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第百六十九話 狙われた二人

「よぉ、可愛らしい姉ちゃん達。どうだ? あんな連中は放っておいて、今度は俺達とつきあわねぇか?」


 それはマイラとムスメが酒場を一旦出て、離れにある手水場にて憚りを終え出てきた直後の事であった。


 三人の男がどこからか現れ、行く手を阻むように二人の前に居並んだのである。

 その上で、この口ぶり、あんな連中、などと言っている辺り、当然きているのが二人だけでないことを知っているからであり、おそらくは酒場にいた頃から目をつけられていたのだろうとマイラは考える。


 ムスメは目の焦点があっていない。思えば最初の出会いは盗賊に襲われていた事がキッカケなのであり、それを考慮すればこういったいかにもといった風貌な輩に目をつけられては及び腰になってしまうのも当然と言えるだろう。


(あたしがしっかりしないと……)


 マイラは腰の剣の位置をしっかり指先で確認しつつ、三人の男を見遣る。


 一人はだらしのない山のような面立ちをしている。髪は足に掛かる下草程度に短く硬い印象。左右の斜めに入った剃りが深い。四白眼という事もあって凶悪さが表情に滲み出ている。


 腹は出ている方だが、脂肪というよりは厚い筋肉であり、自信があるからなのか、合うサイズがないからなのか、これといった防具は身につけず半袖のシャツに麻のズボンといった出立ち。


 武器になりそうなものは腰にぶら下げている斧だ。柄の短い片刃の斧なようだが町中で扱うには丁度いいのだろう。


 もうひとりは長身で面長の男。馬面というのがピッタリはまり、髪の毛も後ろで縛り馬の尻尾のように垂らしている。


 厚ぼったい腫れ上がったような一重瞼は瞳に覆いかぶさるような状態で維持されており、その為こちらも面構えが悪い。リネン系の布を幾重にも巻きつけることで鎧とした防具を身にまとい、武器はどうやら鉈のようだ。


 最後の一人は相当に小柄で、出っ歯の男だ。落ち窪んだ瞳にギザギザに刈られた灰色髪。革製の胸当てを装備し、腰のベルトにはいろいろな形のナイフがジャラジャラと垂れ下がりぶつかり合っている。


 歩いているだけでどこにいるかがすぐわかりそうな程やかましく、囮としてならともかく、魔物が跋扈するような森などでは一緒になりたくはないタイプである。


「悪いけどお断りっす。皆を待たせるわけにはいかないっす、とっととどくっす、そうでないなら強引にでも行かせて貰うっす」


 とりあえず、口頭で相手に道を開けるよう告げる。こういった相手を調子づかせない為にはある程度は強気に接した方がいい。隙を見せては付け上がるだけだ。


「中々気の強い姉ちゃんだな。気に入ったが、それには応じられないな。どうしても嫌なら逆に力尽くでって事になるがいいのかい? 大人しくしておいた方が身のためだと思うけどな」


 雰囲気から、ただ一緒に呑んであわよくば宿にでも、といっただけの目的ではない事をマイラは感じ取った。


 連中の手は既に得物に掛かっている。そういうことが目的なだけなら、ここまでの事はしないだろう。あまりにリスクが高いからだ。


 だとしたら考えられるのは最初から強姦目的の犯罪者か、もしくは人攫いを生業とする姦賊か――どちらにせよ碌なものではない。


「あたしは忠告したっすよ――」


 マイラも本格的に剣の柄に手を掛けた。後ろではムスメが不安そうにしている。

 一触即発のピリピリとした空気が立ち込めていた。


 よりによってこんな時に誰も通りかからないのが歯がゆくもある。手水場の位置が悪すぎるのだろう。

 

「仕方ねぇ、少しは痛い目を、見てもらうぞ!」


 馬面が鉈を振りかざす。鉈そのものは短いが腕が長く足も長い、一歩の踏み込みでマイラの間合いを潰し、己の間合いを活かせる位置にまで近づいた。


 若干錆びついた刃がマイラの右肩目掛けて振り下ろされる。単純に剣を抜いて対抗するには距離が近すぎて肘が伸びない。


「なっ!?」


 ガキィィイイィン! と低く鈍い音が鳴り響いた。鉈は空中で動きが止まっていた。

 マイラの振り上げた石突がその進行を食い止めたのである。

 

 剣を抜いていては間に合わないタイミング、そう悟ったマイラはとっさに腰の留め具を外し、鞘ごと持ち上げるようにして石突を鉈に合わせた。


 手入れのされていない錆びた鉈ならこれで十分防ぐことができる上。


「――【ハンドボム】っす!」

「グボォ!」


 鞘で防ぐよりも片手が自由になりやすく、マイラはそこから左手を馬面の胸部に重ね、魔法を行使。

 

 常位魔法のハンドボムは魔導書をみて覚えていたが、掌で小爆発が起きるという特性上、これまであまり使う機会はなかった。


 だからこそ、今がチャンスと思ったのである。爆発の衝撃で馬面が後方に飛ばされ尻餅をついた。リネンアーマーが見事に焦げ、プスプスと煙を上げている。


 鉈を持った方の腕は外に向かって投げ出されており、すかさずマイラは鞘から剣を抜き、鉈を弾き飛ばす。


「こ、このアマ!」


 剃りの深い四白眼が斧を握りしめ肉薄してくる。ガタイの良さと相まって圧が凄まじい。


 だが、マイラとてこれまでの旅で凶悪な魔物と相対してきた。それらに比べれば恐れるような相手ではない。


「ファイヤーボルト!」

「ブハッ!」


 マイラの魔法が悪漢に炸裂。顔面に炎の礫を受け、男は大きく仰け反った。初歩的な攻撃魔法だが、それでも今のマイラならそれなりの威力を有す。


「ファイヤーボルト! ファイヤーボルト!」


 更に二発、三発とその身に受け、四白眼の男もその場に崩れ落ちた。


 これで二人目! と残った一人を探そうとするマイラであったが。


「おっと、そこまでだ女。こっちの女の命が惜しければ武器を捨てて大人しくしな」


 え? とマイラは後ろを振り返る。喉元にナイフを突きつけられたムスメの姿がそこにあった。


「ご、ごめんなさい、私、私ぃ……」

「そ、そんな、音なんて全く――」

「ば~か! それが俺の手だっての。最初にこのナイフ見せとけば、俺の動きなんて筒抜けだって誰もが思うからなぁ」


 マイラが奥歯を噛み締めた。確かにそのとおりであった。マイラはこの男の装備であれば、どう動こうとすぐに音でわかると勝手に判断していた。


 だが、それが作戦であり、実際はその音すらも消してしまうスキルなどを男は身につけていたのだろう。


「クソが! 手間取らせやがって!」

「全くだ。ただ攫って売り飛ばすだけじゃ気がすまないぜこんなのはよぉ」


 更に、残りのふたりも立ち上がり、怨嗟の瞳をマイラに向けてきている。


 マイラの額に汗が滲んだ。ムスメは責任を感じて謝っているが、これは自分の失態だとマイラは感じている。


 こうなったら、自分を犠牲にしてでもムスメだけでも助けなければと考え。


「そ、その子は放すっす。その代わりあたしはいくらでも好きにしていいっす」

「中々魅力的な提案だが、残念ながらもう遅い。さっきも言っただろう? あの段階で大人しく従っていれば、少しはまともな扱いを受けていたんだろうけどなぁ」

「ヒック、ごめんなさい、ごめんなさい、私が我慢していればこんな、こんな……」


 確かに手水場に行きたいと言っていたのはムスメだ。だが、それを責めることなんてできるはずもない。


 どうしよう、どうしよう、とマイラの頭のなかで様々な考えが渦を巻く。だが、位置が悪すぎる。ナイフを持った男は、ムスメにナイフを突きつけたまましっかり距離は離していた。


 距離を詰めるにもナイフの動きより早くは無理だ。魔法は術式を構築しようとした時点で気付かれるだろう。


 それに後ろの二人のこともある。正直いってかなり危機的状況である。情けないが、シノブが異変に気がついて駆けつけてくれないかと本気で願ってしまう程であり。


「お~~~~~~~い!」

『――は?』

  

 その時、後ろから声が聞こえた。知らない声だった。つまりシノブのソレではない。

 

 かといって、この連中の仲間でないことは三人の態度からも明らかだが――


「お~い、お~い、お~い」

「は? て、テメェなんだこら! 何のつも」

「お~い――いま、いくで、チョンワー!」

「ゲフォ!」


 声の方を振り向き、へ? と思わずマイラも間の抜けた声を発してしまった。声を上げた人物は、そのまま誰かに呼びかけるようにしながら――唐突に駆け出し、かと思えば瞬時に間合いを詰め、四白眼の男をその妙に長い足で蹴り飛ばした。


 驚いたことに、その蹴り一発で、巨体が軽々と持ち上がり近くの壁に激突。

 落下した男は完全に失神しているが、蹴られた段階で既に意識は失っていたのだろう。手からこぼれ落ちた斧が蹴った人物の足下にみえる。


「な、なな、なんだお前は――」

「チョイな!」

 

 もう一人の馬面が狼狽するが、長い腕を活かした裏拳一発で地面に沈んだ。やはり完全に意識が飛んでる。


「あ、あの、あの」

「大丈夫大丈夫、わい、助けよ思って来ただけや」

「な、何ふざけた事抜かしてやがる! テメェこのナイフが見えねぇのか! これ以上おかしな真似したら!」

「チョイなーーーー!」

「ぎ、ギャァアアアアァアアァアア!」

 

 だが、その人物、彼は全くためらう様子も見せず、足元にあった斧を蹴り飛ばす。

 元は四白眼の男が持っていた斧は、彼に蹴られたことで鋭い回転を伴いながら、ナイフを持った小男の肩に食い込んだ。


 悲鳴を上げた男が思わずムスメから腕を外す。


 しまっ! と声を上げる男を影が覆った。小男が目を白黒させる。なぜならその頭上には既に彼の姿があり、クルリと一回転したかと思えば、振り下ろした踵がその顔面にめり込み、小男が地面に叩きつけられた。


 ピクピクと小男は痙攣し、白目をむいている。この男も完全に意識を失っていた。


 ポカーンとするマイラとムスメ、そんなふたりを振り返りながら、男はニヤリと口角を吊り上げ、助かってほんまよかったなぁ、と口にした――

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