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第十三話 女騎士マイラ

「大丈夫っすか?」


 結局――俺はあの後彼女の手で西宮の部屋に連れ込まれた。


 いや、まあ、この子がお人好しってだけなんだろうけどな。そもそも、東宮の俺達が西宮なんかに行っていいのか? と思ったんだが、彼女は騎士の中でも下級騎士に分類されて、上等兵よりちょっと権限が上程度でしかないらしく兵長よりも下なんだとか。


 尤も役割が違うらしいから、一概にどっちが上かなどとは言えない部分があるようだが、ただ、軍曹など、より上の階級に行けるのは騎士だけらしい。


 で、その為か、西宮といっても下級騎士に与えられた小さなスペースのみ自由が許されていて、そこからだと皇帝が鎮座する中央の正宮には許可なく通り抜け出来ないようで、東宮へは専用の細い通路を使って行くことになる。


 その為、騎士がついている状態であれば、俺達が西宮に向かうことに文句を言われることはないようだ。


 実際正宮に行く扉に比べればゆるくて、門番みたいなのもいなかったしな。


 そして、俺は成り行きでこの女騎士の部屋に来てしまったわけだ。

 断ろうとしても引かないし、かなり強引なんだよなこの子。


「うん、おかげで痛みも引いてきたよありがとう」

「それは良かったっす!」


 太陽のような笑顔で喜んでくれた。まあ、実際はこの傷も適当につけた偽傷なんだけどな。変化の術を上手く使って怪我をしているように見せているだけだ。


「あ! そういえばちゃんとした自己紹介がまだだったすね! 改めてあたしはマイラっす、十八歳っす!」

「あ、うん。年までいうものなんだな」

「あ、ついっす。ステータスだと年齢は表示されないからなんとなく言ったりしてるっす! でも年をとると言わない人が増えるっすね!」


 ああ、そう言われてみると年齢は表示されてなかったな。まあ、女性の中には年がバレるのを嫌がるのもいるだろうしな。


「そっか、あ、俺は――」

「知ってるっす! シノブっすね! これでも騎士っす! 皇帝との話も聞いていたっす!」


 ああ、確かに言われてみればそうだな。でも――


「だったら俺が無職だってのも知ってるんだろ? なのにいいのかな? 俺なんかを部屋に連れ込んで」

「い、嫌らしい言い方をするっすね。い、いっておくっすが、あたしは軽い女じゃないっすよ!」


 いや、別にそういう意味で言ったんじゃないけどな。何かちょっと顔が赤いけど、俺だってそんな部屋に来ていきなり豹変するような狼じゃないからな。


 とは言え、よく見ると中々可愛らしい顔をしている。言葉遣いは変わっているけど、丸っこい顔立ちに、ぱっちりとした朱色の瞳。


 髪は癖のある赤毛で短いな。騎士だから動きやすさ重視なのかもしれない。


 身長は低いけど、流石に鍛えてはいるようで靭やかな体つきをしている。

 声の大きさといい天真爛漫で活発な女の子って感じだな。


 でも、十八歳だと俺より年上か――う~ん上って雰囲気は皆無だな。見た目ちょっと幼いし。


「……今何か失礼な事を思ったっすか?」


 勘がいいな。


「ふぅ、とりあえず、治療もして貰ったし俺はもう戻るよ」

「え? もう戻るっすか? でも、連中に見つかるかもしれないっすよ?」


 連中というのはマグマ、ガイ、キュウスケの三人だな。確かにその心配も判るけど、流石に次は気配を薄める。


「いいんだ、俺が気をつければ済むし、それに今もいったけど、無職と一緒にいるのがバレたらあんま良くないだろ?」


 そう、俺が気にしているのはまさにそれだ。訓練の段階でわかったが、クラスが無職の俺は他の騎士や兵士から疎まれている。


 その理由は――簡単だ。マイラは気にしてないみたいだけど、部屋を見れば判る。

 

 マイラの部屋は俺達の部屋に比べるとかなり狭い。逆に言えば俺達の部屋が上等すぎて、全体的に厚遇過ぎるんだ。


 専属のメイドだっているぐらいだしな。勿論この部屋だって日々身体を休めるだけなら問題ないだろ。小さいとはいえ台所のようなものもついているしな。


 でも、俺が入ってふたりになるだけで手狭に感じる程度の作りだ。椅子だって別に置けないからベッドの上にふたりして腰を掛けてるぐらいだ。


 下級とは言え騎士でこれなら、一般兵レベルだとどれほどのものなのかと思えてしまう。

 いや、個別に部屋が与えられているだけでもマシなのかもしれないけどな。


 つまり、帝国の正式な騎士でさえこの程度の部屋なのに、しかも無職の俺が他の生徒と同じ部屋なのが許せないんだろう。


 そもそも本来で言えばクラスで無職と判定されたものが皇帝と顔をあわせるなんてありえないことなんだろうしな。


 だから、あのサドデスって騎士も俺を痛めつけて嬉しそうにしてたんだろう。腕はさっぱりな雑魚野郎だったけど。

 

 マイラに言葉を返しながらも、そんな事を考えてた俺だけどな――


「何を馬鹿な事を言ってるっすか! 無職なんて関係ないっすよ! そんな事で自分を卑しめるなんて愚かっす! それに無職だからって馬鹿にして侮辱する連中はもっと愚かっす! 最低っす!」


 だが、マイラは突然大声で気持ちをぶつけてきた。あれ? 俺なんか怒られてる?


「大体無職だからなんっすか! たとえ無職でもシノブが皇帝にあれだけの事を言えたのは事実っす! 立派だとあたしは思ったっす!」


 あ、うん、顔をぐいって、ちょっと近いな。なんかユウトとは違う熱を感じるかも……。


 ただ、どうやらこの子は他の騎士とは違うようだな。


「……ああ、そうだな。俺もちょっと卑屈になりすぎたかも。反省するよ」

「うん、素直なのはいいことっす!」

「ただ、皇帝に言ったのは無職と判定される前なんだけどね」

「そんなの関係ないっす! 気持ちの問題っす!」


 関係ないか、まあ実際関係ないんだけど。


「でも、どちらにしてもずっとここにいるわけにはいかないし、何せマイラだって女の子なんだし、別な誤解されても嫌だろ?」

「べ、別な誤解って、だ、大丈夫っすよ。そうっすね、それならお茶の一杯ぐらい飲んでいくっす。それに、どっちにしろあたしがついていく必要があるっす」


 ああ、そう言われてみればそうか。尤も、やろうと思えば一人でも何の問題もないんだけどな。


「あ! それと、ベッドの下は絶対に覗いたら駄目っす! 約束っす!」


 マイラはそういって奥の台所に引っ込んだ。まあ台所と言っても精々お茶を用意するのが精一杯ぐらいらしいけどな。温めるのはマジックアイテムなるものを利用するらしい。


 異世界は異世界で便利なものがあるんだな。

 ただ、それはそれとして――


「覗くなねぇ……」


 それはつまり覗けって事だよな? だから俺は素直に覗く。

 すると一冊の手帳を見つけた。


「……秘密の手帳?」

 

 表紙にそんなことが記されていた。秘密にしたいのに秘密って書くのは何がしたいんだか。

 ご丁寧に『絶対に見たら駄目っす!』とか書いてるし。これ、もう狙ってやってるだろ。


 これ見て本気にするやついるかよ。

 だから、俺はパラパラと手帳をめくる。女の子の手帳なんて普通なら見ないけどな、役立つ情報が書いてるなら儲けものだし、恥ずかしい黒歴史ものの内容ならそっと閉じればいいだけだ。


 そう、思ってたんだけどな……おいおいマジかよ。


「な、なな! 一体何してるっすかーーーー!」


 どうやらお茶の準備が出来たらしいマイラが素っ頓狂な声を上げて近づいてきて、片手でトレイを持ったまま手帳を奪ってきた。

 

 器用だな。


「な、なな、なんでっすか! 絶対に覗くなって言ったのになんでっすか!」


 そしてトレイをベッド横のちょっとしたサイドテーブルに乗せ声を張り上げた。


 そう言われてもな。


「そりゃ、絶対に覗くなということは覗けって事だろ?」

「意味わかんないっす! 覗くなといったら普通覗かないっす!」

「あ、こっちはそうなのか。悪い、俺のいた世界じゃ、絶対に覗くなは覗けってことだから」

「な!? じゃ、じゃあ絶対に覗くっす! といえば良かったっすか?」

「その場合は遠慮なしに覗くな」

「一体どうしろって言うんすか!」


 両手を振り上げ、わけがわからないといった様子でわめき出す。

 でも、個人的には問題はそこじゃないだろっていいたいけどな。


「まあ、それは良いとして」

「良くないっす! 何勝手に納得してるっすか!」

「今更何を言われても読んだもんは仕方ないだろ?」

「も、ものすごい開き直りを見たっす……なんかシノブ性格が変わってないっすか?」


 いや、むしろこっちが割りと素なんだけどな。


「それよりもこの中身だよ。これ、流石に他の連中に見られると不味いんじゃないのか?」

 

 う!? とマイラが喉をつまらせた。それにしても、こんなもの見ちまうなんてな。


「……全部読んだっすか?」

「いや、チラッとだけどな。それでもヤバいのは判るぞ」


 といいつつ、実際は全部見たけどな。忍者たるもの速読は必須だ。パラパラと高速で捲るだけで中身を全て記憶するぐらいじゃないと忍者なんて務まらないし。


 だからこそ、内容は全て頭に入っている。正直、俺にとって役立つものはなかったんだが――だとしても書いてる内容が帝国や騎士や皇帝への不満だらけってのは不味いだろ。


「俺だったからまだ良かったけど、これ帝国の他の連中に見つかったら流石に洒落にならないんじゃないのか?」

「……うぅ、確かに斬首ぐらいはあり得るっす」


 斬首かよ! いや、それなりに重いとは思ったけど、これで命まで奪われるのか帝国は。予想はしていたが、やっぱこの国、なんかヤバそうだな。


「……そんなものに秘密って、こんなの読んでくれって言ってるようなもんだろ。ましてやベッドの下って隠す気あるのかよ……」

「え? そんなにおかしいっすか? ばっちりだと思ってたっすが――」


 うん、この子悪い子じゃないけどかなり残念だな。


「それに、普段あたしの部屋に入るような奇特な人はいないっす。だから――」


 そういう事か。そういえば入る時鍵も一応開けていたしな。ただ、かなり簡素な鍵っぽかったけどな。まあ、俺達みたいに専属のメイドがいるわけでもないし、掃除は自分でやってるんだろうしな。


 でもだからって――


「とは言えな。こんなの部屋をあさられたらすぐに見つかるぞ……だったらせめて――」


 俺はとりあえず、今この部屋の中で隠すのに最適な場所を伝える。といっても狭い部屋だしな。


 とりあえずサイドテーブルに引き出しが一つだけついていて、結構隙間が空いていたから適当な板を見繕ってもらって、二重底にした。


 本当に応急処置的なものでしかないがな。


「す、凄いっす! シノブはやっぱり天才っす! 無職だなんてとんでもないっす! 大工になれるっすよ!」

「いや、そこまでの仕掛けじゃないから……」


 こんな事で大工になれるなら異世界は大工だらけだ。


 それに、これだって完璧じゃない。基本的にはやはりマイラに気をつけてもらわないとな。いくら二重底とは言え、察しのいいやつなら違和感を覚えてもおかしくないし。


「正直、そんな下手したら殺されるかもしれないような物は、とっとと処分した方がいいと思うぞ。別に無理して持っている必要はないんだろ?」

「うぅ、でも給金で初めて買った手帳っす。思い入れがあるんっすよ」


 いや、そんな思い入れがあるような物に不満をぶちまけるなよ。王様の耳は的な穴みたいな使い方になってるだろ。


 ま、俺に言えることはここまでだけどな。とりあえず忠告だけして紅茶をごちそうになった後は、マイラに案内され東宮に戻った。


 何か色々疲れたな――

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