第百六十三話 その後の七つの大罪
「みつけたぞ、この罪人共!」
「は? な、なんで俺達罪人扱いされてんだよ!」
「……ゲンバがさんざん殺しまくったから――」
「ほ、本当に最悪よ! 逃げ出せば自由になれると思ったのに!」
「あん? 俺だけのせいにしてんじゃねぇよ。お前らだってそれなりに殺っただろうが」
「ぼ、僕は誰も殺してないよ~」
「……いや、デクも狂人化したらそれなりの事してる。てか眠い」
「!? こんなところで寝たら駄目だよ! カバネくん!」
とある森の中、帝都から脱出しクラン七つの大罪を立ち上げた彼らは、現在進行系で帝国からの追跡者に追われていた。
しかも当初よりは状況は悪くなっており、今や立派な犯罪者扱いである。その理由に関してはいつの間にか彼らに同行することとなっていたゴースト、いや忍者であるゲンバの存在も大きい。
彼は一緒に旅をしながら七人を鍛えてやると約束し、同時にその間は必要そうなら護衛もしてやると言ってくれた。
その内に、自分の本名がゲンバであることも教えたわけだが、この忍者がまたとてつもなく強く、そして容赦なかった。
これは勿論、七人に対してもは当然、追手に対してもという意味だが、二度目に現れた追跡者などは軽く一個小隊程度の人数を揃えてきていたが、それもあっさりと殲滅してしまった。
その後も追跡の手は激しさを増したが、ゲンバは最初こそ一人で対応してたが、始末した追跡者から装備品を引っ剥がし、逃げてきた七人に装備品として割り当てた後は、お前らも見てるだけじゃなくやれ、と七人を矢面に立て、その結果彼らも不承不承ながら降りかかる火の粉を払い続け――気づいてみれば帝国中から追われるお尋ね者となったのである。
「大体おっさん! アツ! 火が、火がぁあぁああぁああああぁ!」
「ゲンバだ馬鹿。今度おっさんと言いやがったら燃やすぞ」
「燃えてる! もう燃えてるわよ!」
ゲンバはドウシンに対して遠慮がない。気を抜くとすぐサボろうとしたりと基本修行中の態度もよくないからだ。
「そんなことより急げ。こっちに連中をはめるトラップがあるからな。そこまでおびき寄せればあいつらは片付く」
「片付くって、相手百人近くいる気がするんだけど……」
「そんなものは所詮烏合の衆だ。いいからさっさとついてこい。ここで置いていかれるようなら放っておくぞ。勝手に死ね」
「うぅ、何かこの忍者さん厳しすぎるよ~」
「――先が思いやられるわね」
そんな事をいいながらもそれぞれがそれぞれの特徴を活かしてゲンバの後を追いかけ追跡者から逃げ続ける。
すると、もうすぐだ、とゲンバが言い、飛び出した先は、まるでそこだけ巨大なスプーンでくり抜いたかのような開けた空間。
『グルルルルゥウウ』
『ウォウ、ウォオオヴウウウゥ』
『ガァアアァ、ギイイイッィイオオォオ』
そして、不気味な声でうめき続ける巨人が三体。
「……は?」
その光景に思わず顔が引きつるドウシン。だが、彼だけではない、ミキは勿論、デクなどはそのまま気絶してもおかしくないほどに恐怖に震えていた。
『ぎゃ、ぎゃあぁあああぁあああぁああ!』
そして、突如始まる巨人たちの晩餐会。彼らの食事として用意されたのは、勿論まんまとやってきた百人近くの追跡者。
数の暴力で一気に決めようとしたのが完全に裏目に出たのだろう。七人と同じ空間に飛び出た矢先、巨人の目に止まった瞬間にはその身は巨大な口の中に収まっていた。
「い、いや、許して、嫌だ、助け、食べないで、い、いやあぁあ、ぐぼぉ!」
追跡者の中には女の姿もあったが、巨人にとっては男も女も関係がない。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図、百人近い追跡者が次々と食われ、食べ残しの肉片がボロボロと落ちていく。
「……そうだ、その日俺達は思い出した。支配されていたきょ、ぐべ!」
「何、馬鹿なこと言ってるのよ! 私達も逃げないとアレに食われちゃうわよ!」
突然妙な事を口走りだしたドウシンを殴りつけるミキ。そしてさっさと逃げることを提案する。餌の数の差から、今巨人の興味は追跡者達に向けられているが、あの食欲からして食い尽くすのは時間の問題である。
そしてそれが終われば、今度は七人を餌として認識するだろう。
「うぅ、アイは食べるのは好きだけど、食べられるのは嫌なのですぅ」
「た、食べられるのは皆嫌だと思うなぁ」
「……食べるのも食べられるのも面倒」
四人が思い思いの言葉を口にするが、共通しているのは食べられたくはないという事である。
「……判った。とにかく速やかにここを脱出して」
「お~いお前ら、言っておくが逃げるのはなしだぞ。折角のトラップだ、お前たちも有効活用していけ」
「……はい?」
「お、おい何言ってんだよ! 大体トラップってただ巨人のいるところに誘導しただけだろ!」
「おいおい、これだって立派なトラップだぞ。自然のものを有効利用したにすぎないからな」
「そのトラップが敵味方区別なく食い尽くそうとしてくるから問題あるんでしょうが!」
ミキも顔をしかめながら怒鳴る。だが、ゲンバはどこ吹く風だ。
「んなもん知るか。トラップだって使いようによっては味方を傷つけることだってあるんだよ。それがいやなら、あのトラップを全て破壊しろ」
『…………は?』
「は? じゃねぇよ。大体お前ら強くなりたいんだろ? だったらあれぐらいサクッとやれよ。何、巨人といってもあれはアタックジャイアント。力任せに攻撃して食うぐらいしか能がない奴らだ。巨人の中でも弱い方だしな。レベルも精々50前後といったところだ」
「50前後って! 俺らまだLV20とかその程度だぞ!」
「あん? まだそんなもんかよ。この俺が教えてやってるのにヌルい奴らだ。だったらこの戦いで後5レベルは上げとけよ」
「……本当、簡単に言ってくれるわね」
ミサがため息混じりに呟く。
こうして結局巨人との戦いに突入することとなった七人だが――
「全く、あの程度も倒せないとは情けない連中だ」
世の中そう上手くいかないものである。結局七人は何とか粘りはしたが、途中で体力や魔力が尽き、危なく巨人の餌になりかけた。
だが、ギリギリのところでゲンバが乱入し、あっさりと三体の巨人を消し炭に変えてしまった。
「大体お前らはいろいろと拙い点が多すぎる、例えば黒光り童貞は」
「ちょっと待て! 誰が童貞がこら! あと黒光りってなんだよ!」
「黙れよ。細かいことはどうでもいい。とにかくお前はスタンドプレーが多すぎる。少しは周りの動きにも気を遣いやがれ。それとそこの腹黒」
「ミキよ! 何よ腹黒って!」
「いかにも腹黒そうだろうが。それとお前はいちいち戦ってる時にポーズを決めるな鬱陶しい」
「な!?」
「ミキは見られるのが誰よりも好きだから仕方ないわね」
「うっさいのよミサは!」
口元に手を添え薄笑いを浮かべるミサに文句を言う腹黒。このふたりは従姉妹の関係なのだがあまり仲は良くないようだ。
「そうは言ってもな、魔女のテメェは……」
「ちょっと待ってよ! どうして私が腹黒なのにミサは普通に魔女なのよ!」
「うっせぇなぁ。大体ミキとミサってのがややこしいんだよ! 改名しろ! 嫌ならお前は腹黒だ!」
な!? と絶句するミキである。
「とにかくだ、魔女のお前も少しは戦闘に参加しろ」
「……そう言われても私には戦闘に使えるスキルがないわ」
「あきらめんなよ、諦めたらそこで色々終了なんだよ」
「あ、安泰先生ーーーー!」
「うぉ! 何だ突然!」
デクが突然涙を流し始めたがゲンバにはその理由が理解できない。
「全く、あぁそれとマラデカオは」
「えぇええええ! それ僕? 僕の事なの!」
「うるせぇな。いいんだよデカそうだし、実際デカいんだから」
水浴びの時に確認済みなのである。そしてこの時ばかりはドウシンもショックを受けていた。
「いいじゃねぇか。色男気取ってる皮被りよりはよ」
「被ってねぇよ!」
「とにかくお前は――」
「聞けよ! 俺は被ってないと言ってんだろ! 訂正ぐぼおぉおおおおおおお!?」
ドウシンはゲンバにぶっ飛ばされた。話の腰を折られたことに腹を立てたのだろう。
「とにかく、マラデカオ、略してマラオは臆病が過ぎる」
「略されちゃったの僕!?」
「狂人化しないとまともに戦えないんじゃ話にならないからな。大体、狂人化は理性が飛ぶから格上相手だと逆にピンチを招く。前から言ってるが何とか制御してある程度正気は保ったまま狂人の力を使え」
デクのツッコミは完全無視のゲンバ。そんな彼に泣きそうな目を向けるマラオ、もといデクである。
「そ、そんな無茶な~」
「いいからやれ! 後はあれだ、食っちゃ寝コンビ」
「……もしかして僕、入ってる?」
「あ、アイもかな?」
「そうだよ。お前ら食うか寝るかのどちらかしか考えてないコンビだからな。とにかくお前らはさっさと別のスキルを覚えろ。馬鹿のひとつ覚えみたいな一種類だけのゴーレムや骨しか生み出せないレパートリーの少なさ。こんなんじゃこの先やっていけないぞ」
「……面倒」
「お腹減ったよぉ――」
「そうか、じゃあ今すぐ焼いてやろうか?」
ゲンバの手から激しい火柱が上がる。目もメラメラと燃えており、これ以上口答えすると間違いなく焼かれそうである。
「……出来るだけやる」
「うぅ、頑張ります」
「わかればいい。後はあれだ、おい! 残念リーダー!」
「……それ僕?」
アサシが反応を見せると、残念リーダーだってよ! とドウシンが小馬鹿にするように笑い、そしてぶっ飛ばされた。
「な、何で俺だけ……」
「実力も伴ってないくせに笑うなんて百年はえ~んだよ。とにかく残念でもお前はこいつらのリーダーなんだろ? だったらもっと引っ張っていけ。後は力に溺れてんじゃねぇ。お前の暗殺スキルなんてまだまだカスみたいなもんなんだからな」
「…………」
「判ったか?」
「……はい」
ゲンバがギロリと睨むと、不承不承といったところではあるがアサシが返事する。
「よし、それじゃあこれから少しの間。俺達はここで野宿し、俺が本格的にお前らを鍛えてやる。目標はとりあえずはさっきのアタックジャイアントを倒せるぐらいまでだ」
「は? じょ、冗談だろ! 相手はLV50の巨人なんだぞ!」
「それがどうした? そもそもお前らはレベルやステータスにとらわれすぎだ。その先入観を先ず捨てろ。そんなものは精々気休めぐらいにしかなってないぐらいの気持ちでやれ。ステータスの数値ではなく己の肉体の進化を、五感の強化を、戦闘の感覚を、本能で感じ取れ! まずは己を知り徹底的に身体の使い方も覚えてしまえば、相手とのレベル差が倍以上あっても勝てるようにはなる」
そんな無茶な、という顔を見せる一行であったが。
「でも、相手が一体なら協力すれば……」
「そ、そうか! 流石に残念でもリーダーだな! 確かに一体程度なら!」
「言っておくが巨人の討伐は全員で一体なんて甘ったるい事考えるなよ。一人一体、いや、一人でさっきの三体程度は相手できるぐらいにはなってもらうからな」
『…………は?』
一様に声が揃う。だが、肝心のゲンバは冗談などといった雰囲気はなく――それから暫く七人への地獄の特訓が続き、森のなかでは絶叫が鳴り響き続けたという。
◇◆◇
それから時は過ぎ――地獄の特訓を繰り返した彼らは随分とたくましくなった。
「ヒャッハーーーー! 巨人は皆駆逐だぜぇええぇええ! いよっしゃーーーー!」
ドウシンが巨人の周囲を駆け回りながら、両手持ちのナイフで切りつけていく。
かなり身体の使い方も上手くなってきており、スキルの使い方もこなれて来た。
「テツちゃん頑張って!」
アイは作り出せるゴーレムの種類が増え、鉄の素材を使用することでアイアンゴーレムまでは使役できている。
巨人の大きさには負けるが、それでも四、五メートル程の巨体を誇るゴーレムだ。数も数体ぐらいは同時に動かすことが出来ている。
「……本当、面倒」
なんだかんだいいながらも、カバネも成長を見せていた。死霊魔法によってスケルトンだけではなく、ゴーストやゾンビ系も呼び出せるようになり、更に固有スキルの霊装を取得し、魂を装備することで肉体的な弱さを補うことも出来るようになっている。
その上、死体操作も可能となったので、返り討ちにあった追跡者の死体を操ることでちょっとした手駒としても利用していた。
その結果、アイとカバネはコンビとしてみればかなり役立つ戦力と化した。アンデッドとゴーレムを同時に展開することで、敵の動きを封じ込めるという点に於いてより高い効果が望めるからだ。
「喰らいなさい――」
ミサもまたゲンバによる訓練で変化があった内の一人だ。帝国である程度書物を見ていたという下準備があったとはいえ、この短期間で使い魔の数も増え、更に箒魔法も取得していった。
今も箒で飛び回りながら、箒の先を針状にして連射している。
「怒り、二十パーセントーーーー!」
そして、デクである。気弱な彼だが、真面目で愚直なところもあり、ゲンバに言われた課題はしっかりとこなしてきた。
その甲斐あってか、怒りをある程度コントロール出来るようになり、狂乱状態に陥っても、理性をある程度は保てるようになっている。
こうして五人の活躍もあり、アタックジャイアンと三体を辛くも倒したわけだが――
「言っておくがまだ全員で三体だからな。あまり自惚れるなよ?」
ゲンバが忠告する。確かに以前よりはるかに強くなっているが、それでも当初目標に定めていた一人三殺までは程遠い。
「それとだ、ミキ、アサシ、お前たちは今回もいいところなかったな」
ミキが悔しそうに唇を噛む。アサシは無表情だが、どこか喪失感のようなものも感じられた。
「い、言っておくけど私はクラスの関係でどうしてもね!」
「あぁ、まぁそうだろうな。お前についてはよくわかったよ。確かに今の装備じゃ限界があるだろう」
反論しようとしたミキに、思ったよりもあっさりと理解を示すゲンバ。
え? と目を丸くさせたミキ。まさかこうもあっさり認めてくれるとは思わなかったのだろうが。
「だから、お前には追加の修行として、ちゃんといい迷宮を見つけておいてやった。そこを一人で攻略してこいよ」
「へ?」
だが、少しは優しくなったかと思えば瞬時に絶望に叩き落される。
ミキは結局この後、問答無用で迷宮に放り込まれた。
「さて、後はお前だが、とりあえずちょっとこっちへ来い」
そしてゲンバは、アサシを連れて森の奥へ消えていく。
それを見ながら、ご愁傷様、と可哀想な物を見るような目でドウシンが言った。
「さて、なんでお前だけこんなところまで連れてきたかわかるか?」
適当な石の上に腰を掛け、ゲンバがアサシに尋ねた。
アサシは俯き加減で目を合わせることもなく、ポツリポツリと答える。
「……僕が不甲斐ないから」
「ま、勿論それもあるがな。それにしてもすっかり自信をなくしたようだな」
「…………」
黙りこくるアサシ。だが、ゲンバの言っていることに間違いはなかった。
暗殺者、そのクラスを手にした時、最初はアサシも舞い上がったものだ。あのマグマですら翻弄し、自分こそが影の主役になれる器なんだと思いこんだりもした。
だが、現実はそう甘くはない。暗殺者は比較的レアなクラスではあったというが、全くいないわけでもなく、帝国からの追手にも暗殺者のクラス持ちはいた。
しかも、その実力はアサシより上であり、それでも巨人相手には手も足も出ていなかった。
暗殺者というクラスはこんなものなのか? と目の前が真っ暗にさえなった。
それでも、当初は訝しながらも、確かに相当に厳しくはあったがその指導で強化されていく他のメンバーを見て、自分だってと発起したのだが――
「限界が見えたって面だな、おい」
そう言われ、思わず拳に力が入る。反論ができなかった。事実今ではすっかり他のメンバーの足手まといになりつつある。装備品さえ揃えばまだ成長の余地があるミキとは違い、アサシにはとっくに底が見えていた。
一体これのどこがリーダーなのか……。
「まぁ、だけど仕方ねぇよな。何せお前の本当の素質は暗殺者なんかじゃない、故に今のままじゃ本当の力なんて発揮できないんだからよ」
だが、射るような視線を向け、投げつけられたその言葉に、え? と思わずアサシは言葉を漏らした。
「なんだ? 気がついていなかったのか? お前にとって暗殺者なんてクラスは中途半端すぎる代物だ。いや、もっといえば、ステータス自体お前には余計かもしれねぇ」
「……言っている意味がわからない。大体、僕のクラスは暗殺者、それ以外に、何の素質があると?」
「んなもん決まってんだろ」
一度まぶたを閉じ、放り投げるようにそう口にすると。
「忍者だよ」
再び開いた瞼でしっかりアサシを見据え、そう言い切った。
「……は? 忍者? 僕が?」
「そうだ。お前には忍者になれる素質がある」
「……信じられない。僕と忍者に何の接点もない。どうしてそうなる?」
「それは、お前がまだ気がついていないだけだよ。接点ならあるさ。素質もそれに関係している、そうお前の血にな」
「血……」
そう言われ、首をかしげるアサシ。なぜならば先祖に忍者がいたなんて話、聞いたこともなかったからだ。
「ま、疑問に思うのも仕方ないか。どうやらお前の生きてきた時代の随分前の話が関係しているらしいからな。実際俺も、血筋に関しては聞いただけで、実はよく理解してねぇ」
「は? 何それ? それで良く才能だなんて……」
「ただ、とあるおっかねぇくのいちさんから貰った手紙によるとな、この名前を言えばいやでもわかるだろうってな事だ」
「……よくわからない。一体、誰の事なんだ?」
「あぁ、だからそれを今伝えてやるよ。いいか? お前の祖先はな――切り裂きジャックだ」




