第百六十一話 アルベルトと領主
「色々と手間を掛けさせてしまったようで申し訳なかったね。私が今アルベルトから紹介に預かった、レーヴェン・マウントグラム・ゼーンスフトです」
「え、と、いや、こちらこそご丁寧に痛み入ります」
なんというか、結論から言うと領主は健在だった。しかも普通に。別に捕まってるとか利用されてるとか操られているとかそんな様子もなく、屋敷にいた。
「てか、これは一体どういうことだ?」
俺はついついジト目でアルベルトを見てしまう。何せこうなるとこれまでの目的が全く意味不明だ。
「あはは、いや本当に、説明もせずお願いしてしまって申し訳ありません。その様子だと、もしかして私が何か旦那様に危害を与えるなり、良からぬことを企んでいたりなど、そんな事を思われていたわけですよね?」
「……いや、まぁそこまではっきりとは言わないけどな」
とはいっても訝んでいたのは確かだ。
「ははっ、もし私がアルベルトに裏切られるような事があるなら、それまでの男だったと諦めるまでですよ」
「そんな、私が旦那様を裏切るなんて事、絶対にありません。私が言うのもおかしな話ですが、神に誓って断言できます」
表情を見るに、嘘には思えないな。
「あぁ、勿論信じてるさアルベルト。あぁそうだ、報酬の方は勿論用意させてもらいますので。薬は勿論、他にも、ゴホッ、ゴホッ――いや、これは失礼、ぐっ……」
「旦那様、もうそろそろお薬のお時間です。後は私の方におまかせして、どうぞお休みを」
「……すまないなアルベルト」
「いえ、私の方こそ、無理をさせてしまい――」
「…………」
結局アルベルトはレーヴェンに薬を飲ませた後、俺は部屋を後にした。
領主との顔合わせは誤解を解くためだったのだろう。実際ふたりの関係に不自然な点はない。
ただ、気になる点はあった。
アルベルトに連れられて入った部屋が寝室だったこと、そして領主がどうみても弱っていた事だ。顔も青白く、頬は痩せこけ、ガウンから垣間見えた上半身も肋が浮き出るぐらいに細く頼りない。
「一つ聞きたいんだが、もしかしてあの子爵……何かの病気なのか?」
アルベルトと通路を歩きながら尋ねてみる。少々踏み込み過ぎかなとも思ったが、見た目の関係が問題なさそうでも、例えば毒で弱らせているって可能性は否定できない。
ただ、失礼ながらも開眼の術で血流も含めて見てみた分には毒などの兆候であらわれる不自然な乱れは感じられなかった。
だからこれは念のための用心といったところだ。
「はい。旦那様は少し前から体調を崩しており、日に日に憔悴していっております。念のため治療師にも見てもらったのですが、かなり珍しい奇病と診断され――今はとりあえずの処置として症状を抑える薬を服用しておりますが、それも完全に治るものではないので……」
なるほどな――この世界で治療師と言うと、回復魔法の使い手や薬による治療を行うものなどを総称してそう呼ぶわけだが、この様子を見るにやれることはやったといったところか。嘘を言っている様子も感じられない。
「う~ん、もしかして最近子爵が町や村に赴かず、代わりに、もうアルベルトでいいかな?」
「はい、構いませんよ」
「そう、じゃあ俺も呼び捨ててもらってかまわないから。それで、代わりにアルベルトが顔を出していたのはやはりその病気が原因かい?」
「はい、そのとおりですシノビン。ただ、もともと旦那様がそれほど顔をだすことが無かったのも事実です」
早速敬称はなしで向こうも乗ってくれた。そして別の部屋に通され、立ち話もなんですので、ということでソファーに案内される。
腰を掛けると、執事らしいテキパキとした動きで紅茶を用意し、アルベルトがやってきた。
「もしかしてアルベルトが一人でこの屋敷の仕事をこなしているのか?」
「はい、と言ってもちょっと前までは使用人やメイドもいましたよ。ただ、今は旦那様の事もあるので長期休暇をとってもらっています。あの馬車や御者にしても私が用意した使い魔ですからね」
何気ないように話すが、俺からすると変わった話だなと思えてしまう。普通こういうときこそ世話をする使用人なりメイドなりが必要ではないのだろうか?
「むしろ何故この状況で使用人が一人もいないのか――そこを疑問に思ってそうですね」
全くそのとおりだ。すると、アルベルトはどこか憂うような表情をみせ、紅茶を一口すすった。
「この領地も色々と事情を抱えてまして、今旦那様のご病気について、外に漏れさせるわけにはいかないのです。そして、それこそが今回の事件の発端でもあります」
「事件というと、ナイトメアとダークミストについてかい?」
はい、と静かに答え、ティーカップをソーサーの上に重ねる。
カチャリという乾いた音だけが、一瞬訪れた静寂の中に僅かな余韻を残していた。
「鑑定で見ているのなら判ると思いますが、確かにナイトメアは、いえ正しくいうならナイトメアハンドレッドに関しては私が使役しようとした使い魔です」
「言い直すということは、他のナイトメアは違うのか?」
「はい。此度は、私の油断が撒いた種。本当は私はこの地にナイトメアハンドレッドを使役することで、何人たりとも屋敷に近づけさせないつもりでした。ですが、私は自分の状態を軽く考えてしまったのでしょう。ナイトメアではなく、よりによってナイトメアハンドレッドを呼び出そうとしたことは慢心でしかなく、結果、使い魔の暴走を引き起こしてしまった」
「暴走……つまり、使い魔が命令に従ってくれなくなった?」
「はい。そしてナイトメアハンドレッドは己の分体としてナイトメアを生み出すことも可能です」
そうか、固有スキルにあった下位分体というのが、それだったんだな。
「結局暴走したナイトメアハンドレッドから生まれたナイトメアもまた、暴走状態となり、そのまま散開してしまいました。その先は、貴方もご存知の通りです」
あの村近くにいたナイトメアも、その分裂体の一つだったというわけか。
うん? でもちょっと待てよ?
「それじゃあ、他のナイトメアはどうしたんだ? まさか本当に村人が何とかしたわけではないだろ?」
「残念ながら。それどころか、何人かはナイトメアの目によって悪夢状態に陥り、トラウマを抱えていたような村人は魘され続けておりました。薬のおかげで幸い命は助かりましたが」
あの薬の件に関しては事実だったというわけだな。そうでないと困るが。
「実はナイトメアハンドレッドが暴走した後、私は何とか気を落ち着かせ、魔力も回復させた上で、改めてナイトメアハンドレッドの暴走を止めようと試みました」
自分なりのケジメは取ろうとしたって事か。
「するとある程度はおとなしくなったのですが、やはり完全な使役は無理で――ただ、これであればとりあえずナイトメアハンドレッドをそのままにしたままでも動けると思いたち、散開したナイトメアを戻して回っていたのです」
「それじゃあ村の人間に手伝いをお願いしたわけじゃなく、アルベルトが自ら解決して回っていたって事か?」
「はい、そしてその途中、私以外の誰かがナイトメアを倒したことを知り――」
俺に会いに来たってわけか。
「だけど、その話だとナイトメアハンドレッドは倒して良かったのか?」
「はい。一旦落ち着きはしましたが、完全に使役出来ていたとはいえませんでしたからね。あれはあれで倒してくれて感謝してます。今度は無理をせず、ナイトメアだけでカバー出来るように工夫するとします」
そこまで話をした後、俺も一旦紅茶で喉を潤し、根本的な話に戻す。
「そもそも、ナイトメアはどうしても使役する必要あるものなのか?」
「……私だけでは、いざという時に旦那様を守れませんので。ステータスは見て頂けたんですよね?」
「あ、あぁ。確かに見たな」
「何か、感じられませんでしたか?」
含みのある問いかけ。だが、俺は当然その意味を理解している。
ステータス
名前:アルベルト・ツェペシェ
性別:男
レベル:60
種族:吸血鬼
クラス:吸血鬼伯爵
パワー:200
スピード:300
タフネス:100
テクニック:280
マジック:80
オーラ :50
固有スキル
使い魔召喚
スキル
気配希薄、吸血
称号
夜の支配者、血の制約を受けし者、陽弱者
俺は改めてアルベルトのステータスを思い出すが、そう、この吸血鬼、LV60とかなりの高みに達していながら、全体的なステータスが低すぎた。
実際、アルベルトの正体が吸血鬼だと看破してからも、すぐに行動にでなかったのは数値に対する違和感があったからだ。
相手は吸血鬼だし、太陽が昇っている間なら、称号の陽弱者から考えてもステータスが低い可能性がないとは言い切れなかったが、俺が見たのは吸血鬼が真価を発揮する夜だ。
称号の夜の支配者から考えても、それでこのステータスはおかしすぎるだろう。
それにもう一つ、称号に気になるのがある。
「正直言えば、かなり脆弱だなと思った。それに、称号の血の制約を受けし者というのにも引っかかりを覚えた。
「フフッ、そこまで見られましたか。一応は鑑定を防ぐ魔装具も身につけていたのですが、どうやらかなり強力な鑑定の使い手のようですね」
「まぁそれほどでも、あるかな」
「その忌憚のなさがまたいいですね。称号に関してですが、それに関しては私に対する恩恵とは異なります。そしてそれこそが、私が旦那様と出会った切っ掛けでもあります」
キッカケ、か。どうやらそのあたりは色々と事情があるようだな。
そして、ポツリポツリとアルベルトが語りだす。
「帝国において、私達吸血鬼一族は害悪として認識されています。害獣として処理される魔物と同一視されているのです。エルフや獣人なども帝国では差別の対象ですが、吸血鬼は更にその上、帝国人にとっての絶対的な敵なのです」
「う~んその言いぶりだと、他国はまた違うのか?」
「はい、一昔前であれば、確かに魔族のように世界の敵として攻め込まれ、それに対抗する形で戦にまで発展した事も多々ありました。勿論それは我々側にも責任の一端はあります。快楽に溺れるあまり、人間の血だけを追い求め殺戮行為を繰り返してきた者もいるからです」
それを聞いて俺は意外に思えた。どうやら吸血鬼は別に人間の血だけにこだわりがあるわけではなく、動物などでも一族特有の乾きを潤すことは可能らしい。
とは言え、人間の血を吸うことに快楽を覚えてしまうタイプも中にはいるらしい。
ただ、そういったものも、受け入れてくれる異性を探し、一緒になることで折り合いを付けたりもしていたようだ。
吸血行為と言っても、別に全ての血を吸う必要はなく、量的に言えばそれこそ俺のいた世界でいうところの献血程度で済んでたようだ。
だけど、中にはタガが外れて相手が死ぬまで血を貪るようなのも出てくるそうであり。
う~ん、でも話を聞いてると、全体的に見れば決して多くはないし、正直血を吸う吸わないを抜きにすれば人間だって快楽殺人者みたいのがいたりもするわけだしな。
「尤も私とて他国に関しての情報は帝国内で耳にしたものばかりなので、全てが正しいとも断言できませんが、それでも他国と帝国の考え方にはかなりの隔たりがあるのも間違いないと思ってます」
確かに帝国にはきな臭い点が多すぎるからな。魔族の件もどこまで信用していいかわからないし、実際は魔族が悪いわけではないという話も聞いている。
「そして、ここからが本題なのですが、それだけ吸血鬼が忌み嫌われている帝国内で――私は一人の人間の女性と恋に落ちてしまったのです」
 




