第百八十一話 手裏剣 対 忍
「早速、お出ましかよ!」
土の中から大量の手裏剣が飛び出してくる、その全てが俺の全身に突き刺さった、かのように思えたが霧散し消え去った。
地面の中から何かが俺を狙っているのは判っていた。だから、霧空蝉の術を使う準備はしておいたわけだ。
肝心の俺は、マイラ達をかばうように正面に立った。
「な、何が起こったっすか?」
「言ったろ? もう一人いるって。ほら、出てこいよ土竜野郎!」
目を白黒させているマイラを一瞥した後、俺はずっと俺たちを土の中から観察し続けていた奴に向かって叫びあげる。
土の中で気配を押し殺し続けていたつもりみたいだが、偵知の術で調べた時、土中に違和感があったからな。
「シュシュシュシュシュ、まさか気づかれていたとは驚きですねぇ」
すると、地面が爆散し、中から奇妙な男が姿を見せた。格好はもう全く隠す気がないのか、思いっきり忍者だな。茶色い忍び装束を身に着けていて、両手の指の間には棒手裏剣が挟まれていた。
あれで地面を掘り進んでいたのか? 器用なやつだ。
「シュシュシュッ、それにしても驚きですよ。まさか拙の土遁を見破るなんて、貴方、大した忍者ですねぇ」
なんだこいつ? 妙な笑いを混ぜながら喋る奴だな。そしてやたらと顔が細長い、髪は手裏剣みたいにツンツンしていて、眉と目は棒手裏剣のようだ。体は随分とひょろ長いがひ弱って感じはあまりしない。
そもそも内包する忍気の量が、さっきまで相手していた忍者と大違いだ。あれは下忍程度だが、こいつは中忍クラス、その中でも手練と言われる程度の忍気が感じられる。
「どうやら今まで相手していたのよりはやりそうだな……」
「シュシュシュシュ、これはこれは、中々の洞察力。そうですね、これでも拙は水滸海賊団の特攻隊長を任されている身。名前は手裏 剣ともうします。貴方の名前をお聞きしても?」
「仮面シノビーだ」
「……仮面、してませんよねぇ?」
「悪い、バカには見えない仮面なんだ」
「シュシュシュシュシュ! 中々面白いお人ですねえ」
何故か左右の反復横跳びを繰り返しながら会話してくる。見ててうざったいことこの上ない。
「では、バカではない貴方ならもうお判りでしょう? 拙は強いですよ、貴方も忍者としてそれなりの実力は秘めてるようですが、拙や水滸海賊団に逆らっていいことなんてありません。それよりもいかがですか? 今水滸海賊団に入って頂ければ、私の下にぐらい、つまり副隊長補佐代理ぐらいにならばしてあげても宜しいですよ? 破格の条件かと思いますが」
「シュシュシュうるさいやつの下なんてまっぴらごめんだから、だが断る」
「シュシュ、随分と投げやりな断り方ですねぇ。投げるなら手裏剣だけにしてもらいたいものです」
「さっきからあいつが何いってるかさっぱりわからないっす!」
「うむ、シュシュシュシュうるさいだけなのじゃ」
『そもそも仮面シノビー様に副隊長代理補佐とはなんですか! せめて副隊長代理で!』
「それ、何か違うんですかねぇ?」
「どっちにしろ舐められているだけのような……」
「クゥ~ン……」
「シュシュシュ、ちなみに副隊長代理補佐ではなく副隊長補佐代理です。そこのところお忘れなく」
「それ重要なのか?」
細かいやつだな。こんな男の下についたならきっと些細なことでネチネチ言われ続けることだろう。
普段はわりと大雑把な俺にはとても耐えられそうにない。
「本当に断るつもりですか? 年休二日制で、アットホームな環境ですよ。多少失敗しても片腕や片足になるぐらいですし、死ぬことは腕次第ではそんなにはありませんし、給金も一狩り平均五百ルベルぐらいは貰えます」
「もうどっから突っ込んでいいかわかんねぇよ。なんだよ一狩りって」
「首を取ることです」
「血なまぐさいっすね!」
マイラが突っ込んだ。何はともあれ、とりあえず今の話で判ったのは水滸海賊団とやらが超ブラックだということだ。
「とにかく、その条件は全く話にならないけど、どんな条件でも海賊の手先になる気はない。それよりもなんで忍者や侍が海賊やってんだよ? その方が気になる」
「……おかしな事を言う。多くの無職の境遇を考えれば当然では? 貴方には身に覚えがないとでも?」
「ない」
「シュシュシュシュ、どうやらお互いの考え方に齟齬があるようですねぇ。ともあれ、どうしても我々の仲間になる気がないというのであれば、少々強引な手でいかせてもらいますが宜しいので?」
「むしろそっちのほうが話が早くていい」
霧咲丸を腰溜めに構え、臨戦態勢に入る。マイラ達には、対忍者は俺に任せておいてくれ、とだけ伝えておいた。
「シュシュシュ、中々いい刀ですね。ですが、刀では拙には勝てませんよ。何故かわかりますか?」
「知らねぇよ。いいからとっとと――」
「シュシュ、残念ながら勝負は既についてます。手裏遁・手裏縛網!」
その時だった、今度は俺の背後、つまりマイラ達の立っている足元から手裏剣が飛び出した。
手裏剣の軌道は彼女達を直接狙ったものではないが、どうやら棒手裏剣との間に忍気で作られた網が張られているようだ。
それで先ず俺以外の仲間を捕らえてしまおうって魂胆か。マイラもこの奇襲には驚いたようだが。
「だけど、あめぇよ」
「シュシュ、なんですって?」
マイラの更に背後の地面から俺が飛び出した。と、いってもそれは影分身の俺だ。
両腕からは風遁で作った風の刃が伸びていて瞬時に網まで移動し切り裂いた。
忍気で作られた網なら忍術の刃でも切れる。勿論頑丈さは相手の忍気の質や量でも変わってくるが。
「……影分身ですか」
「ご名答。だけど、正直あんた舐め過ぎだよ。さっきの奇襲が失敗した時点で気づくべきだった。お前がどう思っているかは知らないが、土遁の腕、決して良くはないぜ? 並よりちょっとマシぐらいだ。そんなのじゃ土竜だって騙せない」
「シュシュシュ……中々傷つきますねぇ。ですが、土遁はということは、拙の手裏剣術、手裏遁は評価してくれているようですねぇ」
「……正直そっちは聞いたことのない忍術だからな」
手裏剣術というのは存在するが、それは手裏剣を利用した技術の事だ。しかし手裏遁となると忍術の一種ということだろうが聞いたことはない。つまり――
「シュシュシュ、当然です! 手裏遁は我が一族だけに代々伝わる独自忍術! しかも今となっては拙以外に、使い手はいませんからねぇ。手裏剣を使わせて我が一族の右に出るものはおりません。当時は鉄砲隊で有名であった雑賀衆ですら、我が一族の手裏遁の前にきりきり舞いにさせられてましたから」
「……本当かよ」
なんとも胡散臭いな。大体からして雑賀衆やら鉄砲隊やら、一体こいつはいつの時代からこの世界にやってきたのやら。
「シュシュシュ、しかし本来拙は平和的な解決を望む質なのですが、残念ですね。こうなっては仕方ありません。生け捕りには致しますが腕や足の三本や四本は覚悟して下さい」
「四肢を奪う気満々だろうが。そんな状態で生け捕りにしても何の役にもたたないだろ。勿論奪われる気はないけど!」
「シュシュシュ、安心して下さい。水滸海賊団には四道の使い手全てが揃ってますので、治療術に長けた巫女もおりますから腕や足を切り落としても後から戻せます」
四道――忍道、武士道、巫道、陰陽道がって事か。それでさっきも忍者だけでなくて武士も一緒だったんだな。
その上で、巫女や陰陽師も抱えてるって事か――これは思ったより厄介か?
「いくら巫女だからって部位欠損まで戻せるなんてとんでもないな。他にはどんなのがいるんだ?」
「シュシュシュ――教えるわけがないでしょう?」
そりゃそうか。流石にそこまで甘くはないよなやっぱ。
「さて、ではいきますよ! 手裏遁・無差別手裏剣!」
無差別手裏剣? 何かと思えば、飛んできた手裏剣にはそれぞれ別の属性、つまり火遁、風遁、氷遁、雷遁、土遁が付与されていた。
「器用なやつだな」
「シュシュシュ、拙は手裏剣になら数多の属性を付与できるのですよ」
得意げだが、別にそこまで怖いものじゃない。大道芸みたいなものだ。
属性が付こうが付かまいが当たらなければ意味がない。
刀で弾くのは、やめたほうがいいな。見た所、火遁の手裏剣は衝撃で爆発するように仕掛けられてるし、風遁も近づいた瞬間鎌鼬が周囲に飛ぶ。雷遁も放電するようだし、氷遁は弾けて周囲が凍てつく。土遁も石の散弾を撒き散らす。
物理的に排除すると何かしら二次的な被害が出るようになってるわけだ。
ならば――この手裏剣、数は多いが避ける事が出来ないわけじゃない。
俺は手裏剣の軌道から余裕を持って対処できる位置を導き出し、そこに移動する。
外れた手裏剣は森の中へと消えていったが。
「そうくると思いましたよ、シュシュシュ! 手裏遁・掌剣回心撃!」
奴は俺の目の前に迫っていた。手裏剣が得意なら距離をとっての戦法がメインかと思えばこいつ近接戦もいけるのか?
指の間に六方手裏剣が挟まっている。反りの入った刃が六つ出ているタイプだ。
突き刺すよりも切る方に重きを置いたタイプの手裏剣で、それを指の間で高速回転させながら打ち込んでくる。
しかもこいつ、体術はかなりのものだ。ひょろ長い体格なんだが、全身が鞭のように靭やか。己の筋肉を十全に活かし、回転も絡めた連続攻撃を仕掛けてくる。
高速回転する手裏剣も厄介だ。掠っただけでも周囲の肉ごと引きちぎって持っていきそうな回転力。
それにしてもこいつの手裏遁、さっきから見ていると、どうやら使ってる手裏剣は全て本物。つまり忍気で作ったりはしてないって事だ。
忍気で手裏剣を作った場合、当然手裏剣としての性能も忍気で再現する必要が出てくる。しかし本物の手裏剣ならその分の忍気を本体に回して強化出来る。当然その分威力が上がる。
一つ一つの攻撃が鋭いのも、体遁での肉体強化に回してるからかも知れない。俺も霧咲丸で反撃はしているんだが、密着度が高く、この状況なら手裏剣戦術の方が有利に働く。刀では勝てないと嘯いていたのもこれがあったからか。
「シュシュシュ、拙の手裏剣術を持ってもここまで粘るとは中々やりますね。ですが、これなら如何かな? 手裏遁・掌剣囲殺術!」
随分と大層な名前の忍術だが――指に挟んでいた手裏剣の幾つかが、奴の指から離れた。かと思えばすぐに別の手裏剣が指に補充される。
問題なのは離れた手裏剣が俺を囲うようにして後ろと左右から迫ってきていることだ。
正面にはケンもいる、イントネーションからして囲碁というより囲殺――囲って殺すって事か。
「だけど、上に逃げれば問題ないな」
そう、上だけはがら空きだった。奴の手裏剣は頭上まではカバー出来ていないし、周囲の状況を見るに、罠というわけでも――
「シュシュシュ、甘いですね」
「な!?」
森の中から棒手裏剣が数発、空中の俺に向けて飛んできた。
体を翻してかわそうとしたが、一本躱しきれず肩を抉る。
「シュシュシュ、ようやく一発あたりましたねぇ」
「チッ」
「シノビー! 大丈夫っすか!」
『け、怪我の治療を』
「問題ない、掠り傷だ」
毒でも塗られていたら厄介だったけど、それはない。
しかし、今の攻撃は――
「シュシュシュ、貴方の敗因は相手は拙一人だと思い込んだ事です。実際は、他にも仲間がいて貴方を狙っているのかも知れないというのに」
つまり、倒した忍者以外にも伏兵が潜んでいるという事か?
だけどこれは――
「シュシュシュ、さぁ、まだまだ攻撃は続きますよ。全員でそこにいる忍者を倒してしまいましょう!」
奴の掛け声に合わせるように森の中から次々と手裏剣が飛んでくる。
低い位置から俺を狙ってくる棒手裏剣に、十字手裏剣や四方手裏剣のような平型手裏剣も無数に飛んできた。
「ネメアは隠れてるその忍者とやらがわからないっすか!」
『むぅ、それが匂いも気配もこれといって無いのじゃ~』
ネメアが言う。確かに少しでも怪しい点があれば俺も偵知の術で気がついている。だけど判るのは手裏剣が飛んできていることだけ。
だが、逆に言えばそれが何よりの証明って事だ。
「子供だましだな」
「あぁ、全くだ」
俺の後ろから影分身が言った。俺もそのとおりだと顎を引く。
そして意趣返しとばかりに分身は飛んできている手裏剣に逆に手裏剣をぶつけ軌道を逸し、俺も霧咲丸で全て弾き飛ばした。
「シュシュシュ、これだけの手裏剣を跳ねのけますか。しかし、まだまだ伏兵は」
「それ嘘だろ?」
「……はい?」
「だから嘘だってことだ。伏兵なんていない。この手裏剣は、お前がさっきから投げて外したものや、事前に地面の中に埋め込んでおいたものをその手裏遁とやらで操作してるだけだ」
「……なぜ、そうお思いに?」
「教えてやる義理はないな。だけど、間違ってないと思うぜ?」
ちょっと動揺してたしな。それに気配がなさすぎて逆に怪しくなっている。俺の偵知やネメアの嗅覚でも感じ取れないのに手裏剣だけは飛んでくるんだからな。
「……拙の疑心暗器の術までも――」
疑心暗鬼? いや、イントネーション的に暗鬼じゃなくて暗器か。なるほど伏兵がいると思い込ませる忍術ってわけね。
「シュシュシュ、ですが、もう仕込みは終わりました。もう貴方は逃げられませんよ」
うん、逃げられない?
「おい! 上だ!」
俺の分身が叫ぶ。上? と見上げると、頭上を覆い尽くすほどの大量の手裏剣。
おいおい、どう考えても計算が合わない本数だぞ――いや、違う、この多くは、手裏剣の影分身……。
「シュシュシュ、できれば死なないでくださいねぇ、手裏剣忍法奥義! 手裏遁・影五月雨!」
頭上から大量の手裏剣が、雨のように降り注ぐ。どう見ても逃げ場のない一手。
参ったな、これは諦めるしか無いか――影分身の維持を。
「時空遁・時空連穴!」
印を結び、術を完成させる。何かちょっと久しぶりに感じるが、時空の穴をあけて、俺に被害が及びそうな手裏剣の雨だけを吸い込んだ。
そして時空遁の行使と同時に影分身が消える。時空遁は行使すると他の忍術の効果が消えるからな。
「な! 馬鹿な! 一体何が!」
「別に独自の忍術を持ってるのはお前だけじゃないって事だ。さて、返すぜ」
時空連結はあけた穴をまた開かないと忍気が減り続けるからな。
手裏剣野郎に手をかざし、手裏剣の一部を返してやる。
「シュシュシュ、舐めないで下さい!」
しかし、相手も負けじと手裏剣を投げ返し、返してやった手裏剣を全て跳ね返した。
「シュシュシュ! 全くとんでもない忍者ですね貴方は、ですがまだまだ」
「いや、流石に決めさせてもらう、雷遁・百雷の術!」
相手の忍術をそのまま返しても効かないことは判っていたからな。
だけど、吐き出した後なら俺も次の忍術に移行できる。
だからすぐに印を結び、術を完成させた。手裏剣の現物をあれだけ使っていたって事はこいつは全身に手裏剣を隠し持っていることになる。
なら雷遁は有効に違い、て、あれ?
「し、シュシュシュシュシュ! なるほど、どうやらそれが貴方の最大の技! ですが残念でしたね。大方拙の技を見て手裏剣を多く持ち歩いているなら雷が有効とでも考えたのでしょうが!」
あ、うん、そのまんまなんだよな。何これ、すげー恥ずかしい。
「当然! 忍者たるもの対策ぐらい取っているのです! 周囲の地面に突き刺さった手裏剣こそがそれ! シュシュシュシュ! これこそが秘伝! 避雷手裏剣の術!」
「いや、まんまだろそれ……」
ようは手裏剣が避雷針代わりで、俺の放った雷を手裏剣に呼び込み電撃を地面に逃したってことか。
「シュシュシュシュ! 残念でしたね。拙には雷遁は通じません。威力の大きさなども関係なくです。雷遁そのものが拙には通用しないのですから!」
……なんかここまで自信たっぷりに言われると――
「何かイラッときたから、お前、意地でも雷遁で倒す」
「シュシュシュシュ、馬鹿! ですか貴方は? 言ったでしょう? 雷遁は拙には一切――」
「雷遁・雷裸尽附の術」
「……シュ?」
雷遁の刺激で俺の筋肉がみるみるうちに膨張していく。倍以上に膨れ上がった豪腕を振り上げ、シュシュシュうるさいやつを睨めつけた。
「雷遁が通じないかどうか、自分の身で確かめてみろ――」
「シュシュシュ、ちょ! ま、通じないと言ったのはあくまでかみな――」
「問答無用ーーーー!」
重戦車の如く勢いで肉薄し、相手の顔面に膨張した拳を叩きつける。同時に俺の肉体に宿っていた電撃が全て注ぎ込まれ、シュギャァアアァアア! という悲鳴を上げ吹っ飛んでいった。
「……うん、バッチリ雷遁で倒したな」
「何かそれ間違っている気がするのじゃ」
「クゥ~ン……」
いいんだよ。雷遁は雷遁なんだから――




