第百三十七話 貴族区への誘い
一つのクラス内で様々な思惑がある中、ケントはユウトに一つの考えを伝えた。
取捨選択は必須だろう――これである。
敢えて言う必要もないことのように思えるが、ケントから見るとやはりユウトにはまだまだ甘さが感じられる。
ケントからすればマグマなどは論外なのだが、それでもクラスメートだからという理由で出来れば一緒に連れていきたい、そう考えるのがユウトである。
マグマ以外のガイやキュウスケであれば――カコから出た話というのを耳にする限り、同情の余地はあると思うのだが……マグマに関しては流石にありえない。
今回は第一にカコの救出も考えなければいけないのでなおさらであろう。
それなのにマグマも一緒になどという話になれば無駄に不安を煽るだけだ。
それにヒジリの事だってある。マグマは明らかにヒジリに対して歪んだ劣情を抱いているため、そういった意味でも連れて行くわけにはいかない。
正直ケントはユウトほど甘くはない。これだけの事をしたマグマも一緒になど考えられるわけもない。
とにかく、ケントはその辺りに関してはある意味ユウトのお目付け役っぽい立ち位置にいるマイに一任している部分もある。
ケントはあまり口は上手い方ではない上、物言いもストレートな為、今ユウトと直接話したところでいい結果にはつながらない。
それならマイに任せておいたほうが良いだろうと思っている。何よりついつい暴走してしまったユウトをいつもたしなめていたのは彼女だ。
幼馴染というのもあるだろうが、同じ道場で剣術を磨き続けたというのもあり、その境遇からかあれで互いの信頼関係や絆は深い。
尤もマイに関して言えば別の感情もありそうではあるが――とにかくマイがケントと同じ考えを持っていたことも幸いした。
やはりマイからすれば友達のカコを傷つけようとしたマグマを許せるわけがない。
それに、クラスメートにしてもユウトに対して簡単に掌を返すような連中は信頼できないというのも感じられた。
なのでユウトの唱える全員脱出などはありえないという考えはケントと一致していた。
後は上手く説得してくれていればいいが――ただどうしても納得出来ないとゴネるようならケントが隙を誘発させその間にマイが峰打ちで気雑させるという手までは考えている。
正直かなり強引ではあるが――ただ、どちらにしても逃げ道は確保する必要がある。
それにカコの救出もだ。まずはこれを何とかしなければ任務以外で帝都の外に出ることもままならない。
その上、細かい任務はやたらと飛び込んでくる。今もユウト達が駆り出されている真っ最中だ。
ケントは一応今は自由時間を与えられ、なんとか宮殿から抜け出してきてはいるが、それもあまり長くは持たない。
「……それにしても、まっとうな傭兵は大分減ったみたいだな」
「――あぁ、結局主な傭兵は全員、帝国公認のギルドに移っちゃったからね」
自虐的な笑みを浮かべてバーバラが言った。新しい傭兵ギルドが出来てからと言うもの、傭兵は勿論だが、仕事も大分向こうに取られているらしい。
「素材の買い取りも商業ギルドから大分足下みられるようになったしね。このままじゃやってられないのは確かだよ」
「……冷たいようだけど、この状況で続ける意味はあるのか?」
ケントが問う。確かに遠慮のない話だ。
だが、ケントは遠回しな言い方などは得意ではない。
それにいくら困っているからと手を差し伸べる術があるわけでもない。
魔物を倒すなどの力押しでなんとかなる問題ならともかく、この問題はもっとデリケートであり政治的な話も関係してくる。
異世界にきてまだ間もないケントがどうこうできる話でもないのである。
故に、物言いはストレートになる。
「はっきりというね。だけど、その通りだ。あたいだって潮時ぐらいわきまえているつもりだよ。でもね、向こうさんのギルドは上品すぎてスラム上がりの傭兵は一切受け付けていない。スラムで暮らしているというだけで締め出しを喰らうのさ。それなのにここでただあたいがほっぽるだけじゃ連中の居場所がなくなるだけなのさ。でももううちには仕事がない、だから――せめてここがなくなっても何かしら仕事が続けられるよう働き口を探している所さ。それが落ち着いたら――あたいにだって考えぐらいあるさ」
「……そうか、面倒見がいいんだな」
「ば、ばっきゃろ! そ、そんなんじゃねぇよ!」
バーバラは顔を紅潮させて吠えた。
どうやら照れているようだが、ケントが言葉にしたのはストレートな気持ちである。
本来根無し草が当たり前の傭兵家業である。しかも今回は理由が理由だ、バーバラがここでただ傭兵ギルドを閉鎖させたところで文句を言われる筋合いもないだろう。
だが、スラムというこの場所でもやってくるものを拒まず、見捨てず、仕事を与え続けたバーバラだ。
その結果、スラムでも悪事に手を染める者が減っていたのも事実である。だからこそ、ここでただ放り出すような真似はしたくないのだろう。
そしてだからこそ、バーバラはスラムで姉さんと呼ばれ慕われているのかもしれない。
「まぁあたいとギルドの事はこっちで何とかするからいいよ。それより、そっちはどうするんだい? あたいの作戦が駄目なら打つ手なしじゃないか」
「……いや、さっきのは作戦とも言えないと思うが――」
バーバラが出した案と言えば全員で仮面を被って仮面シノビー隊を作り、一気に侵入してカコを攫いスパッと逃げるだのそんなのばかりだ。
大体仮面ばかりそんなに集めて、どこぞの戦隊みたいな真似をしたとしても現状肝心のカコの囚われ場所が判っていない。
「……やっぱ木崎が囚われているのが大きいな――ところでババアという情報屋はどうなってる」
「そっちは自分で聞きに行ったらどうだい?」
「こっちもあまり派手に動き回れない。それに、あの婆さんは苦手だ」
ババアについてはバーバラから話を聞いていた。シノブも世話になった情報屋ということで信頼はしていたが、一度会いにいったときに空の瓶を出してきて、ケントでさえも思わず引いてしまうようなことを平気で言ってのけた相手だ。
結局ソレは素材集めで勘弁してもらい、任務の途中で素材は手に入れることが出来たが、それから苦手意識が強い。
「まぁ、一応は聞いているけどね。食事係に情報を仕入れているのが紛れているみたいでね。だから、その子の食事は作られているから恐らく無事ではいるそうだよ。ただ、城のどこに軟禁されているかまでは判らないってさ」
「……食事まで作っておいて判らないのか?」
「作る係と運ぶ係が別なんだとさ。それに運ぶのは帝国の騎士が行ってるから尾行も厳しいみたいだしね」
帝国の食事係が情報源であるのは中々に驚きだが、それにしても斥候関係のプロというわけでもないのだろう。
結局は我が身のほうが可愛いわけであり、危険を冒してまで行動に移すような真似はしないというわけだ。
「……キザキが無事だと判っただけでもまだいいのかもしれないな――」
結局ケントはその後、少しバーバラと会話した後、建物を後にした。
尤も既に建物と言ってよいかもわからぬほどボロボロではある。
それでもバーバラが寝室に使っているという一室だけは死守しているようだが。
「……俺に何か用か?」
帰路についている途中、ケントが振り返り陰で身を潜めている何者かに声を掛けた。
帝国兵を疑うところだが、感じられる気配は帝国のソレとは違い殺気も感じられない。
「――流石ババアさんが目をかけているだけの事はありますな」
「……それは初耳だけどな」
一人の男が姿を見せる。老齢の男性だ。中々に丁重な言葉遣いでありスラムに似合わない気もする。
それにしてもババアにさんをつけると妙な感じだなと思うケントだ。
「……あんたあの婆さんの知り合いなのか?」
「協力者ですよ。ただ、私にも気づけないようではそもそも無駄だから放っておけと言われたのですが、問題はなさそうですな」
「……俺を試したのか?」
「気を悪くしないでください。あの人は無駄を嫌いますので。ですがこれであれば問題ないでしょう。言伝です、深夜、日の変わる刻、貴族区の入口前まで来たれし――」
「……貴族区?」
怪訝そうに呟く。なぜそんなところにといった思いが強いのだろう。
帝国に来てから各区についての説明は受けてはいたが、貴族区などは話に聞いただけで出向いたことなど一度もない。
「あの婆さんがそこで暮らしているのか?」
「まさか、そのような事はありません。ただ、そこに信頼の置ける方が待っているとの事です」
信頼ね、と一つ呟く。
「……その時間だと巡回の兵も多いと思うけどな」
「それはご自分で上手くやりすごしてください。ただ、宮殿を抜け出す為の見取り図は預かっております」
簡単に言ってくれるなと思いつつケントはその図面を受け取った。
この日の兵の配置まで記してあるが、普通であれば知っていたからとどうなる人数ではない。つまりかなり厳重だ。
忍者のシノブならともかく、ケントはしがないボクサーだ。
このような隠密行動に期待されてもこまるところである。
「あと、これはババアさんより、そんな仮面よりこっちのほうが似合っているだろうとのことです」
すると、顔の鼻から上だけを覆える程度の銀仮面が手渡される。
「……別に仮面なんてなんでもいいと思うが――」
「ですが、それは仮にも魔装具の一つ。存在感をある程度薄めてくれる代物ですよ。使い所によっては役立つと思いますけどね」
「……食えない婆さんだ」
使い所はまさに今夜である。
「……ま、お礼はしっかり伝えておいてくれ。ありがとな」
そしてケントはその銀仮面も受け取り、男と別れた。
一体何者が会おうとしているのか見当もつかないケントだが、ババアがここまでしてくれたなら悪いことにはならないだろうと考える。
勿論、ある程度の用心はするつもりだが――




