第百九十三話 遭難なんですか?
ケント側の話はここで一旦終わりです。
時は少しさかのぼり、ケント一行は完成した破鱗号で川を突き進んでいた。途中特にこれといったトラブルもなく、航路は順調に進んでいるとそう思われた。
だがしかし、それは件の支流ともうすぐぶつかるという場所まで来た時だった。
「えへへ~なぁケントぉ、あたいにもちょっと操作させてくれよぉ」
「……大丈夫か? 大分酔ってるようだが?」
その時、バーバラは船倉に積んであった酒樽に大分手を付けてしまっていた。つまり結構酔っていたのだ。
「何いってんだい! このバーバラ様がこれぐらいで問題になるわけ無いだろう?」
「……そうか、なら」
そしてケントが舵をバーバラに任せたのだが、これが運の尽きだった。
「ちょ、バーバラさん! 右は駄目ですって! まっすぐまっすぐ!」
「んんん~? きゃはは、だからこっちでいいんだろぉ? そ~~れ~~!」
「ちょ、駄目、そっちに舵を切ったら!」
「ケントくん、このままじゃ支流に!」
「……あぁ、もう手遅れだな」
「「「そんな~~~~~~!」」」
と、こんなことがあったわけであり。
「え~と、端的に言うとどういう状況なんですか?」
「……簡単に言えば俺たちは海に出たということだ」
「つ、つまり?」
「僕たち、遭難したってことですよ~~~~!」
「遭難ですか!?」
「や、やっぱりそうなんだ……」
「あ、あはは、いや、わりぃわりぃ」
大海原に漂う船の上で、カコ、チユ、そしてリョウの三人は叫び、項垂れた。
一方元凶となったバーバラは頭を擦り申し訳なさげである。既に酔いもさめていた。
「……まぁでも、これも船だからな。なんとかなるだろう」
「いや、流石にそれは……これは河専用ですし、それに海には出るなと言われていたし……」
「でも、あたいが言うのも何だけど、海に出ちまったらなんとかするしかないもんなぁ」
「……あぁ、気合いだな」
「気合いでなんとかなるんでしょうか?」
「でも、なんとかしないといけないもんね……」
肩を落とす三人。一方ケントはそこまで深刻そうではなかった。勿論楽天的だというわけでもなく、ここで自分も不安そうにしていたら余計な心配をさせるだけだと思ったのかも知れない。
「まぁ、意外となんとかなるんじゃねぇか?」
バーバラに関してはただ楽観的なだけだった。
とは言え、一応は船倉に食べ物も水も残っている。酒はとっくにバーバラが呑んでしまったがそれはもう仕方がない。そもそもまた酒で余計なトラブルを引き起こされてはたまらないので丁度いいだろう。
「そう考えてみれば、この船には帆もあるから僕の自然魔法でなんとかなるかも……」
基本は車輪頼みの外輪船であったが、万が一を考えてか帆も備わっていた。リョウの魔法はある程度自然を操作出来るため風向きを変化させることも可能だ。これで上手いこと目的地まで船を導けるかも知れない。
「なら安心だね!」
「うん、これで帆でも壊れない限り……」
――ドッパァアアァアアン!
その時、大きな鮫が海中から飛び上がり、帆を柱ごと食いちぎって海の中に戻っていった。
「……そういえば、シノブがこういうのをフラグと言うと教えてくれたな」
「まさにフラグが折られたよ!」
「ど、どうしようどうしよう!」
「それよりたくさんの鮫が何か船の周りをウロウロしてますよ!」
「……なるほど、先ず帆を駄目にして足止めしてから襲うつもりなのか。賢いな」
「褒めてる場合!」
「こ、こうなったら鮫は追い払わないと、ケントくんが!」
「リョウくん人任せ!」
「……勿論戦うが海上でこの数はそれなりに厄介だな。バーバラもいけるか?」
「あ、え、え~と、その……」
「……? どうした?」
「ごめん! あたい泳げないんだ!」
「「「ええええぇええええぇえ!?」」」
これには他の三人も驚きである。
「……サハギンの泡に閉じ込められておかしかったのはそれでか」
ケントが思い出したように言う。確かに河を飛び越える分には問題なかったようだが、サハギンエンペラー戦で水の詰まった泡に閉じ込められた時の様子はおかしかった。
「うぅ、面目ない」
「……わかった、俺でなんとか――」
だがその時だった。突如海面が爆発し、取り囲んでいた鮫が次々爆散していった。
「な、何一体?」
「あ! 見て、あれ、え~と戦艦?」
「大きい戦艦と小さな戦艦?」
「きっと主な戦艦とその護衛艦なんだろうけど、これってあの戦艦が助けてくれたってこと?」
「ラッキー! 相手が誰でも助けてくれたなら幸運だよ」
「……さて、どうかな?」
「え? どうしてカンザキ君?」
「……船に刻まれている紋章を見てみろ」」
紋章? と首を傾げる一同であり、目を向けるが、そこで彼らが気がついた。
「え? あの紋章って、帝国の……」
◇◆◇
「いやはや、全くあんな外輪船で海に出るなんて無茶をするもんだねぇ」
「……いえ、助けて頂きありがとうございます」
結論で言えば、一行は帝国の戦艦に救助される事となった。最初は警戒したケント達であったが、どうやら本当にただの親切心でやってくれたようでありケント達の追手ということもなかった。もっといえば彼らはケント達のことを知らないようでもある。
結果として遭難は回避できたことになる。ただ折角作ってもらった破鱗号は外輪も駄目になっており手の施しようがないとされた。残念だが、ここまで連れてきてもらったお礼と壊してもらった謝罪を船にした。
さて、話してみると艦長を務める男は物腰も穏やかで人も良さそうである。
帝国と言ってもピンきりだ。当然だが良い人間だっている。
「あの、この戦艦はどちらに向かっているのですか?」
するとチユが艦長にそんな質問をぶつけた。確かに重要なことである。
「ふむ、行き先は港町ハーフェンだ」
「え? そうなんですね良かった!」
「うん? 何だい、もしかして君達もハーフェンに行く予定だったのかい?」
あ、と言う顔を見せるリョウ。思わず口に出てしまったのであろうが帝国相手には軽率であったと言うべきだろう。
しかも穏やかだった艦長の目に鋭みが増した。
「……いや、その近くに向かう予定があったから丁度いいと思っただけだ」
「あぁなんだそういうことか。はは、それなら適当に近くで降ろしてあげよう。ただ、ハーフェンに関しては近づかないほうがいい。絶対にね」
「なんだい、ハーフェンに何かあるのかい?」
「……悪いがそれに関してはあまり詳しく言えないんだ。もっと言えば我々の船に乗ったことも口外しないと船を出る前に約束してもらう必要がある。いいかな?」
穏やかな艦長だが、この念押しには有無を言わせないものを感じた。
余計なトラブルを引き起こすつもりもないので素直に頷く。それからしばらく船で過ごすことになった。
ケント達は船員の受けが良く歓迎されたわけだが。
「いやぁ、ケントというのは男だが、それ以外は可愛い子ばかりだよなぁ」
「チィって女の子可愛いよな」
「いやいやカーコも中々」
「わかってないな。あのバーバの勇ましさがたまんねぇんじゃねぇかハァハァあの鍛え上げられた肉体でいじめられたい!」
「お前、Mだったのか……」
「俺とくにあのリウって子が好みだぜ」
「俺もだぜ! 声かけてみようかな」
と、こんな感じで船員の人気も高かった。名前はそれぞれの偽名だ。ちなみにリウはリョウのことでもある。
「僕、男なのに……」
「……ここは女ということにしておけ。性別が違うと思われていればバレにくい」
「そんなぁ……」
リョウは不満そうだったが、ケントのお願いとあって仕方ないなぁ、と何故か照れくさそうに納得した。
ただケントには懸念があった。確かに艦長は比較的良い人のようだが、このまま帝国の戦艦に乗せられたままでいいのかと。
だが、そんな時、またもや事件に巻き込まれる。
「艦長、大変です海賊が。しかも相手はあの水滸海賊団です!」
「何? 馬鹿な、まさか、我々の動向が読まれたというのか?」
「艦長どう致しますか?」
「決まっている、徹底抗戦だ!」
そして海賊と帝国海軍との海戦が始まった。
とは言え、一見すると戦力差は明らかであり、帝国軍の勝ちは明らかに思えたのだが――
「艦長大変です! 戦艦の魔導機関が破壊されてます!」
「な、なんだとどういうことだ?」
「奴らの海賊船は囮だったのです! こっちが海賊船に気を取られている間に、海賊共が水中から船に侵入して次々と!」
「ば、馬鹿な……」
帝国の戦艦は外側からの攻撃には強固だ。しかし一度中に入られると脆い。護衛艦は勿論、ケント達が乗る戦艦にも海賊が侵入してきた。
そして船が止まり、魔導機関が破壊され、帝国海軍の実力を示す魔導大砲も潰された。その間に小回りの聞く小型の海賊船が迫ってきて甲板にも次々と乗り込んできた。
船員も帝国兵だ。その実力は確かなはずだが、海賊はかなり手強く、怪我人も続出。しかし――
「中々面白いことになってるじゃないのさ」
「……遭難から助けてもらったお礼を返す時が来た」
「怪我をされた方は私が治療します!」
「皆さん付与は私が」
「ぼ、僕だって!」
そしてケント達の活躍によりやってきた海賊たちは次々と撃退され、優勢になるとみるや帝国海軍も息を吹き返し、護衛艦に侵入した海賊も含めて全て倒すことに成功した。
だが――
「艦長、残った海賊船が一隻逃げていきます」
「く、追いかけようにも動力が……」
悔しそうに唸る艦長。だが、そこでケントが振り向き。
「……世話になった。あの船は俺たちに任せておいてくれ。ただし、そのまま貰い受けるがな」
「え?」
艦長が疑問の声を上げるが、ケントはリョウを持ち上げ、バーバラはチユとカコを脇に抱えた。
「……いくぞ」
「オッケー!」
そしてダッシュし甲板から大きくジャンプ、そのまま逃げ去っていく海賊船にまで飛び移った。
「な、なんだお前らは!」
「……海賊を海賊する通りがかりのボクサーだ」
「へへ、あたいはその仲間さ」
こうしてあっという間に海賊船を制圧し、ケント達は船を手に入れ、ハーフェンを目指すのだった。
◇◆◇
一方帝国艦隊は。
「どれぐらい停泊してないといけないのだ?」
「護衛艦も含めて機関の修理に早くても5日は掛かるかと……」
「そ、そんなにもか……」
「た、大変です艦長!」
「今度は何だ?」
「そ、それが、召喚された勇者たちが逃亡したということで、魔法で伝達された思念を元に似顔絵を作成したのですが、こ、これを見てください!」
「むぅ、これは……」
それを見た艦長が驚愕する。何故ならその似顔絵はまさに先程まで船に乗せた彼らの顔だったからだ。
「ど、どうしましょうか?」
「……そうだな。見なかったことにしよう」
「へ?」
「考えても見ろ。彼らのおかげで被害は最小限に食い止められた。それを思えば、だ、うむ、別にごまかすとか失態と思われるからとかではないぞ! そう、我々は彼らをみていない! それが、一番良いのだ。そうだろう?」
「は、はぁ……」
こうして帝国軍に助けられたケント達のことが記録に残ることはなかったという――