隠れの男が始末されたのを見届け、海賊たちは一旦その場を引き上げていくのだった――
シノブは果たして――待て次回!