第百七十一話 旅は道連れ
「まぁ、萍水相逢って奴やな。これも何かの縁って事じゃろう」
橋の件は一旦諦め、俺達は声を掛けてきたミキノスケと近くの小ぢんまりとしたカフェに入り、話を聞く事にした。
何故そんな事になったかというと――
『このままここで押し問答繰り返してても埒があかへんでぇ。それより、あんはんらがもしハーフェンを目指してる言うなら、いい手があるんやけど、どや?』
こんな話を持ちかけられたからだ。ミキノスケにはマイラとムスメを助けてもらった事もあったし、話ぐらい聞いてもいいかもしれないと思い、今はテーブルを囲む形で、彼と相対している。
「ところで橋を渡る以外でハーフェンに向かう方法というのは、一体どんな手があるのでしょうか?」
「それな」
パーパの問いに、ミキノスケは大きく頷き、俺たちに説明してくれた。
「使うのは川や。橋のかかっているあの大きな川やな。それを利用してハーフェンまで行くという計画があるんやで」
「え? いや……しかしあの川でハーフェンに行くにも途中に水門がありますし、何より途中で逆流に阻まれてしまいますが? それに舟もありませんし……」
腕を組み、パーパが頭を傾げた。確かにそれが出来るならとっくにしているだろうが、出来ないということは難しい理由があるのだろう。
「そこや! 実はな、そのあたりの話をすでに東の男爵とつけとんねん」
「え? 東のというと三男爵の一人の?」
「せや、レッドビアード卿やな。東はディレクシー山地一帯を管理する領地やけど、そこの水門を任されとるのがそのレッドビアードっちゅう赤髭のおっさんつうわけや」
つまり――その男爵の協力さえ得られれば水門の問題は解決できるってわけだろうけど。
「当然、ただで水門を通らせてくれるわけはないよな?」
ミキノスケに問いかける。善意でわざわざ水門を抜けさせてくれるとは思えないしな。
「勿論やで。世の中そう甘いもんやないからな」
椅子に背をもたれさせ、顎をなでながら答える。当然といえば当然の話だが。
「それはやはり、通行料をかなり取られるのでしょうか?」
パーパが不安そうな顔を見せた。ここに来るまでに通行税の倍加、更に橋の通行料まで取られている。
予定外の出費が重なり、これ以上となると無事港町にたどり着けても足が出かねないのかもしれない。
「その辺は安心せい。わいかて銭なんざよう持ってへん。金の掛かる話なら最初から諦めとる」
ガッハッハ、と大口開けて笑い出す。なんとも豪快なやつだ。
「ようは世の中は持ちつ持たれつっちゅう事や。向こうの男爵はん、最近領内で魔物が増え始めたのがあって困っとるらしいのや。そこで、もしその魔物を退治してくれたら、水門は特例として通してやってもえぇ、と、そう言ってくれとんのよ」
魔物、か。何かここのところよくこんな話にぶつかるが、少し疑問がある。
「それで俺たちに声を掛けたのか……でも、ミキノスケ、あんた強いんだろう? それなのに何でわざわざ俺たちになんて声を掛けたんだ?」
「う~ん、確かにわいも喧嘩には自信があるんやけどな。しかしなぁ、魔物は結構数が多いらしいし、流石に多勢に無勢や」
「しかし、素手でも強いのだから、背中にある二本のソレ、何かの武器じゃないのか? 槍か何かに見えるけど、それを使っても駄目なのか?」
「そこや! 実はなこの武器、こわれとんのや」
「へ? 壊れてるっすか?」
「せやな。わいがハーフェンに行きたい理由がそれや。あそこには腕のいい鍛冶師がおるらしくてな。直してもらいにどうしても行きたいんや」
そういう事か……手持ちの武器は修理しなければ使えない。しかし修理するためにはハーフェンに行く必要があるが、橋が通れない。
そこで東の男爵領の方へ行ってみて、いい手が無いか探してる内に、魔物の件を持ちかけられたと……。
まぁ、一応筋は通ってるか。
「お前は、もしここで我達が通らなかったらどうするつもりだったのじゃ? 必ずしも腕の立つ誰かがやってくるとは限らんのじゃ」
ここで、ネメアが気になる質問をした。確かに俺達とミキノスケの出会いは偶然でしか無い。
「そんときは、予定通り妹がやってくるのでも願ったかもしれへんなぁ」
「は? 妹?」
「せや。わい妹と二人旅しとったんや。はぐれてもうたがな」
「はぐれたって、随分と軽いっすね」
『心配ではないのですか?』
「何や、筆談とは変わっとるやんけ。ほんまおもろいなぁ、あんはんらは」
石版で会話するシェリナを見て愉快そうに肩を揺らす。豪快で常に笑顔を絶やさない男だが、どこか掴みどころがない。
「ま、今に始まったことちゃうからな。妹はちょっとどんくさいねん。その上方向音痴やねん。せやからこんなしょっちゅうや。わいはどっちかというとせっかちやからな」
「いや、それこそどうなんだ? この国は女性が独り歩きして安全な国でもないぞ?」
何せこの町でもマイラとムスメが攫われそうになってるぐらいだからな。
「ま、大丈夫やろ、人見知りで常にオドオドしてそうなのが玉に瑕やけど、それでも妹はあれで結構腕が立つんや」
どんくさくて方向音痴で、人見知りで常にオドオドしてるのに強いのか? さっぱりイメージがわかないぞ。
「もしかして妹もミキノスケに似てるのか? すごく逞しいとか?」
「妹が? んなアホな。わいとは正反対のこっまいやつや。ナヨっとしてて全然強そうに見えへんで」
右手を振ってミキノスケが答える。
しかし……ますますわからなくなったぞ。
まぁいいか、兄が大丈夫だと言っているんだから大丈夫なんだろ。
「あの、今の話だと、水門はどうにかなったとして、移動手段はどうするんですか?」
ムスメからの質問。移動手段か……川を移動するのに馬車だけというのは流石にありえないよな。
「それも大丈夫や。舟がある」
「船? そんなもの持っているのか?」
「持っているというか作ったんや。ちょちょいのちょいとなぁ。わい、こうみえて工作は得意なんやで?」
いや工作って、本当に大丈夫なのか?
「あの、私、馬車も一緒なのですが……」
「うん? まぁ問題ないやろ。なせばなるじゃ」
不安しか無いぞ……。
◇◆◇
とりあえず他に手もないという事で、俺達はミキノスケの案内で東の男爵領に向かうことにした。
一応領主が屋敷を構える町までは、馬車でも行くことは可能という事で向かう。
途中魔物が出たが、それらは俺達で片付けた。
それをみたミキノスケが、流石やなぁわいが見込んだ通りの腕前や、なんて言っていた。
こいつは、悪漢と勘違いした俺の攻撃を受けた時点で腕を認めてくれていたようだ。マイラに関しても、その所作から十分戦えると判断したようだし見る目はあるのだろう。
「さて、みえたで――」
ミキノスケが指をさす。暫くは傾斜のある鬱蒼とした森を上り、その先に見えたのは伐採され切り開かれた高地の町。
それが東キープブリッジ領で唯一となるオトゥルの町だ。
キープ川の源流が存在するディレクシー山地の中腹にあり、ここから川の上流側の方へ更に登っていくと、キープ川水門や隣接された砦がある。
急な傾斜地が周囲に多いせいか、周辺に見える畑は全て棚田であり、野菜類や柑橘類、山葡萄などが栽培されているらしい。
それから間もなくして町に到着。小さな時計塔が一つ鎮座しており、時間は午後の3時を少し過ぎたぐらいであった。
町と言っても、人口は千人程度との事だ。町として見るならそれほど多くはない。
こっちの世界は、数十人程度が暮らす村というのも少なくないが、ダークミストの解決をした村のように五百人程度暮らしている場合もあるからな。
だからか全体的にのどかな様相。周囲を囲むのは石の壁ではなく丸太を組み合わせた壁だったりと手に入る材料を上手く活かしているな。
家屋も丸太で作られたような家が多い。町の中では家畜化された山羊も見える。
他には山葡萄が採れるということもあってなのか、ワイナリーも確認できた。
そこではワインだけでなく、山葡萄や柑橘類を使ったジュースも製造、それをグレイトブリッジの街にある飲食店に卸したりしてるとか。
そういえば昨晩もパーパがワインを呑んで舌鼓を打っていたな。それがここのワインなのかもしれない。
領主が住んでいる屋敷は、住民の暮らす場所から離れた高所の上にあった。
その位置だと町の様子は勿論、川は水門の状況がよくつかめるらしい。
屋敷と言っても見た目にはほぼ城だけどな。城門があり門番もしっかり立っている。
かなり厳つく、近づくなオーラすら発してたが、ミキノスケの存在を認めると途端に表情が強張った。
どこかビクついた雰囲気すらある。
「うぃっす! ご苦労さんやなぁ」
「は、はぁ、その、今日は何用で?」
「何言うとんねん。わいが来たんやから男爵に会いに来たに決まっとるやろ? 通ってえぇよな?」
「い、一応確認を……」
「と、いうことはおるんやな。それなら遠慮なくあがらせてもらうで。皆こっちやで~」
『…………』
結局門番はそれ以上何も言ってこなかった。
何か凄く堂々としてるけど、少々強引な気もするんだが――




