第百四十七話 今、帝都を出る時
帝都を抜ける――一見困難にも思えるこの作戦、だが、結果としてみれば存外簡単に目的は達成できた。
やはり、帝国内部に協力者がいたというのが大きい。同時にディードの精霊の恩恵もある。
以前ディードはユウトの護衛としてついてきていた騎士の一人と関係を持った――振りをした。
そうあくまで振りだ。実際は何もなかったのだが、ディード曰く、持参していた花粉によって顕現された花の精霊による魅了の効果で騎士に快感を与えてみせたのだ。
その上で、してもいない約束をしたと思い込ませた上で、その騎士からの説明で話がヴァイス将軍に届くよう仕向けた。
ここで重要なのは、あくまで最初に話を聞き入れ、傭兵を護衛につかせるよう帝国が協力するべきだと進言したのは、護衛についていた帝国騎士であると言えるようにしたことだ。
しかも、ヴァイス将軍とのその騎士との間に入っていたのが、カテリナが率いていた第八騎士団というのも大きい。
ディードを如何わしい宿に連れ込んでどうにかしてやろうと考えていた騎士の男は、どうやら相当な女好きとしても有名で、女騎士だけで編成されたカテリナ率いる第八騎士団にも良く粉をかけてきていた。
特にその中でも一人の若い女騎士にご執心であり、何度断られてもしつこく言い寄ってきていたわけだが――
今回は逆にそれを利用させてもらった形だ。もちろんその女騎士からは現在の上司であるベロニカに先ず話が通ることになる。そしてカテリナ不在で副団長のベロニカが代理をしている状況では、彼女の一存では決められないというのは至極当然の事であり、その結果、カコを通して唯一繋がりのあるヴァイス将軍に相談されても別段おかしな事はない。
その結果ヴァイスが一つの村を救ってやりたいという彼の熱意に打たれ紹介状を発行したという形になり、ユウトやケント達を護衛に扮させ、見事南門から、しかも堂々と出ることが出来たのである。
勿論、それが原因で結果的に帝国側が大量の英雄候補を失ったことに関しては、最初に話を持ってきた護衛の騎士が責任を取らされる事となるであろうが――
「何か思ったより上手くいってしまって拍子抜けだな」
とりあえず近場の森に入り、今後について話し合う一行。
メグミは、ふぅ、と一息つきながらも、既に離れた帝都の方をみやりつつ緊張を解いた。
「……物事が上手くいくときというのは存外、こんなものなのでしょう」
するとディードがうっすらと笑みを浮かべつつ答えるようにいった。
そんな彼女を見やり、
「でも、ディードちゃんってエルフなんだよね? う~ん、そう言われると、美人な方だとは思うけど僕のイメージと違うかな」
とレナが口にし、彼女に向けてマジマジと視線を動かした。
「レナさん、あまりそういう見方は、失礼にあたるかも……」
「え? ユウト様はそこまであのディードという女エルフを気に入っているのですか!」
ユウトがレナに向けてやんわりと注意すると、なぜかズズイッとマオが寄ってきて、そんな事を聞いてきた。
しかしユウトはあくまで知り合って間もない彼女に気を遣ってのことで、マオの思っているような感情は抱いてなさそうである。
「私のことは大丈夫だ。見られるのは慣れている。それと、特徴というとこの耳の事かな?」
そう言ってディードがフードを手で軽くめくると、人間に比べると長めな先の尖った耳が姿を見せた。
「そう! これこれ! やっぱりエルフと言ったらこれだよね~」
それを見てはしゃぐレナ。だが、ディードはすぐにそれをフードで隠し。
「だが、これはあまり人に見られるのは好ましくない。とくにこの国では……だから普段は隠している」
「隠しているというと魔法でという事?」
「正確には精霊の力。それによって一時的に人間と同じように見せているのだ」
「なるほど、精霊というのも便利なものなんだな」
ディードの説明を聞き、マイが感心したように頷いた。
「さて、後はこれからの事になるけど、今更ではあるけど先ずはディードさんの里を助けるって事でいいよね?」
ここで改めてユウトが皆に確認を取った。確かに結果的にディードの傭兵として同行するという形で帝都を出てくることが出来たが――
「……ユウト、悪いんだが、俺とヒジリ、それとリョウはここからは別行動を取らせてもらう」
「え?」
ユウトが驚いたように目を丸くさせる。彼としては、まさかここで離脱者が出るとは思わなかったのだろうが。
「え~? 何よそれ~ユウト様を裏切るつもり~?」
「そうよ! あ、もしかして三人共、裏切って帝国に戻るつもりじゃないわよね?」
そしてケントに反発するのはレナとマオの二人だ。だが、カコは俯いたまま黙ったままであり、しかし何かを考えている様子でもある。
「落ち着け二人共。大体、裏切るつもりなら門を出る前から行動に出ているだろう」
「……そうだな、それにキザキを助け出すために動いたのはそこのケントだろ? 帝国に恩を売るつもりならその時点で色々やりようがあったはずだ」
「あ……」
「うぐぅ」
マイとシュウジがそう告げると、レナとマオは言葉をつまらせた。
確かに、裏切るつもりがあったならとっくにそうしていただろう。
「――僕も、三人が帝国に戻るつもりだとはとても思えない。でも、それならどうして?」
「……まず第一に、リスクの分散だ」
「分散?」
「……そうだ、このまま全員でゾロゾロと同じ方向を向いていたなら、いざという時に総崩れになってしまう。帝国からの追手は間違いなくあると思っていいだろうしな」
「で、でも、それなら皆で協力していけば――」
「いや、そこはカンザキの言うことにも一理あると私も思う。そもそも逃亡も兼ねた移動に十人は多すぎる」
シュウジが口を挟んだ。眼鏡をクイッと押し上げ、ケントの意見に同意する。
「そ、それに、他にも私達やりたいことがあって」
そしてチユも申し訳無さそうな空気を発しつつも、どうしても譲れないといった感情を表に出した。
「目的?」
「……あぁ、俺もヒジリもシノブの後を追いたいと思っている。実はその情報も掴んでいてな、どうやらあいつはここから北東に向かった先の港町ハーフェンに向かったらしいんだ」
「え? あ、そうかシノブ、生きているんだっけ」
「えぇ、それは聞いていたけど、でもなんでそんな所へ? 大体無事なの?」
「……今、全てを話しているわけにもいかないが、無事なのは間違いない。あいつはそう簡単にくたばる男じゃないからな」
「でも、どうしてそれにミズカゼまで?」
「あ、え~と僕は何というか成り行きというか、ケントくん、話してみると思ったよりいい人だったし……それに――」
「それに?」
「あ、いや、なんでもないんだ。とにかくどちらにせよ人数を分散しないと意味ないもんね。だから僕はこちらにつくよ」
ふ~ん、とマオが妙な目つきでケントとリョウを見た。
その後、なぜか一人納得したようにウンウンと頷く。
「そうか、判ったよ。うん、そうだね! シノブ君だって大切な仲間だ! 見捨てるわけにもいかないもの! そちらはケント君たちに任せるよ!」
どうやらユウトはケント達の説明で納得したようだ。心の支えが取れたように、むしろそれならケント達の行動も当然だと言わんばかりだ。
「だが、それでもこっちが七人か……せめて六、四ぐらいで分かれた方がいい気もするが」
「シュウジはこっちにつくわけ?」
「あぁ、私はケントの事はよく知らないが、ユウトとは以前球技大会で一緒になったことがある。その時非常にやりやすかったしな、馬が合うんだろ。だからユウトと一緒に行く」
「ちょ! やりやすいとか合うとか、イクとか! まさか貴方ソッチじゃないでしょうね!」
「そっち?」
レナに回答したシュウジに、何故か慌てた様子で詰め寄るマオ。
だが、シュウジは意味がわかってないのか、若干戸惑ったような表情を見せた。
「……それに――るしな……」
「は? ちょ、今なんか呟いたでしょ! 何を言ったのよ!」
「いや、だからあまり顔を近づけるな!」
「あの!」
何やら妙な言い合いが始まった二人だが、そこに割り込む叫び。
皆の視線が彼女に集まる。それは、カコであった。
「カコ、どうかした?」
「こんな大きい声、珍しいわね」
「もしかしてどこか痛いとかか?」
「え!? そ、それなら私が回復を――」
「違うんです! その、実は、わ、私も! カンザキ君に、つ、ついていきたいなって……」
顔を上げ、決意したようにカコが言った。
それを聞き――マオとレナが、え~~~~! と驚きの声を上げるのだった――