第百六十七話 仲間への手紙、仲間からの手紙
領主との挨拶も済み、アルベルトの事情を聴いた後、俺はすぐに村へ戻る旨を伝えた。
流石にもう夜は遅いし、明朝に出たらどうか? と問われたが、マイラのことがあるし、そう悠長な事も言っていられない。
来る時に利用した使い魔を貸しましょうか? とも言われたけど、俺一人なら正直自分の足で走った方が早いし、丁重にお断りした。
実際、夜道とは言え本気を出して疾駆したら、二時間程度で村に戻れた。
村長には当然アルベルトの正体は伝えず、適当にわけを話し、宿に戻ってマイラに気付け薬を飲ませてやった。
すると、直前まで苦しそうだった息も整い、穏やかな表情で寝息を立て始めた。
これならもう心配はいらないだろう。それにしてもシェリナもネメアもイズナも、マイラを心配していてくれたんだな。
シェリナとネメアはベッドの近くで突っ伏すようにして眠っていた。その横でイズナも丸くなって眠っている何だか可愛いぞ。
「お帰りでしたか」
すると、扉を開けてパーパが顔を見せる。既に夜半過ぎだというのに起きていてくれたのか。
「皆、ついさっきまで心配そうに看病してたのですよ。それにしても、マイラさんの件、上手く言ったようですね」
「はい。領主のゼーンスフト子爵が、パーパさんにもよろしく伝えておいて欲しいと言ってました」
「そんな、私など何もしていないのに恐れ多いです」
「そんな事はないですよ。俺が自由に動けたのも、パーパさんの心の広さゆえですからね。あ、それと問題も解決したので、薬とは別に報酬も頂いたのだった。これもあとで……」
「いやいや! それはシノビン君の解決した事だから、自分で取っておいて」
う~ん、といっても護衛から離れて、マイラの事も任せてしまったし、全て貰うのも心苦しい気もするんだが。
でもそう言ったら、それなら今度食事でも奢って下さい、と笑って返された。
今でも十分助かっているのに、それ以上求めるなんて逆に申し訳ないそうだ。
俺としてもこれ以上食い下がっても逆に困らせるだけだろうと思い、どこかで食事を奢るという形で切り上げた。
その後はシェリナをそっと抱え上げ、彼女のベッドまで連れて行く。
しかし軽いな皇女様は。そして仕方ないからネメアも連れて行ってやった。皇女の隣にいないとこいつうるさいだろうしな。
イズナは気持ちよさそうに寝ているからこのままで。後は俺も部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。
何か疲れた――
◇◆◇
「おはようっす! 清々しい朝っすね!」
明朝、昨晩のアレは何だったんだ? と思えるほどマイラは元気だった。
朝食もモリモリ食べていたしな。
「もう大丈夫なのか? だいぶうなされていたようなんだが」
「それが、よく覚えてないっす。そんなにひどかったっすか?」
本人には記憶がないのか。戻ってからもベッドの上でずっと苦しんでいて寝汗も凄かったんだけど。
「まぁ、今が元気ならそれが一番だけどな。ところで、マイラは何かトラウマを抱えているのか?」
「なんすか突然? トラウマっすか? う~ん、別にこれといった物はないと思うっすけどねぇ」
「そうか……」
一応、あの悪夢はトラウマを抱えているほど長引くらしいって話だったんだが。
しかし、本人も気づかない内になってる場合もあるからな。ここで無理して問いただしても仕方ないだろう。
その後、朝食を摂り終えた俺達は村長にも挨拶をし村を出た。
村長からは馬車に乗り込むまで感謝をされ続けた。旅に必要な品も色々揃えようと思っていたけど、必要な物は村長が自ら用意してくれた。
事件のことが領主に知れたにも関わらず、特にお咎めなしだったことがよほど嬉しいのだろう。
俺のおかげだと思ってるようだけど、あの領主なら、特に問題視はしなかったと思う。
とは言え、行為は素直に受けつつ、村長から手紙が書けそうな紙を分けてもらう。
後は出発直前、鳥寄せの術で適当な鳥を呼び寄せ、手紙を足に結んで飛ばしてやった。
届け先は勿論お人好しな勇者様だ。もう帝都からは出ているだろうけど、鳥たちのネットワークを活かして探してもらうよう指示を出しているからな。
距離で考えれば二、三日ってところか。それにしても、元気にしてるかなあいつら――
◇◆◇
一方ユウト達は、出来るだけ帝国の目を避けるため、目立つ街道での移動は避け、あまり人が通りそうもない、多くの魔物が潜む森や、峻険な山や渓谷を利用して移動を続けていた。
「――そいつはフォーアームストロコング。握力がやたらと強いから、掴まれないように注意が必要」
ユウト達に立ちふさがった魔物について、ディードが特徴を伝える。相手は四本腕のゴリラといった様相であり、かなりパワー型なようだ。
ディードの助言に一行は頷き、戦闘の開始。フォーアームストロコングは四本の腕を活かすことで、四倍ドラミングという固有スキルを使用する。
これにより己を鼓舞し、通常の四倍の強化を手にし襲い掛かってきた。
野獣の雄叫びで、全員の戦意を消失させようと試みるが、ここまでの道程で精神も随分とたくましくなった彼らに効果は薄い。
「飛斬!」
マイが抜刀。その高速の抜きによって、斬撃が魔物に向かって飛んでいく。腕の一本が深手を負い、ダランっと腕が垂れ下がった。
ディードの話ではLV30オーバーの魔物という事もあり、流石に飛ばした斬撃では完全に切断は出来なかったが、彼らの現在のレベルが24~26程度であることを考えれば上出来だろう。
すると、フォーアームストロコングが再び激しく胸を叩き出す。
今度は叩くリズムに合わせて衝撃波があたりにばら撒かれていった。
地面が弾け飛び、木々がなぎ倒されていく。
だが、衝撃が彼らに届くことはない。ディードが風の精霊の力を行使し、衝撃波を途中で抑え込んでいるからだ。
「魔法弓――【フリーズショット】!」
すると、弓担当のシュウジが反撃。魔弓士のクラスを活かした氷の矢が、コングのもう一本の腕を凍てつかせた。
「今度は私の出番ね、見ていて下さいユウト様、【ブレイズボム】!」
マオが術式を完成させると、フォーアームストロコングの足下から激しく爆発。
その威力で、コングの足下にはちょっとしたクレーターが出来上がった。
フォーアームストロコングも、かなりのダメージを受けたようだが、しかしまだ立ち続けてはいる。
だが、既に後ろに迫る影に気がつけるほどの余裕はなかったようだ。
「トリプルアクセル!」
レナの短剣が背後から今後の首を三回裂く。短剣を使ったスキルで、三回転しつつナイフで切り刻む技だ。
「ごめん! こいつ結構タフ!」
だが、振り向きざまの拳がレナを掠めて地面を貫いた。
コングはパワータイプであり、肉体的にもかなり頑強である。
「なら、僕が決める!」
そして、ここで満を持してのユウトの攻撃。
「聖光真突!」
聖なる力を、召喚した聖剣の剣先に集束させ、一気に貫いた。
溢れた光がフォーアームストロコングに見事な風穴をあけ、ユウト達の勝利が確定した。
「本当、意外と美味しいのねこれ」
「しかし、地球じゃコレを食べるなんて考えられないのだよ」
「シュウジは深く考えすぎだね。ここは異世界なんだし、これだってこの世界じゃ魔物だよ」
「確かにそうだな。最初は抵抗があったが、こうやって旅を続けている以上、食料になるものは貴重だ」
マオ、シュウジ、レナ、マイの四人が思い思いの感想を述べながら夕食を楽しんでいた。
食べているのは先程倒したフォーアームストロコングである。シュウジは見た目がゴリラであったことから若干抵抗があったようだが、食べてみると中々に美味なようで、特に四本の腕が旨いようだ。
「倒したからには、食べられるならやっぱりちゃんと食べてあげないとね」
「そのとおりですね! 流石ユウト様!」
笑顔を見せながらユウトが言うと、マオがすぐにその意見に乗った。
そんな彼女をチラリと見ながら、悪かったな心が狭くて、とシュウジが不機嫌そうな顔を見せる。
「あ~あ、シュウジってば拗ねちゃった」
「べ、別に誰も拗ねてないのだよ!」
「そういえば、ディードさん、すまない、私達ばかり食べてしまって」
ディードが肉にほとんど手を付けていないのに気が付き、マイが気にかける。
だが、ディードは、気にしなくてもいい、と返し。
「私達はそもそもあまり肉を食べないからな」
「あ、やっぱりそれは、肉を食べることに拒否感があるからとかかな?」
「いや、そういうわけではなく体質的な問題だ。我々は人より遥かに長生きな分、普通に生きていても体内の力はそこまで消費しない。その為、肉はそれほど身体が受け付けないのだ」
どうやらエルフは少ない食事で十分、一日の消費エネルギーが賄えるらしい。
だから肉よりは野菜などがメインになるようだ。
「種族が変われば、食生活にも違いが出てくるのですね」
「まぁな、だが、それは仕方のないことだろう」
そう告げた後、ディードはフォーアームストロコングの毛皮は素材としても重宝されていることを教えてくれたので、それを剥ぎ取る事にする。
そして食事を取り終えた後は眠りにつき、明朝には旅が再開となるわけだが。
「それにしても、距離がかなりあるのね」
「少々辺鄙な場所になるのでな。だから、一度はどこかの街に寄ろうと思う。途中、色々必要なものも出てくるだろうしな」
「それは、本当助かる……」
魔法系のマオにとってはやはり長旅はかなり堪えるものがあるのだろう。
とは言え、ユウトからしてみると険しい道程はありがたい部分もある。
なぜなら、あの時、帝都を脱出の際にやってきた追手のことがどうしても忘れられないからだ。
あのままやっていれば、間違いなく負けていた。そして今でも勝てるとは思えない。
帝都にあのような強者がゴロゴロしているのだとしたら、ユウト達もそれ相応にパワーアップする必要がある。
そんな事を考えながら、旅を続けていたユウトだが、そんな彼のもとに、突如一羽の鳥が舞い降りてきた。
見た目は鳩のような、しかし妙に翼は雄々しい、そんな鳥である。
「それは、ユウセイだな。人の中にはその鳥を利用して手紙を届ける者もいる」
「へぇ、て本当だ。何か手紙が脚に、でも、これって僕にって事なのかな?」
すると、ユウセイが一声鳴きあげた。ディードの話では、目的の相手の側ではこのように鳴くらしい。
そしてユウトは届けられた手紙を広げてみるが。
「え? これ、シノブくんだよ」
「シノブ? と、いうことはやはり……」
「生きていたのね」
「う~ん、やっぱりしぶといよね~」
「それでなんと書いているのだ?」
ちょっと待ってと告げて、ユウトが中身を確認する。
「ふむ、そのシノブという人物も召喚された者なのか?」
「はい。そして僕の大切な仲間です。でも、これはタイミングが良かった」
え? と全員が疑問符を浮かべるが、そこでユウトはディードに顔を向け、頭を擦りながら話を切り出す。
「あの、ディードさんに一つお願い事をしてもいいですか?」