表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
151/237

第百四十五話 和装の少年

「そ、村長! これは一体どういう事ですか? 何故私達をこんな場所に!」


 姿を見せた村長(?)にパーパが強い口調で訴えた。

 正直、パーパはいい人だとは思うけど少々鈍いかなとは思う。

 

 何せ彼が村長と呼ぶ男の後ろにはゾロゾロと十数人程の屈強な男がついてきているし、村に入った時に見せていた胡散臭い笑顔もすっかり消え、むしろ威嚇するような顔で睨みをきかせている。


 ついでに言えば、村長の半歩後ろには、俺達をここまで案内した自称商人の姿もある。


「やれやれ、おめでたい連中だ。この状況でまだ判らないとはな」

「へへっ、全くでさぁ。どれだけ頭の中お花畑なんでしょうかねぇ」


 グルルルッ、とイズナが唸っている。 

 マイラも村長の口ぶりも含めた変化に気がついたのだろう。


「どういうことっすか! あんたもしかして、これが狙いであたし達をここまで連れてきたっすか!」

「やっと気がついたのかい?」

「そ、そんなそれじゃあ食事を用意して貰えたのも……」

「当然、お前たちを捕まえる為だ。そうでなきゃ、誰があんな得にもならない料理を振る舞うかよ」


 違いねぇ、とゲラゲラ笑い出す村の連中。面白くて仕方ないってところか。


『い、いい人達だと思っていたのに……』

「むぅ、なんて奴らなのじゃ! 我もそうと知っていれば――」

「いや、お前気づかずに食べていたのかよ」


 俺は呆れたようにネメアにいった。 

 すると、え? という顔で残りのメンバーの顔が俺に向けられる。


「いや、だってイズナも気づいていたんだぜ? なのになぁ。お前、ちょっと鈍くなりすぎなんじゃないのか?」

「……ガハハっ、面白い事をいいやがる小僧だ。まるで最初から俺たちが何者か気がついていたみたいな言いぶりじゃねぇか」

「あぁ、気がついてはいたさ。ただ、確信出来るネタがなかっただけでな。でも、これではっきりした、お前らがアレだろ? ここ最近この山脈に出没するって噂の山賊だろ?」


 俺の指摘に、村長を語っていた男の表情がガラリと変わった。

 

「え? え? 山賊、て、え? じゃあこの村は?」

「当然、山賊の村って事になるだろうな。こいつらはここを拠点にして活動しているんだろ。そして今回みたいに自分たちで落石を起こしておきながら、言葉巧みに商人を村に誘い込んで、眠り薬入りの食事を食べさせた上で閉じ込めるって方法もとっていたわけだ」

「く、薬、そういうことっすか! それでこんなにも眠くなったっすか!」


 そういうわけだ。まぁ、普通に相手を襲う場合もあったんだろうが、そのあたりは相手の荷なんかを確認した上で決めていたってとこか。


「なるほどな、だが、だとしたら随分と間の抜けた話じゃねぇか。そこまで気がついておきながら、薬の入った飯はそこの犬ころ以外、ガツガツと野良犬みたいに食ってやがったんだからな」

「違いねぇっすね。そっちの犬だけは随分と抵抗してくれやしたが、ご主人様が人質だと判れば大人しいものだったしなぁ」


 そのあたりは流石イズナといったところか。あんな連中とは言え、暫く人と一緒に行動していただけはある。


「まぁ、食事に関しては完全に否定はしないけどな」

「ガハハハっ、全く、そこまで判ってるならもう少し気をつけるんだったな。おかげでテメェらは武器だってなくした。どうすることも出来ないだろ?」


 うぅ、とマイラが呻く。確かに武器の類は奴らに持って行かれたみたいだな。

 だけど、それがどうしたって話だ。


「まぁでも、お前たちみたいのがいるおかげで、俺たちゃ稼ぎになるって寸法だ。そっちの餓鬼は大したものもってなかったが、テメェらの馬車には金になりそうなものもたんまりあるし、女どももそれなりのところで売れば金になりそうだ」

「ま、女はその前に少々味見ぐらいさせてもらうけどな」


 商人の振りをしていた山賊と、村長の振り、まぁ、ようはここの頭って事だろう。

 そいつらがゲラゲラと下品な笑い声を上げた。


 何がそんなに面白いんだか。


「あ、あのぉ~」

「あん?」

「ヒッ! ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 すると、あの先客の少年が頭に向けて声を掛けた。睨み返されてまたすぐ謝りだしたけどな。


「チッ、一体なんなんだこいつは……」

「なぁ? そこのもお前らが連れてきたのか?」

「へっ、こいつはそんなんじゃねぇ。マヌケなやつでな。何をどう勘違いして迷い込んだか知らねぇが、わざわざ一人でここまでやってきて、腹が減ったから何か恵んでほしいとかいいやがったのさ」

「ま、そこから先はテメェらと一緒だがな」


 つまり、迷い込んできたこいつにも、眠り薬入りとはいえ食事を与えたってわけか。なんとも気の利いてる事で。


「しかしまいったことにこの野郎は金目のものは殆どもってなかったからな。精々妙ちくりんな剣ぐらいなものよ」


 そう言って山賊の頭がふんっと鼻をならす。すると――


「あ! あれは! 僕の大事な刀なんです! お願いです返してください!」


 すると、少年は弾けたように鉄格子に向けて飛び出し、格子を掴んで奴らに訴えた。


「あん? 誰が返すかよば~か、あんなんでも、もしかしたら金になるかもだしなぁ」

「そ、そんなぁ……ようやく師匠から譲ってもらった刀なのに――」


 う~んやっぱり、刀って言ってるよなこいつ。

 まぁ見た目からして和装だから刀を持っていたとしてもおかしくないのか? 確か東の島国とやらにはそんなものがあるって話だったか。


「……なぁ、師匠から譲って貰ったって、あんたそれで戦えるのか?」

「え? あ、いえ、それは――」

「ガハハハハッ! 馬鹿いえ! この餓鬼が戦える? 捕まったと判るや恥ずかしげもなく地面に頭を擦り付けてごめんなさいごめんなさいと連呼する奴だぞ?」

「ブルブルと震えて、情けねぇったらありゃしねぇぜ。あの剣だって、どうせ相手をビビらす為だけに持っていたんだろうよ」


 ビビらす為か、でもそんな事のために譲ってもらうかね……ただ、うぅ、と唸って涙目になりながら反論しない辺り、何の抵抗も見せず捕まったのは間違いなさそうだな。


「まぁいい。とにかくテメェらもひどい目にあいたくなければおとなしくしてるんだな。そうすりゃ、特に女は楽しい目だけに合わせてやるよ」

「だ、誰がお前らの言うことなんて聞くもんっすか!」

「ははっ、威勢のいい嬢ちゃんだ。そういうの嫌いじゃないぜ。俺はそういう小生意気な女が従順になる瞬間が、一番たまらねぇからな」

「大体、この状況でどうにかなると思ってるのか? この俺様にまんまと騙されて牢獄に捕らえられ、自由さえも奪われたこの状況でよ!」

「いや、そこはむしろ騙されてやったが正解だけどな」


 俺が声を発すると、はぁ? と俺達をここまで連れてきた山賊が目を眇め。


「お前はさっきからそんな事ばかり言ってるけどよぉ、後からだったらいくらでも言えんだよ」

「ちげぇねえ。大体判ってる言いながら、眠り薬を入れられてとっ捕まってるアホはどこのどいつだってんだ」

「ば~か、眠り薬だから、敢えてそのまま食ってやったんだよ」

『はぁ?』


 山賊達の声が揃った。何をいってるんだこいつ? という目をしている。

 だけど事実だ。こいつらが山賊であることぐらい看破の術でとっくに気がついていたし、食事の中にちょっとした薬が混入されているのも判っていた。


 それがもし毒だったなら、流石に素直に食ってやるつもりはなかったが、この程度の眠り薬なら問題ない。


「何がわざとだ、ふざけたことばかり抜かしやがって。大体そんな事して何になる?」

「そうだな、例えば善良な村人のふりをしている連中の化けの皮を剥がすとかか?」

「はっ、その為に牢屋で拘束されてたんじゃ世話ないぜ」

「拘束? これがか? 正直手足を縛られるぐらいは想定していたんだが、お前らのやったことと言えば牢屋に運んで閉じ込めたってだけのことだろ? むしろお前らの方がちょっと舐め過ぎなんじゃないのか?」


 俺がそこまで言うと、山賊の頭が禿げた頭をプルプルと震わせた後。


「くっ、ガッハッハッハッハッ! 全く、馬鹿もここまでいくと笑えるな!」


 突然笑いあげ、格子にぐっと顔を近づけた。


「いいか? 俺がテメェらの手足まで縛らなかったのは、まさにお前みたいのが時折いるからだ。この程度なんとかなるんじゃないか? そんな希望をもって悪あがきしようとする。それを見るのがたまらなくおもしれぇ! そして、それが無駄だとわかったときの絶望する顔もな!」

「無駄、ね……」


 随分と得意げに語る奴だが、顔が暑苦しい。


「そう、無駄だ。よく見てみろ、ここにいるだけで俺も含めて八人、更に外にはこの倍以上の仲間が見張っている。それで、どうやって逃げる? ほら、考えてみろ、悪あがき、見せてみろよ!」

「足りねぇな」

「……は?」


 あっさりと俺が言葉を返すと、頭が不機嫌そうに顔を歪めた。

 だけど、そんなんでどうにかなると思ってるなら。


「お前らの方こそ、最初から舐め過ぎなんだよ。それと数だけ揃えたって意味なんてねぇさ。特に俺たちがここに捕らえられている状況でこの時間なら、見張りだってそこまで神経張り詰めてないだろ?」

「けっ、知ったふうな口を。大体、テメェらが捕らえられているのは本当じゃねぇか」

「たしかにな、だけど、だからって他に助けが来ないとは限らないんだぜ?」

「は? 助けだと?」

「か、頭! 大変です! 何者かに襲撃を受けて見張りの連中は全員、グフォオォオ!」


 知らせに飛び込んできたらしき仲間の一人が、派手に階段を転げ落ちてきた。

 まぁここは地下室になってるところのようだからな。


「やれやれ、油断してるにしても、外の連中、雑魚過ぎるぞ」

「な、なな! 馬鹿な! どうしてお前がここにいんだよ!」


 そして階段をおりてきたもう一人の存在に、商人を語っていた山賊が驚愕した。


 他の連中も俺とソレを交互に見ているが、まぁ驚くのも無理はないか。


 何せ、そこにいるのも俺みたいなもんだ。


「――テメェ、双子だったのか……」


 頭が斜め上を行く発言をした。思わず吹き出しそうになったぞ。


 いや、でも影分身を知らない連中からしたらそうもなるか。


 そう、影分身、俺は商人に扮したこの男の案内で洞窟を通っている時、密かに影分身を使いついてこさせていた。


 後はお互いタイミングを計り合いながら、奇襲するタイミングを見計らっていたってわけだ。

 それにしても早かったな。門番も含めて外にいたという仲間たちは全員片付けたみたいだし、残りはここにいる連中だけだ。


 どうやら本当に外の連中は油断していたのか、そもそも大したことがなかったのか。


「くっ! テメェら矢だ! 矢で牢屋の中を狙え!」


 うん? 頭が叫ぶと、山賊連中が弓に矢を番え、俺達を狙ってきた。 

 あぁ、なるほどな。


「おいテメェ! どういうつもりかわからねぇがな、これ以上下手な事するなら、こいつらの命はないと思え! 弓でなら中にいる連中ぐらい簡単に殺せるんだからな!」


 確かにこの格子の隙間なら矢は通るだろうな。

 だが、それを聞いても分身は、はぁ、とため息をつき、肩をすくめるだけだ。


「おい、いつまでそんなところに閉じこもってるつもりだ? 出ようと思えばいつでも出れるだろ?」

「ま、ちょっと勿体つけすぎたかな」


 俺達の会話に、何言ってるんだこいつら? といった怪訝な顔を見せる頭。


 だけど、その時には俺は次元収納から霧咲丸を取り出していた。


「あん? な、なんでテメェそんなもの!」

「悪いな、ずっと隠し持っていたんだよ。それと、おいネメア! お前もやろうと思えば出来るだろ!」

「ふん、お主が何を考えているのか見ておっただけなの、じゃ!」


 俺とネメアが一斉に鉄格子に斬りかかる。霧咲丸の刃が、ネメアの爪が、まるで紙切れのようにソレを切り裂いた。


 驚きに身が竦む山賊たち、そこへネメアの容赦のない飛爪の追撃。

 弓を構えていた何人かがふっとばされ、俺も商人を装っていたそいつに先ず近づく。


「よくも騙してくれたな」

「ま、まて、話せばわか、ぎゃぁああぁああ!」


 俺の放った雷に感電し倒れる。残った連中にも電撃を浴びせ、最後に頭だけ残されたが。


「く、くそ、こんな、こんな、こんな馬鹿なことがあってたまるか! こんな餓鬼に! ありえねぇええええぇえええ!」

「それが」

「ありえるんだよ!」


 俺と分身が挟み込み、霆撃(ていげき)の術で電撃をまとわせた拳を乱打する。


 ボコボコになった頭は、両膝をつき、そのまま意識をなくした。






◇◆◇


「あ、あの、あ、ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 山賊を打倒した後、俺達は集落を探して周った。といっても俺には偵知の術があったから、怪しそうな場所はすぐにわかったんだけどな。


 家屋の一つは、あの牢屋のあった家屋と一緒で地下があり、そこが地下倉庫になっていた。

 馬車から運び出した荷や、奪われていた武器なんかも全てここにあったわけだ。


 そしてその中にはこいつが山賊に奪われたっていう刀とやらもあったんだけどな。

 

 嬉しそうに手に取り、腰に帯びさせたが、俺の知る限りこれは長さ的には刀というより脇差や小太刀に近いが、ただ、それが二本か――


「お前、いつもそうやって持ち歩いているのか?」

「え? 何かおかしいですか?」


 首を傾げるが、こいつは刀を腰の両側に一本ずつ下げておくスタイルだ。戦えるならともかく、戦えないような奴がこんな帯び方をするかというと疑問が残る。


「いや、別に、ただ、その手は普通片側に下げとくもんじゃないか?」

「あ~でも、僕の場合片方だけどだとバランスが悪くて――」


 バランスが悪いねぇ。それこそ、嗜みがないと出ない言葉だよなぁ……。


「……お前、何で捕まったんだ?」

「え!? ご、ごめんなさいごめんなさい! 臆病でごめんなさい!」


 ズザザッ! と後ずさり、また謝りだした。


 別に怒ってるわけじゃないんだが……。


「ところで、え~と、そういえばお名前は何と?」

「ヒィ! ごめんなさいごめんなさい!」

「いや、ただ名前を聞いてるだけっすよ?」

「あ、え、ごめんなさい!」

「こりゃ駄目なのじゃ」

「クゥ~ン……」


 イズナにも呆れられたような目を向けられているぞ。全くどんだけ謝るつもりだ。


「ご、ごめんなさい。え~と、僕の名前は伊織(・・)と申します」

「イオリっすか、あまり見ない名前ですね」

「ご、ごめんなさいごめんなさい! その向こうの島国ではよくある名前なんですよ」

「向こうの島国ねぇ……」


 それにしても伊織か、女っぽい名前でもあるな。


「ところで、本当に刀だけでいいのかい? 一応盗賊の持ち物は自由に出来る事になっているんだけど」


 地下倉庫には俺達が盗られた荷や武器以外にも、宝石や貨幣が無造作に置かれていた。

 山賊稼業で手に入れたものなんだろう。こういった類はこの世界の法だと取り戻した人物が好きにしていいことになっている。


 誰の持ち物かなんて今更わからないからな。商人のパーパもこのあたりはしっかりしている。


 ただ、独り占めというつもりもないらしく、イオリも欲しい分があれば分けてあげようと考えていたようだ。


「いえ、僕は捕まっていただけですし、何も出来ませんでしたから」

「でも、手間を掛けさせるしねぇ」


 山賊共は俺達が捕まっていた牢屋に入れてしっかり縄で縛ってある。


 一応パーパや娘の目もあったし、ネメアでさえシェリナに気を遣って殺すことはしなかったからな。


 だからとりあえず気を失わせて閉じ込めている。ただ、そうなるとその後どうするか? て話だったんだが、イオリはどうやら俺たちが来た町の方へ向かうらしく、その時に山賊の事を伝えてくれるといってくれた。


「何かもうしわけないねぇ」

「だったら、この山賊はイオリ、あんたの手柄ってことにしとけばいいさ。そうすれば報奨金が出るだろ?」

「え? でも……それじゃあ――」

「いいんだよ。どうせ俺たちはこのまま次の町へ向かわないといけないし、その分ここにあった品物は手に入れてるんだから」


 パーパとも山分けにするしな。


「……わかりました。そういう事でしたら、ご厚意に甘えさせて頂きますね」


 そして俺達は集落で一晩を過ごし、明朝、村を出ることにしたのだが。


「本当に途中まで一緒じゃなくていいのか?」

「はい、僕の方は一応、最後に数などを確認してから行くとします。しっかり報告しないといけませんからね」

「でも、来た道は結構複雑だったっすよ?」

「あ、はい、これでも僕、結構記憶力がいいんで」


 頬を掻きながらそんな事を述べるイオリ。一晩一緒にいた為か、流石に謝ることもなくなったが。


「まぁ、相手は牢屋の中だし、武器も奪ったし(・・・・)縄でギチギチ(・・・・)に縛ってるから大丈夫だとは思うけどな」

「でも、相手は山賊っす。気をつけるっすよ?」

「はい、そうですね。皆さんも、昨日のお話だと次は港町ハーフェンに向かわれるのですよね? 皆様のご武運をお祈りしております」


 こうしてイオリに見送られて旅を再開させた俺達だったが。


「それにしても、気づいていたなら教えてほしかったっすよ」

『ちょっぴり、怖かったです』

「本当にとんでもない奴なのじゃ! 眠り薬でシェリー様の身体に影響が出たら、どうするつもりだったのじゃ!」

「悪かったって。でもあの薬はそこまでの作用はないし、下手に教えて不自然になっても感づかれるだろ? ま、敵を騙すには味方からってやつだよ」

「私達まですっかり騙されました。ですが、あの魔法は凄いですね。分身を作り出すなんて」

「あ、あぁ、結構魔力を消費するからとっておきなんだけどな」


 少々不機嫌そうなマイラや、不満タラタラのネメアに説明しつつ、パーパには魔法ということにしておいた。


 忍術と言うわけにもいかないしな。


「……でも、イオリさん、本当に大丈夫でしょうか?」

「クゥ~ン」


 すると、イズナを抱いたムスメが心配そうにつぶやく。

 だけど、それに関しては――


「まぁ、そっちは心配いらないだろう。大丈夫さ」

「何でいいきれるっすか?」

「う~ん勘? それに、あれだけキッチリ縛っておけば身動き取れないしな」


 そんな台詞でなんとなく誤魔化す。いや、実際漠然としたものなんだが、例え何かあったとしてもあいつなら平気な気がするんだよな――






◇◆◇


 シノブ達がその集落を出て、更に時は流れ、太陽が中天の空に差し掛かった頃――イオリは未だ、その村にいた。


 しかも、牢屋のある地下室で、壁によりかかり、両目を瞑り、ス~ス~、と寝息を立てている。


 すると――牢屋の鍵がガチャリと開いた。牢屋の中には切れたロープ。

 そしてゾロゾロと出てくる屈強な男たち。


「おい、起きろ」

「ふぇ? え? えぇええぇええぇえええ!」


 イオリは素っ頓狂な声を上げた。

 そして、どうしてどうして! と連呼している。


「ははっ、全く間の抜けた連中だぜ、まさかこの俺が牢屋の鍵を隠し持っていることにも気づかないとはな」

「しかも、縛ってた縄もちょっと力を込めれば緩むぐらいに適当なものだったぜ? こんなんで俺たちをどうにかできるつもりだったのかよ」

「おまけにご丁寧に武器まで残していきやがった。馬鹿かよお前らは」

「ところで、お前一人か? 他の連中はどうした?」

「ヒッ、ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 頭も含めて山賊共が残っていたイオリに尋ねるが、イオリはガクガクと震えて謝り続けるばかりである。


「チッ、駄目だなこりゃ、殺すか」

「ちょっと待ってください頭。殺すなら、その前に楽しませてくださいよ」

「あん? 男だぞこいつは?」

「へへっ、こんだけ可愛い顔してりゃ関係ないですわ。それに、男でも突っ込める穴はありますからね」

「ぎゃはは、こりゃとんだ変態だなおい」

「ふん、まぁいい、俺達に恥をかかせたんだ。死ぬ前にそれなりに辱めてやるのも一興だろう」


 ゲラゲラと笑いあげる山賊達。そして、一人の男が舌なめずりをしながらズボンの紐を緩め始める。


「ヒッ! ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「あぁ、謝らなくてもいいんだぜ。大人しくしてりゃ、可愛がってやるよ」

「――ごめんなさい、ごめんなさい――きって、ごめんなさい」

『――は?』


 その時――ザシュッ! という何かが裂ける音。紐の緩まったズボンがストンっと落ちた。


 頭上には、宙を舞う二つの物体。


 それが、イオリに乱暴を働こうとした男の両腕だと気づくのに、切られた本人ですら若干の間を要した事だろう。


「――ごめんなさい、両腕を斬って、ごめんなさい……」

「な、ひ、ひぃいいいぎゃぁあぁあぁあああぁああ!」

 

 腕が消失した付け根から、大量の血潮が吹き出した。血飛沫が少年の眼鏡を赤に染めるが、それを袖で拭うと、更にごめんなさい、と付け足し。


「殺してしまって、ごめんなさい」


 冷たい響き、そして二本の刀が男の腹部を挟み込み、交差する。


 上半身が天井にぶつかり、跳ね返って地面に落ちた。残された下半身も、間もなく倒れる。


「くっ、な、なんだこいつは!」

「か、頭、こいつ、頭おかしい――」

「ごめんなさい……」

「は? ごめんって、てめ――」

「切り刻んで、ごめんなさい」

『ヒッ、ギャアアアァアアアアァア!』


 イオリの手にした二本の刀が、次々と山賊たちの、腕を、脚を、頭を飛ばし、達磨となった骸が転がっていく。臓物が、地面に撒き散らされていく。


「か、頭! こいつ、普通じゃない――」

「わ、分かってる! ここじゃ不利だ! 一旦外に出るぞ!」


 頭が叫び、仲間たちも後に続いた。とにかく地下から出ようと、全力で階段を駆け上がる。


「ごめんなさい、ごめんなさい――腕を切ってごめんなさい、脚を切り飛ばしてごめんなさい、腹を掻っ捌いてごめんなさい、首を刎ねてごめんなさい……」

「くっ、糞が! 畜生が!」


 先頭を走る頭が呻くように叫ぶ。イオリの謝罪の声が、耳にこびりつくようについてまわる。


「や、やっと出れたぞ! お前ら! ここでそいつを囲んで――」


 そして、頭は家屋から飛び出し、仲間たちに声を掛けようとする。

 だが――既にそこに仲間の姿はなかった。

 

 近づいてくるのは、元仲間だった臓物を踏み鳴らしながら、近づいてくる少年の姿のみ。


「――ごめんなさい、ごめんなさい、我慢、出来なくてごめんなさい」

「な、なんなんだよ、お前は、一体……」

「ごめんなさい、でも、仕方ないんです」

「し、仕方ないだと?」

「はい、だって、忍の(・・)あんな技を見せられたら、やっぱり高ぶってしまいます。おかしいですよね? 僕は凄く臆病なのに、それなのに――(つわもの)を見ると我慢できない。でも、今はまだ、だから、あなた達で代用させて頂きました。本当に、ごめんなさい」

 

 頭の顔が驚愕に染まる。

 代用だと? と呟き、プルプルと震え。


「ま、まさか、あの鍵は、気づかなかったんじゃないのか? 武器も縄も、敢えて、だと、言うのか?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、耐えられなくてごめんなさい、罠にはめてごめんなさい、嘘をついてごめんなさい――」


 明確な答えは示さず、しかし、ただ、謝りながら、イオリは頭に一歩、また一歩と近づいていく。


「ヒッ! わ、判った! 降参だ! もう手は出さねぇ! 言うことも聞く! だから、だから殺さないで――」

「命乞いですか?」

「あ、あぁそうだ、だから、助けて、なんて――誰が言うかよ!」

 

 問いかけたイオリの真上から、頭の斧刃が迫った。彼の持つ刀より、リーチの長い長柄の斧。


 きっとこの位置なら、不意さえつければ、勝てると、そう踏んだのだろうが。


「――二天無双流・柳ノ型、柳転撃」


 キィィン、と甲高い音が響き渡り、頭の斧刃が跳ね上がり、ほぼ同時にイオリが頭の頭上に転じ、禿頭から股ぐらまで一刀両断にしていた。


「ば、か、な、まった、く、みえな――」


 左右に割れた頭の半々が、それぞれ地面に落ちる。


 それを認めつつ、イオリは困ったように、はぁ~、とため息を吐き出し。


「あぁ、ごめんなさいごめんなさい、師匠、こんな相手に、柳まで使ってしまって――でも、でもあんなのを見たら……」


 そういいつつ天を仰ぐイオリであり。


向こう(・・・)には、兄者もいる。任せているけど、やっぱり僕も、覗きに行ってみようかな――」


 そう独りごち、そしてイオリもまた村を出た。

 

 余談ではあるが、それから暫くして、山道にいつの間にか立てられた看板に『悪い山賊です』と文字が刻まれ、山賊たちの首がぶら下げられているのを通りがかった商人が見つける事となる。

 

 これがキッカケで、山賊が退治された事がタイムの町でも判明するが、誰がこれを行ったかは謎のまま残ることとなったという――

伊織の師匠とは一体、誰なのか!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ