第百九十四話 甲板での出来事
「全く、折角こっちから返事を聞こうと赴いたっちゅうのに、随分と手荒い歓迎やな」
「やってきたそうそう、俺の部下を何十人も殺した奴が良く言ったもんだ――」
港町ハーフェンに浮かぶ何隻かの海賊船。その中で最も巨大な戦艦アクアリベンジの甲板にて、大船長の清連と二本の大業物を背中に掛けし侍、宮本 三喜之助の姿があった。
ミキノスケは町に入るなり海賊たちに囲まれることとなり、最初は穏やかに話をすすめるつもりだったのだが、少しだけ挑発めいたことを口にしただけで頭がヒャッハーな海賊共は武器を手に掛かってきて、結果全員斬り殺した、しかもただの一振りでだ。
その後は立ちふさがる海賊共を撫で斬りにしながら港までやってきて、桟橋から跳躍。アクアリベンジまで三海里程度は離れていたが、甲板まで見事飛び移り、侵入者に荒ぶり襲いかかってきた海賊共も全て斬り殺し――今に至る。
「まぁ堪忍や。わいかて別に斬りたくて斬ったんちゃうんやで? 最初は話し合いで解決しようとしたんや。ほんまやで? せやかて、口で言うてもなぁ、おまんらじゃわいの足元にも及ばん、無駄死にするだけやからやめときぃと忠告してやったのに聞かへんから、ついのう。殺ってもうたわ」
ヘラヘラと笑い、体をゆらゆらと揺れ動かしながらミキノスケは言った。謝罪になど一切なっていない、人を喰ったような態度であった。
ミキノスケの正面には大船長のセイレンがいた。周囲には水滸海賊団で海賊共を纏める船長とそして副船長も立ち並んでいた。完全にミキノスケが囲まれている状態だが、やられた海賊とは異なり、船長達は決してミキノスケの間合いに踏み込むことはなかった。
軽いノリのミキノスケとは違い、船長達は全員真剣な眼差しで彼の動向を注視している。
「はは、しかし流石船長はんともなれば違いますなぁ。迂闊に斬りかかっては来ないし、有象無象の雑魚とは違うようで何よりでんな」
「言いたいことはそれだけか? 確かにその腕は買うが、たった一人で俺たち全員を相手して生き延びれると本気で思ってるのか?」
「どうやろなあ。皆怖そうやし、わいとしては穏便に済ましたいところや。そもそもや、わい別にあんはんらと殺し合いに来たわけちゃうねんで? さっきも言うたやろ? 返事を、聞きにきたんや」
ミキノスケが相対しているセイレンに答えた。するとシャチのような獰猛な瞳を鋭くさせ。
「……風魔に加われという話か」
「せや、うちらの頭もあんたの腕は買ってるんやで? 何せわいの師匠を相手しても生き残ったんやから」
「ふざけるな! 戦艦百隻も沈めておいて、どの口が言う!」
副船長の一人、たらこ唇が印象的な男が叫ぶ。額に浮かぶ血管がピクピクと波打っていた。
「それかて、わいらが折角いい話を持っていった言うのに、急に砲撃してくるほうが悪いやろ?」
「……海で喧嘩を売られて海賊が黙っていられるか」
「喧嘩ねぇ。わいの師匠はただ、うちに入る気がないんやったら揃いも揃って海の藻屑と消えてもらうまでや、と言うてただけかと思うけどなぁ。まぁ師匠の場合、言い方にもうちょい棘があったかもしれへんけど、そこは堪忍や」
「……とことん舐めた野郎だ――」
するとセイレンがミキノスケに向けて右手を翳した。様子をうかがっていた船長と副船長も一斉に得物に手を掛ける。
「やれやれ、この様子やとうちに引き入れるのは難しそうやなぁ」
「当たり前だ。最初から受けるつもりなど無い。だが、貴様を逃がすつもりもない。その首を取って、風魔に送り返してやるさ」
「ふ~ん、やる気っつうことやな?」
刹那――ミキノスケから発せられる威圧。それに飲み込まれた船員達が次々と倒れていった。
しかし船長と副船長は立ち続けている。セイレンの表情も変わらない。ただ、一触即発、そんなピンっと張り詰めた空気がその場を支配していた、が。
「――ふむ、やっぱやめや」
「何だと?」
突如、ミキノスケが何かに気がついたように片目を閉じ、かと思えば緊張感のない台詞を口にし、威圧も完全に霧散した。
その様子に、セイレンの眉が跳ね上がる。怪訝そうな顔を見せているが。
「連れがいればまた別やったかもしれんが、あの馬鹿どこをほっつき歩いているのか全く姿を見せんしな。それに、まぁ多勢に無勢っちゃそうやし、そっちの眼鏡の姉ちゃんもなんか怖いしなぁ」
ミキノスケはセイレンの斜め後方に立っている女を一瞥して言った。それに気がついたのか。
「私のこと? ふふ、でもね坊や。私はここには所属してないの。ただちょっとした取り引きで来ていただけ。だからこの戦いに関わる気はないわ」
白衣を着た眼鏡の女が答える。知的だが、どことなく妖艶な女でもあった。
「それは良かった。わい、あんたみたいのタイプやねん。出来れば仲良くしたいもんや」
「機会があれば」
「……無駄話はよせヤミ」
「あらごめんなさい」
「何やもうちょい話させてくれてもええやろ、ケチくさいのう」
「黙れ、貴様、とことん俺たちを舐めているようだが、ここから逃れられると思っているのか?」
「う~ん、まぁなんとかなるやろ。それに、や。そろそろ厄介事が飛び込んでくるころかと思うで?」
「なんだと?」
怪訝な顔を見せるセイレンだったが、その時ほうきに乗った女が空から戦艦に近づいてきて叫んだ。
「セイレン様! 妙な連中が町にやってきて暴れてます!」
「……なんだと?」
「はっは、やっぱ来たなぁ。さてセイレン、そして、水滸海賊団の諸君、興味深い男が来たからわいは一旦退いたるわ。一つだけ教えたる、あの忍者、結構やるようやで? ま、往生せいや!」
言うが早いか、ミキノスケは甲板を蹴り上げ大きく飛び上がった。
「な! 逃げる気か!」
「馬鹿な、あいつあのままじゃ海に落ちるぞ!」
「はっは~そんじゃ、まぁせいぜい気張ってや!」
甲板から海に向けて落下しながらも、どこか愉しそうに捨て台詞を残す。そしてミキノスケはそのまま海の中へと消えていった。船長達が追いますか? とセイレンに問うが。
「いや、アイツはもういい。それより暴れてる忍者か……はは、今はそっちのほうが気になる」
「そいつ、恐らくお前の言ってた霧隠だろ?」
「うん? あぁ、なんだ聞いてたのか」
甲板にもう一人、ローブ姿の女が姿を見せた。それを認め、セイレンが振り返り応じるが。
「約束は覚えてるな? あの男の止めはこの僕が刺す」
「ふん、確かにそんな話だったか。しかしお前も中々の食わせ者だな。俺たちの仲間になりたいとは」
「……勘違いするな。あくまで一時的に協力するといっただけだ。だいたい、ぼ、僕はお前たちに受けた辱めを絶対忘れないからな!」
頬を赤くさせながら彼女、マビロギが言った。するとセイレンが肩をすくめ。
「おいおい、言いがかりはよせ。辱めって下着姿にしただけだろうが。しかもやったのはうちの女船長だ。そこまで言われる筋合いじゃないな」
「だ、黙れ! 肌は見ただろうが! 全くこれだから男は!」
頬を染めながら愚痴のように零す。とは言え、彼女の言うように、今マビロギは水滸海賊団の仲間となっていた。一旦は捕まり情報さえも吐かされたマビロギだが、その後、セイレンがマビロギをこれからどうするか考えていた時、マビロギ自ら協力を申し出た。理由はセイレンが目の敵にしている仮面の男について知っていたのが大きかった。
尤も知っていると言っても霧隠一族の何者かというぐらいだったが、おかげで相手は忍者という奇妙な職業であり、忍術といった力を持った者であることも知ることが出来た。
その上で、自分も霧隠に恨みを抱いていること。魔物使いなら何かしら役立てるとも伝え、一時的に協力する形で話が纏まったのだ。
「とにかく僕もついていくからな」
「かまわないがこっちはまだ完全には信用していない。妙な真似しやがったらすぐに始末するからそのつもりでいろよ」
「ふん、僕だってそこまで馬鹿じゃないさ。この状況で逆らったところでいいことなんてなにもないのだからな……」
こうしてセイレンは何人かの部下も連れて、海上から港へと移動を開始するのだった――